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10章 クリスマス
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辿り着いたのは、亜希が龍太郎と夏に訪れた映画館だった。休日に加えてクリスマスということもあり、中は大勢の人で賑わっていた。
チケットを引き換え、楓の希望通り、ジュースとポップコーンを買う。理由はわからないが、家ではなく映画館にあるそれらは、やけに美味しく思える。
「ほら、あのスクリーンに映るんだよ」
「すごい、がめんおっきい!」
始まる前から、楓は遊園地にでも来たかのようにはしゃいでいた。二人の間の席で喜んでポップコーンを食べた。
小学生の楓がリクエストしたアニメ映画だけあり、客はほとんどが子ども連れの親子だった。上映中には歓声を上げる子どももいたが、彼はそれよりも映画の迫力にのまれ、瞬きを惜しむほど見入っていた。
九十分の上映が終わり館内が明るくなっても、楓は少しの間ぼんやりしていた。
「大丈夫、歩ける?」
「うん」
亜希は彼と手を繋ぎ、航が空いた容器を捨てに行く。ロビーに出た頃、「すごかったねえ」と楓は二人を見上げた。
「楓くん、あそこにチラシあるよ。持って帰る?」
「うん!」
亜希が指さした先のラックから、楓が先ほど見たばかりの映画のチラシを手にする。「たからもの、ふえちゃった」それを眺めて楽しそうに言う。
チラシが折れてしまわないよう、別のフロアにある文房具屋でクリアファイルを買った。帰りに渡す約束をして、亜希は自分のトートバッグにチラシを挟んだファイルをしまう。
雑貨屋をのぞき、ペットショップをひやかす。本屋もおもちゃ屋も華々しく飾りつけをしていて、クリスマス一色だ。
「ちょっと疲れた? どこかで休憩しようか」
少し彼の足取りが重くなったのに気が付き、亜希は提案する。
「それなら店知ってるから、下りようぜ」
「どこかいいところ、知ってるんですか」
「うん。三階の店だよ」
航が店を知っているとは意外だ。楓の手を引き、亜希もエスカレーターに乗った。
案内されたのは、随分と落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。騒がしい建物には不釣り合いにも思える、古い外観の店だ。だが古臭いというよりは、丁寧に装飾の施された趣のある店、という感じがする。
三時のおやつどきを少し過ぎているおかげで、外で待っている人もいない。航が木のドアを押して開ける。
「いらっしゃいませ!」
かけられる声に、亜希には聞き覚えがあった。
「あっ」店の奥から元気よく出てきたのは、エプロンをかけた春乃だ。「航ちゃん!」彼女は明るい表情を更に明るくさせる。
「亜希ちゃんも! えっと、その子は……」
「俺の友だちだよ」
航は楓の髪をくしゃくしゃと撫でる。楓は驚いた様子で航にしがみついたが、それを見て春乃は二人の仲を察したらしい。
「航ちゃん、こんなに小さなお友だちがいたんだ」嬉しそうに笑い、春乃は指を三本立てた。「三名様ですね。ご案内します」
なるほど、確かに彼女はこの建物にある喫茶店でアルバイトをしていると言っていた。その場所を航が知っているのに何の不思議もない。
古風な棚が壁際に置かれ、お洒落な本やカップが並んでいる。静かなジャズが流れ、数人の客が席でコーヒーカップを前にお喋りをしている。外観通りの落ち着いた店だ。店内を見渡し、椅子やテーブルといった調度品を見て思い出した。春乃が見せてくれた航の写真。あれは、この店で撮られたものだ。
四人掛けの席で、楓が奥に座りその横に航が並ぶ。楓の正面に亜希は腰掛け、隣の空いた椅子に荷物を置く。
「疲れたでしょ、楓くん」
「ううん」首を横に振る彼は、きょろきょろと興味深そうに辺りを見回す。
すぐに、水の入ったコップとお手拭き、メニューを乗せた盆を手に、春乃がやって来た。慣れた手つきで、コップをそれぞれの前に置く。
「……こーちゃんの、おともだち?」
楓は不思議そうに航の顔を覗き込む。お手拭きで手を拭きながら、航が笑った。
「違うよ。俺の姉さんだよ」
「おねえちゃん?」
驚愕に目を丸くする楓。
「春乃です。航ちゃんの、お姉ちゃんです」春乃は楓に笑いかける。「お名前、聞いてもいいですか」
「ほしの、かえで、です」
「楓くん、だね」弟の思わぬ友人との遭遇に、彼女は嬉しそうだ。「かっこいい名前だね。芸能人みたい」
かつて航が言ったのと同じ台詞に、亜希もおかしくなる。
「春乃さん、おすすめがあったら教えてくれませんか」
「おすすめっていったら、うちはコーヒーなんだけど……」
迷いながら春乃はメニューの冊子をめくり、コーヒーのページを飛ばす。楓にコーヒーは、まだ少し早いかもしれない。
「ケーキも自家製で、美味しいんだよ」
「けーき!」
楓がメニュー表の写真を見て声を上げた。「楓くん、ケーキ食べる?」亜希が聞くと大きく頷く。
「やっぱり楓は、飲むより食べるだよな」
三人でメニュー表を覗き、春乃は他の客に呼ばれて離れる。楓が指したのは、苺の乗った白いショートケーキだった。
「これ、たべてもいい?」
もちろん、駄目なはずがない。「いいよ」と航が返事をする。
「全部、美味しそうですね」
「あきちゃんがすきなの、これだよね」
楓がモンブランの写真を指さす。彼はかつて亜希が美味しそうと言ったものを、覚えていたらしい。
そして航はチーズケーキを選び、飲み物と合わせて注文する。映画の感想など他愛のない話をしていると、やがて春乃がケーキを持ってきてくれた。航と亜希にはコーヒー、楓にはミックスジュースの入ったグラスを置く。
「亜希ちゃん、楓くん、これからも航ちゃんと仲良くしてあげてね」
亜希が頷くと、楓も「うん!」と声を上げた。
「なかよくしてあげる!」
「すげえ上からだなあ」
春乃は笑って、席を後にした。
チケットを引き換え、楓の希望通り、ジュースとポップコーンを買う。理由はわからないが、家ではなく映画館にあるそれらは、やけに美味しく思える。
「ほら、あのスクリーンに映るんだよ」
「すごい、がめんおっきい!」
始まる前から、楓は遊園地にでも来たかのようにはしゃいでいた。二人の間の席で喜んでポップコーンを食べた。
小学生の楓がリクエストしたアニメ映画だけあり、客はほとんどが子ども連れの親子だった。上映中には歓声を上げる子どももいたが、彼はそれよりも映画の迫力にのまれ、瞬きを惜しむほど見入っていた。
九十分の上映が終わり館内が明るくなっても、楓は少しの間ぼんやりしていた。
「大丈夫、歩ける?」
「うん」
亜希は彼と手を繋ぎ、航が空いた容器を捨てに行く。ロビーに出た頃、「すごかったねえ」と楓は二人を見上げた。
「楓くん、あそこにチラシあるよ。持って帰る?」
「うん!」
亜希が指さした先のラックから、楓が先ほど見たばかりの映画のチラシを手にする。「たからもの、ふえちゃった」それを眺めて楽しそうに言う。
チラシが折れてしまわないよう、別のフロアにある文房具屋でクリアファイルを買った。帰りに渡す約束をして、亜希は自分のトートバッグにチラシを挟んだファイルをしまう。
雑貨屋をのぞき、ペットショップをひやかす。本屋もおもちゃ屋も華々しく飾りつけをしていて、クリスマス一色だ。
「ちょっと疲れた? どこかで休憩しようか」
少し彼の足取りが重くなったのに気が付き、亜希は提案する。
「それなら店知ってるから、下りようぜ」
「どこかいいところ、知ってるんですか」
「うん。三階の店だよ」
航が店を知っているとは意外だ。楓の手を引き、亜希もエスカレーターに乗った。
案内されたのは、随分と落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。騒がしい建物には不釣り合いにも思える、古い外観の店だ。だが古臭いというよりは、丁寧に装飾の施された趣のある店、という感じがする。
三時のおやつどきを少し過ぎているおかげで、外で待っている人もいない。航が木のドアを押して開ける。
「いらっしゃいませ!」
かけられる声に、亜希には聞き覚えがあった。
「あっ」店の奥から元気よく出てきたのは、エプロンをかけた春乃だ。「航ちゃん!」彼女は明るい表情を更に明るくさせる。
「亜希ちゃんも! えっと、その子は……」
「俺の友だちだよ」
航は楓の髪をくしゃくしゃと撫でる。楓は驚いた様子で航にしがみついたが、それを見て春乃は二人の仲を察したらしい。
「航ちゃん、こんなに小さなお友だちがいたんだ」嬉しそうに笑い、春乃は指を三本立てた。「三名様ですね。ご案内します」
なるほど、確かに彼女はこの建物にある喫茶店でアルバイトをしていると言っていた。その場所を航が知っているのに何の不思議もない。
古風な棚が壁際に置かれ、お洒落な本やカップが並んでいる。静かなジャズが流れ、数人の客が席でコーヒーカップを前にお喋りをしている。外観通りの落ち着いた店だ。店内を見渡し、椅子やテーブルといった調度品を見て思い出した。春乃が見せてくれた航の写真。あれは、この店で撮られたものだ。
四人掛けの席で、楓が奥に座りその横に航が並ぶ。楓の正面に亜希は腰掛け、隣の空いた椅子に荷物を置く。
「疲れたでしょ、楓くん」
「ううん」首を横に振る彼は、きょろきょろと興味深そうに辺りを見回す。
すぐに、水の入ったコップとお手拭き、メニューを乗せた盆を手に、春乃がやって来た。慣れた手つきで、コップをそれぞれの前に置く。
「……こーちゃんの、おともだち?」
楓は不思議そうに航の顔を覗き込む。お手拭きで手を拭きながら、航が笑った。
「違うよ。俺の姉さんだよ」
「おねえちゃん?」
驚愕に目を丸くする楓。
「春乃です。航ちゃんの、お姉ちゃんです」春乃は楓に笑いかける。「お名前、聞いてもいいですか」
「ほしの、かえで、です」
「楓くん、だね」弟の思わぬ友人との遭遇に、彼女は嬉しそうだ。「かっこいい名前だね。芸能人みたい」
かつて航が言ったのと同じ台詞に、亜希もおかしくなる。
「春乃さん、おすすめがあったら教えてくれませんか」
「おすすめっていったら、うちはコーヒーなんだけど……」
迷いながら春乃はメニューの冊子をめくり、コーヒーのページを飛ばす。楓にコーヒーは、まだ少し早いかもしれない。
「ケーキも自家製で、美味しいんだよ」
「けーき!」
楓がメニュー表の写真を見て声を上げた。「楓くん、ケーキ食べる?」亜希が聞くと大きく頷く。
「やっぱり楓は、飲むより食べるだよな」
三人でメニュー表を覗き、春乃は他の客に呼ばれて離れる。楓が指したのは、苺の乗った白いショートケーキだった。
「これ、たべてもいい?」
もちろん、駄目なはずがない。「いいよ」と航が返事をする。
「全部、美味しそうですね」
「あきちゃんがすきなの、これだよね」
楓がモンブランの写真を指さす。彼はかつて亜希が美味しそうと言ったものを、覚えていたらしい。
そして航はチーズケーキを選び、飲み物と合わせて注文する。映画の感想など他愛のない話をしていると、やがて春乃がケーキを持ってきてくれた。航と亜希にはコーヒー、楓にはミックスジュースの入ったグラスを置く。
「亜希ちゃん、楓くん、これからも航ちゃんと仲良くしてあげてね」
亜希が頷くと、楓も「うん!」と声を上げた。
「なかよくしてあげる!」
「すげえ上からだなあ」
春乃は笑って、席を後にした。
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