王子様はいらないので、自分と皆の幸せの為にさっさと家を出て、推しの魔術師様の弟子になる事に決めました。

吉野屋

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9.王都の屋敷へ

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 ヴィエルジュ伯爵家では、あれから半年以上経過した。母屋での生活にも馴染み、食料事情も良くなった事で髪や爪や肌などもツルピカの輝きが出て来たと侍女のアンに言われた。

 アンは私付きの侍女で、小説にはもちろん出て来なかった人物だ。

 年もまだ十代で若いけれど、男爵家からの行儀見習いで家に来ているわりには、しっかりとして気の付く侍女だった。

 どうやらかなりの貧乏領地で、弟妹も多いのだそうだ。だから早くに奉公に出たのだという事だった。

 弟妹の世話をしていただけあって、小さい子供の世話をするのに慣れていた。


 父親と兄には、絶対近寄らない様にしている。勉強や他の事は、マリーンよりも必ず劣るように気を付け、とろくてか弱くて、ぼーっとした子を演技している。

 どうやら、馬鹿な子程可愛いというけど、エレン夫人もマリーンもそうらしい。超過保護で世話を焼きまくるのだ。善意の塊の様な存在になっている。

 マリーンは10才になり、神殿での魔力測定も済んだ。結果は並の魔力持ちだったが、べつに普通の魔力量があれば、貴族の生活には困らない。

 それ以外に、10才になると貴族学院に通わなくてはならないので、王都にあるヴィエルジュ伯爵家のタウンハウスから通う事になった。伯爵家の領地はそれほど王都とは離れていないので馬車で一日程度で着くのだ。

 兄のカノスはこの王都の屋敷から貴族学院の高等部に通っているが、義母と義妹恋しさに週末や学校の休みは領地の方に帰って来ていたのだ。

 カノスも母親の居ない淋しさや悲しみといった感情をぶつけるサンドバッグ的な私という存在はあっても、愛情を持って接する相手が居なかったのだから、そういう相手が出来れば依存もするだろう。

 家族のいなかったエレン夫人とマリーンは家族が出来たのだから、お互いに足らない部分を補う事が出来た。

 エレン夫人とマリーンには、今度は私と言う全力で守らないといけない存在が出来て、使命感に燃えているらしい。

 私にしてみれば、小説の中の世界とは違い、二人に溺愛されて不思議な状態になっているけれど、まだフラグはあちこちに残っているのだから安心は出来なかった。

 王都に住むという事で、マリーンは、絶対に私を王都の屋敷に連れて行くと駄々をこね始めた。

「お母様、王都の屋敷にはシタンと一緒に行きたい。私、シタンが居ないのなら学校には行かない。ねえ、お願いだから、お母様もシタンと一緒に向こうに住みましょう」

 エレン夫人は色々考えて、結局王都の屋敷に住む事にしたのだった。ヴィエルジュ伯爵は少し渋ったようだけど、どちらにしても、マリーンが王都に行くなら、エレン夫人が王都との行き来を増やすだろうから、それならば向こうに住んでしまった方が安全面でも良いだろうと思ったらしい。

 王都に幾ら近いとは言っても、女性だけでの馬車での移動は、何処で何があるか分からないものだ。

 これは私にも好都合だった。あの人に会えるようになるじゃないかと思った。

 あの人っていうのは、ユーノス・シャオリオンの事で、彼は既に王宮で魔術師として働いている筈だ。

 まだ、名前はユーノス・ハルディアかもしれないが、王都に行かなければ彼に会う事はできないのだから、マリーンはいい仕事してくれるなと思った。

 今は私にべったりくっついているけど、どうせ学園に通うようになれば、毎日忙しくなってそんな暇もなくなるだろう。そしたら、私はユーノスに会いに行くのだ。

 どんな風にユーノスに近づくかは、いろいろ思案中だ。取り敢えずは王都の屋敷に行って、周りの状況を把握しなくてはならない。

「シタンちゃんは、何も心配しなくて大丈夫よ」

 考え込んでいた私を不安にさせたのだと思ったエレン夫人は、抱きしめて頭を撫でてくれる。

 実際、母親以上に母親らしいエレン夫人は、今までの酷い扱いから一転、父と兄から守ってくれ、ヴィエルジュ伯爵家での私の立場を通してくれたのだから、とても感謝している。

 小説では、あまり出て来なかったけど、今の私にとって、無くてはならない存在だった。

 それから、暫くして王都へ向かう準備で忙しくなった。
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