百万回目の大好き

柴野日向

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2章 流星の旋律

15-2

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「おー、なんというか、予想はついたっていうか」
「鈴木さん、ほんとに音楽好きなんだ」
「うちには置いてない古い楽譜とかCDがあってね。見てるだけで楽しめるの」
 通りを一本逸れた道には、三人の知らない楽器屋が佇んでいた。こじんまりとしているが二階建てで、奥では客がギターの試し引きをしている。
 感心する五樹と茜よりも一歩前に出て、夏実はきょろきょろと店内を見渡した。右手側には天井まで届く本棚にぎっしりと楽譜や音楽雑誌が詰められ、左手側にはディスプレイされているギターやベース。奥にはピックやスティックといった商品が並ぶ。
「あ、このクリップ、猫ちゃんだ」
「もう猫から離れな。夏実は猫派でも麻斗は犬派なんだから」
「この人新譜出してたんすね。へー、知らなかった」
 感想を口々に述べながら、店内を物色する。それでも夏実の意は中々固まらず、一冊の楽譜をとっては首を傾げ、CDをつついては何か違うと独りごつ。奥の階段で上がった二階には、オルガンやキーボード。様々な周辺機器が客を待っていた。
「すごい品数っすね。なんていうか、何でも揃ってる」
「でしょ。なんだか宝箱みたいなお店だなって、私は気に入ってるの」
 宝箱と表現して五樹に笑いかけた彼女は、ようやく足を止めた夏実を振り向いた。彼女は耳元を両手で押さえ、珍しく口を閉ざしている。
「すごいすごい、めちゃくちゃ音質いい! 私が使ってるのと全然違うなあ」
 棚に据え付けられた試聴機と繋がっている白いヘッドホンを外し、夏実は声を上げた。もう記憶にないほどの昔にもらった景品のヘッドホンとは、比べ物にならない音質だ。先ほど流れた曲は幾度も聴いたことのあるものだったが、これほどベースラインが動いていることも、サビで鳴るパーカッションにも今まで気がつかなかった。
「夏実ちゃん、決まった?」
「うん、これなら絶対喜ぶと思う! 鈴木さん、ありが……」
 礼を言いかけた夏実の口が止まった。何事かと見守る三人に囲まれた彼女の視線は、戻したヘッドホンの真下で止まる。
「ああ、なるほどね」
「それは、確かに」
 彼女の思いを察した茜と五樹はそろって頷いた。
「電子機器は、値が張るからね」
 店を教えてくれた彼女も、そうして苦笑する。夏実は丸くした目でパチパチと瞬きをした。中学生が手を届かせるにはだいぶ距離のある値札の額だった。
「知らなかった……ヘッドホンってこんなするの」
「まあ、ピンキリっすからね」
「どうすんの、夏実」
「くう……。お、おばあちゃんに、お年玉の前借りすれば……。でも、流石にそれは……」
 わかりやすく頭を抱えてうんうん唸る夏実。しかし、やがてため息とともに肩を落とす。年に数度しか会えない祖父母に金をせびる真似は、例え彼のためであっても気が引ける。
「いいと思ったのになあ……」
 それでも未練は残る。そうして名残惜しく商品を眺める夏実の肩が、軽く叩かれた。
「夏実ちゃんは、どんなものを麻斗くんにあげたいの」
「どんな……。わからないけど、とにかく、喜んで欲しいなって。思い出に残って、いつまでも持っててくれたらって」
「それは、好きになって欲しいからとか、そういうこととは違う?」
 唐突な質問にきょとんとしてしまうが、少し考えて首を横に振った。
「そうなればラッキーだけど。きっかけになったら嬉しいけど。でも、プレゼントを渡す私を好きになってもらうのは、ちょっと違うと思う。私がやりたくてやってるだけだし」
 なるほど、と頷く彼女はどこか喜ばしい風に笑う。
「夏実ちゃんは、本当に麻斗くんのことが好きなのね」
「この子、いっつも言ってるんですよ。もううるさいったら」
「教室まで来ますからね」
 三人はそうだそうだと顔を見合わせて笑い、夏実は一人で不貞腐れた顔をする。
「だって、好きなんだもん」
「クリスマスまで一ヶ月もあるんだし、もう一度よく考えてみたらどうかな。麻斗くんのことを考えて、それで出た答えなら、例え飴玉一つでも私は間違ってないと思うよ。ただ高価なものよりも、自分のことを想ってくれるありふれたものの方が、ずっと嬉しいんだから」
「それでいいのかな。喜んでくれるかな」
「気になってる人から貰えるなら、手紙一枚だったとしても、宝物になるのよ」
「でも……麻斗は別に私のことなんか」
「そうかな」
 何度好きだと繰り返しても、一向に麻斗は同じように応えてはくれない。初めの数回こそ落ち込み悩んだが、もはやその反応が当然となれば、すっかり自分も相手も周囲さえも慣れてしまった。そんな彼の態度はちっとも変化がないように思える、のだがそれは違うと彼女は言う。
「この前もずっと、一緒に頑張ってたでしょ。星ヶ丘の学祭が終わった次の日にね、麻斗くん、うちの店まで来てくれたの」
「プラネットまで?」
「そう。夏実ちゃんが大成功したって、わざわざ知らせに来てくれたの。すごくかっこよかったって、嬉しそうだったよ」
「知らなかった。そんなことしてたんだ」
 微塵も想像しなかった。確かに自分の成功を彼は喜んでくれたが、わざわざ店の方まで赴いて話に出していたとは予想だにしなかった。
「彼はね、楽器で表現するのは上手だけど、口や態度で想いを伝えるのは下手っぴなんだと思うよ。それなのに、嬉しいって部外者の私にまで教えてくれた。ね、想ってない相手だったら、そんなことはしないでしょ?」
 そう言われると、もはや夏実は何も言えなかった。確かに、橘夏実がどうでもいい相手ならば、ふだん消極的な彼がそこまでするとは思えない。
「そんな夏実ちゃんが、一生懸命考えてくれるプレゼントだもん。その結果なら、何であっても絶対喜ぶに違いないよ」
 そこまで言ってくれれば、「でも」などとはもう思わない。少し焦りすぎていたのかもしれないと夏実は振り返った。プレゼントというものの本質を見失いかけていた。
「うん、もうちょっと考えてみる……。ありがとう、鈴木さん。茜といっくんも、付き合ってくれてありがとね」
「あいつも幸せもんっすねえ。ちっとも気づいてないっすよ、今日のこと」
「確かに、鈴木さんまで巻き込んでね。夏実、ちゃんと結果聞かせてよ」
「しょーちしました!」
 いつもの通り、おどける夏実は笑って敬礼のポーズを取ってみせた。
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