完全少女と不完全少年

柴野日向

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6章 秋空

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 週の明けた月曜日は、少し肌寒さを感じる十一月の初め。生徒たちの制服はすっかり長袖に移行している。
 いやに緊張した気持ちで午前の授業時間を過ごし、時刻はようやく十二時半。昼休みに突入すると、購買に向かう生徒が行き交う騒々しさや、友人と弁当を囲む談笑でにわかに校内は賑やかになる。
 一時には凛香の教室に向かうつもりで、亜希も弁当を鞄から出すとそれを持って子之葉の席に向かう。先ほどの授業の感想を互いに口にしていると、子之葉が「あれ?」と疑問符を声にした。
「凛香来とるよ」
 振り向くと、教室の出入り口に凛香がいるのが見えた。一時に出向くと言ったはずなのに。亜希は驚いたが、こっちに手招きをしているから人違いではないだろう。ばっちり目が合っているから、子之葉目当てでもなさそうだ。
「うちも行こか?」
 子之葉はそう言ったが、亜希は先に食べててと彼女を制し、そちらに向かった。相変わらず凛香のスカートは短く、寒くないのだろうかと純粋に思う。
「私がそっちに行くつもりだったんだけど……」
「ちょっと、あたしも早く言っとかなきゃいけないことがあって」
 凛香の台詞に、ぎょっとしてしまう。いよいよ告白する気なのだろうか。
「いま大丈夫?」
 大丈夫、と返事をしてから慌てて教室を振り返る。向こうの席で子之葉が手を振ったので、凛香についていくことにした。
「今日寒くない?」
 短いスカートの彼女は、外は寒いからと階段を上がる。上は音楽室や理科室が並んでいる階なので、昼休みに通りかかる生徒はほとんどいない。二人は踊り場の隅で立ち止まり向かい合った。
「凛香ちゃんの話って、なに」
 表情を強張らせ、亜希は問いかける。聞きたくない、そんな気もする。彼女が直々に話をしたい理由なんて、一つしか思い浮かばない。
「亜希も話があるんでしょ。先に言ってよ」
「えっと……」言わなければいけない。そうは思うが、心の準備が出来ていない。思いがけない彼女の登場に、内心はひどく動揺したままだ。「私は、後でいいよ。わざわざ来てくれたんだし、凛香ちゃんから言って」
 彼女は少々怪訝な顔をしたが、「そう?」とすぐに納得した。
「あたしさ、亜希に協力してって言ったじゃん」
「うん」
「あれ、もう終わりでいいよ」
 どきりと心臓が鳴り、焦りを隠し通す限界を感じる。協力が要らないと言うのは、この状況の終わりを意味する。
「それって……」
 遂に先に進むつもりなのか。それを口に出すことが出来ないでいる亜希に、凛香はあっさりと頷いてみせた。
「よく考えたんだけど、もういいかなって」
「……え?」
「他に好きな人ができたんだ」
 自分の目が満月のように丸くなるのを、亜希は自覚した。凛香は目の前で、少々気恥ずかしそうに笑っている。
「もういいって、来栖くんのこと」
「そう」
「あんなに言ってたのに」
「ごめんって。せっかく協力してくれたのに」
「あっ……」狼狽のあまり、変な声すら出てしまう。「謝らなくても、いいけど」
「まあ、告る前で良かったかなって」
 思わぬ展開に、頭が混乱してしまう。いつの間に、凛香は心移りをしていたのだろう。他の人を見ている時間なんてないように思えたのに。
「好きな人って誰のことか、聞いてもいい」
「えっとね。知ってるかな、橘先輩」
 凛香が次に好きになった相手は、どうやら成績優秀な州徳の有名人らしい。そういえば、三人で立ち話をしているのを見かけたことがある。航を通じて凛香は先輩と知り合ったようだ。全ての場面をチャンスに変える姿勢には、感心してしまう。
「来栖くんと、仲がいい人だよね」
「そうそう。別に来栖が嫌だったとか、そんなんじゃないけどさ。やっぱり年上がいいかなーって。すごい競争率高そうだけど、その方がやる気出るじゃん」
「そうなんだ……」
 凛香は素直な女の子。自分の確信はどうやら正しかったらしい。
「だからほんっとーにごめんね。手貸してくれたのに」
 両手を合わせてみせる彼女に、亜希はぶるぶると首を振る。「謝らなくていいって」
「亜希には、ちゃんとお礼するから。教科書とか忘れたら、いつでも来ていいよ」
「大したことしてないし、お礼なんていいよ」
 亜希は緊張していたが、凛香も亜希の気を害さないか気にしていたようだ。彼女の表情はどこかすっきりしている。
「そういえば、亜希の話ってなに」
 思い出した風な台詞に、亜希ははっとした。
「直接言いたいことがあるんでしょ」
「ううん、やっぱりなんでもない」
 凛香の協力を断るという話は、思わぬところで必要がなくなってしまった。
「えー、めっちゃ気になる。教えてよ」
「よく考えたら、必要ない話だったから」
「ほんとにー?」
 凛香は口を尖らせたがすぐに諦めると、昼食を食べていないことを思いだしたらしい。早く戻らないと食べそびれると言い出し、亜希も子之葉の机に弁当を置いたままであることを思い出した。
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