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11、出発前夜

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洗濯が終わったら、早い夕食だ。

今日のメインは焼きたてのライ麦パン。
コケモモのジャムを添える。
干し肉を入れたシチューも作った。セヴェリが。
どれもとても美味しい。

幸せな気持ちでスプーンを使いながら、カリタは尋ねる。

「サムエルさんとマウヌさんはお元気ですか?」

サムエルとマウヌは、セヴェリと同じく宮殿勤めの魔術師だ。二人とも男性である。
カリタは会ったことはないが、セヴェリの話にこの二人の名前が比較的良く出てくる。

セヴェリによると、サムエルは「人のいいおじさんであり上司」、マウヌは「チャラチャラした後輩」だそうだ。
気のせいか、マウヌにだけいつも冷たい。
カリタはまだ見ぬ二人と、宮廷で働くセヴェリを想像し、いつか見てみたい、と思ってい。

コケモモのジャムをスプーンですくいながら、セヴェリは答える。

「うん、みんな元気だよ、ヨハンナも」

ライ麦のパンを折り曲げて、セヴェリはあっという間に食べていく。パンもジャムも上出来だった。

だが。

ーーヨハンナさんのことは聞いてないのに!

カリタの機嫌はちょっと傾いた。

ヨハンナはも同じく宮廷に勤める魔術師だ。彼女は剣の腕も立ち、なんと美人らしい。

セヴェリが直接誉めたわけではないが、マウヌがヨハンナをそう言って誉めちぎるらしい。

セヴェリが名前を出す女性として、カリタは密かにヨハンナのことをいつも気にしていた。

だが、なんとか自分に言い聞かす。

ーーお嫁さんはカリタです。ヨハンナさんのことは気にしません。しませんよ。しませんからね。

不思議とちょっと、落ち着いた。
代わりに、もっと気になることを聞く。

「旦那様、いつ王都に行くんですか?」
「明日」

ーーやっぱり。

そんな気がしてた。
カリタが悲しむから、いつも直前まで言わないのだ。
セヴェリは肩をすくめる。

「カリタと離れたくないよ」

じゃあ、行かなければいい、と言いたいのだが、そうもいかないらしい。

普段、セヴェリは村外れのこの家に住んでいて、村の仕事を手伝っている。
だが、年に何度か、まとまって留守にするときがある。
お城から呼び出され、カリタにはわからない難しいことをいろいろするのだ。
カリタを助けてくれたあのときも、その帰りだった。

でも、カリタは行かないで、と言えない。
仕事の邪魔をしたくないのもあるが、それを言ってしまうと、制限なくわがままを言ってしまいそうなのだ。
ずっとカリタのことだけを見ていてほしい。
いつでもそばにいてほしい。

そんな馬鹿げたことを、言いそうで、怖くて、なるべく明るい声を出す。

「お弁当作りますね」
「ありがとう」
「サイニーが来てくれるなら、部屋も用意しなきゃ」
「適当でいいよ。僕が寝てたままでいい」
「そんなわけにも」
「じゃあ、寝具だけ変えておくよ。カリタはなにもしなくていいからね」

セヴェリがいない間は、サイニーがここに泊まりに来る。
その場合は、セヴェリの部屋を使うのだ。
セヴェリの本さえなければ客室を用意できるのに、とサイニーは文句を言うが、これでも本を増やすのを我慢している、というのがセヴェリの言い分だ。

「お土産を買ってくるよ」

カリタは首を振る。

「何もいらないです」

拗ねたのでなく、本心だった。
その代わり、とスプーンを置く。

「いつもみたいに、帰ってきてください」
「うん」

セヴェリがいないことが、とても寂しかった。だが、それは見せない。見せてはいけない。

ーーお嫁さんなんだから、笑顔で送らなきゃ。

そう思って、笑顔を作るカリタに、セヴェリは呟く。

「ああ、行きたくねぇなあ」

珍しく、言葉遣いを乱してそんなふうに言う。
でも。

「家のことはカリタに任せてください!」

ただ強がることしかできなかった。
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