4 / 13
4
しおりを挟む
城の牢獄で二晩を過ごしたあと、私はあっけなく開放された。
「姉さん! 無事で本当に良かった」
自宅に到着してすぐに駆け寄ってきたのは、弟のマリウスだ。
ひとつ年下のマリウスは、血縁的には私の従兄弟だ。八年前、父の家督を継ぐために養子となった。
「心配をかけてごめんなさい、マリウス」
マリウスは首を横に振る。
「姉さんが無事ならいいんだ。それより、父上のところへ行く前に、ちょっと寄り道しない? さっき料理長が姉さんのためにケーキを焼いていたよ」
いつもの調子のマリウスに、口元がほころぶ。
少し心配していたのだ。
急に態度の変わったレオニード様とメロディ。
ひょっとすると、マリウスにも何かおかしな変化があるんじゃないかって。
あの「おとめげーむ」中には、ヒロインの恋の相手の一人として、マリウスも登場していたから。
私が解放されたいきさつを父は知っているようだが、詳細はまだ教えられないと言われてしまった。
「近いうちに話す。疲れただろうから、今日はゆっくり休みなさい」
そう言われてしまえばどうしようもなく、大人しく自室へと戻った。
疲れていたのは本当で、ベッドに入るのとほとんど同時に眠ってしまった。
翌朝、今回の件での事情聴取のためと、マリウスが呼び出されて出かけて行った。
私と家族であり、メロディ様とは同い年のため、しばしばサロンなどで話す機会があったからのようだ。
マリウスが出かけて間もなく、屋敷内が慌ただしくなった。
急な訪問者がやってきたからだ。
しばらく父と歓談していたようだが、客人が私との面会を希望していると呼び出され、慌てて身支度を整え応接室へと入った。
立派な身なりの若い青年だった。
夜会で何度か見かけたことがあり、彼が何者なのかは知っていた。
クリゾンテーム辺境伯、アリエル様だ。
すでに爵位を継いでいるが、確かまだ20代前半だと聞いていた。
女性的な白皙の美貌で知られていたが、近寄りがたい雰囲気がある人だ。
その美貌に惹かれて勇気ある女性が話しかけに行っても、皆一言か二言で撃沈して退散するらしい。
よくは知らないが、気難しい方なのだろうと思っていた。
いざ目の前にすると、輝かしいばかりの美しさに改めて驚く。
「……お目にかかれて光栄です。ロゼットと申します」
圧倒されて一瞬呆けてしまい、慌てて挨拶をした。
彼は無言で切れ長の瞳をすっと細めて、着席を促した。
苦手なタイプだ。
レオニード様に似た威圧的な雰囲気から、そう思った。
そういえば、辺境伯は王弟の甥にあたるので、レオニード様とはいとこ同士だ。
「ロゼット、聞きなさい。アリエル様のご厚意で、しばらくお前を辺境伯家で保護してもらうことになった」
「え、保護……ですか? どういうことでしょう」
父が言うには、私が危険な状況に巻き込まれていると、アリエル様が国王に進言してくださったらしい。
「高名な魔術士であるあなたであれば安心だ。娘をよろしくお願いします」
頭を下げる父に、アリエル様は頷いて、ようやく一言発した。
「時間がない。すぐに出発する」
荷物はあとで送るからと、アリエル様の用意した馬車のひとつに乗せられ、わけのわからないままに辺境伯領に向かうことになった。
日の傾きかけたころ、馬車はクリゾンテームの城に到着した。
到着してすぐ、夕食の支度が整うまでに、アリエル様と話すようにとティールームに案内された。
小ぢんまりと居心地のよさそうな部屋で、城の規模から察するにいくつかの応接用の部屋の中ではもっとも小さい部類だろう。
ティールームにはすでにアリエル様が入室していた。
襟元は気崩され、足を崩して長椅子に腰掛ける邸の主に、ぎょっとする。
ご実家とはいえ、客人の前でこんなだらしない恰好をする人だったなんて……
私が面食らっていると、
「何をしている。早く座れ」
そう言われてしまい、茶器が用意されている椅子に腰掛けた。
淹れられた茶を一口飲むと、改めてアリエル様を見る。
「あの、ご事情を説明いただけますか。私が危険な状態とは、どういうことでしょう? メロディ様と何か関係が?」
「その女のことは良く知らん。関係があるかどうかはさておき、お前が危険だというのは一目瞭然だ。お前から強い呪いの気配がするからな」
「の、呪いですか?」
「ああ……そういえばコレも処理しておかんとな。会ってすぐに無効化だけはしておいたが」
急に顔の前に手を伸ばされて、びくりとする私にお構いなく、アリエル様は私の両耳からイヤリングを外した。
「な、何をなさるんです!」
抗議の声を上げるが、白けた顔でアリエル様は言った。
「お前、監視されてたぞ」
そして指先でイヤリングに触れると、装飾の玉がボロリと崩れた。
「監視とは、つまり」
「特定の相手に声が届くように魔術が込められている」
声を、盗み聞きさていたのか。
「いったい誰がそんな……」
外出した時しか身に着けたことがないから、世間に暴露されては恥ずかしいような個人的な独白などは届かなかったはずだ。不幸中の幸いか。
「さあな、おそらくお前に呪いをかけた犯人のしわざだろう」
「姉さん! 無事で本当に良かった」
自宅に到着してすぐに駆け寄ってきたのは、弟のマリウスだ。
ひとつ年下のマリウスは、血縁的には私の従兄弟だ。八年前、父の家督を継ぐために養子となった。
「心配をかけてごめんなさい、マリウス」
マリウスは首を横に振る。
「姉さんが無事ならいいんだ。それより、父上のところへ行く前に、ちょっと寄り道しない? さっき料理長が姉さんのためにケーキを焼いていたよ」
いつもの調子のマリウスに、口元がほころぶ。
少し心配していたのだ。
急に態度の変わったレオニード様とメロディ。
ひょっとすると、マリウスにも何かおかしな変化があるんじゃないかって。
あの「おとめげーむ」中には、ヒロインの恋の相手の一人として、マリウスも登場していたから。
私が解放されたいきさつを父は知っているようだが、詳細はまだ教えられないと言われてしまった。
「近いうちに話す。疲れただろうから、今日はゆっくり休みなさい」
そう言われてしまえばどうしようもなく、大人しく自室へと戻った。
疲れていたのは本当で、ベッドに入るのとほとんど同時に眠ってしまった。
翌朝、今回の件での事情聴取のためと、マリウスが呼び出されて出かけて行った。
私と家族であり、メロディ様とは同い年のため、しばしばサロンなどで話す機会があったからのようだ。
マリウスが出かけて間もなく、屋敷内が慌ただしくなった。
急な訪問者がやってきたからだ。
しばらく父と歓談していたようだが、客人が私との面会を希望していると呼び出され、慌てて身支度を整え応接室へと入った。
立派な身なりの若い青年だった。
夜会で何度か見かけたことがあり、彼が何者なのかは知っていた。
クリゾンテーム辺境伯、アリエル様だ。
すでに爵位を継いでいるが、確かまだ20代前半だと聞いていた。
女性的な白皙の美貌で知られていたが、近寄りがたい雰囲気がある人だ。
その美貌に惹かれて勇気ある女性が話しかけに行っても、皆一言か二言で撃沈して退散するらしい。
よくは知らないが、気難しい方なのだろうと思っていた。
いざ目の前にすると、輝かしいばかりの美しさに改めて驚く。
「……お目にかかれて光栄です。ロゼットと申します」
圧倒されて一瞬呆けてしまい、慌てて挨拶をした。
彼は無言で切れ長の瞳をすっと細めて、着席を促した。
苦手なタイプだ。
レオニード様に似た威圧的な雰囲気から、そう思った。
そういえば、辺境伯は王弟の甥にあたるので、レオニード様とはいとこ同士だ。
「ロゼット、聞きなさい。アリエル様のご厚意で、しばらくお前を辺境伯家で保護してもらうことになった」
「え、保護……ですか? どういうことでしょう」
父が言うには、私が危険な状況に巻き込まれていると、アリエル様が国王に進言してくださったらしい。
「高名な魔術士であるあなたであれば安心だ。娘をよろしくお願いします」
頭を下げる父に、アリエル様は頷いて、ようやく一言発した。
「時間がない。すぐに出発する」
荷物はあとで送るからと、アリエル様の用意した馬車のひとつに乗せられ、わけのわからないままに辺境伯領に向かうことになった。
日の傾きかけたころ、馬車はクリゾンテームの城に到着した。
到着してすぐ、夕食の支度が整うまでに、アリエル様と話すようにとティールームに案内された。
小ぢんまりと居心地のよさそうな部屋で、城の規模から察するにいくつかの応接用の部屋の中ではもっとも小さい部類だろう。
ティールームにはすでにアリエル様が入室していた。
襟元は気崩され、足を崩して長椅子に腰掛ける邸の主に、ぎょっとする。
ご実家とはいえ、客人の前でこんなだらしない恰好をする人だったなんて……
私が面食らっていると、
「何をしている。早く座れ」
そう言われてしまい、茶器が用意されている椅子に腰掛けた。
淹れられた茶を一口飲むと、改めてアリエル様を見る。
「あの、ご事情を説明いただけますか。私が危険な状態とは、どういうことでしょう? メロディ様と何か関係が?」
「その女のことは良く知らん。関係があるかどうかはさておき、お前が危険だというのは一目瞭然だ。お前から強い呪いの気配がするからな」
「の、呪いですか?」
「ああ……そういえばコレも処理しておかんとな。会ってすぐに無効化だけはしておいたが」
急に顔の前に手を伸ばされて、びくりとする私にお構いなく、アリエル様は私の両耳からイヤリングを外した。
「な、何をなさるんです!」
抗議の声を上げるが、白けた顔でアリエル様は言った。
「お前、監視されてたぞ」
そして指先でイヤリングに触れると、装飾の玉がボロリと崩れた。
「監視とは、つまり」
「特定の相手に声が届くように魔術が込められている」
声を、盗み聞きさていたのか。
「いったい誰がそんな……」
外出した時しか身に着けたことがないから、世間に暴露されては恥ずかしいような個人的な独白などは届かなかったはずだ。不幸中の幸いか。
「さあな、おそらくお前に呪いをかけた犯人のしわざだろう」
16
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~
ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。
絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。
アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。
**氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。
婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。
【完結】ど近眼悪役令嬢に転生しました。言っておきますが、眼鏡は顔の一部ですから!
As-me.com
恋愛
完結しました。
説明しよう。私ことアリアーティア・ローランスは超絶ど近眼の悪役令嬢である……。
気が付いたらファンタジー系ライトノベル≪君の瞳に恋したボク≫の悪役令嬢に転生していたアリアーティア。
原作悪役令嬢には、超絶ど近眼なのにそれを隠して奮闘していたがあらゆることが裏目に出てしまい最後はお約束のように酷い断罪をされる結末が待っていた。
えぇぇぇっ?!それって私の未来なの?!
腹黒最低王子の婚約者になるのも、訳ありヒロインをいじめた罪で死刑になるのも、絶体に嫌だ!
私の視力と明るい未来を守るため、瓶底眼鏡を離さないんだから!
眼鏡は顔の一部です!
※この話は短編≪ど近眼悪役令嬢に転生したので意地でも眼鏡を離さない!≫の連載版です。
基本のストーリーはそのままですが、後半が他サイトに掲載しているのとは少し違うバージョンになりますのでタイトルも変えてあります。
途中まで恋愛タグは迷子です。
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
『転生したら悪役令嬢、前世の娘がヒロインでした』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
悪役令嬢に転生したら、前世の娘が仮ヒロインでした!?
今世こそ彼女を、幸せにしたい──そう誓った母(中身)メリンダは、
お見合い・婚約破棄・断罪イベントまで全力介入!
暴走母の愛が、王子と学園を巻き込んでいく!?
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
【完結】元悪役令嬢は、最推しの旦那様と離縁したい
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
「アルフレッド様、離縁してください!!」
この言葉を婚約者の時から、優に100回は超えて伝えてきた。
けれど、今日も受け入れてもらえることはない。
私の夫であるアルフレッド様は、前世から大好きな私の最推しだ。 推しの幸せが私の幸せ。
本当なら私が幸せにしたかった。
けれど、残念ながら悪役令嬢だった私では、アルフレッド様を幸せにできない。
既に乙女ゲームのエンディングを迎えてしまったけれど、現実はその先も続いていて、ヒロインちゃんがまだ結婚をしていない今なら、十二分に割り込むチャンスがあるはずだ。
アルフレッド様がその気にさえなれば、逆転以外あり得ない。
その時のためにも、私と離縁する必要がある。
アルフレッド様の幸せのために、絶対に離縁してみせるんだから!!
推しである夫が大好きすぎる元悪役令嬢のカタリナと、妻を愛しているのにまったく伝わっていないアルフレッドのラブコメです。
全4話+番外編が1話となっております。
※苦手な方は、ブラウザバックを推奨しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる