ラヴェンナ・ヴァラディ ~語れる司書の物語~

ほか

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第1話 宅配司書と作家志望

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 ホノルルの海岸から少し外れた通り。



 シーリングファンが回転する、開放的な木組みのカフェ。



 経営者兼バリスタのカイはバーカウンターでココナツ・コーヒーを注ぐ。







 ナッツと等しい色の髪に、ラフなシャツを身に纏い、くるくると舞うように動くその傍らには、宝石のような大粒の果実に彩られたパンケーキがずらりと並んでいる。りんごのキャラメリゼにオレンジをたっぷり添えたもの。飾られた蘭の花やラズベリーと同色のブルーベリーソースで彩ったもの――それらは彼に、人々の休日に彩を添えるものを創り出している自負を与えてくれる。



 大手企業を営む両親が見たら、くだらないとか男がそんな軟弱なものをとか、いつの時代だとつっこみたくなるたわごとを囁くだろうが。カイの上の長男が企業を継ぐために勉強を始めてくれたのもあって、最近は放っておいてくれるようになった方だと思う。







 ただ、身軽でいたかった。



 生まれた場所で一生を終えるなどごめんだ。もっといろんな国々を見て回りたいし、肌の色も年齢も問わず人と話したい。人が作り上げる思想、芸術、そして人々そのもの。その中にこそ人生のギフトがあるというのがカイの持論である。



 いちごがトップに添えられた小ぶりのアサイー・ボウルが目に映った刹那、カイの脳裏を過った人物がある。



 いちごのような頬を持った恋人だ。



 カイの淹れるコーヒーを世界一おいしいと言ってくれた。



 来店してくれたその日から、ハワイ州の別の島、ハワイ島から互いにここ、オアフ島へやってきた同士だと知ってあっと言う間に打ち解けた。



 別に恋人の条件に意識していたわけではないが、三歩下がってついてくるような、大人しい従順な女性。



 あのくりくりした柔らかな目を思い浮かべると自然、相好が崩れる。



 その傍ら、窓をこつん、と叩く音がする。







「カイ」







 名を呼ばれバリスタは顔を窓辺に向けた。



 そこから覗くのは小麦色の肌に、濡れ羽色の髪とブラックカラントの瞳。



 四つ年下の女友達が勝気に微笑んでいる。



 彼女、プルメリアもまた、ハワイ有数の大手観光企業のお嬢様だ。



 時々義務と保たねばならない体面に嫌気がさし、逃げるようにこのカフェに通ってくる。







「これを返しにきたの」



 なんの気まぐれか耳の下に花なんか飾って。



 いつものように小生意気な顔で窓越しに突っ返されたのは本だった。



 経営学を学ぶ傍ら、彼が気まぐれのようにたしなんでいた、本の一部。



 にやりと、カイは笑った。



「感想は?」



 そうすると同種の笑みを、彼女も浮かべる。



「好みじゃないわ。ディケンズもシェイクスピアも」



 小洒落たポットを掲げ、カイは息を出して笑う。



 頭のいい女だ。出会った当初からずっと。



「整然とした数学的な言葉と構成。抒情的物語。きれいすぎるの」



 成功者と威張り腐っている男どもよりよほど話が通じる。



 小麦色の肌をした、おもしろい女性。







「もっと大胆な破綻がほしい。物語の中に」



 そのブラックカラントの目がきらきらと輝いている。



 ハワイの夜の海辺。星屑を浴びてきらめく白い砂浜のように。



 本を棚の上段に置きながらカイは応じる。



「世界を知らない幼子ほど万能感を持つものさ」



 気まぐれに、苦言なんか呈してやる。



「生意気言ってないで、プロットは起承転結の枠にのっとるべきだと思うね」



 そして表面に、甘い挑発を少々。



「それともきみが大胆な破綻を実演すると?」



「えぇ」



 案の定、彼女はのってきた。



 だが。



 窓枠を飛び越えて、飛びついてきたのは予想外だった。



「プルメリア」



 全身から放つ、高貴な花の芳香。



 彼女は純白の衣装を身に纏っていた。



「その、かっこう」



「あたし。……あたし」



 彼の首元に顔をうずめ。



 絞り出すように、彼女は言った。







「結婚するの。今から」
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