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4章 記憶の行き先
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それから陽向は、ファイルの最初から最後まで目を通す作業に専念した。翌日もひたすらリストを確認し続け、目と頭が痛くなったら外に出て休憩した。早く片付けたいからと言い訳して壬春が二冊を引き受けてくれたのは、有難かった。
貸出の一人目になり、退魔解体のページもめくる。小さく古い文字に苦労するが、この中にヒントがある可能性は捨てきれない。
夜、居間の座卓で読みふける。本の中には、著者が調べ得る退魔の力を持つ者たちの名が連なっていた。執筆当時の百年前から更に数百年遡り、史上の人物たちの名前や略歴、功績等が載っている。
うとうとしかけていた目が、一気に覚めた。
「穢れ」の記載に釘付けになる。およそ四百年前に現れたその妖怪は、一人の祈祷師の業により生み出された。
神志名(かしな)之久(ゆきひさ)。それが、祈祷師の名前だ。その人物は類稀な妖力を持って無差別に妖怪を滅ぼし続けた。滅された妖怪たちの澱んだ恨みつらみが姿を成し、やがては穢れとなった。本には見開き二ページだけ、神志名と穢れについて記載されている。やがて之久は、自らの罪の塊である穢れに喰い殺された。後に再び現れた穢れは、之久の息子を襲った。その後も穢れは神志名の家を継ぐべき長男を代々喰い続けることとなる。どれだけ力を尽くして隠しても必ず探し当てて殺し、三十年以上生き延びた者はいない。
どくどくと、全身の血液が激しい脈に呼応するのが聞こえる。
ケガレは今も存在している。どこかに潜む神志名の末裔を、今も狙い続けているに違いない。
間違いない、島民たちは「神志名」という祈祷師を避けていたのだ。一度滅ぼされた妖怪たちの無意識が、彼らに「神志名」の名について語るこの本を遠ざけさせていた。
「今日は夜更かしだな」
凪の声に飛び跳ねんばかりに驚いた。彼が廊下を歩く音に全く気が付かなかった。通りかかっただけの彼は、その様子に目を丸くしている。
「幽霊でも見たような顔だな」
「……凪」
「陽向、どうした」
随分と困惑の様子を見せていたらしい。彼は心配そうに居間に入り、正面に座る。そういえば、誰にも借りられていない本がある話は、彼にまだ聞かせていなかった。
神志名の姓とケガレについて、語ってよいのだろうか。今になり、彼らの苦手を探すということの罪について思い知った。ケガレの弱点が島民の弱点であるなら、彼らにとって決して楽しい話ではない。この期に及んでまごついてしまう。
それでも、黙って抱えているのに耐えられなかった。凪はいつだって頼りになる。彼が街に住む人間として近くにいてくれたらと考えたこともある。きっと彼なら受け止めてくれる。意を決して、陽向は手元の本を彼に向けた。
ケガレの弱点、ひいては島民の苦手を探すにつれ、図書館で一冊の本に辿り着いた話をした。神志名という一族とケガレの関係。そして、きっとここにケガレを倒す鍵があるのだという推測。
黙って聞いていた凪は、陽向が口を閉じても腕を組んだままじっとしていた。
「よくこんなに調べたな」
見せてくれたのは、いつもと変わらない穏やかな表情だった。
「でも、これってみんなの嫌がることだよね」
「そもそも陽向は、俺たちの記憶を戻すために調べてくれたんだろ。それに無意識化での忌避行動なんだから、陽向に感謝こそすれ、誰も責めたりなんかしない」
彼の言葉に救われる気分だった。打ち明けてよかったと心の底から思う。
「この名前、覚えはある?」
神志名之久の名を指したが、凪はかぶりを振った。
「覚えはないな……思い出す出来事もない。陽向、それできみは、これからどうするんだ」
それは、と言いかけた口を一度閉じる。考え、頭をかき、本を閉じた。
「まだわからない。……わかったからって、俺には何もできないかもしれない」
凪は微笑し、立ち上がった。
「今日は遅い。とりあえず、もう寝よう」
頷いて立ち上がった。しんとした家の中、屋鳴りの音だけが響いていた。
貸出の一人目になり、退魔解体のページもめくる。小さく古い文字に苦労するが、この中にヒントがある可能性は捨てきれない。
夜、居間の座卓で読みふける。本の中には、著者が調べ得る退魔の力を持つ者たちの名が連なっていた。執筆当時の百年前から更に数百年遡り、史上の人物たちの名前や略歴、功績等が載っている。
うとうとしかけていた目が、一気に覚めた。
「穢れ」の記載に釘付けになる。およそ四百年前に現れたその妖怪は、一人の祈祷師の業により生み出された。
神志名(かしな)之久(ゆきひさ)。それが、祈祷師の名前だ。その人物は類稀な妖力を持って無差別に妖怪を滅ぼし続けた。滅された妖怪たちの澱んだ恨みつらみが姿を成し、やがては穢れとなった。本には見開き二ページだけ、神志名と穢れについて記載されている。やがて之久は、自らの罪の塊である穢れに喰い殺された。後に再び現れた穢れは、之久の息子を襲った。その後も穢れは神志名の家を継ぐべき長男を代々喰い続けることとなる。どれだけ力を尽くして隠しても必ず探し当てて殺し、三十年以上生き延びた者はいない。
どくどくと、全身の血液が激しい脈に呼応するのが聞こえる。
ケガレは今も存在している。どこかに潜む神志名の末裔を、今も狙い続けているに違いない。
間違いない、島民たちは「神志名」という祈祷師を避けていたのだ。一度滅ぼされた妖怪たちの無意識が、彼らに「神志名」の名について語るこの本を遠ざけさせていた。
「今日は夜更かしだな」
凪の声に飛び跳ねんばかりに驚いた。彼が廊下を歩く音に全く気が付かなかった。通りかかっただけの彼は、その様子に目を丸くしている。
「幽霊でも見たような顔だな」
「……凪」
「陽向、どうした」
随分と困惑の様子を見せていたらしい。彼は心配そうに居間に入り、正面に座る。そういえば、誰にも借りられていない本がある話は、彼にまだ聞かせていなかった。
神志名の姓とケガレについて、語ってよいのだろうか。今になり、彼らの苦手を探すということの罪について思い知った。ケガレの弱点が島民の弱点であるなら、彼らにとって決して楽しい話ではない。この期に及んでまごついてしまう。
それでも、黙って抱えているのに耐えられなかった。凪はいつだって頼りになる。彼が街に住む人間として近くにいてくれたらと考えたこともある。きっと彼なら受け止めてくれる。意を決して、陽向は手元の本を彼に向けた。
ケガレの弱点、ひいては島民の苦手を探すにつれ、図書館で一冊の本に辿り着いた話をした。神志名という一族とケガレの関係。そして、きっとここにケガレを倒す鍵があるのだという推測。
黙って聞いていた凪は、陽向が口を閉じても腕を組んだままじっとしていた。
「よくこんなに調べたな」
見せてくれたのは、いつもと変わらない穏やかな表情だった。
「でも、これってみんなの嫌がることだよね」
「そもそも陽向は、俺たちの記憶を戻すために調べてくれたんだろ。それに無意識化での忌避行動なんだから、陽向に感謝こそすれ、誰も責めたりなんかしない」
彼の言葉に救われる気分だった。打ち明けてよかったと心の底から思う。
「この名前、覚えはある?」
神志名之久の名を指したが、凪はかぶりを振った。
「覚えはないな……思い出す出来事もない。陽向、それできみは、これからどうするんだ」
それは、と言いかけた口を一度閉じる。考え、頭をかき、本を閉じた。
「まだわからない。……わかったからって、俺には何もできないかもしれない」
凪は微笑し、立ち上がった。
「今日は遅い。とりあえず、もう寝よう」
頷いて立ち上がった。しんとした家の中、屋鳴りの音だけが響いていた。
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