君は花のよう

明人

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身の程

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「お庭に関してはそろそろ私の手が必要なくなってきた頃合いです。アインさんにも基本のお話は出来たので今度は季節が変わるぐらいにお邪魔します」
この言葉を告げるべきか最後まで迷っていた。言い訳を並べてここに通うことは可能だ。
だが、彼と過ごす日々が増えれば増えるほどきっと彼を慕う気持ちもまた膨らんで来てしまうだろう。
彼に気付かれる前に、彼に嫌われる前に離れよう。それが、お互いのためだと言い聞かせた。
暫くここに来ないとそう告げた時、目を見開いたリックの姿がルルーアの目に焼き付いた。
だが、ルピィの声でハッと我に返る。
ルピィが嫌だと叫ぶことも察していた。
でも、ルピィは苦手な人達とも過ごせる努力をしようとしている。その邪魔をしてはいけない。
幼い彼女はもっと、沢山の人と関わり、学び、どこに出しても自慢できる素晴らしい女性になるだろう。
その未来が楽しみだから、離れよう。
なんて、全部言い訳だ。
ただ自分が傷付かないために、離れる言い訳を並べているだけ。
ルピィのことは大好きだ。
だが、ルピィに会いに来ることで彼と会えることが嬉しかった。
こんな下心がバレたくない。
リックの声で顔を上げる。
「給金についてはまだ用意が出来ていない。明日用意しておくからもう一度だけ、ここに来て貰えるだろうか?」
「はい。分かりました。では、明日のお昼すぎに。また明日ね、ルピィ」
自然に笑えていただろうか。
背を向け歩き出した途端、溢れそうになった何かを唇を噛んで堪えた。
家に帰り、花達の世話をするとあっという間に辺りは暗くなっていた。
寝室に入り、飾ってある写真を手にする。
「私の下心、バレてないって思いたいな。あの人に嫌われるのは嫌だから」
苦笑していると、不意にギシッと床板が軋む音がした。
振り返ろうとした刹那、後頭部に強い衝撃が走り床に倒れる。
「もう遅いわ。よくもヴァールリック様に近付いてくれたわね。身の程知らず」
だ...れ...?
ぼやけていく視界の中映ったのは、真っ赤な髪の女。
段々と世界が暗くなっていく中、声だけはよく届いた。
「誰よりも愛している私があの人の隣にふさわしいのに!!あんな餓鬼に拒絶されたからって傍に置いて貰えなかった挙げ句!私の代わりがあんたみたいな冴えない芋女だった時の私の気持ちが分かる!?」
顔を蹴られ、衝撃と痛みは感じるが段々とそれすら薄れていった。
「私はあの方の隣に立つために己の美貌を磨き抜いて、あの方の隣に立って恥ずかしくないように知識を学んだ!!それなのに!!なんの努力もしてないあんたみたいのなのがどうしてあの人の隣に居るのよ!!」
何度も踏みつけられている様子はある。
だがもう、痛みすら感じなくなってきた。
「まぁでも、あんたさえ居なくなればあの人もきっと正気に戻ってくださるわ」
赤い髪の女が指を鳴らすと炎が辺りに広がり始めた。
「あんたが身の程をわきまえてれば、こんなことにはならなかったのよ?おつむの出来が悪かっただけで死ぬなんて、可哀想ね」
高笑いが響き、外に出ても尚何かを言っているような声が聞こえた。
最早聞き取れもせず、迫りくる炎から逃げる術もなかった。
死ぬんだろうかと僅かに残った思考で考える。
自分が死んだら優しい二人は泣いてくれるだろうか。
それなら、申し訳ないけど嬉しいな。
そんなことを最後に世界は闇に閉ざされた。
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