音楽魔法具店の歌姫

ほか

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 第4話

「主な業務は、お客が持ってくる品がミュージカリー・カップであるかどうかの鑑定」

「鑑定方法は?」

 確認の折、ついつい皮肉が口をついて出る。

「ためしに誰かの才能でも閉じ込めてみるの?」

 返ってきたのは苦笑だった。

「相変わらず皮肉のスパイスも効いているね」



 ヒューの菫の瞳が、ふいにすがめられる。

 思わぬ真剣な面差しに、ティナは小さく息を呑んだ。



「答えはノーだ。決して、誰の才能も努力も盗ませはしない」



「……」



 説得力、ゼロ。



「現品の観察と、周囲の状況の調査で、結論を導き出す。言ってみたら探偵のようなものだね」

「そんなあやふやな方法でいいの?」

 ティナのいぶかし気な視線にも、ヒューは憎らしいほど落ち着き払っている。

「ミュージカリー・カップは実在する。だが今のところ、たった一人が独占販売しているのはきみも知ってのとおりだ」

 ティナは小さく顎を弾く。



 それは、天使と契約した悪魔。

 ほかならぬ彼の父、ノア・イシャーウッドだ。



「噂はあちこち飛び火しているが、世間に出回っているその数は決して多くはない。つまり、店に持ち込まれる品のほとんどが偽物だ。お客の想像がそれをミュージカリー・カップに仕立てている」

 ふわりと菫色の瞳が細くなる。

「早い話が、それが単なる偽物だと証明できればいいわけさ。言ってみれば、この店の目的は、単なる品物に才能が奪われたかもしれないという、お客様の不安の解消だね」

「……」

 膝に肘をついて顎を支え、ティナは思考する。

 その職務内容と、過去に自分に手ひどい裏切りを課した元カレの人物像が、合致しない。



「なぜ、そんなことをしているの?」



 ヒューはにっこりと笑った。



「わからないかな?」



 広げられた白い手袋に包まれた手を宙に向ける。



「ミュージカリー・カップを生み出していたのはほかならぬこの手だよ? 僕以上にそれが該当の品かどうか、かんたんに見分けられる目を持つ者はいない」

 ティナは小さく首肯する。生み出されたカップをすべて確認していたのだとすれば、たしかにそうだ。

「父がロンドンの音楽界を恐怖に貶めてくれたおかげで、息子は独占商売ができるってわけだ。これにのっからない手はないだろう?」

 完璧な笑顔を作った半面に、つばを吐いてやりたくなる。



「相変わらず最低ね」

 ひとまず毒を吐いたあとで、再び脳を巡らせる。



 この男に協力するのは誠に不本意だが、不純な動機に反し、その行為は良心的だ。

 ティナとて応募する店の評判を調べなかったわけではない。

 聞き及ぶかぎりではこの店はロンドンの人々を不安から解放している。



 そして。



 白い手袋をはめた手によってテーブルの上に置かれた契約書。



 給料は月額1680ポンド。



 両親から高額な音大の費用まで出してもらったにもかかわらず道半ばで挫折した身としては、年の離れた妹には存分に好きな音楽を学んでもらいたい。

 だが高齢の田舎の両親だけにその学費を頼りたくないというのが、今回の職探しの大きな動機だった。

 これなら、切り詰めれば妹の音楽学院の学費の半分はどうにか賄える――。



 やじろべえのように揺れるティナの心を、そっとヒューの低声が押す。




「調査や推理といったって、はじめから一人でやれとは言わない。慣れるまでは助手として調査に同行したり、お客様にお茶菓子を提供したりやなんかの雑用からでかまわない」



「……」



「心配いらないさ。きみはいい調査員になる。歌唱や演技の技術だけじゃない。音楽史に理論、文化知識。音楽のあらゆる面での研鑽を現役時代のきみは怠らなかった。その翡翠の瞳をきらめかせながら、存分に吸収していたね」



 そう言う彼の菫色の瞳のほうが、きらきらと光の粒を宿している。



「舞台に立っているときの姿は無論圧巻だったが、そういう舞台裏での姿も、僕は好きだったよ」



「……」



 なぜだ。



 なぜあのころのように、優しく言う。



「どうかなティナ。僕はそんなきみともう一度、仕事がしたいんだけれど」



 鋭い吐息が、口から漏れい出る。

 テーブルの上のペンをとると、身を乗り出す。



 つくづく、いやになる。



 見え透いた甘いセリフ。



 手ひどい裏切りのあとで、滑稽でさえあると思うのに。

 こんな言葉ごときが、最後の一押しになってしまうのだから。
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