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第一章 異世界に降り立つ!
01発目 GooD Bye 悲しきバ美肉さん!
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時計の針が指すのは18時ーー
毎日かかさず、俺はこの時が来るのをモニターの前で待っている。
「全人類のみんな、こんばんは! 電波の中から侵略中、宇宙からの使者シャルだよ!」
『こんちゃ~』『こん!』『待ってたよー』
モニターに映るのは銀の髪をなびかせ、元気に挨拶をする美少女と、その声に対して返される大量のコメント、そして……
「みんな待っててくれてありがとね!
今日も張り切っていこー!」
『おー!』『おっけー!』
美少女モデルと同じ仕草で声を出す俺の姿。
何を言っているのかわからないかも知れないが、とりあえず、そのまま話を聞いて欲しい。
「じゃあ今日は、みんなと話題のホラゲーで絶叫していくつもりだから、覚悟してといてよ~」
『ホラゲいいね』『指示は任せろ』
まずこれは、美少女Vtuberのライブ配信だ。
そして今の流れで想像のついた人もいるかも知れないが、俺がこのVtuber本人なのである。
「久しぶりにやるから、叫びすぎちゃったらごめんね!」
『大丈夫やで』『先に鼓膜破っときました』
Vtuberとしての活動を始めたのはほんの半年前の話だが、今ではそれなりに視聴者もいて、この活動は今となっては俺の人生においての大部分を占めているーー とその前に、ここまでの話でどこか違和感を感じているだろうから先に言っておくが、俺の一人称はオレで間違っていない。
それは別にオレっ娘だからとかそんな痛い理由じゃなく、単に俺がバ美肉、つまり女の子のガワを被った男だからだ。
ってその方が痛いか……
「それじゃあ、始めよっか!」
『おー!』
まあ何はともあれ、俺は生まれ持った女声を活かして、今はこんな活動をしている訳なのだが、こういうことを続けていると、思い出してしまう嫌な過去があったりする。
---
「ケン君って他の子と違って変だよね」
「……えっ?」
浮かんでくるのは、幼い頃に受けた何気ない言葉
「だって、男の子なのになんでそんなに女の子みたいなの?」
「それは……」
そんなのは今の俺にだってわからない。
「私のお母さんも言ってたよ。ケン君は顔も声も女の子みたいだって。けどそれってなんだか気持ち悪いよ!」
「……」
---
恐らく悪気はなかったのだろうが、それでも幼心には刺さらざるを得なかった言葉。
今になって思い返すと大したことのない、案外誰にでもあるようなくだらないコンプレックスの原因にも思えるが、実際に到底男らしいとは言えない顔と声は俺の人生で様々な障害を生んできた訳で、くだらないなんて一言で割り切ることはできなくなっていた。
だから俺にとっては思い出したくない、と言うよりもあまり深く考えたくはない記憶
しかしそれは、今の活動を始める理由の一つともなっているので多少は感謝してもいる。
なぜって、Vtuberとしての活動はこの俺のコンプレックスを味方にできるうえに、これまでに受けた嫌な経験、その記憶も多少は薄れさせてくれるからだ。
それに実際Vtuberになってからは、少なくともこの声に対する嫌悪感も多少は薄れつつはある。
まあそれでもこのガワを被って活動してる時点で完璧に解消されたって訳ではないんだけど……
と、頭の中でそんなくだらないことを考えながら配信を続けている間に、部屋の後方、階段の方から嫌な音が聞こえてくる。
「ごめんみんな、ちょっとだけ待ってて!」
『おk』『親フラ?』『男か?笑笑』
間に合え! 俺のミュートボタン!
「ちょっとケンイチ! 今日はあんたが帰りにご飯買ってきてくれるって言ってたのに、家に何も無いじゃないの!」
間一髪、画面を隠しミュートした直後に、母親が怒声と共に扉を開いて入ってきた。
「母さん、この時間は部屋に入ってこないでっていつも言ってるじゃんか!」
「別に変なことやってる訳じゃないならいいでしょ。それにあんたの方が約束破るのが悪いんじゃない!」
変なこと……
「確かに変なことは何もやってないし、それは確かに悪かったけどノックぐらいさ」
「うるさいわねー。あんたも就活終わって暇なんだから、ちょっとぐらい家のこと手伝ってくれたっていいじゃないの!」
就活……
「……」
「なんか文句あるなら言いなさいよ」
「いや……」
「なら晩御飯買ってきて」
「わかったよ」
ほんと隕石でも落ちてきて、地球滅びないかな……
「私もお腹空いてるし、お父さんだってもう帰ってくるんだから早めに頼むわよ」
「うん……」
唐突に感じるかもしれないが、こんな風に思うのは、この手の話が俺にとっての地雷だからだ。
意図的に考えないようにはしているものの、それでもやはり美少女モデルのガワを被ってVtuberやってる男なんて、側から見れば間違いなく変に決まってる。
それにVtuberを始めた理由は俺のコンプレックスからくるものと言ったが、実は就活に失敗して自棄になったことも一つの理由としてある。
そして、それを隠してる母親にそのことを突かれるのは非常に痛い。
「はあ……」
せっかく配信に人も集まってていい気分だったのに……
部屋を後にする母に対してか、それとも今の自分の姿に対してなのかはわからないが、自然とため息が出てしまう。
とりあえず晩御飯を買いに行かないといけない訳だから、配信はみんなに言ってやめない……と……
『ケンイチはワロタwww』『男ってことだよね?』『おかん怖過ぎて草』『神回キター!』
配信の画面を見て流れるコメントに心臓が止まりそうになる。
「……え?」
なんだこれ……
ミュートになってなかった……?
「ちょっと待って、今のは別に私がそういうのとかじゃなくて…… あの……」
『無理せんでええぞオッサンw』『男かよ』『てかこれボイチェンなし?』『ファンやめます』
「みんな違うから……!」
必死に取り繕おうとするが、大量のコメントにかき消される。
『男の癖に声だけ女とかキモ』
そんな中流れ続ける批判コメントの何気ない一つ。
「……うるさい」
そこで俺の何かが切れる音がした。
「うっさいんだよ!」
こんな風に喚いても、駄目なのはわかってる。
「お前らに…… ただ配信見てるだけのお前らに、俺の何がわかるんだよ!」
『ガチギレ?』『コイツやばすぎ笑』
だけど、それでも止められない。
「誰が好きでこんな声で生まれてくるってんだ! 俺は今までずっとこんな声のせいで嫌な思いしてきて、それでもやっとvtuberやってて少しは好きになれてきてたのに…… なんでそんなこと言うんだよ!」
『知らんわ』『泣くなよおっさん』『勝手にヒスるなよ』
普段の生活では隠しきれないコンプレックス、Vtuberとしての自分はそれを受け入れてくれていた……
「お前ら全員死んじまえ!」
そう勝手に俺が思い込んでいたからか、視聴者の言葉一つ一つに、どうしてか涙が止まらない。
「あんた何騒いでるの!」
「うるさい!」
そんな俺の絶叫を聞いた母が、部屋の扉を開けて入ってこようとするが、俺はそれを押し退けて階段を飛び降りる。
「なんで…… なんでこんなことになるんだよ……!」
それは整理しきれない心の中を表した言葉。
勢いに任せて裸足のまま外へと飛び出し、俺は周りも見えないままに走り続けていたのだが、その次の瞬間……
「……っ!」
突然右半身から伝わった鈍い衝撃に、意識が飛びかける。
「ーーーー!ーー!」
「…………」
何かに轢かれでもしたのだろうか。
誰が誰に何を言っているのか、それも聞こえない程、何も考えられなくなる程に意識は遠のいていく。
「……」
それでもどこか、短いこの生涯のやるせなさだけは感じずにいられないまま、俺の意識は暗転した。
毎日かかさず、俺はこの時が来るのをモニターの前で待っている。
「全人類のみんな、こんばんは! 電波の中から侵略中、宇宙からの使者シャルだよ!」
『こんちゃ~』『こん!』『待ってたよー』
モニターに映るのは銀の髪をなびかせ、元気に挨拶をする美少女と、その声に対して返される大量のコメント、そして……
「みんな待っててくれてありがとね!
今日も張り切っていこー!」
『おー!』『おっけー!』
美少女モデルと同じ仕草で声を出す俺の姿。
何を言っているのかわからないかも知れないが、とりあえず、そのまま話を聞いて欲しい。
「じゃあ今日は、みんなと話題のホラゲーで絶叫していくつもりだから、覚悟してといてよ~」
『ホラゲいいね』『指示は任せろ』
まずこれは、美少女Vtuberのライブ配信だ。
そして今の流れで想像のついた人もいるかも知れないが、俺がこのVtuber本人なのである。
「久しぶりにやるから、叫びすぎちゃったらごめんね!」
『大丈夫やで』『先に鼓膜破っときました』
Vtuberとしての活動を始めたのはほんの半年前の話だが、今ではそれなりに視聴者もいて、この活動は今となっては俺の人生においての大部分を占めているーー とその前に、ここまでの話でどこか違和感を感じているだろうから先に言っておくが、俺の一人称はオレで間違っていない。
それは別にオレっ娘だからとかそんな痛い理由じゃなく、単に俺がバ美肉、つまり女の子のガワを被った男だからだ。
ってその方が痛いか……
「それじゃあ、始めよっか!」
『おー!』
まあ何はともあれ、俺は生まれ持った女声を活かして、今はこんな活動をしている訳なのだが、こういうことを続けていると、思い出してしまう嫌な過去があったりする。
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「ケン君って他の子と違って変だよね」
「……えっ?」
浮かんでくるのは、幼い頃に受けた何気ない言葉
「だって、男の子なのになんでそんなに女の子みたいなの?」
「それは……」
そんなのは今の俺にだってわからない。
「私のお母さんも言ってたよ。ケン君は顔も声も女の子みたいだって。けどそれってなんだか気持ち悪いよ!」
「……」
---
恐らく悪気はなかったのだろうが、それでも幼心には刺さらざるを得なかった言葉。
今になって思い返すと大したことのない、案外誰にでもあるようなくだらないコンプレックスの原因にも思えるが、実際に到底男らしいとは言えない顔と声は俺の人生で様々な障害を生んできた訳で、くだらないなんて一言で割り切ることはできなくなっていた。
だから俺にとっては思い出したくない、と言うよりもあまり深く考えたくはない記憶
しかしそれは、今の活動を始める理由の一つともなっているので多少は感謝してもいる。
なぜって、Vtuberとしての活動はこの俺のコンプレックスを味方にできるうえに、これまでに受けた嫌な経験、その記憶も多少は薄れさせてくれるからだ。
それに実際Vtuberになってからは、少なくともこの声に対する嫌悪感も多少は薄れつつはある。
まあそれでもこのガワを被って活動してる時点で完璧に解消されたって訳ではないんだけど……
と、頭の中でそんなくだらないことを考えながら配信を続けている間に、部屋の後方、階段の方から嫌な音が聞こえてくる。
「ごめんみんな、ちょっとだけ待ってて!」
『おk』『親フラ?』『男か?笑笑』
間に合え! 俺のミュートボタン!
「ちょっとケンイチ! 今日はあんたが帰りにご飯買ってきてくれるって言ってたのに、家に何も無いじゃないの!」
間一髪、画面を隠しミュートした直後に、母親が怒声と共に扉を開いて入ってきた。
「母さん、この時間は部屋に入ってこないでっていつも言ってるじゃんか!」
「別に変なことやってる訳じゃないならいいでしょ。それにあんたの方が約束破るのが悪いんじゃない!」
変なこと……
「確かに変なことは何もやってないし、それは確かに悪かったけどノックぐらいさ」
「うるさいわねー。あんたも就活終わって暇なんだから、ちょっとぐらい家のこと手伝ってくれたっていいじゃないの!」
就活……
「……」
「なんか文句あるなら言いなさいよ」
「いや……」
「なら晩御飯買ってきて」
「わかったよ」
ほんと隕石でも落ちてきて、地球滅びないかな……
「私もお腹空いてるし、お父さんだってもう帰ってくるんだから早めに頼むわよ」
「うん……」
唐突に感じるかもしれないが、こんな風に思うのは、この手の話が俺にとっての地雷だからだ。
意図的に考えないようにはしているものの、それでもやはり美少女モデルのガワを被ってVtuberやってる男なんて、側から見れば間違いなく変に決まってる。
それにVtuberを始めた理由は俺のコンプレックスからくるものと言ったが、実は就活に失敗して自棄になったことも一つの理由としてある。
そして、それを隠してる母親にそのことを突かれるのは非常に痛い。
「はあ……」
せっかく配信に人も集まってていい気分だったのに……
部屋を後にする母に対してか、それとも今の自分の姿に対してなのかはわからないが、自然とため息が出てしまう。
とりあえず晩御飯を買いに行かないといけない訳だから、配信はみんなに言ってやめない……と……
『ケンイチはワロタwww』『男ってことだよね?』『おかん怖過ぎて草』『神回キター!』
配信の画面を見て流れるコメントに心臓が止まりそうになる。
「……え?」
なんだこれ……
ミュートになってなかった……?
「ちょっと待って、今のは別に私がそういうのとかじゃなくて…… あの……」
『無理せんでええぞオッサンw』『男かよ』『てかこれボイチェンなし?』『ファンやめます』
「みんな違うから……!」
必死に取り繕おうとするが、大量のコメントにかき消される。
『男の癖に声だけ女とかキモ』
そんな中流れ続ける批判コメントの何気ない一つ。
「……うるさい」
そこで俺の何かが切れる音がした。
「うっさいんだよ!」
こんな風に喚いても、駄目なのはわかってる。
「お前らに…… ただ配信見てるだけのお前らに、俺の何がわかるんだよ!」
『ガチギレ?』『コイツやばすぎ笑』
だけど、それでも止められない。
「誰が好きでこんな声で生まれてくるってんだ! 俺は今までずっとこんな声のせいで嫌な思いしてきて、それでもやっとvtuberやってて少しは好きになれてきてたのに…… なんでそんなこと言うんだよ!」
『知らんわ』『泣くなよおっさん』『勝手にヒスるなよ』
普段の生活では隠しきれないコンプレックス、Vtuberとしての自分はそれを受け入れてくれていた……
「お前ら全員死んじまえ!」
そう勝手に俺が思い込んでいたからか、視聴者の言葉一つ一つに、どうしてか涙が止まらない。
「あんた何騒いでるの!」
「うるさい!」
そんな俺の絶叫を聞いた母が、部屋の扉を開けて入ってこようとするが、俺はそれを押し退けて階段を飛び降りる。
「なんで…… なんでこんなことになるんだよ……!」
それは整理しきれない心の中を表した言葉。
勢いに任せて裸足のまま外へと飛び出し、俺は周りも見えないままに走り続けていたのだが、その次の瞬間……
「……っ!」
突然右半身から伝わった鈍い衝撃に、意識が飛びかける。
「ーーーー!ーー!」
「…………」
何かに轢かれでもしたのだろうか。
誰が誰に何を言っているのか、それも聞こえない程、何も考えられなくなる程に意識は遠のいていく。
「……」
それでもどこか、短いこの生涯のやるせなさだけは感じずにいられないまま、俺の意識は暗転した。
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