ラヴェンナ・ヴァラディ ~語れる司書の物語~

ほか

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第5話 宅配司書が死ねない理由

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「戸締りよし、地下よし」



 ずっと起きているわけにもいかないから、そろそろ消灯にしようかと電気を消しにプルメリアが布団から立ち上がった時、その音は響いた。



 激しい振動とともに、天井のガラスが叩き割られる。



 破片とともに降って来たのは、セピア色の髪にウィスタリアの目の美貌を憎悪の表情で歪めた女性――数日前、ラヴェンナの首を絞めた客だった。







「ひっ」



「嘘でしょ。まさか上から⁉」







 プルメリアとスウィーティが駆け寄るが女性は狂気的な力で引き剝がして、



「グレース‼」



 そう叫びラヴェンナの胸をナイフで突く。



 ――その手が、蹴り上げられた。



「ご用があるなら社長室を通してくださるのが筋だとお伝えしたはずです」



 いつからそこにいたのか。



 平生以上の極上の笑みを浮かべて。



 スーツも皺一つ寄せ付けないままで。



 ダイアン・オルブライトがそこに立っていた。



 ――すごい怒ってます……。



 ラヴェンナ認識した時にはその身を抱きかかえダイアンはシャンデリアの上に飛び映る。



 その飛翔距離、十メートルは難くない。



「すごっ。社長って何者?」



 見上げて瞠目するプルメリアに次いで、感嘆の声。



「名案だ。あそこなら攻撃は――」



 そしてそれにつっこむスウィーティの声。



「ってワットもいつからいたのっ⁉」







 だが、敵も一枚上手だった。



 服に仕込んでいた縄を駆使してあっという間に二人のいるシャンデリアに上りつめる。



 くっと喉で呻いた直後、ダイアンは抱えているラヴェンナに囁く。



「こちらで注意をひきつけ相手をします。本棚を伝って少しずつ降りなさい」



「は、はい」



 どうにか頷き、ラヴェンナはその身体をそっと手近にある本棚に添わせる。



 そして徐々に、棚を伝って下降していく。



 ――蜘蛛。今のわたしは蜘蛛様です。



 そうしているあいだにも、シャンデリアや本棚で女性の執念とダイアンとの攻防が繰り広げられる。



 ワットも縄や脚立を使い応戦する。



 ようやく地上に降り立ったラヴェンナは、プルメリアとスウィーティに抱き留められ入口へと走り出した。



 その背にも声は告げられていた。







「グレース、グレース。返事をしないかっ」



 グレース。



 昔よく聞いていたような。



 何を示す単語だったか、緊急時の頭では思い出せない。



「どうしても、ティアベル一族の歌声を絶やしてはならない。それが正義だと教わってきたのに」



 朧気ながら立ち上ってくる、古い記憶。



「好きでもない男と結婚をして、子を産んで、歌手としてのキャリアも、経験も、ぜんぶ、ぜんぶ犠牲にして。なのに」



 覚えのある、美しい顔。



 繰り返し殴られた。あの白い手。



「お前はわたしを裏切った! 声も出ない出来損ないめ!」



 徐々に聴くのが怖くなった、歌声。



 彼女は。



 出口へと辿り着いた時、その名がようやく脳内ではためく。



 著名な歌手だったわたしの母親、ルビー・ティアベル。







「ラヴェンナ、早く!」



「ラヴェンナちゃん!」







 二人の同僚に両手を取られかけた時。 



 一冊の本が書架の高い位置から落ちた。



 地上の中央、カウンターのすぐそばに。



 ……あれは。あの絵本は。



 ゆっくりと、ラヴェンナは振り返る



『なまえのないねこ』。



 両親から破棄され、ダイアン社長に拾われ、本を与えられ。



 はじめてのブックトークで使ったまさにその本。



 ダイアンがいなければ知ることもなかった物語と心。







『ラヴェンナ』



『ラヴェンナちゃん』



『ラヴィ』





『ラヴェンナさん』





 名を呼ばれる、歓び。



 あのたった一冊が、これから人々に与える、気持ち。



 くるりと、ラヴェンナは踵を返していた。



「ばかっ! 何やって――」



「だめ、ラヴェンナちゃん!」







 大切な一冊を、抱え込んだ時だった。



 助走をつけ、ルビーが力任せに書棚に衝撃を与えた。



 カウンターに近寄ったラヴェンナの頭上に大量の本が落下した。
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