子ぎつねさま

菜花さくら

文字の大きさ
2 / 7
0章 山里

0-2 森の小さな舞踏会

しおりを挟む
朝の森は、まだ霧に包まれていた。太陽の光がゆっくりと差し込み、葉っぱや草の先に残る夜露を淡く輝かせる。鳥のさえずりがあちこちで響き渡り、山里は静かな目覚めの時を迎えていた。

 加奈は、昨日の団子のことを思い出して、にんまりしながら石段を駆け上がる。十三歳になったばかりの小柄な少女は、元気いっぱいで森の中を駆け回るのが大好きだった。祠に着くと、白い子ぎつねはもう座っていた。毛並みは朝露で少し湿って、ふわふわのしっぽが左右に揺れている。

「子ぎつねさま~!おはよう!」

 元気いっぱいの声に、子ぎつねは小さく鼻をひくひくさせ、ぴょんと跳ねた。その目は金色に光り、加奈をじっと見つめる。まるで「また来たのか」とでも言いたげな表情だった。

「今日はね、母様が栗入りのお団子を作ってくれたの。特別なの!」

 竹の葉を広げると、もちもちとした団子が並び、甘い香りがふわりと立ち上った。子ぎつねはしっぽをぶんぶん振り、ぺろりと一口舐めた瞬間、団子の周りに小さな光の粒がふわりと舞った。

「わっ!光った!」
 加奈は目を丸くした。光はほんの小さく、ぱっと花びらのように弾けて散った。子ぎつねは得意げに胸を張り、しっぽをさらにふわりと揺らす。

「……団子の力かな」
今一瞬子ぎつねが喋ったように聞こえた。加奈は気づかずに栗の団子をもぐもぐと頬張っていた

 光が消えたあとも、森は柔らかい朝の空気に包まれていた。加奈は団子を少しずつ子ぎつねに差し出しながら、祠の横に腰を下ろす。その視線の先には、子ぎつねのふわふわの毛並みと、金色に光る瞳があった。
「昨日の夜、母様が寝ぼけながらお菓子を作って、全部床に落としちゃったんだって」
 加奈が話すと、子ぎつねはじっと耳を動かして聞いている。そのしぐさに加奈は思わず笑う。「ふふっ。もう、母様ってば、どうしてこう毎日ドタバタなのかな」

 少しして、加奈が立ち上がると、子ぎつねもぴょこんと跳ねて後をついて歩き始めた。森の小道を一緒に歩く二人。踏む落ち葉や枝に光が反射し、子ぎつねの毛並みにも朝日が柔らかく差し込む。

「ねえ、子ぎつねさま。ちょっと遊ぼうよ」
 加奈が小石を投げると、子ぎつねは軽やかにぴょんと跳ねて受け止めた。小石に触れた瞬間、またもや小さな光がきらりと弾け、木々の葉が舞う。まるで森の中にちいさな舞踏会が生まれたように葉っぱが舞った。

「わあ、きれい……!」
 加奈は目を輝かせ、子ぎつねも楽しそうにしっぽを振る。
 その時、森の奥から「がさっ、がさっ」と音が聞こえた。小動物かと思った加奈だったが、子ぎつねは耳をぴくりと立て、少し警戒する。

「……何か来る」
 小さな声が聞こえた。加奈だけが分かるその声に、思わず胸がざわつく。

 黒い影がひゅっと現れ、葉っぱを巻き上げながら小道を横切る。加奈は目を丸くし足を止めるが、子ぎつねは冷静に影の通り道に前足を置いた。

 すると、影は光に触れた瞬間、ふわりと白い煙に変わって消えた。加奈は目を見開く。
「子ぎつねさま……あれ、魔法?」

 子ぎつねは「こん」と小さく鳴き、しっぽをくるりと巻いた。どうやら魔法というより、昨日の団子に残ったほんのり不思議な力が小さないたずらをしたらしい。加奈は肩を揺らして笑った。「びっくりしたけど、楽しかったね」

 午後になると、二人は祠に戻り、日向に座って残りの団子を分け合った。加奈が団子を口に運ぶと、子ぎつねは鼻をぴくりと動かし、じっと加奈の様子を見つめる。
 まるで「ちゃんと味わうんだよ」とでも言っているかのようだ。

 日が傾き始め、森に長い影が伸びるころ、加奈は石段を下りる準備をした。子ぎつねは名残惜しそうに、竹の葉を鼻先で押したり、ふわふわのしっぽをゆっくり揺らしたりしている。

「子ぎつねさま、明日も一緒に遊ぼうね」
 加奈は手を振り、笑顔で森を後にする。子ぎつねはその背中を目で追い、耳をぴくりと動かした。森には静かな風と、団子の香りの余韻、そしてわずかな光が残る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...