7 / 113
1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで
6 修道院に来て、ひと月
◇
私が修道院に身を寄せて、ひと月が過ぎた。
持参した麻のワンピースを着て、ひとまとめにした髪を木彫りのバレッタで留める。
そうした簡素な恰好で畑の草を引き、鶏に餌をやる。
院内を掃除して、井戸端で洗濯をする。
そして、「のんびりしてほしい」という両親の願いに反するけれど……あくせくと薬を作っている。
1人だけ苦手な女性はいるが、彼女は「私がどうして掃除なんか」と吐き捨て、部屋にこもっているので会うことはない。
彼女の分まで働かなくては。
忙しい日々だ。
余計なことを考えずに済む。
朝も、ぼうっとする時間はない。
まずは礼拝堂で祈りを捧げる。
院長先生やシスター、身寄りのない子どもたちと一緒に。
「……今日も我らにお恵みをお与えください」
祭壇の向こうに立つ院長先生が、祈りを締めくくる。
それに続き、長椅子に座るシスターや子どもたちと一緒に、私も祈りを口にする。
「お恵みをお与えください」
握り合わせていた両手をほどき、顔を上げると。
「……ん?」
小さな手のひらが、目の前に突き出されていた。
「ソフィア、今日は僕と厨房に行こ!」
6歳のリアムが、ニコニコしながら私のそばに立っている。かと思うと5歳のミアが、リアムをぐいっと押しのける。
「リアムは昨日一緒に行ったでしょ! 私の番!」
「違うよ、2人とも! 今日は俺!」
子どもたちは、ぎゅうぎゅうと押し合いながら私の周りに集まってくる。
私は慌てて長椅子から立ち上がった。
「待って! 全員で行きましょう?」
「そうね。じゃ、私がソフィアと手を繋ぐ! ソフィアのお薬、ちゃんと飲んだんだから。偉いんだから!」
「僕だって飲んだよ! すぐに咳が止まったもん!」
「ソフィアの薬はおいしいから、偉くないだろ!」
言い争いが過熱して、さらに子どもが密集してしまった。いくつもの手がワンピースのスカートをつかんでくる。
(ど、どうしよう……!)
助けを求めて院長先生やシスターたちを見たけれど、彼女らはなごやかに微笑むだけだ。
「あの、院長先生。子どもたちを──」
「レディ・ソフィア」
「は、はい」
「朝食の支度をしてきますから、子どもたちをお願いね」
「えっ⁉︎」
「動けなかったら、あとで助けに戻ってきますから」
院長先生たちはそう言うと、手を振って礼拝堂を出ていってしまった。
「そんなぁ……」
途方にくれる私の周りでは、大騒ぎが繰り広げられている。
「僕がー!」
「私だってばー!」
甲高い声の渦に頭がクラクラしたけれど、ふと気付いた。
余計なことを考えるまいと気を張るのを、すっかり忘れている。
(院長先生たち、もしかして……私の気を紛らわせるために? 私、そんなに険しい顔をしてたのかしら)
反省しようとしたけれど、子どもたちの騒ぎ声が思考を止めてしまう。
「じゃあ10秒ずつね! 10秒ずつソフィアと手を繋ぐことにしよ!」
「わかった、数えるぞ! 1、5、10! はい、交代!」
「えぇっ⁉︎」
予想外の発想に大声を上げてしまった。
それに驚いたのか、子どもたちが一斉に硬直する。
しーんと静まり返った中、まん丸の目と真一文字の口が、そろって私の方を向いている。
鳥の雛が並んでいるようで、じわじわと笑いが込み上げてくる。
「ごめんなさ……ふふっ、まさかそんな数え方をするなんて……考えもしなくて」
口を抑えて小刻みに震えていると、子どもたちもつられたのか、クスクスと笑い始める。
笑いがさらに笑いを誘い、さっきとは違う大声の渦が湧き起こった時。
「うるさいわねっ‼︎」
脳天を貫く怒声が、笑いの渦を一瞬で消した。
私はビクッと震えたが、子どもたちはそれすらできず、青白い顔で凍りついている。
私たちが見つめる先──礼拝堂の入り口には、フリル付きの真っ赤なワンピースを着た女性が立っていた。
波打つ黒髪を胸元へ垂らし、腕組みをしている。
彼女は鼻筋に怒りの皺を作り、再び声を張り上げた。
「やっと固いベッドに慣れて、眠れたところだったのに! あんたたちの声で起きちゃったじゃないの!」
元侯爵夫人のイヴェーラ様だ。
私が1人だけ「苦手だ」と思っている女性。
10日前に修道院へ来られてから、「食事がまずい」「埃くさい」と文句ばかり。
口調が剣呑なので、正直……関わらずに済んでホッとしていたが。
この状況では謝るしかない。
「イヴェーラ様、申し訳ありません!」
私は子どもたちの輪から抜け出し、イヴェーラ様に駆け寄った。
お辞儀をすると、上から喚き声が叩きつけられる。
「謝るくらいなら最初からこいつらに注意しなさいよっ! 私は元フェンティ侯爵夫人よ、わかってるの⁉︎」
「はい……旦那様を亡くされて、こちらに身を寄せられたのですよね。お悔やみ申し上げ──」
「そんなのどうでもいいっ! ここならシャーウッド辺境伯と再婚するチャンスがあると思ったのに。今度はクソガキだらけ! ようやく夫が死んでくれたのに……ねえ、あなた。喉を潰す薬でも作れないの⁉︎」
「そ、そんな危険なもの、作れません」
「はあ? 役立たずなのねえ、『魔女』のくせに!」
魔女、という言葉で反射的に体が固まった。
イヴェーラ様はニヤリと笑って続けた。
「ペント公爵夫人に聞いたわよぉ。雑草を摘んでは、妙な薬を作ってるって。それを婚約者に咎められたから、エミリーナ様に八つ当たりしたんでしょう?」
違う。そう思うのに、うまく声が出せない。
「それで社交界に居づらくなって逃げたわけ? でも、なんで修道院なんかに……ああ、薬の実験体が大勢いるものね」
イヴェーラ様が、子どもたちの顔をジロリと見回す。
ミアが、「ヒッ」と呟いて私の後ろに隠れた。
「それにしても残念だわ。黙らせる薬が作れないなんて……そうだ。呪術ならかけられる? 一生目が覚めないものとか。呪術は禁忌だけど黙っておいてあげるから──」
「ソフィアは魔女じゃない!」
礼拝堂にリアムの大声が響いた。
イヴェーラ様は笑みを消し、無表情でリアムを見る。
一歩ずつゆっくりと、リアムに近付いていく。
「あんた……何て言った?」
「だ、だから、ソフィアは魔女じゃ……」
「口答えするなっ!」
イヴェーラ様は両手でスカートをつまみ、片足を後ろに振った。
(蹴るつもりだ!)
私はとっさにリアムの前へ出た。
イヴェーラ様のブーツの先が、ゴツッと私の脛を打つ。
「うぁっ……!」
「邪魔しないでよ!」
しゃがみ込んだ私の髪を、イヴェーラ様が引っ張り上げる。
頭皮に裂けるような痛みが走り、悲鳴を上げかけた時。
「何をしている⁉︎」
重厚な声が、礼拝堂に反響した。
私が修道院に身を寄せて、ひと月が過ぎた。
持参した麻のワンピースを着て、ひとまとめにした髪を木彫りのバレッタで留める。
そうした簡素な恰好で畑の草を引き、鶏に餌をやる。
院内を掃除して、井戸端で洗濯をする。
そして、「のんびりしてほしい」という両親の願いに反するけれど……あくせくと薬を作っている。
1人だけ苦手な女性はいるが、彼女は「私がどうして掃除なんか」と吐き捨て、部屋にこもっているので会うことはない。
彼女の分まで働かなくては。
忙しい日々だ。
余計なことを考えずに済む。
朝も、ぼうっとする時間はない。
まずは礼拝堂で祈りを捧げる。
院長先生やシスター、身寄りのない子どもたちと一緒に。
「……今日も我らにお恵みをお与えください」
祭壇の向こうに立つ院長先生が、祈りを締めくくる。
それに続き、長椅子に座るシスターや子どもたちと一緒に、私も祈りを口にする。
「お恵みをお与えください」
握り合わせていた両手をほどき、顔を上げると。
「……ん?」
小さな手のひらが、目の前に突き出されていた。
「ソフィア、今日は僕と厨房に行こ!」
6歳のリアムが、ニコニコしながら私のそばに立っている。かと思うと5歳のミアが、リアムをぐいっと押しのける。
「リアムは昨日一緒に行ったでしょ! 私の番!」
「違うよ、2人とも! 今日は俺!」
子どもたちは、ぎゅうぎゅうと押し合いながら私の周りに集まってくる。
私は慌てて長椅子から立ち上がった。
「待って! 全員で行きましょう?」
「そうね。じゃ、私がソフィアと手を繋ぐ! ソフィアのお薬、ちゃんと飲んだんだから。偉いんだから!」
「僕だって飲んだよ! すぐに咳が止まったもん!」
「ソフィアの薬はおいしいから、偉くないだろ!」
言い争いが過熱して、さらに子どもが密集してしまった。いくつもの手がワンピースのスカートをつかんでくる。
(ど、どうしよう……!)
助けを求めて院長先生やシスターたちを見たけれど、彼女らはなごやかに微笑むだけだ。
「あの、院長先生。子どもたちを──」
「レディ・ソフィア」
「は、はい」
「朝食の支度をしてきますから、子どもたちをお願いね」
「えっ⁉︎」
「動けなかったら、あとで助けに戻ってきますから」
院長先生たちはそう言うと、手を振って礼拝堂を出ていってしまった。
「そんなぁ……」
途方にくれる私の周りでは、大騒ぎが繰り広げられている。
「僕がー!」
「私だってばー!」
甲高い声の渦に頭がクラクラしたけれど、ふと気付いた。
余計なことを考えるまいと気を張るのを、すっかり忘れている。
(院長先生たち、もしかして……私の気を紛らわせるために? 私、そんなに険しい顔をしてたのかしら)
反省しようとしたけれど、子どもたちの騒ぎ声が思考を止めてしまう。
「じゃあ10秒ずつね! 10秒ずつソフィアと手を繋ぐことにしよ!」
「わかった、数えるぞ! 1、5、10! はい、交代!」
「えぇっ⁉︎」
予想外の発想に大声を上げてしまった。
それに驚いたのか、子どもたちが一斉に硬直する。
しーんと静まり返った中、まん丸の目と真一文字の口が、そろって私の方を向いている。
鳥の雛が並んでいるようで、じわじわと笑いが込み上げてくる。
「ごめんなさ……ふふっ、まさかそんな数え方をするなんて……考えもしなくて」
口を抑えて小刻みに震えていると、子どもたちもつられたのか、クスクスと笑い始める。
笑いがさらに笑いを誘い、さっきとは違う大声の渦が湧き起こった時。
「うるさいわねっ‼︎」
脳天を貫く怒声が、笑いの渦を一瞬で消した。
私はビクッと震えたが、子どもたちはそれすらできず、青白い顔で凍りついている。
私たちが見つめる先──礼拝堂の入り口には、フリル付きの真っ赤なワンピースを着た女性が立っていた。
波打つ黒髪を胸元へ垂らし、腕組みをしている。
彼女は鼻筋に怒りの皺を作り、再び声を張り上げた。
「やっと固いベッドに慣れて、眠れたところだったのに! あんたたちの声で起きちゃったじゃないの!」
元侯爵夫人のイヴェーラ様だ。
私が1人だけ「苦手だ」と思っている女性。
10日前に修道院へ来られてから、「食事がまずい」「埃くさい」と文句ばかり。
口調が剣呑なので、正直……関わらずに済んでホッとしていたが。
この状況では謝るしかない。
「イヴェーラ様、申し訳ありません!」
私は子どもたちの輪から抜け出し、イヴェーラ様に駆け寄った。
お辞儀をすると、上から喚き声が叩きつけられる。
「謝るくらいなら最初からこいつらに注意しなさいよっ! 私は元フェンティ侯爵夫人よ、わかってるの⁉︎」
「はい……旦那様を亡くされて、こちらに身を寄せられたのですよね。お悔やみ申し上げ──」
「そんなのどうでもいいっ! ここならシャーウッド辺境伯と再婚するチャンスがあると思ったのに。今度はクソガキだらけ! ようやく夫が死んでくれたのに……ねえ、あなた。喉を潰す薬でも作れないの⁉︎」
「そ、そんな危険なもの、作れません」
「はあ? 役立たずなのねえ、『魔女』のくせに!」
魔女、という言葉で反射的に体が固まった。
イヴェーラ様はニヤリと笑って続けた。
「ペント公爵夫人に聞いたわよぉ。雑草を摘んでは、妙な薬を作ってるって。それを婚約者に咎められたから、エミリーナ様に八つ当たりしたんでしょう?」
違う。そう思うのに、うまく声が出せない。
「それで社交界に居づらくなって逃げたわけ? でも、なんで修道院なんかに……ああ、薬の実験体が大勢いるものね」
イヴェーラ様が、子どもたちの顔をジロリと見回す。
ミアが、「ヒッ」と呟いて私の後ろに隠れた。
「それにしても残念だわ。黙らせる薬が作れないなんて……そうだ。呪術ならかけられる? 一生目が覚めないものとか。呪術は禁忌だけど黙っておいてあげるから──」
「ソフィアは魔女じゃない!」
礼拝堂にリアムの大声が響いた。
イヴェーラ様は笑みを消し、無表情でリアムを見る。
一歩ずつゆっくりと、リアムに近付いていく。
「あんた……何て言った?」
「だ、だから、ソフィアは魔女じゃ……」
「口答えするなっ!」
イヴェーラ様は両手でスカートをつまみ、片足を後ろに振った。
(蹴るつもりだ!)
私はとっさにリアムの前へ出た。
イヴェーラ様のブーツの先が、ゴツッと私の脛を打つ。
「うぁっ……!」
「邪魔しないでよ!」
しゃがみ込んだ私の髪を、イヴェーラ様が引っ張り上げる。
頭皮に裂けるような痛みが走り、悲鳴を上げかけた時。
「何をしている⁉︎」
重厚な声が、礼拝堂に反響した。
あなたにおすすめの小説
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。
けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。
それでも旦那様は優しかった。
冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。
だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。
そんなある日、彼女は知ってしまう。
旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。
彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。
都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る
静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。
すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。
感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく
「離縁状の印が乾く前に、王太子殿下から花束が届きました」〜五年間「置物」と呼ばれた侯爵夫人、夫が青ざめるのは王家との縁が切れてからでした〜
まさき
恋愛
侯爵夫人として過ごした五年間、夫に名前を呼ばれたことが一度もなかった。
愛人を夜会に連れてきた翌朝、私は離縁状を置いて屋敷を出た。
夫は「すぐ戻る」と思っていたらしい。
でも届いたのは、王太子殿下からの白薔薇だった。
「五年、待ちすぎました。今度こそ私の隣に」
幼馴染の殿下は、いつも私を「アメリア」と呼んでくれた。
ただそれだけで、五年分の何かが、ほどけていった。
夫が全てを失うのはこれからの話。
私が本当の笑顔を取り戻すのも、これからの話。
夫は私を愛していないそうなので、遠慮なく離婚します。今さら引き止められても遅いです
藤原遊
恋愛
王妃付き護衛騎士である夫に、「お前を愛したことはない」と告げられた。
理由は単純。
愛などなくても、仕事に支障はないからだという。
──そうですか。
それなら、こちらも遠慮する必要はありませんね。
王妃の機嫌、侍女たちとの関係、贈り物の選定。
夫が「当然のように」こなしていたそれらは、すべて私が整えていたもの。
離婚後、少しずつ歯車は狂い始める。
気づいたときにはもう遅い。
積み上げてきた信用は、静かに崩れていく。
一方で私は、王妃のもとへ。
今さら引き止められても、遅いのです。
【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。
夏灯みかん
恋愛
王都の商工会議所で働く、地味な帳簿係エミリー。
真面目に記録をつけることだけが取り柄の彼女は、同僚から軽く扱われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。
そんなある日――エミリーは、孤児院への配給物資の記録に、わずかな“ズレ”があることに気づく。
数量は合っている。
だが、なぜか中身の重量だけが減っている。
違和感を覚えたエミリーは、自ら倉庫へ足を運び、現物を確認する。
そこで見つけたのは、帳簿では見えない“静かな不正”だった。
しかしその矢先――不正の責任を押しつけられ、職場から追い出されそうになってしまう。
それでもエミリーは諦めない。ただ一つ、自分が積み上げてきた“記録”を信じて。
「では、正式な監査をお願いいたします」
やがてその記録は、王宮の政務監査官リオンの目に留まり――
隠されていた不正はすべて暴かれる。
そして、彼女を軽んじていた者たちは、その代償を支払うことになる。
これは、地味で目立たなかった一人の帳簿係が、
“正しく記録した”ことで不正を暴き、王宮に見出されるまでの物語。
「黙れ」と一度も言わなかった令嬢が、正論だけで公爵家を詰ませた件
歩人
ファンタジー
伯爵令嬢リーゼロッテは法学を修めた才媛だが、婚約者の第一王子レオンハルトに
「お前は退屈だ」と婚約を破棄される。彼女は一言も反論せず深く礼をした。
しかしその裏で、王子が横領した予算や成果の偽装を全て法廷記録から文書化していた。
謁見の間での公開弁論。声を荒げず、淡々と事実と法を並べていくリーゼロッテに、
王子は「黙れ」と叫ぶしかない。
「それが殿下の唯一の反論ですか?」——正論だけで公爵家を詰ませた令嬢の物語。
「退屈な女だ」と婚約破棄されたので去りましたが、翌日から国政が止まったそうです。え、私はもう存じませんけど?
にたまご
恋愛
公爵令嬢クラーラは、ユリウス王太子殿下に婚約を破棄された。
「退屈な女だ」「何の取り柄もない」と。
否定はしない。
けれど殿下が知らないだけで、通商条約も予算案も外交書簡も、この国の政務の大半を六年間匿名で回していたのは──この「退屈な女」だ。
婚約破棄の翌朝、宰相補佐官のレオンが焼き菓子と四十二件の緊急報告を携えて公爵邸を訪れる。
「貴女がいなくなった王宮は、控えめに申し上げて、地獄です」
──存じません。私はもう、ただの無職ですので。