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第八幕 北原の気持ち。

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「各自で考えて、そのあと発表ということでいいですか。」
「ええ、えええ?あたし分からないよ。」
 泣き崩れそうな詩乃。まあ、彼女にしてはきつい仕事かもしれない。
「では、私と一緒にやりましょう。篠崎さん。」
「うん、そうしよ!」
 四十川も別段反対する意はなく、「ふむ、ふむ」と軽くうなずく。
「まず、情報交換しましょう。」
 先日北原先輩の言動、彼女の普段の性格、会長とこれまでどうかかわって来たか、そして手紙を渡した後の話を、お互い持ち出した。
 いろいろ話を聞いた後、俺たちはそれぞれチーム分け、それぞれ北原先輩のホントの気持ちについて考察を始める。
まずは、得られた新しい情報の整理だ。
 北原ちひろ、生徒会の副会長。部活動は参加していない。
 生徒会に参加したのは二年生の前期で、会長の半年あとである。
 会長とは中学からの同級生で、仲もよかった。
 人付き合いはよく、みんなによく好かれるタイプである。
 かわいい外見をしているけれど、これまでの男女交際はあまりなく、そういう噂もあまりたたなかった。もちろん会長との噂もなかった。
 あとは彼女の発した言葉。
花本さんすごい記憶力……
 ここから、彼女のホントの気持ちを探り出せるのだろうか。出したところで、それは真実とは限らない。でも、真実でなくても、近い答えにはなるはず。
 これは、俺をいつもなめ腐っている四十川を見返す最高なチャンスだ。ここで一番正解に近い回答を出せば、少なくとも今後は彼女に「バカ」って言われなくなるだろう。
 やる気出てきた、見てろよ。

 これまでは、
彼女の気持ちが「好き」で、その叶わない「気持ち」を伝えるため、手紙を渡した。そして、「会長に好きな人がいない」と知ってからその「気持ち」を伝えたのは、失敗を恐れたから。
 と俺は考えてた。
 でも、これは新たに出てきた情報と矛盾を生じるのだ。
「「会長は、相手がどんな人だろうと、たぶん断ったのだと思う」」
 彼女は知っている。会長はどんな告白でも断るのを。
 もし彼女の「気持ち」が「恋」なら、俺と会長の会話を聞いた後に急いで渡す必要はない。なぜなら、結果は同じく、断られるからだ。
 従った、その「気持ち」は「恋」ではない。
 なら何か。その前に、いくつか気になるところがある。
「「匿名」」
 俺が考えてた匿名のメリットは、ただ一つだけ。
 誰からなのか、を知られないため。
 彼女は、俺がさりげなく言ったのを、実行に移した。でも、彼女はどうして匿名を選んだのか。それは勿論恥ずかしいというわけではない。彼女は俺たちの前で堂々と「ラブレター」と言ったのだ。そんな堂々としている彼女が恥ずかしいと理由に匿名にはしない。
 やはり、彼女のその「気持ち」と関係があるのだろう。
「「二年間ずっと会長を思ってきた」」
「「この二年間の気持ちを伝えたい。こういう女子もいたんだよ、って思ってくれればそれで充分」」
 思ってきた、という言葉を、そのままの意味でとらえると、「会長のためにいろいろと思いを巡らしてきた」。それ勿論、好きという感情ではないほかの何かである。
 彼女は、会長と知り合ったのは中学の時、つまりこの「気持ち」は高校入学した後に生じたものである。
 「伝えたい」。彼女はこの「気持ち」を伝えるのに、二年もかかった。そしてその気持ちは報われなくてもいいと思っている。
 すごく卑屈な考え方で、俺は彼女が不憫すぎるように思えた。
 報われなくてもいいと思っているにもかかわらず、彼女は涙を流した。
 彼女はやはり報われたかったのか。
 それとも、他のことでつらくなったのか。例えば会長の新たな一面に驚いたとか。少なくとも俺はびっくりした。
 以上より、俺はこうまとめる、
・「気持ち」は少なくとも「好き」ではない
・その「気持ち」は高校入ってから
・その「気持ち」を伝えるのは、会長に好きな人がいないと知ってから
・「思ってくれればそれでいい」⇒「気持ち」は報われなくてもよい
・「匿名」⇒会長にも俺たちにも、知られたくない
 結論は、みんなの意見を聞いてからに下したい。

「……というわけだ。」
 なぜか発表は俺スタートになった。やはり男女比が激しいと、男子はミジンコくらいの権限しか持てず、発表の順番さえ勝手に決められてしまう。ほんとに男子部員増やしたい!
「やるじゃない、周くん。感心したわ。」
「やはりそうなりますね。」
「やはりってどういうことだ。」
「では、次は私たちの発表です。」
 内容は俺の思っていたことからそう遠く離れず、かぶった意見が大多数だ。詩乃の邪魔の元で、よくこの短時間で仕上げたと感心してしまった。
中には少し違ったことも語られていた。
「北原先輩は会長を助けたかった?」
「たぶん彼女は私と同じ考えです。私たちは速水先輩を助けたかったのです。」
「それはどういう意味菜の、花?」
 花本さんはしばらく黙った。
その沈黙がむず痒くて、俺はそわそわしてしまい、浮いた椅子の足が地面に叩きつく。
「速水会長は、すごく他人思いです。それは、周りの人も、先輩自身も、無意識のうちに傷つけるのです。」
「他人思いでも傷つくの?」
「はい、想像してみてください。あなたの大切な人が、目の前で苦しんでいる様子を見て、あなたは苦しまずにいられますか。速水先輩は、いつも私のために、自分を苦しめ、犠牲するのです。そんな姿を見た私も、辛くて辛くて、罪悪感に近い感情が芽生えてきました。そして速水先輩を助けたくなったのです。たぶん北原先輩も同じ考えなのではないかと思います。」
「そうなの、つらいこと思い出せてごめん。」
「いいえ、大丈夫です。」
「じゃ、北原先輩はその、助けたい、という気持ちで手紙を送ったのか。」
「はい、そうだと思います。」
 ふと思い出したあの言葉、
「「かわいそう……」」
多分あの時、花本さんは俺達でも、北原先輩でもなく、速水会長のことを言っていたのだ。彼女からみて、速水会長はかわいそうな自己犠牲野郎であり、彼の他人を思っての行動が結局その人を傷つけるものである。それに気づかず、自分まで痛めつける速水会長がかわいそうといいたいのだろう。
もし、北原先輩も花本さんと同じく、速水を助けたいという気持ちならば、これまでの話の筋は通る。なら、彼女はどう助けたかったのか。
「では最後は私から。」
 メモ取ったりせず、ただ俺の邪魔をしていた四十川は、どんな衝撃発言をするのか、俺は少し気になった。
「今朝、校門の前で北原先輩にあって、彼女は私に会長の彼女になってくれないかと頼みました。」
「はあ?」
「心配しないで、もちろん断ったよ。」
「心配してねえ。で、その後は。」
「その後、彼女はいろいろ教えてくれました。彼女は会長を助けたくて、そのため私に彼女になってほしいと言いました。」
「それで朝遅かったのか。ていうか、最初から知ってるなら早く言えよ。」
「聞いてない周くんの方がが悪いのよ。」
 話が進まない、
「で、手紙の内容は何だった。」
「それは教えてくれませんでした。ただ……」
「ただ?」
 彼女はしばらくと言葉を発さなかった。俺の方を見つめて、すこし不敵な笑みを現した。
「じらすのも大事よ。」
 っぬ。俺が前言ってたことじゃん。自分がされると、ほんとに苛立たしい。
「杏ちゃん早く言ってよ。」
 四十川は俺から視線を外し、花本さんと詩乃の方を向いて、小さく咳払いして、
「彼女は、会長に彼女ができることこそが、彼の助けになるのだ、と言ってましたよ。」
「ということは、やはり北原先輩は速水先輩を助けたくて、あの手紙を書いたのですね。」
「でも、これをどうやって部活動紹介でみんなに発表するの?」
「それよりも大事なことがあるよ、詩乃。」
 すべてがそろった。北原先輩の気持ちも、目的も、速水会長を助けようとした方法も。
「北原先輩を助けるんだろう。」
 助けるとか仰々しく聞こえるけど、実際は彼女の「助けたい」という気持ちを正しく伝えればいいだけの話だ。俺はすでに立ち上がり、部室を出ようとしていた。
「待って、どうするつもりよ。」
 どうするかはまだ分からないし、どう助けるかもまだ思いついてないが、助けると言った以上ここでただ座っているのも落ち着かない、
「まあ、話してくる。その間に部活動紹介を考えておいてくれ。じゃあ。」
 そのまま部室を出た。
北原先輩の言動の元となるその「気持ち」は何か、という問いに対する俺たち送心部の答えは、「助けたい」。なら一刻も早く答え合わせして、それを会長に伝えなければいけない。
胸の奥から何かが沸き上がってくるのを感じる。手汗がすごく出てきて、ソワソワせずにいられなかった。

 再び俺はその扉の前で立ち尽くした。高校入ってまで数日しかたってないのに、生徒会室に来るのはもう三度目だ。扉に文句を言っても、屁も返ってこない。
「失礼します。」
「どうぞ。」
 今度聞こえてくる声は速水会長ではなく、北原先輩だった。この二人はどうしているのだろう、もしかして気まずさのあまり、会長が別の部屋で仕事をしているのか。俺みたいに、肩身がすごく狭くなるあの部室にはあまり長くいたくないのかもしれない。
「君はほんとによく来るね。一層生徒会に入ったら?」
「じょうだんはマイケルだけにしてください。」
「今日はそんなつまらない話をしに来たのか、なら帰ってもらおう。」
 俺の渾身の一撃を軽く躱した。
「あなたは、ええと、送信部の人だよね。」
 前俺が座っていたソファーにいるのが、北原先輩。彼女が肩越しに俺に話しかける。
「はい、先輩の依頼がまだ終わってなくて。」
「依頼?ああ、手紙のことか。その事ならもういいよ。」
 なぜかすごく平然として、なんとも思ってない様子だ。ついこの前までは、気まずくて一秒もいたくない空間の生徒会室が、今はふんわりとした空気に包まれている。
 俺が不思議そうに立ち尽くしていると、副会長に席を勧められて、彼女の隣に座る。
「すごい醜態見せてしまったね。」
「いいえ、そんなことはないです。」
 近い。
近くに座っていると、彼女の動き一つ一つがソファーで伝わってくる。それに、俺より身長が低いせいで、こちらから見ると、ちょうど胸の盛り上がりが見えるが、彼女からは俺の足しか見えない。
「ところで、二人は今どういう関係ですか。前とすごく違うので、少し不思議で……」
「ああ、心配いらないさ。私たち相変わらず仲良しだぞ。」
「そうだな。雨谷君のおかげで。」
「ただ手紙を渡しただけです。」
「今回はラブレターって言わないんだな。」
 っぬ。恥ずかしい単語ださないでぐだしぁい。
「あなたが誠とあの会話をしなければ、私たちは気まずいままだったよ。」
「ええと、どういうことですか。」
「その前に、君がここに来た理由を教えてもらおう。」
「はあ……」
 部室でみんなで一緒に考えたことを二人に詳細に伝えた。
「すごいね。そこまでわかったんだ。」
「面白いやつだ。やはり期待を裏切らない。」
 まあ、よく考えたらこんなもんだ。
もしここでまた「でもね、君は一つ勘違いをしている」とか言われたら、地面を這わずに家に帰れる気がしない、何なら、すぐにでも墓穴を掘って中に入る。
「やはり、北原先輩は会長を助けたかったのですか。」
「うん、そうだね。私は誠のことがほんとにかわいそうに思えたの。ほんとに他人のことしか考えないんだから。私はそれが彼にとって苦痛なものだとずっと考え続けてきたが、それは単に私の勘違いだった、あなた見たいにね。誠はほんとに何も考えず、他人を助けてるの。」
「まあ、俺もずっと気づかなかった、俺のしたことがほかの人にとって苦痛なものになるとは。」
 結局は二人の思いのすれ違いだったのか。
「でも、あの日の後……」
「ちひろが、泣きながら俺を罵倒した。ほとんど「このバカ」だったけど。」
「だって、何度も言わないと誠のその頑固な頭に入らないだろう。」
「三時間はきつかったぞ。」
 はい、ハッピーエンドでーす。じゃねえよ、俺が聞きたいのはどうやって仲直りしたところだぁ。
「その日ね、私は「もう知られてもいいや」と思って、それまで貯めた怒りを全部ぶつけたの。誠がいつも自分のことに全然関心ないのも、勝手に一人で傷ついていくのも、テストがうまくいかないのも、全部言ったの。そうしたらさ、誠がね……」
「俺はそんなつもりはないと反論しようとしたが、ちひろの泣き崩れた顔がどうしても不憫で、黙って話を全部聞いて、最後は三十回くらい頭下げて謝った。」
「はあ……簡単に仲直りできたんですね、ならどうしてそれまで言わなかったんですか。」
「もし好きな人がいたら、私があれこれ言っても聞いてくれないし、彼女を作らせる作戦も台無しになるからよ。」
「その、彼女を作らせるのが、会長を助けるのですか。」
「そうだ、誠が彼女を作れば……あれ、作ったらどうなるの?」
 北原先輩は自分でもその目的を忘れたらしい。
「一層副会長がなればいいんじゃないですか。」
「え、ええ!?」
「ジョーダンはマイケルだけにしてもらおうか、変なこと言って副会長を驚かすな。」
「え、ええ……」
 この二人は、まだ思い違いをしているようだ。どれだけ不器用なんだよ。
「その、手紙を見せてくれますか。」
「ああ、いいぞ。」
 会長は引き出しから、前日ごみ箱に捨てたその手紙を取り出す。
「ここで読んでもいいですか。」
「構わん。」
「ええ!恥ずかしいよ。」
 この手紙はいったいどんな内容が書いてあって、会長は読んですぐに捨てのか。そして彼女はそれにどんな思いを込めたら、涙を流すのか。
「「速水会長へ、
 あなたのことが大好きで、大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好きな女の子です。付き合ってください!!!」」
 思わず笑ってしまった。
 これはもはや彼女自身の告白以外の何ものでもない。
 手紙を読んだあの日の情景が想像できる、

誠「ちひろは何書いてるんだ、これはボケだな。なら捨てた方が受けがいいだろう」
ちひろ「なんで捨てるの、なんで女の子の気持ちを踏みいじるの……」(泣)
北原先輩からぶつぶつ三時間文句を言われる。
会長が頭を下げて謝る。
なんかどうでもよくなって、仲直り。

 なんかすごく幼稚なものを見てしまって気がするが、悪い気分ではない。
 彼女は、会長の他人思いのせいで自分を傷つけるのが目に耐えなかった。だから彼女は彼を助けたいと思った。でもなぜか言えなかった。そして誰にも知られたくなかった。
 もし好きな人がいたら、自分の考えてた「彼女を作らせる」計画ができず、彼を助けられない。だから彼女は不安になった。
 自分が助けたいという、その意思表明ともなる手紙を、捨てられることに怒りと悲しみを覚えずにいられなかった。
 そして自分のホントの気持ちをすべてぶつけた。
でも彼女は気づいていない。
その助けたいという気持ちはもともと好きという気持ちの成り果てであることに、
一番会長の彼女になりたかったのは、彼女自身だったということに。
 そして彼は、そんな彼女の気持ちに少しも気づかないくらい、鈍感な人だ。 
 俺は手紙を読み終えて、会長に返した。
 わざわざゴミ箱から出して、きちんと引き出しにしまったのは、会長なりの思いの伝え方かもしれないし、ただ俺の思い違いかもしれない。
 なんとかして、俺たち送心部は、初めての依頼を達成できた。
 それを伝えるためにも、早く部室に帰らないといけない。
「では、お……僕はこれで。」
 静かにその扉を閉めた。もうここには来ないだろう、ていうか、来たくない。
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