婚約者に裏切られた「魔女」ですが、辺境伯閣下の「聖女」になりました

山河 枝

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1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで

6 修道院に来て、ひと月

  ◇

 私が修道院に身を寄せて、ひと月が過ぎた。

 持参した麻のワンピースを着て、ひとまとめにした髪を木彫りのバレッタで留める。
 そうした簡素な恰好で畑の草を引き、鶏に餌をやる。
 院内を掃除して、井戸端で洗濯をする。

 そして、「のんびりしてほしい」という両親の願いに反するけれど……あくせくと薬を作っている。

 1人だけ苦手な女性はいるが、彼女は「私がどうして掃除なんか」と吐き捨て、部屋にこもっているので会うことはない。

 彼女の分まで働かなくては。
 忙しい日々だ。
 余計なことを考えずに済む。

 朝も、ぼうっとする時間はない。
 まずは礼拝堂で祈りを捧げる。
 院長先生やシスター、身寄りのない子どもたちと一緒に。
 
「……今日も我らにお恵みをお与えください」

 祭壇の向こうに立つ院長先生が、祈りを締めくくる。
 それに続き、長椅子に座るシスターや子どもたちと一緒に、私も祈りを口にする。

「お恵みをお与えください」

 握り合わせていた両手をほどき、顔を上げると。

「……ん?」

 小さな手のひらが、目の前に突き出されていた。

「ソフィア、今日は僕と厨房に行こ!」

 6歳のリアムが、ニコニコしながら私のそばに立っている。かと思うと5歳のミアが、リアムをぐいっと押しのける。

「リアムは昨日一緒に行ったでしょ! 私の番!」

「違うよ、2人とも! 今日は俺!」

 子どもたちは、ぎゅうぎゅうと押し合いながら私の周りに集まってくる。
 私は慌てて長椅子から立ち上がった。

「待って! 全員で行きましょう?」

「そうね。じゃ、私がソフィアと手を繋ぐ! ソフィアのお薬、ちゃんと飲んだんだから。偉いんだから!」

「僕だって飲んだよ! すぐに咳が止まったもん!」

「ソフィアの薬はおいしいから、偉くないだろ!」

 言い争いが過熱して、さらに子どもが密集してしまった。いくつもの手がワンピースのスカートをつかんでくる。

(ど、どうしよう……!)

 助けを求めて院長先生やシスターたちを見たけれど、彼女らはなごやかに微笑むだけだ。

「あの、院長先生。子どもたちを──」

「レディ・ソフィア」

「は、はい」

「朝食の支度をしてきますから、子どもたちをお願いね」

「えっ⁉︎」

「動けなかったら、あとで助けに戻ってきますから」

 院長先生たちはそう言うと、手を振って礼拝堂を出ていってしまった。

「そんなぁ……」

 途方にくれる私の周りでは、大騒ぎが繰り広げられている。

「僕がー!」

「私だってばー!」

 甲高い声の渦に頭がクラクラしたけれど、ふと気付いた。
 余計なことを考えるまいと気を張るのを、すっかり忘れている。

(院長先生たち、もしかして……私の気を紛らわせるために? 私、そんなに険しい顔をしてたのかしら)

 反省しようとしたけれど、子どもたちの騒ぎ声が思考を止めてしまう。

「じゃあ10秒ずつね! 10秒ずつソフィアと手を繋ぐことにしよ!」

「わかった、数えるぞ! 1、5、10! はい、交代!」

「えぇっ⁉︎」

 予想外の発想に大声を上げてしまった。
 それに驚いたのか、子どもたちが一斉に硬直する。

 しーんと静まり返った中、まん丸の目と真一文字の口が、そろって私の方を向いている。
 鳥の雛が並んでいるようで、じわじわと笑いが込み上げてくる。

「ごめんなさ……ふふっ、まさかそんな数え方をするなんて……考えもしなくて」

 口を抑えて小刻みに震えていると、子どもたちもつられたのか、クスクスと笑い始める。

 笑いがさらに笑いを誘い、さっきとは違う大声の渦が湧き起こった時。

「うるさいわねっ‼︎」

 脳天を貫く怒声が、笑いの渦を一瞬で消した。
 私はビクッと震えたが、子どもたちはそれすらできず、青白い顔で凍りついている。
 
 私たちが見つめる先──礼拝堂の入り口には、フリル付きの真っ赤なワンピースを着た女性が立っていた。

 波打つ黒髪を胸元へ垂らし、腕組みをしている。
 彼女は鼻筋に怒りの皺を作り、再び声を張り上げた。

「やっと固いベッドに慣れて、眠れたところだったのに! あんたたちの声で起きちゃったじゃないの!」

 元侯爵夫人のイヴェーラ様だ。
 私が1人だけ「苦手だ」と思っている女性。
 10日前に修道院へ来られてから、「食事がまずい」「ほこりくさい」と文句ばかり。
 
 口調が剣呑なので、正直……関わらずに済んでホッとしていたが。
 この状況では謝るしかない。
 
「イヴェーラ様、申し訳ありません!」

 私は子どもたちの輪から抜け出し、イヴェーラ様に駆け寄った。
 お辞儀をすると、上から喚き声が叩きつけられる。

「謝るくらいなら最初からこいつらに注意しなさいよっ! 私は元フェンティ侯爵夫人よ、わかってるの⁉︎」

「はい……旦那様を亡くされて、こちらに身を寄せられたのですよね。お悔やみ申し上げ──」

「そんなのどうでもいいっ! ここならシャーウッド辺境伯と再婚するチャンスがあると思ったのに。今度はクソガキだらけ! ようやく夫が死んでくれたのに……ねえ、あなた。喉を潰す薬でも作れないの⁉︎」

「そ、そんな危険なもの、作れません」

「はあ? 役立たずなのねえ、『魔女』のくせに!」

 魔女、という言葉で反射的に体が固まった。
 イヴェーラ様はニヤリと笑って続けた。

「ペント公爵夫人に聞いたわよぉ。雑草を摘んでは、妙な薬を作ってるって。それを婚約者に咎められたから、エミリーナ様に八つ当たりしたんでしょう?」

 違う。そう思うのに、うまく声が出せない。

「それで社交界に居づらくなって逃げたわけ? でも、なんで修道院なんかに……ああ、薬の実験体が大勢いるものね」

 イヴェーラ様が、子どもたちの顔をジロリと見回す。
 ミアが、「ヒッ」と呟いて私の後ろに隠れた。

「それにしても残念だわ。黙らせる薬が作れないなんて……そうだ。呪術ならかけられる? 一生目が覚めないものとか。呪術は禁忌だけど黙っておいてあげるから──」

「ソフィアは魔女じゃない!」

 礼拝堂にリアムの大声が響いた。

 イヴェーラ様は笑みを消し、無表情でリアムを見る。
 一歩ずつゆっくりと、リアムに近付いていく。

「あんた……何て言った?」

「だ、だから、ソフィアは魔女じゃ……」

「口答えするなっ!」

 イヴェーラ様は両手でスカートをつまみ、片足を後ろに振った。

(蹴るつもりだ!)

 私はとっさにリアムの前へ出た。
 イヴェーラ様のブーツの先が、ゴツッと私のすねを打つ。

「うぁっ……!」

「邪魔しないでよ!」

 しゃがみ込んだ私の髪を、イヴェーラ様が引っ張り上げる。
 頭皮に裂けるような痛みが走り、悲鳴を上げかけた時。

「何をしている⁉︎」

 重厚な声が、礼拝堂に反響した。 

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