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3章 春乃
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「そうだったんだ」しかし不満げな亜希に構わず、春乃は尚も言った。「でもいいなあ。兄妹デート。楽しそう」
龍太郎はのんびりと笑い、亜希だけが憮然とする。そんな二人を見ながら、春乃は微笑んだ。「私もしたいなあ」
「したいって、春乃ちゃん、兄貴いたっけ?」
「ううん、いるのは弟です」
「へえー。そういえば、知らなかったなあ」
そうだ、とぱっと顔を明るくし、彼女はスカートのポケットからスマートフォンを取り出した。「写真嫌いな子で、あまり撮らせてくれないんだけど……」どうやら弟の写真を見せてくれるらしい。
「どれどれ……」龍太郎が身を乗り出す。
春乃が差し出す機器の画面を、亜希も覗き込んだ。
途端、思わず「えっ」と小さく声を零してしまう。
「かっこいいでしょ?」
誇らしげな彼女が見せた写真には、紛れもなく来栖航が写っていた。どこかの喫茶店のようで、イスに座った彼はテーブル上のカップに手を添えて笑っている。着ているのは確かに州徳高校の制服だ。
学校に加えアルバイト先でも既に何度も顔を合わせているのだから、見間違えようがない。だが亜希は更に、彼の表情に対して驚愕した。あの来栖航が楽しそうに笑っている。いつもの人をナメた表情でもやる気のない顔でもなく、年相応、いや、年齢より幼く見えるほど無邪気な笑顔を見せている。こんな顔が出来たのかと、思わず感心してしまうほどに。
「何歳? 今高校生?」
「二つ年下で、今年高一で……そう、亜希ちゃんと同い年です。これは確か、四月の初めに会った時に撮ったんです」春乃は声を弾ませる。
「中学の頃からバイトしてて、なのに勉強もちゃんとして。頑張り屋で優しい、自慢の弟なんです」
「流石、春乃ちゃんの弟だなあ」
和気藹々と話す二人の横で、「来栖くん……」と思わず亜希は呟いた。「え?」と春乃が亜希の方を向く。
「あの、来栖航、くんですよね」
「知ってるの?」
「亜希、知り合いなのか?」
春乃と龍太郎が声を合わせて亜希の方に目を向ける。特に春乃の驚き様から、この少年は来栖航で間違いないらしい。
「私、四月に州徳高校に入って。それで来栖くんとは、同じクラスなんです。偶然なんですけど、バイト先も同じで……」
「バイトまで?」春乃は両手を合わせる。「すごい! 確か、オリオンっていうお店だよね」
「そうです」
「そっかあ。あの子、自分のことはあんまり話してくれないから、バイト先の話なんて聞かせてくれなくって。航ちゃんと亜希ちゃんがいるなら、今度行ってみようかな」
「航ちゃん……」
楓からの呼び名なら彼の幼さだろうと納得したが、姉の春乃がちゃん付けするということは、随分仲が良いのだろう。可愛らしさなどちっとも見出せないキャラクターなのに。
「航くんって名前?」
龍太郎が不思議そうな顔で口を挟むのに、春乃は頷いた。
「来栖くんっていうのは、じゃあ……」
当然、それには亜希も疑問を抱いた。ついさっき、彼女は飯田春乃と名乗った。それなのに、彼女は来栖航と姉弟だと言う。
「私のお母さんの前の旦那さんが、来栖っていうの」
「ということは、春乃さんのお母さんの旧姓が、飯田さんなんですね」
亜希は得心したが、しかし春乃は「そうなんだけど……」と言って付け加える。
「お母さんと、私の前のお父さん……つまり来栖さんがお互いバツイチで、結婚して。それで二年だけ一緒に暮らしてまた別れたんだ」
「あー、えっと、つまり……」空気中に描いた家系図を見るように、龍太郎は目を泳がせる。「その弟くんは、義理の弟ってこと?」
「そう。私が十一で、あの子が九歳の時から二年だけ、一緒に暮らしてました。血の繋がりっていうのはないです」
思わず、亜希と龍太郎は顔を見合わせた。兄にとっても春乃の話は意外だったのか、明らかに驚いた表情をしている。
「あの子、今はお父さんとも離れて一人で暮らしてて。州徳に通って勉強しながらバイトもして」
航をとても大事に想っているのだろう。はにかむ彼女は嬉しそうだ。
「忙しくて夏休みもなかなか会えないんですけど。本当に、自慢の弟なんですよ」
何故、彼女が自分たち兄妹の休日を羨んでいるのか、亜希も納得した。春乃は航を思いやりながら、本当は一緒の時間を過ごしたいのだ。義理といえども、一度は同じ屋根の下にいた姉弟。その絆を彼女は大事にしているに違いない。
「春乃ちゃんに、ここまで言わせるなんてなあ」龍太郎は腕を組んで唸る。
「姉弟ですから」
胸を張り、春乃は笑った。
龍太郎はのんびりと笑い、亜希だけが憮然とする。そんな二人を見ながら、春乃は微笑んだ。「私もしたいなあ」
「したいって、春乃ちゃん、兄貴いたっけ?」
「ううん、いるのは弟です」
「へえー。そういえば、知らなかったなあ」
そうだ、とぱっと顔を明るくし、彼女はスカートのポケットからスマートフォンを取り出した。「写真嫌いな子で、あまり撮らせてくれないんだけど……」どうやら弟の写真を見せてくれるらしい。
「どれどれ……」龍太郎が身を乗り出す。
春乃が差し出す機器の画面を、亜希も覗き込んだ。
途端、思わず「えっ」と小さく声を零してしまう。
「かっこいいでしょ?」
誇らしげな彼女が見せた写真には、紛れもなく来栖航が写っていた。どこかの喫茶店のようで、イスに座った彼はテーブル上のカップに手を添えて笑っている。着ているのは確かに州徳高校の制服だ。
学校に加えアルバイト先でも既に何度も顔を合わせているのだから、見間違えようがない。だが亜希は更に、彼の表情に対して驚愕した。あの来栖航が楽しそうに笑っている。いつもの人をナメた表情でもやる気のない顔でもなく、年相応、いや、年齢より幼く見えるほど無邪気な笑顔を見せている。こんな顔が出来たのかと、思わず感心してしまうほどに。
「何歳? 今高校生?」
「二つ年下で、今年高一で……そう、亜希ちゃんと同い年です。これは確か、四月の初めに会った時に撮ったんです」春乃は声を弾ませる。
「中学の頃からバイトしてて、なのに勉強もちゃんとして。頑張り屋で優しい、自慢の弟なんです」
「流石、春乃ちゃんの弟だなあ」
和気藹々と話す二人の横で、「来栖くん……」と思わず亜希は呟いた。「え?」と春乃が亜希の方を向く。
「あの、来栖航、くんですよね」
「知ってるの?」
「亜希、知り合いなのか?」
春乃と龍太郎が声を合わせて亜希の方に目を向ける。特に春乃の驚き様から、この少年は来栖航で間違いないらしい。
「私、四月に州徳高校に入って。それで来栖くんとは、同じクラスなんです。偶然なんですけど、バイト先も同じで……」
「バイトまで?」春乃は両手を合わせる。「すごい! 確か、オリオンっていうお店だよね」
「そうです」
「そっかあ。あの子、自分のことはあんまり話してくれないから、バイト先の話なんて聞かせてくれなくって。航ちゃんと亜希ちゃんがいるなら、今度行ってみようかな」
「航ちゃん……」
楓からの呼び名なら彼の幼さだろうと納得したが、姉の春乃がちゃん付けするということは、随分仲が良いのだろう。可愛らしさなどちっとも見出せないキャラクターなのに。
「航くんって名前?」
龍太郎が不思議そうな顔で口を挟むのに、春乃は頷いた。
「来栖くんっていうのは、じゃあ……」
当然、それには亜希も疑問を抱いた。ついさっき、彼女は飯田春乃と名乗った。それなのに、彼女は来栖航と姉弟だと言う。
「私のお母さんの前の旦那さんが、来栖っていうの」
「ということは、春乃さんのお母さんの旧姓が、飯田さんなんですね」
亜希は得心したが、しかし春乃は「そうなんだけど……」と言って付け加える。
「お母さんと、私の前のお父さん……つまり来栖さんがお互いバツイチで、結婚して。それで二年だけ一緒に暮らしてまた別れたんだ」
「あー、えっと、つまり……」空気中に描いた家系図を見るように、龍太郎は目を泳がせる。「その弟くんは、義理の弟ってこと?」
「そう。私が十一で、あの子が九歳の時から二年だけ、一緒に暮らしてました。血の繋がりっていうのはないです」
思わず、亜希と龍太郎は顔を見合わせた。兄にとっても春乃の話は意外だったのか、明らかに驚いた表情をしている。
「あの子、今はお父さんとも離れて一人で暮らしてて。州徳に通って勉強しながらバイトもして」
航をとても大事に想っているのだろう。はにかむ彼女は嬉しそうだ。
「忙しくて夏休みもなかなか会えないんですけど。本当に、自慢の弟なんですよ」
何故、彼女が自分たち兄妹の休日を羨んでいるのか、亜希も納得した。春乃は航を思いやりながら、本当は一緒の時間を過ごしたいのだ。義理といえども、一度は同じ屋根の下にいた姉弟。その絆を彼女は大事にしているに違いない。
「春乃ちゃんに、ここまで言わせるなんてなあ」龍太郎は腕を組んで唸る。
「姉弟ですから」
胸を張り、春乃は笑った。
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