完全少女と不完全少年

柴野日向

文字の大きさ
16 / 48
4章 秘密と約束

しおりを挟む
 短い夏休みは、あっという間に終わりを告げた。亜希は当然のごとく、一日も休まず補習授業に出席し、一度だけ子之葉と遊びに出かけた日を除いて勉強に没頭した。州徳高校では油断をすればあっという間に成績は周囲に追い抜かれてしまう。アルバイトというハンデを抱えていることを思うと、焦りは留まるところを知らない。
 だが、亜希はそのストレスをむしろ誇らしく感じていた。憧れだった州徳校生の一員としての重圧である。補習授業も多量の課題も、なんの苦にもならない。オリオンでのアルバイトも、自分が周囲より一歩先に大人になったのだという気がして自然と身が入る。
 その点、来栖航は真逆の姿勢を見せていた。オリオン以外に短期のアルバイトを行い、学校の補習授業には殆ど姿を見せなかった。真面目な学生ばかりの州徳高校では、補習授業に対して生徒の出席率は百パーセントといっても過言ではない。それを百から九十九に下げるのが彼だった。「強制じゃないし」と彼は言っていたが、亜希には残りの一パーセントに入る勇気がそもそもありそうもなかった。しかしそんな彼の態度は周囲に受け入れられており、生徒も教師も「またか」という顔をするだけだった。
 そんな夏休みもすぐに明け、州徳高校には普段の日常が瞬く間に戻ってくる。
「亜希はさ、コンタクトにはせえへんの?」
 昼休み、いつもの如く教室で共に弁当を食べていると、不意に子之葉が言った。
「なんで?」
「なんでって、邪魔そうやから。眼鏡」子之葉は自分の目元で指を動かし、架空の眼鏡をずり上げる真似をする。
「さっきも体育の時、落としそうになってたやん」
「大丈夫よ。慣れてるから」
 そんな返事に、子之葉は「ふーん」と気のない返事をする。連日、窓の外には青空が広がる天気。テニス部で活躍する彼女はすっかり日に焼けている。
「イメチェンとかせえへんのかなーって」
「私が?」
 どうして、と言いたげな顔をする亜希を見ながら、子之葉は弁当箱のブロッコリーを摘む。
「眼鏡とか髪型とか、小学校の時とほとんど変わってへんし。せっかく高校生になったんやから、ちょっとは遊んでみんともったいないで」
「私はいいの。そういうの。だいたい子之葉だって……」
 言いかけて、亜希は口を閉ざした。子之葉も昔と大きな変化はないが、改めて見ると肩にかかる髪は緩く内側に巻かれている。箸を持つ指先の爪は、無色のマニキュアを塗っているようでとても艶やかだ。
「部活行く頃には落ちとんやけどね。これ以上伸ばしたら邪魔になるし」彼女は笑って自分の髪に触れる。「そんな見んとってや。なんか恥ずかしいやん」
「子之葉がお洒落になってる……」
「こんなん大したことないって。みんなもっと苦労しとんやから」
 けらけらと笑う彼女は、ふと教室の出入り口に目を止めた。「あれ、凛香やん」
 亜希も教室の前方を振り向いた。教室と廊下の境に立つ女子生徒は、四月に初めて会話をした、山本凛香という少女だ。彼女に苦手意識を持っている亜希は積極的に彼女に関わろうとしなかったし、幸い教室のある階が違っているためすれ違うこともほとんどなく、あれからまともに会話はしていない。
 彼女はこちらに手招きをしているが、もちろん用があるのは子之葉に対してだろう。二人ともそう思ったから、子之葉は弁当を置いて立ち上がり、凛香の方へ向かった。
 多分、教科書を貸して欲しいとか、そんなことだろう。自分には関係のないことだと、亜希は続けて弁当を食べる。
 だが子之葉はすぐに戻ってくると言った。
「うちやないって。なんか、亜希に用事やってよ」
「私に?」
 ぽかんとする亜希に、子之葉は頷いた。
 まったく意味が分からない。だが、わざわざ他クラスからやって来た凛香を無視するわけにはいかない。席に着く子之葉と入れ違いに立ち上がり、亜希は首をひねりながら凛香の方に向かった。
「ねえ、今日の放課後暇?」
 開口一番、凛香は言う。
「ちょっと、話したいことあるんだけど」
「なんの話?」
「ここじゃ無理。もしかして、今日バイト?」
「今日は、シフト入ってないけど……」幸か不幸か、今日のアルバイトは休みだ。「何でバイトしてるって知ってるの」
「風の噂ってやつ。うちの学校でバイトしてる人、あんまいないしさ」
 オリオンも学校から徒歩圏内にある店だ。州徳高校の生徒も時折やって来ることを思えば、知られているのはそうそう不思議なことではない。
「体育館の脇、ベンチあるじゃん。すぐ終わるから来てくれない?」
 ようやく亜希は、逃げを打てないことに気が付いた。仕事がないと言ってしまえば店に逃げるわけにもいかず、子之葉は部活だから頼るわけにもいかない。
「用件だけでも教えてくれないの」
「だから、ここじゃ無理なんだってば。ね、お願い」
 結局、亜希は断ることが出来なかった。大して親しくもない他クラスの彼女が、わざわざ教室までやってきて自分に頼みごとをするなんて。その内容がちっとも見当がつかないことに、不安が湧く。だが、元来真面目な性格と、彼女の頼みを知りたい好奇心に押され、亜希は首を縦に振った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

処理中です...