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6章 秋空
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凛香が奢ってくれた自動販売機のペットボトル飲料を手に戻った亜希を、心配そうに子之葉が迎える。
そんな彼女も、凛香の心変わりを席で亜希に耳打ちされると、「流石やなあ」と拍子抜けの顔を見せた。「まあ、亜希としてはよかったんかな」
「うん……」曖昧に頷き、亜希は弁当を開いて卵焼きを食む。凛香には、橘が働いている悪事を話すべきだろうか。しばし考えたが、止めることにした。恐らく彼女は信じないだろうし、その恋心もまたすぐ他人に移るかもしれない。それならば、下手に伝えて嫌な気にさせる必要もない。
「女心と秋の空って、まさにこのことやなあ」
天板に頬杖をつき、子之葉は窓枠を通して今日の秋空を見上げる。昨日まで爽やかな青空が広がっていたのに、今は雨こそ降ってはいないが、灰色の雲が一面に敷き詰められているあいにくの空模様だ。降ったり晴れたり曇ったり、凛香の恋心はまさにこの天気のように移ろいでいるらしい。
「ほんなら、次は亜希の番やね」
振り向いてにやにやと笑う子之葉に、「何が?」と亜希はおにぎりを齧る。
「ほらほら、さっさとアタックせな、また凛香の気が変わるかもしれんし」
「私が?」
「他に誰がおるんよ」
「私は、そんな……!」慌てて声を潜める。「気になるっていうだけで、好きだとかそういうんじゃないし……」
「ほんまに? また後悔しても知らへんで」
可笑しそうに子之葉はくすくすと笑っている。他人事だと思って、という言葉が出そうになったが、自分を心底心配してくれていた姿を思い出すと何も言えない。恥ずかしさを飲み込むように、隅のプチトマトを口に放り込んだ。
「おっすー」
数日後、被覆室から教室に戻る途中で、子之葉が航に話しかける。相変わらず、誰とでも気軽にコミュニケーションを取る姿に、亜希は感心してしまう。
他愛のない話をしながら廊下を歩いていると、彼は思い出したように言った。
「そういえば水無瀬、山本さんと仲良いんだな」
凛香の苗字を出され、どきりとしてしまう。
「四万と話してるのは見かけてたけど。水無瀬とは反対のタイプだから、なんか意外だった」
そんなことないよ、と言いかけて口をつぐむ。彼の言う通り、自分と凛香はほぼ真逆の性格をしている。二人の会話のきっかけが自身にあることに、彼は気づいているのだろうか。
「えっとね、来栖くん、凛香ちゃんは……」
「来栖、鈍そうやから教えたるわ」
逡巡する亜希の心情を読み取り、子之葉が続ける。彼女が足を止めたので、三人とも廊下の端で立ち止まる。
「凛香な、あんたのこと好きやったんやで」
三人以外には聞き取れない声で耳打ちする。
「へえ」対して、航にあまり驚いた風はない。「過去形?」
「今は、他の人が好きになったって」答える亜希も、流石にそれが誰かを言うのは気が引けたが、航はあっさりと言った。
「橘……先輩?」取ってつけたように、「先輩」を繋げる。
「気づいとったん?」女子二人は顔を見合わせた。
「見てればわかるよ。最近やたらあの人に絡んでたからさ、そんな気はしてた」彼女が自分を通して先輩に近づいているのに、彼も気づいていたらしい。「ああ、そうか。水無瀬と仲良く見えたのもそういうことか」
察しの良い彼は、納得の表情を見せた。タイプの合いそうにない水無瀬亜希と山本凛香が一緒にいたのには、やはり理由があったのだと。
「勘がええなあ」子之葉は笑う。「じゃあ、自分がターゲットになっとったんも知ってたん?」
「そりゃあね」
「いつから?」亜希が尋ねる。
「さあ。でも結構前から薄々気づいてたよ。だって、あんなに接近されて何もない方が怖いじゃん。クラスが一緒だった時はほとんど話さなかったのに」
航は凛香の好意に気づいていながら、なにもリアクションをしなかったらしい。
「ほんなら、なんか反応してあげたらよかったやん」
「なにも言われてないのに、俺が行動起こす必要ないだろ。別に嫌いとかじゃないけど、なんか口軽そうだしさ。そういう風に見なかった」
二人は呆れたが、しかし亜希のそれは子之葉とは少し違うところにあった。喫煙だとか飲酒だとか、自分の家庭環境だとかの周りに知られたくないことを、もし付き合えば彼女に言いふらされるのではと、彼は危惧していたのだ。つまり航は初めから凛香の性格を知っていて、もともと彼女に勝ち目はなかった。
それなら少しぐらい否定的な姿勢を見せてやればと思うが、彼はそれすらもしない。面倒くさがりというか、執着がないというか。
「もったいなー。せっかく女の子が好意向けてくれとんのに」唇を突き出した子之葉は、そう言うと可笑しそうに笑った。「モテる男は辛いなあ」
「そうだなあ。つらいつらい」
航も気の抜けたように笑う。
こんな彼を攻略しようとした凛香に再度亜希は感心し、また元通りの日常がやって来たことに安堵する。残ったのは、凛香の橘に対する恋心と、眼鏡からコンタクトに変わった自分。この考えは自分勝手かもしれない。けれど少し進んだ自分たちと共に、こんな日々が変わらずに続いてほしい。そう思う。
そんな彼女も、凛香の心変わりを席で亜希に耳打ちされると、「流石やなあ」と拍子抜けの顔を見せた。「まあ、亜希としてはよかったんかな」
「うん……」曖昧に頷き、亜希は弁当を開いて卵焼きを食む。凛香には、橘が働いている悪事を話すべきだろうか。しばし考えたが、止めることにした。恐らく彼女は信じないだろうし、その恋心もまたすぐ他人に移るかもしれない。それならば、下手に伝えて嫌な気にさせる必要もない。
「女心と秋の空って、まさにこのことやなあ」
天板に頬杖をつき、子之葉は窓枠を通して今日の秋空を見上げる。昨日まで爽やかな青空が広がっていたのに、今は雨こそ降ってはいないが、灰色の雲が一面に敷き詰められているあいにくの空模様だ。降ったり晴れたり曇ったり、凛香の恋心はまさにこの天気のように移ろいでいるらしい。
「ほんなら、次は亜希の番やね」
振り向いてにやにやと笑う子之葉に、「何が?」と亜希はおにぎりを齧る。
「ほらほら、さっさとアタックせな、また凛香の気が変わるかもしれんし」
「私が?」
「他に誰がおるんよ」
「私は、そんな……!」慌てて声を潜める。「気になるっていうだけで、好きだとかそういうんじゃないし……」
「ほんまに? また後悔しても知らへんで」
可笑しそうに子之葉はくすくすと笑っている。他人事だと思って、という言葉が出そうになったが、自分を心底心配してくれていた姿を思い出すと何も言えない。恥ずかしさを飲み込むように、隅のプチトマトを口に放り込んだ。
「おっすー」
数日後、被覆室から教室に戻る途中で、子之葉が航に話しかける。相変わらず、誰とでも気軽にコミュニケーションを取る姿に、亜希は感心してしまう。
他愛のない話をしながら廊下を歩いていると、彼は思い出したように言った。
「そういえば水無瀬、山本さんと仲良いんだな」
凛香の苗字を出され、どきりとしてしまう。
「四万と話してるのは見かけてたけど。水無瀬とは反対のタイプだから、なんか意外だった」
そんなことないよ、と言いかけて口をつぐむ。彼の言う通り、自分と凛香はほぼ真逆の性格をしている。二人の会話のきっかけが自身にあることに、彼は気づいているのだろうか。
「えっとね、来栖くん、凛香ちゃんは……」
「来栖、鈍そうやから教えたるわ」
逡巡する亜希の心情を読み取り、子之葉が続ける。彼女が足を止めたので、三人とも廊下の端で立ち止まる。
「凛香な、あんたのこと好きやったんやで」
三人以外には聞き取れない声で耳打ちする。
「へえ」対して、航にあまり驚いた風はない。「過去形?」
「今は、他の人が好きになったって」答える亜希も、流石にそれが誰かを言うのは気が引けたが、航はあっさりと言った。
「橘……先輩?」取ってつけたように、「先輩」を繋げる。
「気づいとったん?」女子二人は顔を見合わせた。
「見てればわかるよ。最近やたらあの人に絡んでたからさ、そんな気はしてた」彼女が自分を通して先輩に近づいているのに、彼も気づいていたらしい。「ああ、そうか。水無瀬と仲良く見えたのもそういうことか」
察しの良い彼は、納得の表情を見せた。タイプの合いそうにない水無瀬亜希と山本凛香が一緒にいたのには、やはり理由があったのだと。
「勘がええなあ」子之葉は笑う。「じゃあ、自分がターゲットになっとったんも知ってたん?」
「そりゃあね」
「いつから?」亜希が尋ねる。
「さあ。でも結構前から薄々気づいてたよ。だって、あんなに接近されて何もない方が怖いじゃん。クラスが一緒だった時はほとんど話さなかったのに」
航は凛香の好意に気づいていながら、なにもリアクションをしなかったらしい。
「ほんなら、なんか反応してあげたらよかったやん」
「なにも言われてないのに、俺が行動起こす必要ないだろ。別に嫌いとかじゃないけど、なんか口軽そうだしさ。そういう風に見なかった」
二人は呆れたが、しかし亜希のそれは子之葉とは少し違うところにあった。喫煙だとか飲酒だとか、自分の家庭環境だとかの周りに知られたくないことを、もし付き合えば彼女に言いふらされるのではと、彼は危惧していたのだ。つまり航は初めから凛香の性格を知っていて、もともと彼女に勝ち目はなかった。
それなら少しぐらい否定的な姿勢を見せてやればと思うが、彼はそれすらもしない。面倒くさがりというか、執着がないというか。
「もったいなー。せっかく女の子が好意向けてくれとんのに」唇を突き出した子之葉は、そう言うと可笑しそうに笑った。「モテる男は辛いなあ」
「そうだなあ。つらいつらい」
航も気の抜けたように笑う。
こんな彼を攻略しようとした凛香に再度亜希は感心し、また元通りの日常がやって来たことに安堵する。残ったのは、凛香の橘に対する恋心と、眼鏡からコンタクトに変わった自分。この考えは自分勝手かもしれない。けれど少し進んだ自分たちと共に、こんな日々が変わらずに続いてほしい。そう思う。
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