完全少女と不完全少年

柴野日向

文字の大きさ
45 / 48
10章 クリスマス

しおりを挟む
 辿り着いたのは、亜希が龍太郎と夏に訪れた映画館だった。休日に加えてクリスマスということもあり、中は大勢の人で賑わっていた。
 チケットを引き換え、楓の希望通り、ジュースとポップコーンを買う。理由はわからないが、家ではなく映画館にあるそれらは、やけに美味しく思える。
「ほら、あのスクリーンに映るんだよ」
「すごい、がめんおっきい!」
 始まる前から、楓は遊園地にでも来たかのようにはしゃいでいた。二人の間の席で喜んでポップコーンを食べた。
 小学生の楓がリクエストしたアニメ映画だけあり、客はほとんどが子ども連れの親子だった。上映中には歓声を上げる子どももいたが、彼はそれよりも映画の迫力にのまれ、瞬きを惜しむほど見入っていた。
 九十分の上映が終わり館内が明るくなっても、楓は少しの間ぼんやりしていた。
「大丈夫、歩ける?」
「うん」
 亜希は彼と手を繋ぎ、航が空いた容器を捨てに行く。ロビーに出た頃、「すごかったねえ」と楓は二人を見上げた。 
「楓くん、あそこにチラシあるよ。持って帰る?」
「うん!」
 亜希が指さした先のラックから、楓が先ほど見たばかりの映画のチラシを手にする。「たからもの、ふえちゃった」それを眺めて楽しそうに言う。
 チラシが折れてしまわないよう、別のフロアにある文房具屋でクリアファイルを買った。帰りに渡す約束をして、亜希は自分のトートバッグにチラシを挟んだファイルをしまう。
 雑貨屋をのぞき、ペットショップをひやかす。本屋もおもちゃ屋も華々しく飾りつけをしていて、クリスマス一色だ。
「ちょっと疲れた? どこかで休憩しようか」
 少し彼の足取りが重くなったのに気が付き、亜希は提案する。
「それなら店知ってるから、下りようぜ」
「どこかいいところ、知ってるんですか」
「うん。三階の店だよ」
 航が店を知っているとは意外だ。楓の手を引き、亜希もエスカレーターに乗った。
 案内されたのは、随分と落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。騒がしい建物には不釣り合いにも思える、古い外観の店だ。だが古臭いというよりは、丁寧に装飾の施された趣のある店、という感じがする。
 三時のおやつどきを少し過ぎているおかげで、外で待っている人もいない。航が木のドアを押して開ける。
「いらっしゃいませ!」
 かけられる声に、亜希には聞き覚えがあった。
「あっ」店の奥から元気よく出てきたのは、エプロンをかけた春乃だ。「航ちゃん!」彼女は明るい表情を更に明るくさせる。
「亜希ちゃんも! えっと、その子は……」
「俺の友だちだよ」
 航は楓の髪をくしゃくしゃと撫でる。楓は驚いた様子で航にしがみついたが、それを見て春乃は二人の仲を察したらしい。
「航ちゃん、こんなに小さなお友だちがいたんだ」嬉しそうに笑い、春乃は指を三本立てた。「三名様ですね。ご案内します」
 なるほど、確かに彼女はこの建物にある喫茶店でアルバイトをしていると言っていた。その場所を航が知っているのに何の不思議もない。
 古風な棚が壁際に置かれ、お洒落な本やカップが並んでいる。静かなジャズが流れ、数人の客が席でコーヒーカップを前にお喋りをしている。外観通りの落ち着いた店だ。店内を見渡し、椅子やテーブルといった調度品を見て思い出した。春乃が見せてくれた航の写真。あれは、この店で撮られたものだ。
 四人掛けの席で、楓が奥に座りその横に航が並ぶ。楓の正面に亜希は腰掛け、隣の空いた椅子に荷物を置く。
「疲れたでしょ、楓くん」
「ううん」首を横に振る彼は、きょろきょろと興味深そうに辺りを見回す。
 すぐに、水の入ったコップとお手拭き、メニューを乗せた盆を手に、春乃がやって来た。慣れた手つきで、コップをそれぞれの前に置く。
「……こーちゃんの、おともだち?」
 楓は不思議そうに航の顔を覗き込む。お手拭きで手を拭きながら、航が笑った。
「違うよ。俺の姉さんだよ」
「おねえちゃん?」
 驚愕に目を丸くする楓。
「春乃です。航ちゃんの、お姉ちゃんです」春乃は楓に笑いかける。「お名前、聞いてもいいですか」
「ほしの、かえで、です」
「楓くん、だね」弟の思わぬ友人との遭遇に、彼女は嬉しそうだ。「かっこいい名前だね。芸能人みたい」
 かつて航が言ったのと同じ台詞に、亜希もおかしくなる。
「春乃さん、おすすめがあったら教えてくれませんか」
「おすすめっていったら、うちはコーヒーなんだけど……」
 迷いながら春乃はメニューの冊子をめくり、コーヒーのページを飛ばす。楓にコーヒーは、まだ少し早いかもしれない。
「ケーキも自家製で、美味しいんだよ」
「けーき!」
 楓がメニュー表の写真を見て声を上げた。「楓くん、ケーキ食べる?」亜希が聞くと大きく頷く。
「やっぱり楓は、飲むより食べるだよな」
 三人でメニュー表を覗き、春乃は他の客に呼ばれて離れる。楓が指したのは、苺の乗った白いショートケーキだった。
「これ、たべてもいい?」
 もちろん、駄目なはずがない。「いいよ」と航が返事をする。
「全部、美味しそうですね」
「あきちゃんがすきなの、これだよね」
 楓がモンブランの写真を指さす。彼はかつて亜希が美味しそうと言ったものを、覚えていたらしい。
 そして航はチーズケーキを選び、飲み物と合わせて注文する。映画の感想など他愛のない話をしていると、やがて春乃がケーキを持ってきてくれた。航と亜希にはコーヒー、楓にはミックスジュースの入ったグラスを置く。
「亜希ちゃん、楓くん、これからも航ちゃんと仲良くしてあげてね」
 亜希が頷くと、楓も「うん!」と声を上げた。
「なかよくしてあげる!」
「すげえ上からだなあ」
 春乃は笑って、席を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...