主様のお気に召すまま

ほか

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第12章 主様、執事の世界へ

5

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 曲線を描いて蠟燭の明かりを灯す金のシャンデリア。

 数メートル高い場所に設けられた場所で演奏する楽団の高らかな音色。

 ワインレッドのカーテン。

 真っ白なクロスをかけられたテーブルと、並べられたディナーの数々。

 そしてなにより、会場を埋め尽くす色とりどりのドレスとタキシードで踊る人々……。





 渡されたウェルカム・カクテルを飲むのもそこそこに、わたしは華やかな会場に見入ってしまっている。





「では、お料理をとってまいりますね」

「あ」





 その一言にようやく落ち着きを取り戻す自分が少し恨めしいが、食欲に嘘はつけない。





「あれがいいな。ピーマンとパプリカの肉詰め。おいしそ~」

「そうですか。では」





 ささっと手慣れた仕草で小皿にとりわけて、ハーヴェイが渡してくれる。

「う~ん」

 肉厚のピーマンと、じゅわ~っと出る肉汁の相性が抜群だ。

「ハーヴェイも食べなよ」

 いそいそととってあげようとしたけれど。

「い、いえ。俺はその。苦いものはどうも……」





 ああ、そうだった。

 公式設定ではそういうことになっていたな。





「ちょっとだけでも食べてみな? いけるから」

「いえその……どうしても受け付けなくて――はむっ」

 そう言っているその口に、不意を突いて入れてやる。





「んん……これは」

 むずかしい顔で飲み下した直後、ぱっと見開かれた目。

「意外と……いけますね」

 漫画のような表情の切り替わりに吹き出してしまう。





「ほらー。食わず嫌い一番だめなやつー」

「主様のおかげで反省しました。ありがとうございます」

「素直でよろしい」

「では」

 その形のよい眉が片方、上がった。

「お次は、主様の番ですね」

「え?」

「炭酸が苦手だとお聞きしていたので……」

 蠱惑的に微笑んで、ハーヴェイが半円のグラスに注いでいるのは、紅色の輝く液体……。

「ちょっとスパークリングワイン?」

 あわてて胸の前で手を振った。

「ムリムリ! それだけは! 口の中痛くなる」

「フフ、だいじょうぶですよ。俺がお手伝いしますから」

「はい?」

 手伝いとな?

「さきほどのお礼に、少々強引に口に入れてさしあげますね」

「ん、え……?」





 ハーヴェイはグラスの中の液体を口に含んで――そのまま、この腕を掴み、引き寄せる。

 シャンデリアの光の反射を湛えた目が、微笑んでる。





「え。え」





 その唇が、迫ってくる――。

 ちょっと待ってくれ。





 まじで――。





 硬直するしかない。

 どうしよう――。



 急にせき込んで、笑う声が降って来た。





「すみません。軽い冗談です」

「ちょっと……」

 思わず、金糸の装飾に包まれたその胸を押してしまう。



 心臓に悪いったら。





「ふわぁぁぁ」





 と、なんとも空気を読まない、もとい、和ませるあくびをかましながら、支給をしている執事がいると思ったら。

 漆黒の燕尾服に、ダークレッドのエンブレム。

 レースで飾った眼帯。

 長い髪も今日は、金の飾りで止めている。







「よう主。来たのか」



 ボイスだ。



「あはは、どうも」



 ふんとニヒルに口の端を上げると、ボイスはハーヴェイのほうに身体を傾ける。



「やけにつきっきりじゃねーか。その距離は執事と主としてはどうなんだ? 担当執事さん」

「ふっ」

 ハーヴェイはけれどいつものように挑発には乗らなかった。

「俺のことより、せっかく慕っている人がいるのに、今夜はご招待していないのか? ボイス」

「はぁ? ……ちっ」

 あてが外れたといったように、ボイスは首筋をかく。

「お前と一緒にすんな。俺は相手を永遠に閉じ込めておきたい危ない性癖の変態とはちげーんだよ」

   ん? なんかすごいワードでてきたような?

「そうか。あまり放し飼いにしておくとお前の蝶は、そのうちどこかに飛んで行ってしまうかもしれないぞ」

「ほっとけばかが」





 おおお、ボイス、赤くなってる……!

 これは梅ちゃんとうまくいってる証拠だ。

 思わず興奮するけれど。

「だがな、ハーヴェイ。冗談はともかく」

 ボイスはすぐに真面目な顔つきにもどってしまった。

「お前は普段真面目でおかたいぶんたかが外れるとやばいからな。くれぐれもつっぱしるなよ?」

「つっぱしるかどうかは俺が決めることだ」

 うん……?

 なんかやけにきっぱりとした口調だな。

「ったく。もう勝手にしろ」

 じゃぁな主、と言い残して、ボイスは支給の仕事に戻ってしまった。





「では主様、行きましょうか」

「あ、は、はい……」

 天井画に書いてある芸術の女神は、歌を特に愛していてほの様にそっくりだとか。

 演奏している楽団は選び抜かれたアーティストたちで、今度ほの様のご著書の朗読会でも開いてバックミュージックを頼んだらきっと素敵でしょうとか。

 ダンスする人たちの合間をぬって歩きながら、ハーヴェイは屋敷のあれこれを説明してくれる。

 いちいちわたしへのほめ言葉が添えられているのは、恥ずかしいけれど。

 心躍るひとときだ。





「気になりますか?」

「え?」

 女性たちの華やかなドレスが舞うのに見惚れていたら急に、そんなふうに言われた。

「せっかくです。招待客の方々に混じって、踊っていらっしゃったらいかがですか」

「い、いやぁ……ダンスなんて、高校の演劇部でやって以来だし……」

「他の人と主様がダンスするのを見るのは、少々胸が痛みますが。しかし今宵はそのお姿を、世界中に知らしめたい気分なんです」

「ハーヴェイ」

 眩しそうに、そう言って眺めてくる、あたたかな眼差しを受け止め、わたしは、俯いた。

 油断してつい、言葉が出た。

「あたしは……ハーヴェイと踊りたいな」

「なっ。主様……。しかし……」





 赤くなってもごもごと、彼はなにか呟いている。

 そうか。

 アプリにも世界観というものがある。

 執事が主と踊るのはまずいのか。

 ふっと笑ってわたしは、彼の手を持ち上げた。

「それじゃ、会場の外なら問題ないよね?」

「え。主様——」

 靴音が響くほどに、速足で。

 わたしは会場の外へ、彼を連れ出した。
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