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2章 流星の旋律
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食べ終えた皿を片付け、二人は話をしながらしばらくトランプで遊んだが、結果はババ抜きもポーカーも夏実の惨敗だった。彼が言うには、心情が表情に出すぎるとのことだった。
時刻は八時半。明日は終業式といえど登校しなければならない。それにいくら快諾してくれていても、夏実の両親にも気を遣わせてしまう。
「そうだ」と口にした彼は、ひとつにまとめたトランプをケースにしまうと、自分が持ってきた鞄を引き寄せた。
「これ、一応……。クリスマスだから。大したものじゃ、ないんだけど」
歯切れ悪く説明しながら取り出すのは、折りたたまれた紙袋だった。それの形を直しながら、夏実に両手で手渡す。
「……え?」
思考が一瞬止まってしまう。
「もしかして、クリスマスプレゼント?」
そうだと頷く彼に、慌てて彼女は首を横に振った。自分が渡すことは散々考えたが、交換をしようと提案さえしていないのに、彼からそれを貰えるとは想像しなかった。
「そういうつもりで、今日誘ったんじゃないよ。私、麻斗からプレゼントたかるつもりなんてないし」
「別にたかられてるなんて思ってないですよ。ほら、返されても悲しいから。せっかく先輩のために考えて買ったんだし」
思いがけない台詞と共に袋を差し出してくるのに、夏実もおずおずと両手を伸ばした。受け取ったそれは、重過ぎもしないが軽くもない。水色の紙袋の端には、プレゼント用の赤く小さなリボンが貼り付けてある。
「開けていい?」
「どうぞ。……でも、あんまり期待しないでくださいよ」
自信なさげに言う彼の前で、夏実は紙袋を開けると中身を取り出す。
プレゼントは、クリーム色を基調としたチェック柄の手提げ鞄だった。あまり大きくはないが、弁当箱やノート類を入れるにはちょうどいい大きさだ。手触りから察するに、恐らく防水性の。
「あ、猫ちゃんだ!」
「先輩、猫好きだったよなって思って……ギターのストラップ、確か猫だし」
バッグの隅には、一匹の黒猫が悠々と歩く刺繍が施されている。夏実のギターにかかるストラップも、似た猫の柄だ。
「猫なんて、子どもっぽいかもしれないけど……来年、高校上がったときに使ってくれたらなって思って。弁当箱とか、多分入るから。もう別に補助鞄もってたら、全然置いといてくれて、構わないんですけど……」
「使うよ、使う! 破れるまで使う! 破れても使う! 麻斗、ありがとー!」
「ぐう」
予想通り夏実は抱き着いてくる。それをいつもより抵抗は控えめに、しかし両手できちんと引き剥がす。
「めっちゃ嬉しい! わざわざ選んでくれたの?」
「まあ……。でも、先輩が喜んでくれそうなの、全然わからなくって。これからも使えて、気に入ってくれそうなものって考えても、なかなか思いつかなくって」
「考えてくれただけで嬉しいよ! ありがとう!」
相手のことを想ったプレゼントなら、飴玉一つでもいい。あの時言われた言葉を夏実は噛み締めた。自分のいないところで、自分の幸福を考えてくれる相手の存在が、これほど喜ばしいものだとは知らなかった。
「あのね、ちょっと待ってね」
ぴょんと立ち上がると机から一つの包みを取り出す。緑と赤のチェック柄の、クリスマスらしい包装。
「はい! 私からも!」
そばに座って夏実がそれを差し出すと、次は麻斗が目を丸くした。
「これ、ぼくに?」
「うん、もちろん!」
あれから一ヶ月、考えに考え抜いたプレゼントだった。それでも、包装を解いて中身を取り出す姿を目にすると、一層緊張してしまう。
「手袋?」
「そう」
中から出てきたのは、見るからに暖かそうな、紺色の毛糸でできた手袋だった。
手作りなんてできればかっこいいと思ったが、あいにく編み物をした経験もなければ、受験勉強の合間に一ヶ月で学んで仕上げられそうにもなかった。
「……手袋なんて、もう持ってると思うけど。麻斗は手が大事でしょ。しもやけとか、あかぎれになって楽器弾けなくなったらやだなあって思って。あのね、無理には使わなくってもいいからね。今のがもったいないし。……使ってくれたら、嬉しいけど」
考え抜いた結果、彼には彼自身を大事にして欲しいと思った。大切な趣味を楽しんでもらうには、それを動かす手のひらを守って欲しかった。
「今の手袋、小学生の時から使ってたから、だいぶ傷んでるしちょっと小さかったんです。冬の間だけだから、我慢してたんだけど」
もらった手袋に右手を重ねて、彼は意外な事を言う。
「だから、早速明日から使います。先輩、ありがとう」
そう言って彼は笑った。
その表情は、まさに夏実が見たいと思っていたものだった。考えに考え抜いたプレゼントは、彼を充分に喜ばせることができた。胸が熱くなり、夏実も貰った鞄を抱きしめて笑った。
昨日より、今日の方が好きだった。だから、今日より明日、もっと好きになる。一日一日、思いの丈は強くなる。
このままなら、好きだと言ってくれなくても、いいのかもしれない。何も変わらなくていい。変わって欲しくない。その経過で彼への「好き」が止まってしまう可能性があるならば、彼の態度が変わってしまう未来があるのなら、今のままが一番いい。
時刻は八時半。明日は終業式といえど登校しなければならない。それにいくら快諾してくれていても、夏実の両親にも気を遣わせてしまう。
「そうだ」と口にした彼は、ひとつにまとめたトランプをケースにしまうと、自分が持ってきた鞄を引き寄せた。
「これ、一応……。クリスマスだから。大したものじゃ、ないんだけど」
歯切れ悪く説明しながら取り出すのは、折りたたまれた紙袋だった。それの形を直しながら、夏実に両手で手渡す。
「……え?」
思考が一瞬止まってしまう。
「もしかして、クリスマスプレゼント?」
そうだと頷く彼に、慌てて彼女は首を横に振った。自分が渡すことは散々考えたが、交換をしようと提案さえしていないのに、彼からそれを貰えるとは想像しなかった。
「そういうつもりで、今日誘ったんじゃないよ。私、麻斗からプレゼントたかるつもりなんてないし」
「別にたかられてるなんて思ってないですよ。ほら、返されても悲しいから。せっかく先輩のために考えて買ったんだし」
思いがけない台詞と共に袋を差し出してくるのに、夏実もおずおずと両手を伸ばした。受け取ったそれは、重過ぎもしないが軽くもない。水色の紙袋の端には、プレゼント用の赤く小さなリボンが貼り付けてある。
「開けていい?」
「どうぞ。……でも、あんまり期待しないでくださいよ」
自信なさげに言う彼の前で、夏実は紙袋を開けると中身を取り出す。
プレゼントは、クリーム色を基調としたチェック柄の手提げ鞄だった。あまり大きくはないが、弁当箱やノート類を入れるにはちょうどいい大きさだ。手触りから察するに、恐らく防水性の。
「あ、猫ちゃんだ!」
「先輩、猫好きだったよなって思って……ギターのストラップ、確か猫だし」
バッグの隅には、一匹の黒猫が悠々と歩く刺繍が施されている。夏実のギターにかかるストラップも、似た猫の柄だ。
「猫なんて、子どもっぽいかもしれないけど……来年、高校上がったときに使ってくれたらなって思って。弁当箱とか、多分入るから。もう別に補助鞄もってたら、全然置いといてくれて、構わないんですけど……」
「使うよ、使う! 破れるまで使う! 破れても使う! 麻斗、ありがとー!」
「ぐう」
予想通り夏実は抱き着いてくる。それをいつもより抵抗は控えめに、しかし両手できちんと引き剥がす。
「めっちゃ嬉しい! わざわざ選んでくれたの?」
「まあ……。でも、先輩が喜んでくれそうなの、全然わからなくって。これからも使えて、気に入ってくれそうなものって考えても、なかなか思いつかなくって」
「考えてくれただけで嬉しいよ! ありがとう!」
相手のことを想ったプレゼントなら、飴玉一つでもいい。あの時言われた言葉を夏実は噛み締めた。自分のいないところで、自分の幸福を考えてくれる相手の存在が、これほど喜ばしいものだとは知らなかった。
「あのね、ちょっと待ってね」
ぴょんと立ち上がると机から一つの包みを取り出す。緑と赤のチェック柄の、クリスマスらしい包装。
「はい! 私からも!」
そばに座って夏実がそれを差し出すと、次は麻斗が目を丸くした。
「これ、ぼくに?」
「うん、もちろん!」
あれから一ヶ月、考えに考え抜いたプレゼントだった。それでも、包装を解いて中身を取り出す姿を目にすると、一層緊張してしまう。
「手袋?」
「そう」
中から出てきたのは、見るからに暖かそうな、紺色の毛糸でできた手袋だった。
手作りなんてできればかっこいいと思ったが、あいにく編み物をした経験もなければ、受験勉強の合間に一ヶ月で学んで仕上げられそうにもなかった。
「……手袋なんて、もう持ってると思うけど。麻斗は手が大事でしょ。しもやけとか、あかぎれになって楽器弾けなくなったらやだなあって思って。あのね、無理には使わなくってもいいからね。今のがもったいないし。……使ってくれたら、嬉しいけど」
考え抜いた結果、彼には彼自身を大事にして欲しいと思った。大切な趣味を楽しんでもらうには、それを動かす手のひらを守って欲しかった。
「今の手袋、小学生の時から使ってたから、だいぶ傷んでるしちょっと小さかったんです。冬の間だけだから、我慢してたんだけど」
もらった手袋に右手を重ねて、彼は意外な事を言う。
「だから、早速明日から使います。先輩、ありがとう」
そう言って彼は笑った。
その表情は、まさに夏実が見たいと思っていたものだった。考えに考え抜いたプレゼントは、彼を充分に喜ばせることができた。胸が熱くなり、夏実も貰った鞄を抱きしめて笑った。
昨日より、今日の方が好きだった。だから、今日より明日、もっと好きになる。一日一日、思いの丈は強くなる。
このままなら、好きだと言ってくれなくても、いいのかもしれない。何も変わらなくていい。変わって欲しくない。その経過で彼への「好き」が止まってしまう可能性があるならば、彼の態度が変わってしまう未来があるのなら、今のままが一番いい。
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