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3章 春乃
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半分も席の埋まらなかった映画が終わると、龍太郎は亜希を最上階に誘った。建物の天辺には、巨大な観覧車が乗っかっている。
だが日曜日の午後となると、そこには長蛇の列ができていた。皆思うことは同じらしい。
「この観覧車、貰いものなんだって」
「貰いもの?」
「県外の遊園地から運んできたものらしい」
龍太郎は彼なりに調べてきているようだ。
閉園になる遊園地から譲られた観覧車は、今も様々な客を乗せてゆっくりと回り続けている。それでも中々捌ききれない列で三十分待ち、ようやく二人は青いゴンドラに乗り込んだ。
「あっちが駅ってことは、こっちが大学だな」
龍太郎には見覚えのある街並みだが、亜希にはとんと馴染みがない。龍太郎が指す方角には、ぽっかり空いた敷地とそこに並ぶいくつかの建物。
「龍兄い、この観覧車も初めて?」
「そうだなあ。存在は知ってたけど、乗ったことはなかったな」
眼下には所狭しとパズルのように、ビルや家々が一面に敷き詰められている。日曜午後の晴天は青く透き通っていて心地が良い。
「流石に州徳はわかんないな」
ゴンドラが天辺に来た頃に龍太郎は周囲を見渡すが、視認できるような場所に高校はない。
「見えるわけないよ」
そう返す亜希も、思わずその方角を見つめてしまう。こうすると、この地上で急ぎ足で歩く日常がなんともちっぽけなものに思えてきてしまう。たまにはこんな気分転換もいいのかもしれない。
どことなくふわふわした気持ちでゴンドラから下り、今度は下の階へ向かう。
「亜希、なんか寄りたい店とかないのか」服屋の並ぶ階で龍太郎が言った。「ほら、せめてああいうのとか」
彼は足を止め、店頭に並ぶ眼鏡の一つを指さした。機能性よりも見た目を重視した、桜色のフレームが可愛らしい眼鏡だ。
「家用で持っててもいいんじゃないか」
「家で眼鏡変える必要なんてないじゃない」
「どっか出かける時とか。バイトしてんだろ、そん時にかけても」
「いいよ、そんなの。働いてるのにお洒落なんかする必要ないし」
味気ない亜希の返事に、龍太郎は「はいはい」と肩をすくめた。
「それより本屋さん行きたいんだけど、寄ってもいい?」
「何買うんだ」
「英語の問題集」
「……おまえらしいよなあ」
ため息をつく彼を他所に亜希はさっさと買い物を済ませ、休憩にと一階のフードコートに落ち着くことになった。龍太郎は屋上から一階に向かう間に、彼女の好きな店を回るつもりらしい。
周囲にクレープやパフェ、ハンバーガーに丼物と様々な店が並ぶ広いフードコートだ。亜希がうどんをすする向かいで、龍太郎がラーメンに箸をつける。時刻は午後の三時を回っている。
「やっぱりこういうとこより、もっと落ち着いたとこの方がいいのかな」
おやつ時に騒ぐ子どもたちを遠目に見ながら龍太郎が言った。「どこかの喫茶店とか」
「うーん」水を飲み、亜希は少し考える。
「そうかもしれないけど、ここでもいいんじゃない」
「そうかな」
「映画館でお金使うし、少しでも安上がりの方がいいでしょ」
「そりゃそうだけどさあ」
金のない大学生という身分の龍太郎は、口ごもる。彼も彼女もアルバイトをしているが、出来れば節約したいというのが本音だろう。しかしそれを夏休みのデートにも当てはめていいものかが考えどころらしい。
「もし行きたいところがあるなら、もちろん行ったらいいと思うけど。そうじゃないなら、フードコートで好きなもの食べてお喋りしてもいいんじゃない」
一緒に観る映画や食事をする場所を選ぶのも楽しみの一つではないかと、亜希は提案する。ある程度の幅がある方が気楽に楽しめるとも思う。
「お金が浮けば、それで何かプレゼントしたら喜ぶんじゃないかな」
なるほど、と龍太郎は手を打った。
「なんにしても、それだけ考えてくれるなら、きっと喜ぶよ」
亜希は何の気なしに言ったが、素直な彼は納得したように何度も頷いた。
「やっぱ亜希も女子だなあ。相談してよかったよ」
なんだか失礼だ。そう思いながら亜希は「でも」と釘をさす。
「観覧車は、映画より前に行った方がいいよ。映画の時間にもよるけど。十時に集合なんでしょ」
今日と同様、十時は施設の開く時間だ。
「乗るんだったら、きっと開店直後の方が空いてると思うから。今日みたいに三十分も屋上で待ちぼうけ、なんてことにならないと思う」
「そう言われりゃあ、そうだなあ」
ラーメンを食べることも忘れて頷く兄のデートが、上手くいけばいいと亜希も思う。それと同時に、これほど大切に想われる彼の恋人が気にもなるし、少しだけ羨ましいという気にもなってしまう。
「食べないと、伸びちゃうよ」
敢えて素っ気なく言い、亜希は麺を口に運んだ。
だが日曜日の午後となると、そこには長蛇の列ができていた。皆思うことは同じらしい。
「この観覧車、貰いものなんだって」
「貰いもの?」
「県外の遊園地から運んできたものらしい」
龍太郎は彼なりに調べてきているようだ。
閉園になる遊園地から譲られた観覧車は、今も様々な客を乗せてゆっくりと回り続けている。それでも中々捌ききれない列で三十分待ち、ようやく二人は青いゴンドラに乗り込んだ。
「あっちが駅ってことは、こっちが大学だな」
龍太郎には見覚えのある街並みだが、亜希にはとんと馴染みがない。龍太郎が指す方角には、ぽっかり空いた敷地とそこに並ぶいくつかの建物。
「龍兄い、この観覧車も初めて?」
「そうだなあ。存在は知ってたけど、乗ったことはなかったな」
眼下には所狭しとパズルのように、ビルや家々が一面に敷き詰められている。日曜午後の晴天は青く透き通っていて心地が良い。
「流石に州徳はわかんないな」
ゴンドラが天辺に来た頃に龍太郎は周囲を見渡すが、視認できるような場所に高校はない。
「見えるわけないよ」
そう返す亜希も、思わずその方角を見つめてしまう。こうすると、この地上で急ぎ足で歩く日常がなんともちっぽけなものに思えてきてしまう。たまにはこんな気分転換もいいのかもしれない。
どことなくふわふわした気持ちでゴンドラから下り、今度は下の階へ向かう。
「亜希、なんか寄りたい店とかないのか」服屋の並ぶ階で龍太郎が言った。「ほら、せめてああいうのとか」
彼は足を止め、店頭に並ぶ眼鏡の一つを指さした。機能性よりも見た目を重視した、桜色のフレームが可愛らしい眼鏡だ。
「家用で持っててもいいんじゃないか」
「家で眼鏡変える必要なんてないじゃない」
「どっか出かける時とか。バイトしてんだろ、そん時にかけても」
「いいよ、そんなの。働いてるのにお洒落なんかする必要ないし」
味気ない亜希の返事に、龍太郎は「はいはい」と肩をすくめた。
「それより本屋さん行きたいんだけど、寄ってもいい?」
「何買うんだ」
「英語の問題集」
「……おまえらしいよなあ」
ため息をつく彼を他所に亜希はさっさと買い物を済ませ、休憩にと一階のフードコートに落ち着くことになった。龍太郎は屋上から一階に向かう間に、彼女の好きな店を回るつもりらしい。
周囲にクレープやパフェ、ハンバーガーに丼物と様々な店が並ぶ広いフードコートだ。亜希がうどんをすする向かいで、龍太郎がラーメンに箸をつける。時刻は午後の三時を回っている。
「やっぱりこういうとこより、もっと落ち着いたとこの方がいいのかな」
おやつ時に騒ぐ子どもたちを遠目に見ながら龍太郎が言った。「どこかの喫茶店とか」
「うーん」水を飲み、亜希は少し考える。
「そうかもしれないけど、ここでもいいんじゃない」
「そうかな」
「映画館でお金使うし、少しでも安上がりの方がいいでしょ」
「そりゃそうだけどさあ」
金のない大学生という身分の龍太郎は、口ごもる。彼も彼女もアルバイトをしているが、出来れば節約したいというのが本音だろう。しかしそれを夏休みのデートにも当てはめていいものかが考えどころらしい。
「もし行きたいところがあるなら、もちろん行ったらいいと思うけど。そうじゃないなら、フードコートで好きなもの食べてお喋りしてもいいんじゃない」
一緒に観る映画や食事をする場所を選ぶのも楽しみの一つではないかと、亜希は提案する。ある程度の幅がある方が気楽に楽しめるとも思う。
「お金が浮けば、それで何かプレゼントしたら喜ぶんじゃないかな」
なるほど、と龍太郎は手を打った。
「なんにしても、それだけ考えてくれるなら、きっと喜ぶよ」
亜希は何の気なしに言ったが、素直な彼は納得したように何度も頷いた。
「やっぱ亜希も女子だなあ。相談してよかったよ」
なんだか失礼だ。そう思いながら亜希は「でも」と釘をさす。
「観覧車は、映画より前に行った方がいいよ。映画の時間にもよるけど。十時に集合なんでしょ」
今日と同様、十時は施設の開く時間だ。
「乗るんだったら、きっと開店直後の方が空いてると思うから。今日みたいに三十分も屋上で待ちぼうけ、なんてことにならないと思う」
「そう言われりゃあ、そうだなあ」
ラーメンを食べることも忘れて頷く兄のデートが、上手くいけばいいと亜希も思う。それと同時に、これほど大切に想われる彼の恋人が気にもなるし、少しだけ羨ましいという気にもなってしまう。
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