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2章 流星の旋律
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彼は曲を作り変えるといったが、今度は夏実がそれを制した。麻斗が作った曲の通りに歌えるよう、ぎりぎりまで練習したいと訴えたのだ。
「もう一回、一音ずつ合わせますか」
「うん。わかった」
ゆっくりと麻斗が鳴らす音に声を合わせていく。本番まであと二日。スタジオでの最後の練習だ。
少しずつテンポが上がっていく。同じフレーズを繰り返しながら、焦りそうになる心を諌め、夏実は落ち着いて音を当てはめていく。
「今の! 今の感じ、よかったです!」
どことなく不安げだった顔を明るくさせ、麻斗が嬉しそうな声を上げた。もう一度、と繰り返す。感覚を忘れないうちに、幾度も声を重ねる。
「夏実先輩、やればできるじゃないですか」
「おやおや。夏実さんをナメたらダメだよ。私の底力はこんなもんじゃないんだから」
「よく言うなあ」
呆れ顔の彼がいつもとまるで同じ調子だったから、夏実もえっへんと胸を張って笑ってみせた。
この日、夏実は学校から直接電車で訪れていたが、麻斗は放課後に一度帰ってから自転車で乗り入れていた。ギターは近所の店でメンテナンスを頼んでおり、今日はプラネットで借りたギターを使っていた。
「はあー。もう暗いねえ、すっかり秋だ」
午後の七時を過ぎるとすっかり陽は落ち、店の外は随分と暗くなっていた。
「ねえ、一緒に帰らない?」
「そうですね」
断られることを夏実は想定していたから、麻斗の肯定は意外だった。ぽかんとしてしまった彼女に、彼は自転車の荷台を軽く叩いてみせる。
「遅くてもいいんだったら……」
目を合わせてくれないのは、気のせいだろうか。
「でも、そんなの悪いよ。私重いよ」
「先輩ぐらい、大したことないし。僕だって、男なんだから」
ぐらいってなによ。そんな買い言葉を放つのをやめて、夏実も言葉を呑んでスカートの裾を軽くのばした。
大通りを逸れて、広い川を目指して自転車は走っていく。風が耳元でひゅうと囁く。彼は上手にバランスを取ってペダルをぐんぐん漕いで行く。
星降川が自転車の左手に見える土手にさしかかった。舗装されていない道の上、がたんと音を立てて自転車が揺れる。
「先輩、落ちないでくださいよ。掴まっていいから」
ちらと一度だけ振り返った彼の台詞に、夏実は荷台を握っていた手をおずおずと伸ばす。
いつもなら、こんなに緊張することなんてないのに。抱きついたり、キスの真似事だって、すぐさまやってのけるのに。
どうしてだろう。麻斗の背中が遠く見えるのは。
遠い背中は、こんなに近くにあるのに。
そっと伸ばした指先で彼の制服のシャツを掴む。彼の身体が息づいている。服に控えめに皺が寄る。不思議なほど、どくどくと心臓が鳴り響き、彼に聞こえてしまうのではないかと心配になる。
「もっとちゃんと。落ちたら置いていくから」
促す台詞を麻斗は口にしてくれる。ほんの少し、夜の静けさでなければ聞き逃してしまいそうなほどに、彼の声は震えていた。平静を装っていても、彼も緊張しているのだ。
「……落ちないよ」
返事をして、夏実は麻斗の腹に手を回した。夜の闇に恥ずかしさを隠せるせいかもしれない。それでも彼は勇気を振り絞ってくれた。
ぎゅっと抱きしめた背に、頬を当てる。僅かに汗ばんだ、まだ薄い背中。あたたかい。心臓の鼓動さえ、きちんと肌に伝わってくる。
何があっても、何を失っても、こうして麻斗は生きていてくれる。自分と向き合って、笑ってくれる。そのことが夏実には、ふと油断をすれば涙が出そうになるほどに愛おしい。大好きな相手を、こうして抱きしめられる幸せ。これに敵う幸福が一体どこにあるだろうか。
自転車が土手を抜けて、左に曲がり、舗装された橋の上に差し掛かった。揺れが収まり若干の坂道に入るが、麻斗は何も言わずに自転車を漕ぎ続ける。
そんな彼が、「うわ」と小さく声を上げたから、夏実も顔を上げた。
「うわあ」
満天の星空が広がっている。手すりの向こう、大きな川にも空の煌きが反射し、まるで天と地で二重に星空が広がっているみたいだ。
「あっ、流れ星!」
その中の一つが、落ちていく。天に線を引いて、瞬く星が流れた。
「綺麗だね」
「うん。すごく」
思わず顔を綻ばせて見ると、頷く彼も笑っていた。はしゃいだ顔で、きらきらと輝く群青の夜空を見上げている。
「流れ星、なにかお願いした?」
抱きしめる腕に僅かに力を入れて問いかけると、彼は頷く。
「なに、お願いしたの」
「内緒」
「聞かせてよ」
「いつかね」
いま聞かせてくれないのに口を尖らせようとして、けれど夏実は笑ってしまった。彼が楽しそうに笑っているから、それでもいいやと思えた。
二人を乗せた自転車は、流れ星のように街を駆けていく。明日も明後日も何年先も、こうして一緒に笑い合えていますように。そんな彼女の願いを込めて、笑い声を煌きとして。
「もう一回、一音ずつ合わせますか」
「うん。わかった」
ゆっくりと麻斗が鳴らす音に声を合わせていく。本番まであと二日。スタジオでの最後の練習だ。
少しずつテンポが上がっていく。同じフレーズを繰り返しながら、焦りそうになる心を諌め、夏実は落ち着いて音を当てはめていく。
「今の! 今の感じ、よかったです!」
どことなく不安げだった顔を明るくさせ、麻斗が嬉しそうな声を上げた。もう一度、と繰り返す。感覚を忘れないうちに、幾度も声を重ねる。
「夏実先輩、やればできるじゃないですか」
「おやおや。夏実さんをナメたらダメだよ。私の底力はこんなもんじゃないんだから」
「よく言うなあ」
呆れ顔の彼がいつもとまるで同じ調子だったから、夏実もえっへんと胸を張って笑ってみせた。
この日、夏実は学校から直接電車で訪れていたが、麻斗は放課後に一度帰ってから自転車で乗り入れていた。ギターは近所の店でメンテナンスを頼んでおり、今日はプラネットで借りたギターを使っていた。
「はあー。もう暗いねえ、すっかり秋だ」
午後の七時を過ぎるとすっかり陽は落ち、店の外は随分と暗くなっていた。
「ねえ、一緒に帰らない?」
「そうですね」
断られることを夏実は想定していたから、麻斗の肯定は意外だった。ぽかんとしてしまった彼女に、彼は自転車の荷台を軽く叩いてみせる。
「遅くてもいいんだったら……」
目を合わせてくれないのは、気のせいだろうか。
「でも、そんなの悪いよ。私重いよ」
「先輩ぐらい、大したことないし。僕だって、男なんだから」
ぐらいってなによ。そんな買い言葉を放つのをやめて、夏実も言葉を呑んでスカートの裾を軽くのばした。
大通りを逸れて、広い川を目指して自転車は走っていく。風が耳元でひゅうと囁く。彼は上手にバランスを取ってペダルをぐんぐん漕いで行く。
星降川が自転車の左手に見える土手にさしかかった。舗装されていない道の上、がたんと音を立てて自転車が揺れる。
「先輩、落ちないでくださいよ。掴まっていいから」
ちらと一度だけ振り返った彼の台詞に、夏実は荷台を握っていた手をおずおずと伸ばす。
いつもなら、こんなに緊張することなんてないのに。抱きついたり、キスの真似事だって、すぐさまやってのけるのに。
どうしてだろう。麻斗の背中が遠く見えるのは。
遠い背中は、こんなに近くにあるのに。
そっと伸ばした指先で彼の制服のシャツを掴む。彼の身体が息づいている。服に控えめに皺が寄る。不思議なほど、どくどくと心臓が鳴り響き、彼に聞こえてしまうのではないかと心配になる。
「もっとちゃんと。落ちたら置いていくから」
促す台詞を麻斗は口にしてくれる。ほんの少し、夜の静けさでなければ聞き逃してしまいそうなほどに、彼の声は震えていた。平静を装っていても、彼も緊張しているのだ。
「……落ちないよ」
返事をして、夏実は麻斗の腹に手を回した。夜の闇に恥ずかしさを隠せるせいかもしれない。それでも彼は勇気を振り絞ってくれた。
ぎゅっと抱きしめた背に、頬を当てる。僅かに汗ばんだ、まだ薄い背中。あたたかい。心臓の鼓動さえ、きちんと肌に伝わってくる。
何があっても、何を失っても、こうして麻斗は生きていてくれる。自分と向き合って、笑ってくれる。そのことが夏実には、ふと油断をすれば涙が出そうになるほどに愛おしい。大好きな相手を、こうして抱きしめられる幸せ。これに敵う幸福が一体どこにあるだろうか。
自転車が土手を抜けて、左に曲がり、舗装された橋の上に差し掛かった。揺れが収まり若干の坂道に入るが、麻斗は何も言わずに自転車を漕ぎ続ける。
そんな彼が、「うわ」と小さく声を上げたから、夏実も顔を上げた。
「うわあ」
満天の星空が広がっている。手すりの向こう、大きな川にも空の煌きが反射し、まるで天と地で二重に星空が広がっているみたいだ。
「あっ、流れ星!」
その中の一つが、落ちていく。天に線を引いて、瞬く星が流れた。
「綺麗だね」
「うん。すごく」
思わず顔を綻ばせて見ると、頷く彼も笑っていた。はしゃいだ顔で、きらきらと輝く群青の夜空を見上げている。
「流れ星、なにかお願いした?」
抱きしめる腕に僅かに力を入れて問いかけると、彼は頷く。
「なに、お願いしたの」
「内緒」
「聞かせてよ」
「いつかね」
いま聞かせてくれないのに口を尖らせようとして、けれど夏実は笑ってしまった。彼が楽しそうに笑っているから、それでもいいやと思えた。
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