ゆる断罪ENDと油断してたら、ピンチです!

朧月ひより

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 メロディ様が罪を捏造していた?
 本人からはっきりと告げられても、信じがたい気持ちだった。

 だって彼女は誰からも愛される恋愛物語のヒロインなのだ。
 そんなことがあるのだろうか。
 私を憎むあまり、おかしくなってしまったの?


 あまりのことに、心臓の鼓動が収まらない。
 少し気持ちを落ち着ける時間が欲しいのに、無情にも次の面会者がやってきた。

 王太子、レオニード様だ。
 彼は開口一番、私に言った。

「君が無実なのはわかっている。あの時はこうするしかなかったのだ」
 レオニード様は、証拠が捏造されたものだと知っていた?
「で、では私は処刑されないのでしょうか」
「もちろんだ、俺が決してそんなことにはさせない」
 レオニード様が信じてくださったことで、私はほっと胸を撫でおろした。

 レオニード様は、どこまで状況を把握しているのだろう。
 落ち着いたところで、疑問を口にする。
「その、申し上げにくいのですが、先ほどメロディ様がいらっしゃいまして……」
「ああ、報告は聞いている。彼女が証拠の捏造に関わっている可能性は高いと思っていた。だが、その裏で糸を引いている者がいるはずだ。その者たちを炙り出す必要があるため、泳がせていた」
「そのようなお考えがあったのですね」

 レオニード様は、は周囲を見渡して、眉間に皺を寄せる。
「こんなところでは落ち着けないだろう。ここから出してやることはできないが、望むことがあれば言ってくれ。可能な限り対応しよう」
 正直、レオニード様がここまで私のことを考えて動いてくださるとは思っていなかった。
 私はこの方のことを随分見誤っていたのかもしれない。

「私の軽率な行いのせいで、レオニード様に無用なご心配おかけしてしまい、本当に申し訳ございません。この上でお願いをするのは失礼と承知で申し上げますが、どうか我が侯爵家に害が及ばぬよう、お計らいいただけないでしょうか」
 私の言葉に、レオニード様は今まで見たことがないほど優しい笑顔を向けて言った。
「侯爵家か……そうだね、俺の権限でできることは限られているが、君がそこまで気に掛けるなら、力を尽くそう。だが、この状況下で侯爵家を庇うことはそう簡単ではない。ことと次第では俺の立場を揺るがしかねない。だから、条件を付けさせてもらおう」
「条件、ですか?」
「ああ、といっても大したことではない。もともと君は俺の婚約者として生きてきたのだ。今後も俺のために一生を尽くすと誓ってくれれば、それでいい」
「それは……ですが、婚約は解消されたのでは」
「ああ、ロゼット、悲しませてしまって済まない。それは仕方がないんだ。君には王太子妃の座を退いてもらわないと」
「ごめんなさい、お話が見えませんわ。私はてっきり、懇意にされているメロディさまとご婚約を結びなおされると思っていました」
 レオニード様が妙に嬉しそうな顔をする。
「ああ、あの女狐が自慢げに尻尾を見せびらかさなければそれでも良かったんだが。『王太子妃』が誰になるかなど、大した問題ではない。重要なのは君がずっと俺の傍にいることだ」
「レオニード様?」

 口説かれているような物言いは、今までの彼らしくなかった。
 だけど思い返してみれば、ここ一年は少し扱いに変化があったように感じていた。
 エスコートの時に、少し距離が近くなった気がするなど、些細なことだったけど。
 私が成人年齢に近づいたから、大人の対応に切り替えようとしているのだと思っていた。
 彼は私を、女性として意識し始めている?

 私は恐るおそる、彼の意図を尋ねる。

「ひょっとして、私を公妾にお望みなのですか?」

 安心させるかのように微笑んでいたレオニード様の顔から、表情が消えた。
 一拍の間を置いて、彼の足が格子を蹴りつけ、牢獄内に音が響く。
「きゃっ」
 思わず身を屈めて悲鳴を上げる。

「ああ、君をこんなところに閉じ込めておくなんて、本当に腹立たしい。父上の側近が何やら動いているとは思っていたが、とんだ誤算だ……」
 ブツブツと文句を言ったあと、急に穏やかな声音に戻ったレオニード様は、
「公妾だなんて、何を言うんだい。君はもっと自分の価値を知るべきだ。せっかく妃にならずに済むというのに、公妾だなんてなお悪い。そんな公の立場を与えてしまったら、ずっと俺の傍にはいられないだろう」
 先ほどの音を聞きつけてか、扉の向こうで待機していた看守が顔をだす。
「問題ない。すぐに出るからもうしばらく待っていてくれ」
 看守はレオニード様に一礼すると、再び持ち場に戻る。
「驚かせてすまなかったね。いろいろと予定が狂ってしまって、イライラしていたんだ。だが、あと少しの辛抱だ。君の好きな茶葉を用意しておくから、二人でゆっくり話をしよう」

 レオニード様の足音が聞こえなくなるまで、私は息をひそめて立ち尽くしていた。

 本当にあれはレオニード様なの?
 高圧的なところはあっても、あんなふうに感情のままにふるまう方ではないと思っていた。

 自分の手を見下ろすと、まだ指先が震えている。

 メロディ様の態度も怖かったけれど、レオニード様からはより直接的な恐ろしさを感じた。
 彼の要求がわからない。妃でも、公妾でもなく常に傍に侍る存在になれという。
 もっと不名誉な存在になれと蔑まれているかのようだが、私には価値があるとも言う。
 支離滅裂だ。

 ただ、レオニード様が私のことを、「自分の思うように扱える都合のいい存在にしたい」ということだけはわかった。
 それが彼のどういった感情からくるものなのか、わからないけれど。
 命の危険は免れたと、単純に喜ぶ気にはなれなかった。


 ひとつだけはっきりしているのは、ここはもう優しい物語の世界ではないということ。
 ひと時の夢から覚めて、現実を生きる覚悟をしなければいけない。

 レオニード様がたとえ私をどのように扱うとしても、耐えて生きなければ。
 王太子妃の座を逃し、公妾でもなく、道化のように扱われて後ろ指を刺される存在に成り下がるとしても。
 貴族の娘に生まれた誇りだけは、失わずに生きていこう。
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