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第七幕 北原の気持ち、

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やっと一人で静かに考え事ができる。
「少し整理しよう。
 俺は、始業式の朝に四十川夫婦の車にぶつかり、入院。
 四十川夫婦と俺の母が仲良くなり、母が夢の話を口滑る。でも、四十川夫婦は驚かなかった。二人はちょうど俺の夢に近い研究をしていたから。
 母の妥協より、俺の入院期間の夢を何らかの方法でデータに取られた。
 だとしたら、俺が覚めた時に聞こえたヒール音は、四十川のお母さんだろう。
 そして、俺が、夢の内容を知ることで未来を変える、変数とならないように、寝ていた一年間の夢の記憶をすべて消した。
 そのデータの量は膨大で、何かが同時進行する。
 でも内容は分からない。
 それに、四十川さんが転校してきて、さらに俺と仲良くしようとする理由も分からない。彼女がいきなり俺の名前を当てたのは分かったが、どうやって部員が足りないって知ったかも分からない。いきなり俺のカバンを見ようとしたのも分からない。
「ちょっと待てよ、カバン?カバンってあの紙飛行機か。」
 何かを悟っって、俺は急いでごみ箱をあさる。
「あった。」
 くちゃくちゃとなったその紙飛行機を見つけた。
 彼女は、絶対中身を見るなって言った気がするが、やっぱ思い違いだね、そんなこと一度も言ってないよね。うん、言ってない。
 ちぎれないように丁寧に広げる。
「「四月一日、俺は土間で速水会長に質問をした。ラブレターの宛先がなんとなく近衛先生のように思えた。」」
 俺は、その紙に書かれた文章を何度も読み返す。
 何度読み返してもやはり、そこには、自分が紙飛行機を拾ったその日のことと同じことが書かれている。
まさか、四十川はほんとに俺のストーカーなのか。 
俺はその日、確かに土間で速水会長に質問をした。もしその日、彼女はそれを二階の窓で見ていたとしら、まだ話は分かる。
でもどうやって、彼女はどうやって俺が心の中で思っていることさえも分かったのだ。俺は口に出してないはずだ、「近衛だ」ってなんて、ひと事も言ってないはずだ。
それにこの書き方、完全に俺視線だ。
どういうことだ。ますます分からなってくる。
無意識のうちに力が入って、その紙飛行機はもとの状態に戻った。
「四十川……」
 たぶん、彼女は俺の人生のキーを握っているかもしれない。
 いろんな疑問を抱えたまま、俺は電気を消した。

「雨谷、俺の授業はそんなにつまらないのか。」
「いいえ……」
 物理の授業中についつい眠ってしまったらしい。
昨日の夜はいろいろ考えてたら、結局寝るのが遅くなってしまって、朝からずっと眠いままだ。起こされたが、やはり眠気は取れず、俺は肘をついたまま、視界がまたあいまいになっていく。
近衛先生の授業なら、彼女が言った一語一句をすべてノートに取り、暗唱するくらいの覚悟はできている。俺が眠ったのはただの眠さのせいではなく、この先生の授業のつまらなさも関係ある。
「もしかして雨谷君は授業中寝てても点数がいい天才かしら。」
 俺とは真逆で、隣の四十川はあの先生の話をちゃんと聞いていて、ノートまで取っている。そんな彼女は俺に目もくれず、さりげなく俺に問いかける。
「俺は授業中起きてても点数が悪いぞ。」
「それは残念、あまり自分の周りに馬鹿を増やしたくないのだが。」
「お前の入った部活にはもう一人いるぞ。」
「雨谷さん?」
「分身でも性別は変わらんだろう。」
「ならあまねくん?」
「どっちも俺だ、もう一人って言っただろう。」
 彼女は手元の作業をいったん止めて、考える仕草をする。
「ならあまねって呼んでもいいかしら。」
「あれ、俺たち会話してないよね。」
「私は、あ・ま・ね君、と話をしていたつもりよ。」
 あざとすぎて、思わず顔をそらしてしまった。ほんとに身勝手の女だ、俺と普通に会話するつもりが少しも感じてこない、少しどころか、みじんも感じない。
 こいつは事故のことについて親に教えられていないはず。なら、被害者ぶって彼女にそのことを教え、少しでも「謝罪しないと」と彼女に感じさせるほど、俺は優しさがないやつではない。普通のクラスメイトとして、席隣の隣人として仲良くすればいいだろう。
 それにしても、俺のことを馬鹿にしすぎじゃないか、いくら一年間寝込んだから、授業に追いつけないとはいえ、直球で「バカ」はないだろう。もしかして天才処女とかなのかしら、あ・い・か・わさん?
 そんなかわいげのない四十川さんを、俺と同じような恥ずかしい気分にさせるため、
「へいへい、もう眠いからこれ以上からかわないでもらえる、杏さん?」
恥ずかしさのあまり、顔がほてて、墓穴でも掘ってみたい気分である。
 彼女は俺に不思議そうに笑って見せた。
「分かったわ、周くんは恥ずかしがり屋さんだね。」
「そっちの分かったかよ。」
辱めようとしたのに、かえってこっちが恥ずかしくなった。
「ところで、昨日のラブレターの件はどうなったの。」
 手紙か。
 今朝花本さんと詩乃に伝えた。
あまりクラスの人に聞かれたくない話だ。このクラスにも速水を好きな女の子、男の子がいて、北原先輩のことを知っている人がいる。
 そんな中で「速水会長が北原先輩の目の前で、彼女の手紙をごみ箱に捨てた」って言ったら、あれやこれやとこの二人の印象を悪くする噂をする奴はきっと出てくる。いくら勉強ができない今の俺でも、それはよくない事だ、とわかっている。ならここは少し言葉を濁して、
「手紙は渡した、でも反応は薄かった。」
「そう。結局彼女は失敗ってことだね。」
 「失敗」。彼女の口から出たその単語は、すんなりと腑に落ちなかった。
そもそも渡すことが彼女の目的であり、その後の付き合いなどは別にどうでもいいと彼女自身が言っていた。ならこの結果は果たして「失敗」と呼べるのか。もっと違ういい方はないのだろうか、例えば、
「失敗じゃなくて、失望の方が近いかも。」
望んでない展開になっては、それを、手に持っている物差しで良し悪しと決めつけることはできない。そもそも図れないのだ。
「適当に言葉で遊ばないでくれるかしら。」
「別に話を面白くしようとしてない。」
「彼女はその後どうなったの。」
「泣いてた……」
「そう。」
 顔が暗く、彼女にしてはずいぶんと落ち着いた口調だ。からかいもなく、馬鹿にしてる様子もない。やはり俺にだけそんな態度とるのかね、ね、四十川?
「お前今日も部活来るよな。」
「ええ、そのつもりよ。それでどうかしたの。」
「詩乃が教えてくれたけど、来週中に部活動紹介の集会がある。お前もアイデア出してほしい。」
「部活動紹介?今更。」
「詳しくはまたその時で。」
 彼女はそれ以上聞いてこなかった。
 この部活動紹介は、あまり部員が集まっていない人気が低い部のためのもので。新しく入って来た一年を中心に各部の魅力を発表できる絶好の場である。
 俺たち、道端の草と同然な草木部は勿論人気が低い部のため、生徒会の方から誘われた、ということだ。
 五人は集まったが、やはりまだ部活としては物寂しい。誰も尋ねない部室でひたすら本を見ることほど悲しいものはない、それも男女比ミジンコ対四十川くらいの理不尽な環境である。部員の一人として部室の環境をよくするのは当然だ。 
 なので、何としても印象に残るような部活動紹介にしなければいけない。そのためにも部員一人でも多く参加させるのが必要となってくる。
 俺は勿論、花本さんも、そしていま、四十川も。
残りはあの紬という三年生の先輩だけど、知り合いである詩乃の方で何とかしてくれるだろう……

「……。来週の金曜日に行われま~す。」
 つい最近転校してきたばかりで、近くの地形に詳しくない四十川は朝遅く登校し、俺たちの話し合いに参加できなかった。そのため、詩乃は会長から聞いた話をもう一回繰り返した。
「だからバカな周くんが私に頼ってくるわけね。」
「さりげなく悪口言うな。」
「でもいい機会ですね。お互いをもっとよく知れると思いますし、依頼に来る人も増えると思います。」
 まったくその通りだ、男子部員が増えればもっといいのだが。今の俺は肩身狭い。
「どうしよう、まったくアイデアが浮かばないよぉ。」
「来週金曜ですもの、急いで準備しないといけないですね。」
「だってよ、優しくてすごーく頭のいい四十川さんなら、きっと何か素晴らしい提案を出してくれますよね。」
 わざとらしく四十川を困らせる俺は全然優しくない。
「そうですね。では私から一つ提案をさせてもらいます。」
「すごーい、もう考えてきたの。」
「さすが四十川さんです、では聞かせてください。」
 朝の物理の授業に教えたから、ちゃんと考えてきたらしい。なのに俺は何もせず、ただ仕事を振って、つい先まで彼女を困らせようとした。一人の男として、この部の一員として、恥ずかしすぎる、墓穴に入りたいくらい。
「この部活動紹介は、この学校に詳しくない一年生を主体に行われます。ということは、ほかの部活にも負けないくらい素敵な発表をすれば、たとえできたばかりの部活でも、ちゃんと人気は出るはずです。そこで私は、社交ダンスをやりたいと思います。私としては周くんと……」
「却下、却下だ。」
 一ミリでも期待した俺の気持ちを丸ごと返せ、そして謝れ、お前のせいで墓穴行だったぞ。
 詩乃と花本さんはあきれ果てて、二人とも言葉が出なかった。
「お前何の冗談を言ってんの、真面目に考えてきたと思ったのに。」
「朝周が言ってた部活動紹介は、ただ私を部活に行かせる言い訳だと思ったのよ。だまされたわ。」
「いやいや、言い訳でもないし、だましてもない。」
 どうしたらそんな勘違いをする、お前は俺か。
「あまねずるーい、あたしよりも早く杏ちゃんと仲よくしてる!」
「し、してない!」
「二人は教室でもいつも仲良しですよ。」
「……」
 それはフォローとは言わないんだよ。
俺は好きでこいつと話してるんじゃなくて、勝手にあっちから話しかけてくるのんだ、ほんとだよ、信じてくれ詩乃。
「あら、はずかしい。いつも周くんがしつこくて。」
 なぜか恥ずかしそうに両手で顔を隠す四十川。
 もうこれ以上言い訳しても、誤解ルートまっしぐらだ、ならほかの戦術に切り替える、
「話し戻すけど、ほかに普通な提案はないのか。」
「逃げた。」
「逃げましたね。」
 少し黙ろうか、詩乃も花本さんも。今日集まってきた理由を忘れたのか、部活動紹介だぞ、人の痛いところをつく集団プレーじゃないんだよ。
 だからこそ、俺は何としても最高な部活動紹介をしあげ、男子部員を増やすのだ。今のままだと、俺はそのうちただ目を開くだけで、「女子ばかりの部屋で変な目をしないでもらえるかしら」って言われるに違いない。
 四十川、なんと恐ろしい女だ。
「ごめんなさい、ふざけた提案をしてしまって。」
 少し申し訳なさそうにする四十川は、その後俺の耳元で「周くんと踊りたいのは本気だよ」とささやいた。そのせいで少し耳が熱くなるのを覚える。
「少し話し換えますけど、北原先輩を助けたいです。」
 謝った後に続くその言葉は、彼女にしては意外な一面のように思えた。俺は、いつも自分をからかうばかりで、話も聞いてくれない、そんな身勝手な四十川を、ただのわがままだと思っていた。でもそれは俺にだけのようで、ほかの人にはちゃんと思いやりを持てるのだ。
「「かわいそう」」
 不意と前花本さんが独り言で言ったことを思い出す。
俺たちの依頼は渡すことだけとはいえ、さすがにあれは散々な結果だった。誰から見ても彼女は不憫すぎる、なら四十川が助けたくなるのも不思議ではない。逆に言えば、その事を水に流した俺は、人の情というものを欠けているかもしれない。
「そうですね、本人の前でごみ箱に捨てられては、誰にしても傷つきますね。」
「うん、あたしもそう思う。北原先輩かわいそう。」
「捨てられた?周くん、どうして教えてくれなかった。」
 四十川は少し声を荒げていて、いつもの彼女と少し違っていた。
俺は慌てて説明を補う。
「ごめんなさいね、周くんを誤解してわ。」
「まあ、名前を出さなければその時でも伝えられたはずだが。」
「謝らなくて、それは周くんの優しさだもの。」
 優しい……か。
「私たち送信部の初めての依頼人ですもの、責任くらいは取ってあげましょう。」
こういわれた以上、俺は何とかしてあげたくなった。優しさってもんだろう。
 なら、どうやって助けるのか。

 彼女、北原は、生徒会で会長と一年間を過ごしてきた。一年生の時から生徒会をやっていれば、もっと長くなるが、そこは重点じゃない。どちらにしても、あの二人は互いのことをほどほど知っているはず、俺と花本さん以上、詩乃以下。そんな二人の関係は、昨日崩れかけた。
 彼女が昨日言ったその言葉、
「「好きな人がいるのではないかとずっと不安で……でも今は、渡せる気がする」」
 この言葉は、
「「会長に好きな人がいたら、私の告白は失敗する。だから、会長に好きな人がいないことを知ってる今なら、気持ちを伝えられる」」
と解釈できる。
 昨日彼女は「気持ち」を伝えるだけでいい、と主張していた。でも言葉の裏には、それ以上のものを求めていることは、その一文でも明白だ。
 従った、昨日彼女がとった行動は結局「男女付き合い」を目的にしていて、会長はその逆の行動をとった。それは二人の関係に罅を入れかねない。なら昨日彼女が見せた涙も説明がつく。やはり四十川が言った「失敗」であり、「失望」ではない。
 目的ははっきりした、後は解決の糸口だ。
この「不安」は、何に対する不安なのか。それは、
「会長に好きな人がいるかもしれない」ということに対する不安なのか、それとも、
「好きな人がいるので、告白しても失敗するのではないか」という不安なのか。
現に会長に好きな人がいないので、後者は違う。

「北原先輩は「会長に好きな人がいない」のを知って初めて、「付き合い」を目的の「告白」をするのを決心した、それもすぐに。」
「え、ええと……そうじゃないの?」
「雨谷くん、北原先輩が付き合いではなく、ただ気持ちを伝えるだけと言ったのを覚えていないのですか。」
「そ、そ、そうだね、あまね。」
「やはり周くんはバカなのね。」
「いや、だって言ってたじゃないか、好きな人がいるのではないかとずっと不安で……でも今は、渡せる気がする、って。」
「だからって、それは付き合い前提とは限らないのよ。」
「あまね全部覚えてたの!?ちょっとひく……」
「俺の勘違いだ、今の忘れてくれ。」
 そうだ、俺の勘違いかもしれない。
会長の時と同じ間違いは繰り返さない。
「北原先輩は言ってましたよ、会長は、相手がどんな人だろうと、たぶん断ったのだと思う、と。これを知ったうえで、付き合いを申し出たのは、すこしおかしくありませんか。ほかに目的はあったのだと思います。」
「花全部おぼえてたの!?すごーい!」
 俺の時と反応が全然違うんですけど、差別なの?ね、差別だよね。
「……確かに。」
 確かに花本さんの言う通り、彼女はほかの目的があるのかもしれない。
俺はまた彼女の言動を勝手に解釈し、彼女が言っていた「気持ち」は「恋」だ、そしてその目的は「男女付き合い」だと、また勘違いをした。ほんとに図々しい。
なら、付き合いが目的でなければ、その彼女の言う「気持ち」はいったいなんだ。
「ほかって、どんな気持ちだよ。」
「気持ちですか、たぶん会長を大切に思っているのだと思います。」
「いやいや、ごめん、どんな目的だ。」
「会長のためのなにか、ですかね。」
 ということは、「気持ち」は会長のための何かで、目的は「会長のため」。そういう考え方もあるんだな。視点を変えるの大事かもしれない、勉強になった、花本さん。
「でも、付き合いでなかったら、なぜラブレター?」
「気持ちを伝えるって言ってたじゃん。あまね大丈夫?」
「ただの言い訳の可能性もあるのよ、周くん。」
 バカじゃないのって言わんばかりの表情だ。

俺の先までの考えはすべて間違ったわけではなく、彼女の「気持ち」と「行動」を正しく認識できなかったのだ。
「「北原先輩は「会長に好きな人がいない」のを知って初めて、「付き合い」を目的の「告白」をするのを決心した。」」
のではなく、
「「北原先輩は「会長に好きな人がいない」のを知って初めて、「    」を目的の「  」をするのを決心した。」」
 ならここに当てはまる彼女の気持ちと行動。
 会長に好きな人がいたら不安。だからこれまでは伝えなかった。
会長に好きな人がいないのを知って安心した。だからその「気持ち」を伝える。
会長にその「気持ち」が伝わらなかった。だから涙を流す。
会長はどんな恋の告白も断る、それを知ったうえで「気持ち」を伝える。
俺には「付き合い」と「愛の告白」としか思えなかった。

「思い付いた!」
「北原先輩の気持ちがわかったのか?」
 俺はすぐに詩乃のその言葉に反応したが、俺と思っていることと少し違っているようだ、
「部活動紹介だし。」
「詩乃ちゃん、今は北原先輩のことですよ。」
「うん、分かってる。あたしが言いたいのは、部活動紹介を、北原先輩のホントの気持ちを正しく伝えるのにしたらいいんじゃんってことだし。」
「それなら、送しん部という名前にもふさわしいのですね。」
「信(てがみ)ではなく、心(こころ)か。詩乃にしてはすごい思い付きだ。」
「バ、バカにしないでよ。」
 口をとがらせ、そっぽを向いた。四十川も賛成するように、二三回軽くうなずいた。
「まあ、その気持ちがそもそも何かがわからないわけだが。」
「だからみんなで考えるんでしょう。孤独のヒーローくん?」
 あまり認めたくないが、俺一人だとまた変な勘違いをして、思ったのと違う方向へ行ってしまう可能性がある。でもみんながいれば、俺の勘違いを正してくれる。俺が間違わないようにしてくれるのだ。
「ああ、みんな頼んだぞ。」
「あまねも考えるんだし。」
 なにそれ、出汁?
料理下手だからね、俺が考え出した味噌シルはたぶん飲んだら死ぬぞ。
「まあ、少し考えるか。」
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