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3章 ノンフィクション
四面楚歌
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雨粒が校舎を叩く音が、天井から吊り下げられているテレビ画面のBGМのさらにバックで流れている。気の良く人気の高い音楽教師は、丁度よい適当さで授業の後半にはお勧めの映画を流した。今日は二時間を超える映画の最終部位を迎えていた。
豪華客船に捨てられた赤ん坊がピアニストへと成長し、大人になっても船を下りることなく、海の上で生涯を終えるという作品だった。
エンドロールにチャイムが重なった頃、少女は教科書とノートを合わせて軽く机を叩きながら窓の外に目を向けた。最近よく降り続ける雨が、飽きもせず街を霧に埋めている。白っぽい世界の中、運動部も練習を断念するおかげで、放課後のグラウンドには人っ子一人姿はない。
そんな光景を眺め、教師が職員会議に早々と出て行っても音楽室に残っていたことを、少女は大いに後悔した。聞き覚えのある相手の声に振り返ってしまった。
机の横に、栗本幸子という女子生徒が立っている。短く詰めた制服のスカートからのびる足で仁王立ちし、何が面白いのか頬を上げている。この女の純粋な笑顔というものを少女は見たことがなかったし、今も同様だから嫌な予感しか覚えなかった。周囲にはびこる女子生徒数人が、いつもより多い六人に増えているのもいやらしい。AからFまでいるな。こいつらは本当に、一人じゃ教室まで戻ることもできないのか。
「なに、用事?」
残った常識と倫理観の欠片で返事をする少女は、椅子に座ったまま顔を上げた。
「用事っていうかあ。聞きたいこと?」
地毛だと言い張れるギリギリの明るさで茶色く染めたセミロングの髪に指を絡ませながら、「ねえ」とあたりを見渡している。それに頷く者たちがどこか目の奥に異様な光を宿し、消せない興味を隠そうともしていないことが、彼女に一抹の不信感を与えた。
「聞きたいことって」やましいことなどありはしないと、胸を張って聞き返す。
だが、机を囲む一人、Bの位置にいた女子生徒が口にした台詞に、少女は口元のひきつりを必死で堪えなければならなかった。
何でもない風を装い、彼女たちがどこまでを知っているのか問い詰めたい心を全力で押さえつけ、指先で髪を梳く。ああ、あいつと、気のない台詞を懸命にいつもの声で零した。
「別に、家が近いだけだよ。知り合い。名前も良く知らない」
家など近くなはい。特別な人間。名前だって知っている。そんな嘘が嘘であることを悟らせないよう「それが何」という態度を少女は貫く。
だが、取り囲む少女たちも、更に教室のあちこちで耳をそばだてている誰も彼もが、面白い続きを期待していることは肌で感じられた。お高くとまった桜庭菜々の弱点。つまりは人間らしさの尻尾を掴んだ彼らは、それを決して離すまいと意地も悪く全員で握りしめているのだ。
「でも、その割には楽しそうだったんでしょ、ミサ」
ミサと呼ばれた少女Bにとって、その特ダネを自分が手にしていることは、満点の解答用紙を返されるよりも誇らしいようだった。
「学校いる時より、ずっと楽しそうだったじゃん。桜庭さん」
けらけらと女子生徒特有の甲高い笑い声に包まれ、彼女は思わず左耳を軽く手で押さえる。迷惑だ、こんな騒音、環境省に言いつけてやる。
「何が」
「この前さ、みどり公園の通り、歩いて帰ってたじゃない。いつも一人で帰ってるのに、待ち合わせてたんだ」
「偶然見かけただけだよ。家近いから、帰る方角同じってだけでさ」
彼と会って話をして。帰る間の短い時間でも、その瞬間が楽しくないはずがない。だが、楽しくて幸せでたまらないなどとは、誰にも言えない。
こうして嘘をつき続けなければ、自分にもあの少年にも決して良くない未来が訪れることは、彼女には楽に見通せた。
しかし「へー」と心のない感心を漏らす周囲の人間は、何ごとかと、一人、また一人と増えている。
「あれ、中学生でしょ。三年ぐらい?」
「すごくない、中学生だって」
わざとらしく黄色い声を上げる連中よりも、「あれ」と言い切ったBに対し、ふつふつと怒りがこみ上げる。桜庭菜々の隣にいたというだけで、なぜ彼が名前も顔も知らない相手に物扱いされなければならないんだ。椅子に座ったまま、机に置いた手を感情のまま握りしめそうになり、力を抜けと彼女は自身に言い聞かせる。確かに、三日前の月曜日、意図的な遠回りの際に、家族を喜ばせるべくお使いに出ていた彼を見かけて、大通りまで一緒に歩いた。そんな事実が、周囲には大好物の餌となり得るのだ。
「年下にもモテるんだ。流石」
「冗談言わないでよ。ただの知り合いだって言ってんのに」
「ほんとにそんだけ?」
「ほんとだって。そんなのあるわけないじゃん」
これ以上、彼の存在を傷つける台詞を言いたくない。だが、そんな少女の願いを取り囲む女子生徒たちが慮るはずがない。
「でもさ、年下なら、なにしたって簡単でしょ。桜庭さん、大人なんだし、頭いいからさ。ちょちょいって」
机の真横の栗本幸子が口にする下世話な台詞に、やだーと甲高い笑い声が上がる。「嫌だ」と言いながら、何故笑うのか。その矛盾した理由は、解ってしまいそうで解りたくない。
「でもさ、普通、近所ってだけで一緒に帰ったりする? 名前も知らないのにさあ。あたしだって、近くに小中学生住んでるけど、見かけても一緒に帰ったりとかしないし。ねえ」
カースト上位の挑発的な台詞に、周囲はそれが世界の心理だとばかりに深く頷く。
「よっぽどじゃないと、わざわざ一緒に帰ったりとかしないよね」
「なんか言われたの? そういうこととか」
「制服でわかったけど、第二中でしょ。確か桜庭さん、出身だっだよね、後輩になるんじゃん」
「うっそー。じゃあもしかして、中学ん時からその子と仲良かったの」
後輩という思わぬ近い言葉に、女子生徒たちが身を乗り出してくる。「だから」と彼女はため息をついた。
「その時から知ってたら、名前も知らないとかあり得ないでしょ。中学生になんて興味あるわけないし」
彼を否定する罰として、言うたびに細く小さな針が胸の奥をちくちくと刺していく。
その罰を受け入れながら、少女は少年の笑顔を意識的に思い出す。感情表現の苦手な彼が、嘘も誤魔化しもなく、心から浮かべてくれる優しい表情。ここで彼女たちの台詞を肯定すれば、今自分が受けている尋問の矛先は、いつしか彼に向いてしまう。その笑顔さえも奪っていく。悪びれもないストーキングぐらい偶然だと言い張ってこいつらはやり遂げるだろう。歪んだ女子高生の娯楽のために、気の弱い彼が犠牲となり、根も葉もない噂を言いふらされて困り果てる姿が容易に思い浮かぶ。
「でも桜庭さん、いっつもそういう男子、見向きもしなかったのに」
「可愛い感じの子じゃん。あんま男らしくなくってさ。もしかして、もっと年下だった?」
何が楽しいのか。どうして彼が馬鹿にされ、居場所を奪われる瀬戸際に立たされるのか。
少女は口を引き結び机の正面に向き直ると、重ねたノートと教科書で再び机を軽く叩き返事を止めた。だが、今になって逃がしてなるものかと、ざわつく彼女たちはまったく口を閉じようとはしない。
「可愛いって、マジで。どんなの?」
「なんとなくだけど。写メ撮っとけばよかった」
「盗撮とか犯罪じゃーん」
「別に売ったりするわけじゃないし。合法合法」
椅子をずらそうとして気が付いた。隣に立つ気の強い同級生が、勝ち誇った笑みを浮かべながら椅子が容易に動かないよう足を引っ掛けている。逃がさねーぞという声なき言葉が、鼓膜を通さず聞こえてくる。
「ウチも見たいんだけど」
「ねえ桜庭さん、興味ないんなら紹介してよ。可愛い系の中学生とか、普通にどんなんか興味あるし」
「なんでその子は振ってあげないんだろーね。すっげー気になる」
「ほんとはなんかあるんでしょ。ねえ」
気にするな。少女は自分に言い聞かせる。こいつらは、話題が欲しいだけなんだ。しばらく元の道を歩いて帰って、あいつに会わないようにして。少しすれば、飽きっぽいやつらは諦めて忘れていく。
もったいないけど。あと少しなのに。
そうして表面に現れない深呼吸で懸命に自身を落ち着ける彼女に、残酷な言葉は深く突き立った。
「うちさ、そういえば弟が第二の中三なんだけど。それっぽいのいないか探しとくように言っとくわ」
どこから聞こえた誰の言葉なのか彼女にはわからなかったが、それが少年にとって謂れのないひどい仕打ちであることに間違いはない。
ノートに書かれた「死ね」の文字。
体操服につけられた泥の靴跡。
「友だちなんていないのに」そう言ってすぐ隣で見せた寂しそうな笑い顔。
全てを思い出してしまえば、耐えられるはずがなかった。
「ぐだぐだうるっせーな!」
抑えていた喉を震わせ、叫ぶとともに勢いよく立ち上がり、両手に持っていた授業道具を天板に叩きつけた。派手な音を立てて、椅子が後ろ向きにひっくり返る。
「あんたら、ほんとにどうしようもねえな。人を不幸にするのがそんなに楽しい? そんなに笑えんの? 趣味悪すぎなんだよ。いい加減に黙れ!」
思っていた全てだった。まだ中学生の少年を悪意でからかい、これから困らせようと企むやつらが憎らしく、にやにやと歪む笑みを殴らないだけで精いっぱいだった。
今や絶句する驚愕が、栗本幸子を含め、教室の誰しもの顔に浮かんでいた。輪に入らずとも耳を澄ませていた男女含む同級生たち全員が、目を見開いてこちらを見つめている。
だが、しんと静まり返った空気の中心。そこに後悔の感情は微塵も存在しなかった。
豪華客船に捨てられた赤ん坊がピアニストへと成長し、大人になっても船を下りることなく、海の上で生涯を終えるという作品だった。
エンドロールにチャイムが重なった頃、少女は教科書とノートを合わせて軽く机を叩きながら窓の外に目を向けた。最近よく降り続ける雨が、飽きもせず街を霧に埋めている。白っぽい世界の中、運動部も練習を断念するおかげで、放課後のグラウンドには人っ子一人姿はない。
そんな光景を眺め、教師が職員会議に早々と出て行っても音楽室に残っていたことを、少女は大いに後悔した。聞き覚えのある相手の声に振り返ってしまった。
机の横に、栗本幸子という女子生徒が立っている。短く詰めた制服のスカートからのびる足で仁王立ちし、何が面白いのか頬を上げている。この女の純粋な笑顔というものを少女は見たことがなかったし、今も同様だから嫌な予感しか覚えなかった。周囲にはびこる女子生徒数人が、いつもより多い六人に増えているのもいやらしい。AからFまでいるな。こいつらは本当に、一人じゃ教室まで戻ることもできないのか。
「なに、用事?」
残った常識と倫理観の欠片で返事をする少女は、椅子に座ったまま顔を上げた。
「用事っていうかあ。聞きたいこと?」
地毛だと言い張れるギリギリの明るさで茶色く染めたセミロングの髪に指を絡ませながら、「ねえ」とあたりを見渡している。それに頷く者たちがどこか目の奥に異様な光を宿し、消せない興味を隠そうともしていないことが、彼女に一抹の不信感を与えた。
「聞きたいことって」やましいことなどありはしないと、胸を張って聞き返す。
だが、机を囲む一人、Bの位置にいた女子生徒が口にした台詞に、少女は口元のひきつりを必死で堪えなければならなかった。
何でもない風を装い、彼女たちがどこまでを知っているのか問い詰めたい心を全力で押さえつけ、指先で髪を梳く。ああ、あいつと、気のない台詞を懸命にいつもの声で零した。
「別に、家が近いだけだよ。知り合い。名前も良く知らない」
家など近くなはい。特別な人間。名前だって知っている。そんな嘘が嘘であることを悟らせないよう「それが何」という態度を少女は貫く。
だが、取り囲む少女たちも、更に教室のあちこちで耳をそばだてている誰も彼もが、面白い続きを期待していることは肌で感じられた。お高くとまった桜庭菜々の弱点。つまりは人間らしさの尻尾を掴んだ彼らは、それを決して離すまいと意地も悪く全員で握りしめているのだ。
「でも、その割には楽しそうだったんでしょ、ミサ」
ミサと呼ばれた少女Bにとって、その特ダネを自分が手にしていることは、満点の解答用紙を返されるよりも誇らしいようだった。
「学校いる時より、ずっと楽しそうだったじゃん。桜庭さん」
けらけらと女子生徒特有の甲高い笑い声に包まれ、彼女は思わず左耳を軽く手で押さえる。迷惑だ、こんな騒音、環境省に言いつけてやる。
「何が」
「この前さ、みどり公園の通り、歩いて帰ってたじゃない。いつも一人で帰ってるのに、待ち合わせてたんだ」
「偶然見かけただけだよ。家近いから、帰る方角同じってだけでさ」
彼と会って話をして。帰る間の短い時間でも、その瞬間が楽しくないはずがない。だが、楽しくて幸せでたまらないなどとは、誰にも言えない。
こうして嘘をつき続けなければ、自分にもあの少年にも決して良くない未来が訪れることは、彼女には楽に見通せた。
しかし「へー」と心のない感心を漏らす周囲の人間は、何ごとかと、一人、また一人と増えている。
「あれ、中学生でしょ。三年ぐらい?」
「すごくない、中学生だって」
わざとらしく黄色い声を上げる連中よりも、「あれ」と言い切ったBに対し、ふつふつと怒りがこみ上げる。桜庭菜々の隣にいたというだけで、なぜ彼が名前も顔も知らない相手に物扱いされなければならないんだ。椅子に座ったまま、机に置いた手を感情のまま握りしめそうになり、力を抜けと彼女は自身に言い聞かせる。確かに、三日前の月曜日、意図的な遠回りの際に、家族を喜ばせるべくお使いに出ていた彼を見かけて、大通りまで一緒に歩いた。そんな事実が、周囲には大好物の餌となり得るのだ。
「年下にもモテるんだ。流石」
「冗談言わないでよ。ただの知り合いだって言ってんのに」
「ほんとにそんだけ?」
「ほんとだって。そんなのあるわけないじゃん」
これ以上、彼の存在を傷つける台詞を言いたくない。だが、そんな少女の願いを取り囲む女子生徒たちが慮るはずがない。
「でもさ、年下なら、なにしたって簡単でしょ。桜庭さん、大人なんだし、頭いいからさ。ちょちょいって」
机の真横の栗本幸子が口にする下世話な台詞に、やだーと甲高い笑い声が上がる。「嫌だ」と言いながら、何故笑うのか。その矛盾した理由は、解ってしまいそうで解りたくない。
「でもさ、普通、近所ってだけで一緒に帰ったりする? 名前も知らないのにさあ。あたしだって、近くに小中学生住んでるけど、見かけても一緒に帰ったりとかしないし。ねえ」
カースト上位の挑発的な台詞に、周囲はそれが世界の心理だとばかりに深く頷く。
「よっぽどじゃないと、わざわざ一緒に帰ったりとかしないよね」
「なんか言われたの? そういうこととか」
「制服でわかったけど、第二中でしょ。確か桜庭さん、出身だっだよね、後輩になるんじゃん」
「うっそー。じゃあもしかして、中学ん時からその子と仲良かったの」
後輩という思わぬ近い言葉に、女子生徒たちが身を乗り出してくる。「だから」と彼女はため息をついた。
「その時から知ってたら、名前も知らないとかあり得ないでしょ。中学生になんて興味あるわけないし」
彼を否定する罰として、言うたびに細く小さな針が胸の奥をちくちくと刺していく。
その罰を受け入れながら、少女は少年の笑顔を意識的に思い出す。感情表現の苦手な彼が、嘘も誤魔化しもなく、心から浮かべてくれる優しい表情。ここで彼女たちの台詞を肯定すれば、今自分が受けている尋問の矛先は、いつしか彼に向いてしまう。その笑顔さえも奪っていく。悪びれもないストーキングぐらい偶然だと言い張ってこいつらはやり遂げるだろう。歪んだ女子高生の娯楽のために、気の弱い彼が犠牲となり、根も葉もない噂を言いふらされて困り果てる姿が容易に思い浮かぶ。
「でも桜庭さん、いっつもそういう男子、見向きもしなかったのに」
「可愛い感じの子じゃん。あんま男らしくなくってさ。もしかして、もっと年下だった?」
何が楽しいのか。どうして彼が馬鹿にされ、居場所を奪われる瀬戸際に立たされるのか。
少女は口を引き結び机の正面に向き直ると、重ねたノートと教科書で再び机を軽く叩き返事を止めた。だが、今になって逃がしてなるものかと、ざわつく彼女たちはまったく口を閉じようとはしない。
「可愛いって、マジで。どんなの?」
「なんとなくだけど。写メ撮っとけばよかった」
「盗撮とか犯罪じゃーん」
「別に売ったりするわけじゃないし。合法合法」
椅子をずらそうとして気が付いた。隣に立つ気の強い同級生が、勝ち誇った笑みを浮かべながら椅子が容易に動かないよう足を引っ掛けている。逃がさねーぞという声なき言葉が、鼓膜を通さず聞こえてくる。
「ウチも見たいんだけど」
「ねえ桜庭さん、興味ないんなら紹介してよ。可愛い系の中学生とか、普通にどんなんか興味あるし」
「なんでその子は振ってあげないんだろーね。すっげー気になる」
「ほんとはなんかあるんでしょ。ねえ」
気にするな。少女は自分に言い聞かせる。こいつらは、話題が欲しいだけなんだ。しばらく元の道を歩いて帰って、あいつに会わないようにして。少しすれば、飽きっぽいやつらは諦めて忘れていく。
もったいないけど。あと少しなのに。
そうして表面に現れない深呼吸で懸命に自身を落ち着ける彼女に、残酷な言葉は深く突き立った。
「うちさ、そういえば弟が第二の中三なんだけど。それっぽいのいないか探しとくように言っとくわ」
どこから聞こえた誰の言葉なのか彼女にはわからなかったが、それが少年にとって謂れのないひどい仕打ちであることに間違いはない。
ノートに書かれた「死ね」の文字。
体操服につけられた泥の靴跡。
「友だちなんていないのに」そう言ってすぐ隣で見せた寂しそうな笑い顔。
全てを思い出してしまえば、耐えられるはずがなかった。
「ぐだぐだうるっせーな!」
抑えていた喉を震わせ、叫ぶとともに勢いよく立ち上がり、両手に持っていた授業道具を天板に叩きつけた。派手な音を立てて、椅子が後ろ向きにひっくり返る。
「あんたら、ほんとにどうしようもねえな。人を不幸にするのがそんなに楽しい? そんなに笑えんの? 趣味悪すぎなんだよ。いい加減に黙れ!」
思っていた全てだった。まだ中学生の少年を悪意でからかい、これから困らせようと企むやつらが憎らしく、にやにやと歪む笑みを殴らないだけで精いっぱいだった。
今や絶句する驚愕が、栗本幸子を含め、教室の誰しもの顔に浮かんでいた。輪に入らずとも耳を澄ませていた男女含む同級生たち全員が、目を見開いてこちらを見つめている。
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