ラヴェンナ・ヴァラディ ~語れる司書の物語~

ほか

文字の大きさ
82 / 94
第5話 宅配司書が死ねない理由

3

しおりを挟む
 紅色に金の装飾のついた扉を開けると、高々とそびえる円天井からの光がラヴェンナのセピアの髪に一筋の銀を投げ入れる。



 施された絵画に金の装飾。



 それらをぐるりと隙間なく囲む、ウィスタリア私立図書館の開架書架。



 出向いていった中央カウンターにひっそりと立っていた女性を見た時、何故だか全身がぞくりとしたのをラヴェンナは感じた。







 何故だろう。儚げな美しい女性なのに。



 セピア色の髪と、ウィスタリアの瞳。



 開口一番、その女性はこう言ったのだ。







「生きているる意味って、なんですか」



「――」







 だが、ここでたじろぐ宅配司書ではない。



 人生に惑う人をまた一人救えるかもしれない野心に燃え、さっそくラヴェンナは書物を書架から寄り集め彼女に示した。宅配司書に訪問する日程も場所も訊きそびれるほどの情熱を持って。



「こちらのディケンズ作『クリスマス・キャロル』には、孤独な老人がクリスマスに訪ねてくる三人の幽霊との旅を通して最後にいきつく幸せの形を提示していますし、幸せな家族像といえば『若草物語』でしょうか。それともお客様は人間関係でなく、お仕事に人生の意義を見出したいですか? でしたら、オー・ヘンリーの短編集から『最後の一葉』はいかがでしょう。自分だけを待っている、人生最後の仕事。それを一枚の葉を描くことに見出した老人の話です。なぜそんなことに? と思いますよね。これを読まれればきっその意義深さがおわかりいただけるはずで――」







 熱湯が迸るように語られた言葉は、不気味な忍び笑いに遮られる。



 目の前の女性は可笑しそうに、笑っていた。



「家族も、仕事も名声も、健康な心身すら」



 かっと見開かれたウィスタリアの目には狂気の色があった。



「ぜんぶ、ぜんぶ。生きているうちに失ったとしたら?」



 ラヴェンナは言葉を止めた。



 ぞわりと全身が逆立つような感覚。



「宅配司書さん」



 だがその声はか細く生気がない。



「来てほしいの、うちに」







 唐突な言葉に数秒逡巡したのち、気持ちを切り替える。



「申し訳ありません。ご納得いただける答えを提示できなかったようです。でもご安心くださいね。人生の意味を問うた書は無数にあり、答えもその数だけ、いえ、それを読んだ人の数だけあるのです。――お客様だけのたった一つに辿り着くためには、そう、まずはレファレンスを兼ねた全体的な計画を立案を優先すべきでした」







 一礼し、引き出しから宅配司書申し込み用紙を取り出す。



 雰囲気でお客様を判断するなど、あってはならないことだ。



「訪問希望とのこと、かしこまりました。しばらく出張の予定もありませんし、大丈夫ですよ。どのような本をお望みですか? お望みのブックトークのテーマはございますか?」



 手際よく、パソコンのマウスと、目録を用意する。



「あなた自身が、ほしいと言ったら」



 格段に低くなった声に、ぞわりと心臓ごと震える。



 思考が停止し、パニックになる。



 何故だ。



 自身の身体の反応にラヴェンナは戸惑う。



 まるで強制終了のように――。







「申し訳ありません。当社は図書館ですので、そのようなご注文は承っていないのです」



 答えた声は社長のダイアンだった。



 品の良いスーツ姿でいつの間にかカウンターのすぐ横にたたずんでいた長身の彼に、ぎりろと、女性の目が向けられる。



「人さらい! 泥棒!」



 それまでの弱々しさから人が変わったような、強い憎悪を滲ませた叫び。



 目にも止まらぬ速さでカウンターの内側に回り込まれ、首筋に回される手がぞっとするほど冷たく、思わずラヴェンナは瞳を閉じそうになる。



「あたしはこの子がいないと生きていけない! それなのにあなたは。我が子と親を引き裂いて楽しいの⁉ この人でなし!」







 図書館員の面々はもちろん、閲覧席にいた客も驚いてこちらを見つめている。



 ただ一人、落ち着きはらったダイアンはにこりと微笑んだ。



「あなた方はラヴェンナさんを捨てたのです。それをわたしが拾った。彼女の身の置き所はわたしに一任していただきます」



 つつ、と首筋に生ぬるい感触を感じれば、女性の爪がラヴェンナの首に食い込んでいるのだった。



 すっとダイアンの口元から笑みが消え去る。



「それを逸脱されるようであれば、こちらにも考えがございますが」



 帳を降ろしたように停止が迫りくる頭をラヴェンナはどうにか動かそうとあがく。



 この女性は誰? 我が子と親とはどういうこと?







「彼女はうちの司書です。ご用向きの際は社長室へお願いいたします」



 冷や汗がすうっと引いたのと同時。



 女性の手の感触も首筋から消え、そわりそわりと、彼女は図書館エントランスへ去っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。 五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。 都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。 見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――! 久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――? 謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。 ※カクヨムにも先行で投稿しています

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

処理中です...