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2章 流星の旋律
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十二月二十四日。翌日に終業式を迎えたこの日、通常授業を終えた夕刻に麻斗は夏実の部屋を訪れた。ひと月も前から、一緒にクリスマスケーキを食べようと誘われていたのだ。
「茜はおばあちゃんたちと晩御飯食べに行くんだって。いっくんは、お兄ちゃんが誕生日で帰ってきてるから、一緒にお祝いするって言ってた」
「ああ、なるほど」
「麻斗はお父さんとお祝いしないの? お父さん今日さみしかったりしない」
「今日は遅くなるって言ってたし、だから昨日一緒にお寿司食べてきました。駅前の回るやつ」
「あそこ美味しいよね」
冬らしく冷える夕暮れだった。防寒用のジャケットを脱いで、スイッチの入った小さな炬燵に向かい合って入る。六畳一間の部屋には机と本棚、中学生女子らしいぬいぐるみがあちこちに飾られ、隅にはスタンドに乗ったいつものギターがちょこんと据えられている。
「炬燵いいですね。……これ、小学校の時の?」
麻斗が目に留めたのは、天板の隅に置かれた小さな器具だった。確か女子は薄いピンク、男子は水色で配られていた防犯ブザー。
「そうそう」
「なんで」
「だって、年頃の中学生男女だよ。何か間違ったことでもあったらこの紐を……」
「不愉快だ。帰る」
「あー、待って! ごめん、ふざけすぎた! ごめんなさい!」
節操のない台詞に背を向けかける麻斗の腕を、慌てて夏実は掴んだ。茜がいればやりすぎだと怒られているところだ。
「ほらー、ケーキだよー。じゃじゃーん」
一度部屋を出た夏実は、さっさと本題に移ろうと盆を持って現れた。
炬燵に置かれたのは、二人でも食べきれそうな小さなホールのショートケーキだった。スポンジにはシンプルに苺のみが挟まれ、上には袋を持ったサンタクロースの砂糖菓子と、メリークリスマスと英語で書かれた楕円の板チョコが乗っている。
「学校行く途中の、ほら、シャルルってお店知ってる? あそこのなんだ」
「知ってるけど、食べたことはないです。滅多にケーキ食べないし」
「うちは時々買うよ。お母さんのおすすめなんだ。……いくよー、ケーキにゅうとうー、どーん!」
やけに楽しそうに、夏実はクリームにケーキナイフを差し込む。柔らかなスポンジがしなり、たちまち四等分にケーキは分けられる。
「流石に、サンタさん二つに割ったら可愛そうだよね」
「プレートとどっちがいいですか。ぼくはどっちでもいいから」
「えーとね。じゃあ、サンタさんもらっていい?」
夏実は親指ほどの大きさのサンタクロースを手に入れ、代わりに麻斗はホワイトチョコレートのプレートを皿に乗せる。それぞれのコップにジュースをついで手を合わせた。
「んー、おいしい! 甘すぎなくっていいね」
「うん、ちょうどいい。おいしいですね」
その店のケーキは評判通りの味だった。満足げに二人はそれをフォークでつつく。
窓の外ではいよいよ夜闇が満ちていたが、まだ雪は降っていない。だが十分気温は下がっているから、明日はきっと、ホワイトクリスマスだ。
「ねえ、麻斗ってさ、クラスとかに好きな人いるの?」
あっという間にケーキを食べ終え、二つ目に移るか悩みながら夏実が口にする。板チョコを齧る彼は、意外にも返事をしない。
まさかと顔を上げた夏実に、「いるよ」と呟いた。
「えええええっ!」
大声を発した夏実の右手から、大袈裟にぽろりとフォークが落ちていった。
「うそうそうそっ! だれ、私の知ってる子?」
「ごめんって! 嘘だってば。うそ!」
「嘘って?」
「だからいないってば! 冗談だよ、冗談!」
瞬間的に理性を失った夏実に胸ぐらを掴まれ、麻斗は必死に彼女を向こうに押しやった。このままでは身を乗り出した彼女は体でケーキを潰しかねない。
「ああ、びっくりした」
「びっくりしたのはこっちだよ、もう。心臓に悪いなあ。このまま止まったら麻斗のせいだからね」
喉元をさする麻斗の向かいで、夏実は心臓を上からとんとんと叩いてみせる。本当に心臓が止まるかと思った。よりによって、こんな日に振られるなんてあんまりだ。もう数え切れないほど振られてはいるのだが。
「茜はおばあちゃんたちと晩御飯食べに行くんだって。いっくんは、お兄ちゃんが誕生日で帰ってきてるから、一緒にお祝いするって言ってた」
「ああ、なるほど」
「麻斗はお父さんとお祝いしないの? お父さん今日さみしかったりしない」
「今日は遅くなるって言ってたし、だから昨日一緒にお寿司食べてきました。駅前の回るやつ」
「あそこ美味しいよね」
冬らしく冷える夕暮れだった。防寒用のジャケットを脱いで、スイッチの入った小さな炬燵に向かい合って入る。六畳一間の部屋には机と本棚、中学生女子らしいぬいぐるみがあちこちに飾られ、隅にはスタンドに乗ったいつものギターがちょこんと据えられている。
「炬燵いいですね。……これ、小学校の時の?」
麻斗が目に留めたのは、天板の隅に置かれた小さな器具だった。確か女子は薄いピンク、男子は水色で配られていた防犯ブザー。
「そうそう」
「なんで」
「だって、年頃の中学生男女だよ。何か間違ったことでもあったらこの紐を……」
「不愉快だ。帰る」
「あー、待って! ごめん、ふざけすぎた! ごめんなさい!」
節操のない台詞に背を向けかける麻斗の腕を、慌てて夏実は掴んだ。茜がいればやりすぎだと怒られているところだ。
「ほらー、ケーキだよー。じゃじゃーん」
一度部屋を出た夏実は、さっさと本題に移ろうと盆を持って現れた。
炬燵に置かれたのは、二人でも食べきれそうな小さなホールのショートケーキだった。スポンジにはシンプルに苺のみが挟まれ、上には袋を持ったサンタクロースの砂糖菓子と、メリークリスマスと英語で書かれた楕円の板チョコが乗っている。
「学校行く途中の、ほら、シャルルってお店知ってる? あそこのなんだ」
「知ってるけど、食べたことはないです。滅多にケーキ食べないし」
「うちは時々買うよ。お母さんのおすすめなんだ。……いくよー、ケーキにゅうとうー、どーん!」
やけに楽しそうに、夏実はクリームにケーキナイフを差し込む。柔らかなスポンジがしなり、たちまち四等分にケーキは分けられる。
「流石に、サンタさん二つに割ったら可愛そうだよね」
「プレートとどっちがいいですか。ぼくはどっちでもいいから」
「えーとね。じゃあ、サンタさんもらっていい?」
夏実は親指ほどの大きさのサンタクロースを手に入れ、代わりに麻斗はホワイトチョコレートのプレートを皿に乗せる。それぞれのコップにジュースをついで手を合わせた。
「んー、おいしい! 甘すぎなくっていいね」
「うん、ちょうどいい。おいしいですね」
その店のケーキは評判通りの味だった。満足げに二人はそれをフォークでつつく。
窓の外ではいよいよ夜闇が満ちていたが、まだ雪は降っていない。だが十分気温は下がっているから、明日はきっと、ホワイトクリスマスだ。
「ねえ、麻斗ってさ、クラスとかに好きな人いるの?」
あっという間にケーキを食べ終え、二つ目に移るか悩みながら夏実が口にする。板チョコを齧る彼は、意外にも返事をしない。
まさかと顔を上げた夏実に、「いるよ」と呟いた。
「えええええっ!」
大声を発した夏実の右手から、大袈裟にぽろりとフォークが落ちていった。
「うそうそうそっ! だれ、私の知ってる子?」
「ごめんって! 嘘だってば。うそ!」
「嘘って?」
「だからいないってば! 冗談だよ、冗談!」
瞬間的に理性を失った夏実に胸ぐらを掴まれ、麻斗は必死に彼女を向こうに押しやった。このままでは身を乗り出した彼女は体でケーキを潰しかねない。
「ああ、びっくりした」
「びっくりしたのはこっちだよ、もう。心臓に悪いなあ。このまま止まったら麻斗のせいだからね」
喉元をさする麻斗の向かいで、夏実は心臓を上からとんとんと叩いてみせる。本当に心臓が止まるかと思った。よりによって、こんな日に振られるなんてあんまりだ。もう数え切れないほど振られてはいるのだが。
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