ヒロインが可愛すぎるなら悪役令嬢の断罪劇だってゆるされてしまうの

朧月ひより

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公爵令嬢、食べ物で釣る

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 わたくしとアレクシス様の婚約が決まったのは、互いが十二歳の頃だ。
 家同士で決められた政略的なものだったが、二人の仲は良好だった。
 年に数回ほど、わたくし達は王城や公爵家で交流し、互いの理解を深めていった。
 話の内容は政治や経済、歴史などが主だったもので、若い男女の会話としては、少々色気に欠けていたかもしれない。だけど、わたくしたちの間柄はそれで良かった。
 アレクシス様は、臣籍降下して我が家の入婿になる予定だ。
 だが、現状では王位継承権第二位の王子であり、王太子殿下に万が一があった際のスペアとしてのお役目が期待されている。
 婚約してはや四年。王立学園へと入学する年になり、わたくしたちはすっかり打ち解けていた。大きな声では言えない「万が一」の際には、互いの関係をどうするのか。そんな話までするほどに信頼関係を築いていった。

 学園への入学とともに、わたくしたちの世界は広がった。それはもう格段に自由になったと言っていい。

 王立学園は貴族の子女が多く通う学舎だ。このため、警備体制は万全に整えられている。これが理由のひとつ目。
 学内は安全という信用があるので、誰しもが自由に行動できる。
 二つ目に、第一王子殿下に第一子ががお生まれになり、アレクシス様の継承権が第三位となったこと。
 第二王子付きの護衛の数は減り、以前ほど行動に制約を受けなくなった。
 三つ目がわたくしの理由。学内の特例で、セバスチャンを護衛として帯同することが認められたこと。

 特例というのは王子の婚約者であるとか、公爵家の者だからとか、そういう身分的なものではない。

 わたくしが、魔法使いだからだ。

 魔法使いというのは、職業名ではなく単純に魔力が強い者のことを指す。
 明かりを灯したり火をつけたりするのにも、魔法使いの存在が欠かせなかった昔には、魔法使いを狙った人攫いが横行したらしい。
 それで、魔法使いは護衛を帯同するのが慣例になったのだとか。
 文明の進歩と共に、魔法使いは「いたらちょっと便利」くらいの存在になりつつあるのだが。

 魔法使いだから護衛をつけなけれはならない、というのは一見不自由だが、わたくしはセバスチャンとなら四六時中一緒に居てもちっとも苦にならない。それに彼はとても強い。セバスチャンがいれば他の護衛はいらないので、良いことづくめだ。

 そんなわたくしの思いにもかかわらず、セバスチャンはわたくしと共に学園に通うことを随分と渋った。

「お嬢も知っての通り、俺は下町のゴロツキだった男だ。殺し以外の悪さは何だってやった。そんな奴が、お嬢の隣にいて良いはずがねえ」
 セバスチャンは時々こうやって自分を卑下するが、大袈裟だと思う。
「下町に居たのなんて、あなたがほんの子供だった頃のことでしょう。いまさら誰が咎めるというの」
「ガキだってワルはワル。持って生まれたサガはそう簡単には変わらねえよ」
 随分と変わったと思うけれど。
 セバスチャンはまだ気づかれていないと思っているので黙っているが、時折日当たりの良い客間のソファで昼寝している姿を、複数人が目撃している。ゆるみきったその寝姿に、下町のワルとやらの野生味は感じられない。
「それに、俺はこの見てくれだろ。こんなの連れて歩いたら、お嬢が笑われちまう」
 なるほど。そこが最も気にしているところらしい。
「たしかに、最近のあなたはちょっぴりお腹周りが豊かになり過ぎている気がするわ。やっぱりマーシャに頼んで食事量を減らしてもら――」
「ちょっと待て!!!! なぜそういう話になる!?!?」
 セバスチャンの食べっぷりがあまりにいいものだから、周囲がいろいろと余計なおやつを融通していることを知っている。
 公爵邸にやってきた時のセバスチャンを知っている者たちは、あの痩せこけた姿を知っているから余計に甘やかしてしまうのだ。
 年嵩のメイドのマーシャなど、もう目つきが孫を見るそれだ。あれは危険なやつだ。スーパーサイズセバスチャンが爆誕してしまう。そう危惧していたところだ。

 結局、おやつ抜きにするか、学園に同行するかの二択で、セバスチャンは食の誘惑に負けた。食いしん坊さんめ。

 もちろん、彼の食事改善については、後ほどきっちりと指導を入れるつもりだ。

 無事セバスチャンを懐柔したおかげもあり、わたくしは学生生活を存分に謳歌した。
 放課後友人と流行りのお店に立ち寄ったり、アレクシス様と街中でデートをしたり。

 そう、先日初めて、放課後デートなるものを体験したのだ。
 人気のカフェに赴き、果物で香り付けしたという茶葉や、宝石のように鮮やかな色のケーキを堪能した。

 そのデートの帰り。
 初めての体験づくしで、少し疲れていたのだろうか。帰りの馬車で、普段はしない馬車酔いを起こした。
 なんとか公爵邸まで耐えていたが、馬車を降りようとした矢先に足を踏み外した。
 地面にぶつかるのを覚悟したところで、アレクシス様の力強い腕に抱き止められた。

 いま思えば、あれがはっきりと恋を自覚した瞬間だった。
 それまでは、どちらかといえば仲の良い異性の友人のような気持ちだったのだ。
 わたくしと同じくらいに華奢だと思っていた少年は、いつの間にか体つきもがっしりして、昨日まで見ていた人とはどこか別人のように思えた。

 そのあとしばらく、わたくしはアレクシス様をまっすぐ見つめることができなくて、大変困った。

 友人関係では、ハーシー侯爵令嬢のメラニー様と特に仲良くなった。
 メラニー様はたいへん魅力的で、おもしろい方だ。
 流行に敏感で、初めて聞くような楽しい話をたくさん聞かせてくれる。だがメイクやおしゃれは苦手だと言って、その方面の話は徹底的に避けている。
「お人形さんみたいに綺麗なオーデリア様と違って、わたしみたいな不美人は、そういう事にかける時間もお金も無駄なのよ。努力してもちっとも甲斐がありはしないもの」
 そう言って笑う化粧気のないそばかすの顔は、大変チャーミングだ。
 わたくしは甲斐がないだなんて少しも思わないし、素敵に着飾った親友の姿も見てみたいが、もうしばらくは口をつぐみ、彼女が彼女らしく歩んでいく様子を眺めていようと思っている。
 だって、いまだってその飾らない姿に目線を追っている殿方を、幾人も見かけますからね。
 メラニー様は、ご自分がたいへんなモテ体質でいらっしゃることに気付いていない。

 そうして充実した学生生活の一学年目が終わり、次の年を迎えた。

 入学して早々、噂の的になっている女子生徒がいた。

 ジェローム子爵家のご令嬢だ。
 愛らしい顔立ちを彩るストロベリーブロンドの髪。小柄で華奢ないでたちは、花の妖精のようだと称される。
 だが、一人の美少女が入学してきたというだけが噂の理由ではない。
 彼女の魔力は、他に類を見ないほどに高い。

 魔法がさほど重要視されないご時世とはいえ、彼女ほどとなれば話は別だ。魔法学系の学術・研究、その他多くの分野で大いに活躍が期待される。

 それだけではない。むしろこれが本題で、彼女の母親はアレクシス殿下の乳母をしていた。
 つまり乳兄妹の間柄なのだ。

 実際にそのような話があったのかは知らないが、ジェローム子爵令嬢はアレクシス殿下の婚姻相手として有力な候補と思われていた。
 そして、子爵家の子供達とアレクシス様は、いまでも大変仲が良い。

 誰がそんな下世話なことを考えついたものか、ジェローム子爵令嬢は、わたくしの有力なライバルとなるのではないかと。

「どうかしているわ。三角関係を期待されるだなんて」
 いつの間にか噂の対象に含まれてしまったわたくしは、はしたないほどに口の端を歪めているだろう。
 珍しく不機嫌なわたくしを面白そうに眺め、メラニー様は笑って答える。
「いまだに魔力が高いのが正義、みたいな風潮は残っているものね。わたしのお婆さまなんかもそう。『魔法使いの嫁をとって、子供をたくさん産んでもらいなさい』って」
 魔力の高い娘は健康な子供をたくさん産む。
 古い世代の方を中心に、そういう考えは根強い。
 あながち迷信とも言い切れないのが困ったところで、魔法使いには長命な人が多い。
 また、これは同じ魔法使いでも才能の方向性より異なるが、魔法により身体が強化され、人より頑健になる者もいる。
 最も、魔法使いから生まれた子が魔法使いになるかについては、そうでない者と比べて大した優位差はないとされている。
 魔法使いとして生まれるかどうかは、遺伝とは異なる仕組みらしい。
「まあでも、噂で遊んでいられるのもいまのうちだけよ。彼らだって思い知るわ。あなたと殿下のラブラブぶりを見れば、付け入る隙なんかないって」
「ラブラブぶりってなんなのよ」
 からかうメラニー様に、羞恥で顔が火照るのを感じた。
 でもこの時は、メラニー様の言う通りだと思っていた。殿下との仲は順調だ。根も葉もない噂など気にする必要はない……そのはずだった。
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