ラヴェンナ・ヴァラディ ~語れる司書の物語~

ほか

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第4話 宅配司書ができるまで

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 シルベステに商品として明け渡すその日まで商品の健康状態をいくらか改善して差し出す必要があるとダイアンは判断する。



 すなわち、食事、睡眠その他、生活をする必要があるということである。



 そして、淡々と仮住まいを用意し、業務にかかり直後、その前に片付ける問題があったと気付く。



 小さな身体のあちこちにあるあざや擦り傷。



 殺傷の跡と思われるものも多数。



 書物大量記憶装置――道具として売りに出されていた少女のこと。



 要因は想像に難くない。



 盗んだ商品の保護管理は業務のうちには入っていないが、擦り切れた布切れから覗く腕や足がところどころ黒ずんでいれば気になる。



 仕事柄、応急処置の仕方は心得ていたから、問題はないだろう。



「今から少し、沁みます。怖ければ目を閉じて」



 薬を塗る際顔をしかめたがガーゼをあてがわれるとふにゃりと目と頬が緩んで。



 その顔がどこか愛嬌を誘い。



 いつの間にかくすりと声を漏らしている自分にダイアンは首を傾げた。





 一つ片が付けば、問題はまた一つ。



 小路のアパートの一室に取り急ぎ寝床を整え、夕食の支度をしキッチンへ呼ぶと、少女はトマト煮もパスタもなにもかも手づかみで白い頬を真っ赤に染めて口に押し込みはじめたのだ。



 焼きたてのベーコンエッグを手で掴み熱さに取り落とす始末。



 その勢いも速度も、獣のものだった。







 だが。



 行儀悪く丸まった背中には震えが走っている。



 目を細め、ダイアンは分析する。



 まるで、叱責や折檻をされる前に平らげてしまおうとしているかのような。



 ふわり、と、小さな背に手を置くと小さな身体が反応した。







「食事にはこれを使います」



 ダイアンが掲げたかすかな照明に照らされ光るカトラリーを少女は不思議そうに眺めた。



 それを見たダイアンはわずかに瞳を眇める。



 自分もまた孤児で売られた身だが。



 必要最低限の生活能力は売られた先で身に着けた。



 この少女にはそれすらなかったのだろう。







 食事の仕方、排せつの場所から始まり、教示の内容はそう時を経ないうちに衣服の畳み方とベッドの整え方になった。



 九才の子どもの呑み込みは早かった。



 二週間もすれば少しやつれた年相応の無口な少女のようになる。



 共に生活を始め、気付けば半月が経った、そんな、ある日のこと。







 その夜、仕事を終えアパートに戻ったダイアンは、洗面所で服を洗っていた。



 消えない血の匂いに神経が滅入る。



 洗っても取れない染みは、ずっとずっと、消せないものを暗示しているようで。



 ふいに視線を感じて振り向くと、少女が壁際からこちらを見つめていた。



「起こしてしまいましたか」



 詫びるも、うまく笑えていたかどうか。今宵ばかりは自信がない。



 少女は逡巡を伴いながら歩み寄り、きゅっとダイアンの服の裾を握り締めてきた。



「この匂いは不快でしょう。――早く寝床に戻って、お休みなさい」



 そう指示を出すも、彼女は自らが握ってできた彼の服の皺に顔を寄せ離れない。



 そのまま、胸の真ん中に無数の皺が刻まれたような、妙な心地になる。



「心配、させてしまったようですね」



 屈み込み、少女と視線を合わせ、しばし黙考する。



 ぎゅっと、案ずるようにこの膝に身を埋める彼女の名はBLS09。



 書物大量記憶装置。



 思い起こしたら余計に滅入るような事実にふと、一筋の光が投げかけられる。



 そういえば彼女は書物を諳んじているんだった。



「心配してくれているのなら、ありがとう。……もし、何かしたいと思ってくれているのなら。そうですね」







 本の言葉ならば。



 最初はただ、そんな淡い期待だった。



「語っていただけますか」



 とはいえ脳の大半を支配するのはやりきれなさである。 



 こんないたいけな少女が言葉を失くす。



 それがこの世界だ。



 半ば投げやりに、気まぐれに。



 それでも彼は請うた。







「何でもいい。あなたが好きな物語を僕に」



 少女に向けたものだったかが声音は柔らかいが、紛れもない皮肉だった。



 世の中への、皮肉。



 小さな存在への期待はあれどほんのかすかで。



 語れるはずがないだろうと思っていた。



 自分の言葉を失った少女に。



 ――だが。







「――古代ペルシア」



「ササン朝はインドにまで領土を広げ」







 学術的ともいえる用語を含んだ文章。



 そう、それは紛れもなく文章だった。



 いやそれ以上のものか。



 くっきりとした発音で。



 少女は言葉を発音した。



「周辺に浮かぶ大小の島々を支配し、ガンジスを超えて中国へといたる地域を統治いたしました」



 よく通る、凛とした、澄んだ声。



 生じたのは驚きではなく何故か、まどろみだった。



 心地よい眠気に誘われ閉じた目に浮かぶ古びた地図――広大なガンジス河と、ペルシアの装束を身に纏う人々。



 ようこそ、異国情緒に満ち溢れた物語の世界へ。



 どこからともなく、そんな声がする。







 本の表紙がひとりでに開きそう誘うようだ。



 少女は語り始めた。
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