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第2部 カフェ木蓮
第2部第4話 開放と絆 あ・ら・か・る・と LGBTQプラス
しおりを挟む貴和子が自作のショートストーリーを置いていったその夜は、未来ちゃんたちの予約が入っていた。
未来ちゃんとセント君は、最近つとに仲良くなって、セント君の知り合いのクーさんと三人で、リコーダーを始めたのだという。
何かの拍子に、小学校時代の鼓笛隊の話で盛り上がって、その勢いで何かやろう!!ということになったようだ。
男性陣であるセント君とクーさんは「どうしてもベルリラがしたい!」と言ったものの、未来ちゃんから「あれは入手しづらいし、どうやって練習すんのよ?」という反対意見にあってしまった。
始めからわかっていたようで、「ですよねー!」と、全会一致でリコーダ―から始めることになった。理由は、だって現実的な上にカワイイじゃんということらしい。
セント君を真ん中にして、席に座った三人は、キルティング製のお揃いのリコーダーケースを持って、それぞれを模したフェルトの人形までつけている。
「すんごく、カワイイ!!」
比呂乃は冷やかしでなく言った。
「でしょー。」
三人が声を合わせて言う。
「木蓮」に来るまでに練習してきたというのに、一曲だけ聞かせてくれた。「夕焼け小焼け」だった。なんだかホッとする。
(呑兵衛ばっかりの木蓮から、こんなユニットが生まれるなんてね。)比呂乃は不思議な感動を味わっている。
ひとしきり、盛り上がったところで、今日貴和子が置いていった原稿を、未来ちゃんにお願いして見て貰った。
未来ちゃんは、カフェの時間に貴和子とは顔なじみで、波長も合うようだ。セント君は、未来ちゃんから、貴和子のことはなんとなく聞いたことがあるみたいだった。
読んでもらっている間、オリーブやピスタチオを小皿に盛りつけ、サービスした。
原稿を読み終えた未来ちゃんが顔を上げたので、比呂乃は待ちきれず聞いた。
「どう?」
「ここで読んでも、なかなか、頭に入らないけど。」
そう断ったうえで、未来ちゃんは話し出した。
「私もこの春から、かごめかごめは気になってたのよ。姉さまも、そう言ってたもんね。」
姉さまとは貴和子のことらしい。相変わらず不思議な言葉を遣う子だ。
「何回調べても謎が多くて、面白いのよね。でも、姉さまのこれは、鸞というのもキーワードみたいだし。」
そう言って、
「ホットモスコを一杯」と注文した。
ホットモスコミュールとは、ウォッカとショウガのリキュールに、温めたジンジャーエールを注ぎ、ビルドし、生姜スライスを一枚浮かべたカクテルで、秋めいたこのくらいの季節から、体が温まるからと女性には好評のカクテルだ。
この店に来るのが初めてのクーさんは、珍しいのか興味津々で、
「今度、それ頂こうかな。」と笑顔で言った。
「オレンジの綺麗なのもありますよ。」
比呂乃が薦めると、
「気になりますね。」と答えてくれた。
クーさんはセント君よりちょっと年上で、細身でほのぼのした感じの、低音の声が素敵な男性である。セント君お付き合いしだしたみたい。
未来ちゃんの次に、さっと原稿を一読したセント君は、ちゃんとクーさんに会釈して、原稿を手渡した後、未来ちゃんの方を向いて、
「ぼくも、同じところはキーだと思ったよ。それが一つ目で、あとは解放とか自由とかのメッセージが気になった。」
未来ちゃんと二人、しっかり目を合わせ、サインを送るかのように頷きあった。
未来ちゃんが続ける。
「かごの鳥という意味ではね。私はそもそも自由な性分だから、かごの鳥って感じたことなかった。
だけど、これも錯覚かもしれない。」
「そうね。悪い意味では決してないけど、
あなた、お嬢様という意味では、かなりかごの鳥っぽいわ。」比呂乃は言った。
セント君は、
「ぼくは、最近になってやっと、自分のセクシュアリティに目覚めたというか、受け入れて活動するようになった訳で。果てしなく時間がかかったよ。」と照れ臭そうに言って、
クーさんと顔を見合わせている。
「ふむふむ。」未来と比呂乃は頷いた。
セント君は続けた。
「この月曜日にね。
クーさんにある大学に連れて行ってもらってね。」
「LGBTQ+の展示をしていたんだ。初期のゲイアイコンや『虹の彼方に』であるとか、日本でのプライドマーチやパレードなんかが年表にしてあったり。過去の映画のポスターや、東京の国際レズビアン&ゲイ映画祭なんて1992年からしてたんだとかね。ホントに、たくさんの展示で。見入っちゃった。」
「それは、すごい。」
比呂乃は惹きつけられた。
「でね、見終えてさすがに疲れて、ベンチに座って休憩したんだ。目を閉じて、ふと思ったよ。」
「あー、ここは大学の中なんだ。
大学の中にこの展示があるんだとしみじみした。
大学に通っていたあの頃ね。
僕はセクシュアリティを誰にも言えなくて孤独だったこと、カムフラージュしていたこと、あとは、自治会があるホールや立て看とか、屋上から眺めた空とかを一瞬にして思い出したけど、そこにはこの風景はないなと思ったんだ。」
「ふーむ」みんなが聞き入った。
「もちろん、自分を卑下したり、その時代を後悔したわけでもないし、今の状況を羨ましいとか思った訳でもない。
ただね、しみじみ、今自分は、大学の中でこれを見てる。自分たちは今、大学の中でこれを見てるんだって感じて、嬉しかったんだ。」
未来ちゃんが
「素敵!」と言った後を引き受けて、
比呂乃は言った。
「変化した時代を、しみじみ感じる。
癒しに近い感覚かしらね。」
「そうかもね。」
セント君もみんなして共感があってほっこりした。
比呂乃はクーさんに、ウォッカに温めたオレンジジュースを注いでビルドしたホットスクリュードライバーをすすめた。
「あったかいな。」
クーさんの低音の声が、さらに空気をほっこり、柔らかくした。
と、その時、未来ちゃんが片手を真っ直ぐ挙げ、
「わたくしも、大切な方ができました!」
と宣言した。
「えっ!」と全員が驚かされ、
「何?」と言って、比呂乃は
(私としたことが、油断してた。この子は不意を衝く名人だった。)と半分悔しいような気持ちになった。どんなに頑張っても天然にはかなわないのだ。
こうなってしまっては、未来ちゃんの一人舞台も同然だ。
「あのお方よー。」
「あのお方?」比呂乃があわせると、
「そう、タロットのあの方。」
「ああ、あの四ツ谷の?この前再会したっていう。良かったじゃない!おめでとう!!」
「そうなんです。私に奇跡は起こったのです。」
(はい。占い師憑依はわかったからー。)
黒比呂乃の声とは別に、
「おめでとね。」と二人。
(セント君たち、そんなに優しく、君たちはホント天使だよ!!)
「そう、プライベートのフリーを卒業したら、仕事はフリーランスがいいと思うようになっちゃったくらいよ。」
未来ちゃんが、舌を出しておどけるポーズをしたのでみんなが笑った。
比呂乃は御礼も言っとかなくちゃと、
「みんな、時間頂いてありがとう。貴和子には、盛り上がったと言っとくわ。でも私は正直、こんなに長くなくてもいいと思うわ。」
未来が
「まあ、問題作ではありますわ。」
セント君も
「そうだね。問題がある作品ながら、みんなで話せて、意義もあったよ。」
「わたし、問題がある、モンダイガール♪」と未来ちゃんは、ちょっとだけ懐かしい歌を口ずさみはじめた。少し酔いが回ったのかな。
セント君は立ち上がった。二人は帰る時間のようだ。
セント君が、店に置いてある胡蝶蘭に近づいて、花を包む真似をした。
先月の感謝祭にバビロンの香ママから頂いた胡蝶蘭はまだ真っ白な花を豊かにつけたままだ。
「ねえ、ママ知ってる?」
「うん?」
「胡蝶蘭の花言葉は『幸せが飛んでくる』なんですよ。」
「まあ!」
そんな優しい言葉を、帰り間際まで取っておけるなんて。
セント君、もっともっと幸せを感じていけるわね。
穏やかなクーさんと腕を組みながら、屈託ない笑顔を浮かべるセント君の、伸びやかな笑い声が聞こえるようだった。
秋が深くなり、冬がくる。
ホットな飲み物で温まりながら、つながりをしっかり感じていれば、私たちはそれぞれを自由に生きながらも、一人ではない。
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