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第12章 主様、執事の世界へ
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曲線を描いて蠟燭の明かりを灯す金のシャンデリア。
数メートル高い場所に設けられた場所で演奏する楽団の高らかな音色。
ワインレッドのカーテン。
真っ白なクロスをかけられたテーブルと、並べられたディナーの数々。
そしてなにより、会場を埋め尽くす色とりどりのドレスとタキシードで踊る人々……。
渡されたウェルカム・カクテルを飲むのもそこそこに、わたしは華やかな会場に見入ってしまっている。
「では、お料理をとってまいりますね」
「あ」
その一言にようやく落ち着きを取り戻す自分が少し恨めしいが、食欲に嘘はつけない。
「あれがいいな。ピーマンとパプリカの肉詰め。おいしそ~」
「そうですか。では」
ささっと手慣れた仕草で小皿にとりわけて、ハーヴェイが渡してくれる。
「う~ん」
肉厚のピーマンと、じゅわ~っと出る肉汁の相性が抜群だ。
「ハーヴェイも食べなよ」
いそいそととってあげようとしたけれど。
「い、いえ。俺はその。苦いものはどうも……」
ああ、そうだった。
公式設定ではそういうことになっていたな。
「ちょっとだけでも食べてみな? いけるから」
「いえその……どうしても受け付けなくて――はむっ」
そう言っているその口に、不意を突いて入れてやる。
「んん……これは」
むずかしい顔で飲み下した直後、ぱっと見開かれた目。
「意外と……いけますね」
漫画のような表情の切り替わりに吹き出してしまう。
「ほらー。食わず嫌い一番だめなやつー」
「主様のおかげで反省しました。ありがとうございます」
「素直でよろしい」
「では」
その形のよい眉が片方、上がった。
「お次は、主様の番ですね」
「え?」
「炭酸が苦手だとお聞きしていたので……」
蠱惑的に微笑んで、ハーヴェイが半円のグラスに注いでいるのは、紅色の輝く液体……。
「ちょっとスパークリングワイン?」
あわてて胸の前で手を振った。
「ムリムリ! それだけは! 口の中痛くなる」
「フフ、だいじょうぶですよ。俺がお手伝いしますから」
「はい?」
手伝いとな?
「さきほどのお礼に、少々強引に口に入れてさしあげますね」
「ん、え……?」
ハーヴェイはグラスの中の液体を口に含んで――そのまま、この腕を掴み、引き寄せる。
シャンデリアの光の反射を湛えた目が、微笑んでる。
「え。え」
その唇が、迫ってくる――。
ちょっと待ってくれ。
まじで――。
硬直するしかない。
どうしよう――。
急にせき込んで、笑う声が降って来た。
「すみません。軽い冗談です」
「ちょっと……」
思わず、金糸の装飾に包まれたその胸を押してしまう。
心臓に悪いったら。
「ふわぁぁぁ」
と、なんとも空気を読まない、もとい、和ませるあくびをかましながら、支給をしている執事がいると思ったら。
漆黒の燕尾服に、ダークレッドのエンブレム。
レースで飾った眼帯。
長い髪も今日は、金の飾りで止めている。
「よう主。来たのか」
ボイスだ。
「あはは、どうも」
ふんとニヒルに口の端を上げると、ボイスはハーヴェイのほうに身体を傾ける。
「やけにつきっきりじゃねーか。その距離は執事と主としてはどうなんだ? 担当執事さん」
「ふっ」
ハーヴェイはけれどいつものように挑発には乗らなかった。
「俺のことより、せっかく慕っている人がいるのに、今夜はご招待していないのか? ボイス」
「はぁ? ……ちっ」
あてが外れたといったように、ボイスは首筋をかく。
「お前と一緒にすんな。俺は相手を永遠に閉じ込めておきたい危ない性癖の変態とはちげーんだよ」
ん? なんかすごいワードでてきたような?
「そうか。あまり放し飼いにしておくとお前の蝶は、そのうちどこかに飛んで行ってしまうかもしれないぞ」
「ほっとけばかが」
おおお、ボイス、赤くなってる……!
これは梅ちゃんとうまくいってる証拠だ。
思わず興奮するけれど。
「だがな、ハーヴェイ。冗談はともかく」
ボイスはすぐに真面目な顔つきにもどってしまった。
「お前は普段真面目でおかたいぶんたかが外れるとやばいからな。くれぐれもつっぱしるなよ?」
「つっぱしるかどうかは俺が決めることだ」
うん……?
なんかやけにきっぱりとした口調だな。
「ったく。もう勝手にしろ」
じゃぁな主、と言い残して、ボイスは支給の仕事に戻ってしまった。
「では主様、行きましょうか」
「あ、は、はい……」
天井画に書いてある芸術の女神は、歌を特に愛していてほの様にそっくりだとか。
演奏している楽団は選び抜かれたアーティストたちで、今度ほの様のご著書の朗読会でも開いてバックミュージックを頼んだらきっと素敵でしょうとか。
ダンスする人たちの合間をぬって歩きながら、ハーヴェイは屋敷のあれこれを説明してくれる。
いちいちわたしへのほめ言葉が添えられているのは、恥ずかしいけれど。
心躍るひとときだ。
「気になりますか?」
「え?」
女性たちの華やかなドレスが舞うのに見惚れていたら急に、そんなふうに言われた。
「せっかくです。招待客の方々に混じって、踊っていらっしゃったらいかがですか」
「い、いやぁ……ダンスなんて、高校の演劇部でやって以来だし……」
「他の人と主様がダンスするのを見るのは、少々胸が痛みますが。しかし今宵はそのお姿を、世界中に知らしめたい気分なんです」
「ハーヴェイ」
眩しそうに、そう言って眺めてくる、あたたかな眼差しを受け止め、わたしは、俯いた。
油断してつい、言葉が出た。
「あたしは……ハーヴェイと踊りたいな」
「なっ。主様……。しかし……」
赤くなってもごもごと、彼はなにか呟いている。
そうか。
アプリにも世界観というものがある。
執事が主と踊るのはまずいのか。
ふっと笑ってわたしは、彼の手を持ち上げた。
「それじゃ、会場の外なら問題ないよね?」
「え。主様——」
靴音が響くほどに、速足で。
わたしは会場の外へ、彼を連れ出した。
数メートル高い場所に設けられた場所で演奏する楽団の高らかな音色。
ワインレッドのカーテン。
真っ白なクロスをかけられたテーブルと、並べられたディナーの数々。
そしてなにより、会場を埋め尽くす色とりどりのドレスとタキシードで踊る人々……。
渡されたウェルカム・カクテルを飲むのもそこそこに、わたしは華やかな会場に見入ってしまっている。
「では、お料理をとってまいりますね」
「あ」
その一言にようやく落ち着きを取り戻す自分が少し恨めしいが、食欲に嘘はつけない。
「あれがいいな。ピーマンとパプリカの肉詰め。おいしそ~」
「そうですか。では」
ささっと手慣れた仕草で小皿にとりわけて、ハーヴェイが渡してくれる。
「う~ん」
肉厚のピーマンと、じゅわ~っと出る肉汁の相性が抜群だ。
「ハーヴェイも食べなよ」
いそいそととってあげようとしたけれど。
「い、いえ。俺はその。苦いものはどうも……」
ああ、そうだった。
公式設定ではそういうことになっていたな。
「ちょっとだけでも食べてみな? いけるから」
「いえその……どうしても受け付けなくて――はむっ」
そう言っているその口に、不意を突いて入れてやる。
「んん……これは」
むずかしい顔で飲み下した直後、ぱっと見開かれた目。
「意外と……いけますね」
漫画のような表情の切り替わりに吹き出してしまう。
「ほらー。食わず嫌い一番だめなやつー」
「主様のおかげで反省しました。ありがとうございます」
「素直でよろしい」
「では」
その形のよい眉が片方、上がった。
「お次は、主様の番ですね」
「え?」
「炭酸が苦手だとお聞きしていたので……」
蠱惑的に微笑んで、ハーヴェイが半円のグラスに注いでいるのは、紅色の輝く液体……。
「ちょっとスパークリングワイン?」
あわてて胸の前で手を振った。
「ムリムリ! それだけは! 口の中痛くなる」
「フフ、だいじょうぶですよ。俺がお手伝いしますから」
「はい?」
手伝いとな?
「さきほどのお礼に、少々強引に口に入れてさしあげますね」
「ん、え……?」
ハーヴェイはグラスの中の液体を口に含んで――そのまま、この腕を掴み、引き寄せる。
シャンデリアの光の反射を湛えた目が、微笑んでる。
「え。え」
その唇が、迫ってくる――。
ちょっと待ってくれ。
まじで――。
硬直するしかない。
どうしよう――。
急にせき込んで、笑う声が降って来た。
「すみません。軽い冗談です」
「ちょっと……」
思わず、金糸の装飾に包まれたその胸を押してしまう。
心臓に悪いったら。
「ふわぁぁぁ」
と、なんとも空気を読まない、もとい、和ませるあくびをかましながら、支給をしている執事がいると思ったら。
漆黒の燕尾服に、ダークレッドのエンブレム。
レースで飾った眼帯。
長い髪も今日は、金の飾りで止めている。
「よう主。来たのか」
ボイスだ。
「あはは、どうも」
ふんとニヒルに口の端を上げると、ボイスはハーヴェイのほうに身体を傾ける。
「やけにつきっきりじゃねーか。その距離は執事と主としてはどうなんだ? 担当執事さん」
「ふっ」
ハーヴェイはけれどいつものように挑発には乗らなかった。
「俺のことより、せっかく慕っている人がいるのに、今夜はご招待していないのか? ボイス」
「はぁ? ……ちっ」
あてが外れたといったように、ボイスは首筋をかく。
「お前と一緒にすんな。俺は相手を永遠に閉じ込めておきたい危ない性癖の変態とはちげーんだよ」
ん? なんかすごいワードでてきたような?
「そうか。あまり放し飼いにしておくとお前の蝶は、そのうちどこかに飛んで行ってしまうかもしれないぞ」
「ほっとけばかが」
おおお、ボイス、赤くなってる……!
これは梅ちゃんとうまくいってる証拠だ。
思わず興奮するけれど。
「だがな、ハーヴェイ。冗談はともかく」
ボイスはすぐに真面目な顔つきにもどってしまった。
「お前は普段真面目でおかたいぶんたかが外れるとやばいからな。くれぐれもつっぱしるなよ?」
「つっぱしるかどうかは俺が決めることだ」
うん……?
なんかやけにきっぱりとした口調だな。
「ったく。もう勝手にしろ」
じゃぁな主、と言い残して、ボイスは支給の仕事に戻ってしまった。
「では主様、行きましょうか」
「あ、は、はい……」
天井画に書いてある芸術の女神は、歌を特に愛していてほの様にそっくりだとか。
演奏している楽団は選び抜かれたアーティストたちで、今度ほの様のご著書の朗読会でも開いてバックミュージックを頼んだらきっと素敵でしょうとか。
ダンスする人たちの合間をぬって歩きながら、ハーヴェイは屋敷のあれこれを説明してくれる。
いちいちわたしへのほめ言葉が添えられているのは、恥ずかしいけれど。
心躍るひとときだ。
「気になりますか?」
「え?」
女性たちの華やかなドレスが舞うのに見惚れていたら急に、そんなふうに言われた。
「せっかくです。招待客の方々に混じって、踊っていらっしゃったらいかがですか」
「い、いやぁ……ダンスなんて、高校の演劇部でやって以来だし……」
「他の人と主様がダンスするのを見るのは、少々胸が痛みますが。しかし今宵はそのお姿を、世界中に知らしめたい気分なんです」
「ハーヴェイ」
眩しそうに、そう言って眺めてくる、あたたかな眼差しを受け止め、わたしは、俯いた。
油断してつい、言葉が出た。
「あたしは……ハーヴェイと踊りたいな」
「なっ。主様……。しかし……」
赤くなってもごもごと、彼はなにか呟いている。
そうか。
アプリにも世界観というものがある。
執事が主と踊るのはまずいのか。
ふっと笑ってわたしは、彼の手を持ち上げた。
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「え。主様——」
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わたしは会場の外へ、彼を連れ出した。
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