ゆる断罪ENDと油断してたら、ピンチです!

朧月ひより

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 私はベッド脇の椅子に腰掛け、アリエル様を見つめた。

 先代の辺境伯は、数年前に亡くなられた。
 奥方を幼いアリエル様を残して、早くに亡くなられたと聞いている。

 このためひとり残されたアリエル様が、若くして当主となり奮闘されている。
 こんな風に、傷付くことも恐れず先陣に立つアリエル様を、周囲は慕っているのがわかる。

「……私、本当に情けない」
 前世の記憶なんかに甘えて。
 運命なら仕方がないと言い訳して、楽な道を選ぼうとしていた。

 私だって、彼のように守るべきものが、大切な家族がいたのに。
 その人たちのために、どうして全力を尽くそうとしなかったんだろう。

 どうして、こんなに懸命なアリエル様が傷つかなきゃいけないんだろう。

 後悔と、悲しみと、何もできないもどかしさがぐるぐる渦巻いて。

 どうすれば良かったのか、何が正解だったのか。今でもわからない。
 きっとこれからも、わかることはないんだろう。

 だけどもう、何もせず後悔するのだけは嫌だった。

「アリエル様」
 布団から投げ出された片腕を取り、強く握る。
「私は、もう逃げません」

 結末なんて誰にもわからない。
 辛くても、悲しくても、それが私の選択の結果なら……。

 全力で受け止めて前に進もう。

 それが私にできる、唯一の償いだ。



 アリエル様の意識が戻るには、もうしばらく時間がかかるようだった。
 私は家令に頼み込んで、呼んでもらった公証人と兵士を引き連れて、城内の留置所へと向かった。
 面会部屋で待機していると、兵士が、襲撃犯を連れて現れた。

 襲撃犯は、私の顔を見て無邪気ともいえる笑みを浮かべた。
「やあ、姉さん。来てくれたんだね。嬉しいな」


 襲撃犯が私の義弟だったと告げられたのは、アリエル様の襲撃から間もなくのことだった。

 抵抗もなく捕縛されたマリウスは、すぐに自分が何者かを明かした。
 しかし動機やその他については何も語らず、姉を返せと繰り返し要求した。

 本物のマリウスなのか否か、この城で唯一身元の証明ができるのは私だ。
 しかし、私自身を要求している以上、何を企んでいるのかと慎重にならざるを得ない。

 そこで王都からマリウスを知る身内でない第三者を呼び寄せることになっていた。
 私もはじめはその案に賛成していた。

 だって、もし本当にマリウスだったとしたら。

 義弟が取り返しのつかない罪を犯したと、認めるのが怖かった。
 彼の動機が、私のとった行動に関係しているとしたら。

 後悔してもしきれない。

 だけど、決めたのだ。もう逃げないと。

「マリウス、教えてちょうだい。どうしてアリエル様を襲ったの」
 私はつとめて冷静に、穏やかに聞こえるように言った。
「そんなの、あいつが姉さんを攫っていったからに決まっているじゃないか。俺のいない隙をついて、卑怯極まりない」
「あなた、事情は聞いていないの? アリエル様は政敵から身を守るために、私を匿ってくださったのよ」
 マリウスは、ケタケタと笑い出した。
「ああ、姉さん。純粋なあなたはすっかりあいつに騙されてしまったんだね。ねえ、どうして姉さんがあのひどい牢獄に閉じ込められたと思う? 姉さんが国を欺く大罪を犯したから? 違うよ。そんな嘘っぱちを信じる人間なんか、あの場に居やしなかった。あれははじめからあの男、アリエルが仕組んでいたことなんだ」
「ありえないわ。あの方にそんなことをする理由がないもの」
 マリウスは笑いを収め、悲しげに吐き出した。
「ずいぶんあの男を信用しているんだね。悲しいよ、家族の僕よりあいつを信じるなんて」
「そういうことじゃ……」
「でもさ、証拠も理由もあるんだよね。姉さんが捕まった日の午前中、あいつは国王と会談している。会談内容は申請すればすぐに閲覧できたよ。姉さんを拘束して、貴族用でない重罪人の牢獄に閉じ込めるようあいつは進言したんだ」
 マリウスは自信たっぷりに話す。
 そこまで言うからには、本当にあったことなのだろう。

 だけど、私はもうアリエル様がどういう人か知ってしまった。
 理由もなく理不尽なことをする人ではない。

「理由は簡単なことさ。あいつは第二王子の派閥。王太子を廃嫡することが狙いだ。プリムヴェール子爵家を唆し、メロディを近づけた。だけど王太子もしたたかで、キャメリア侯爵家の後ろ盾がある姉さんを手放そうとはしない。だから罪をでっちあげて、姉さんを罪人にして王太子から引きはがそうとしたのさ」
 なるほど筋は通っている。
 その企みをアリエル様が主導で行った、という部分がどうにも現実味に欠ける以外は。

「マリウス、あなたの言い分はわかったわ。だけど、大切なことに答えていない。どうして、アリエル様を襲ったの。たとえ私があの方の都合のいいように使われていたとしても、命を狙うほどのことではないわ」
「姉さんは貴族令嬢としての名誉を傷つけられたんだぞ!」
「それを言うなら、あなたはどうなの。こんなことをして……あなたはキャメリア侯爵家の後継者なのよ! それをこんな形で……どうして。罪に問われれば無事では済まないことくらい、わかっているでしょう」
 マリウスは恍惚とした表情を浮かべた。
「ああ、嬉しいなあ、姉さんはやっぱり僕のことを一番に心配してくれるんだね。優しい姉さん」
 その様子が、牢獄で見たレオニード様やメロディ様の姿と重なる。
「マリウス、ひょっとしてあなたも呪いを……」

「その男は魅了の呪いの影響など受けていない」
 背後の声に振り向くと、アリエル様が立っていた。
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