婚約者に裏切られた「魔女」ですが、辺境伯閣下の「聖女」になりました

山河 枝

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1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで

16 最初の治療(1/2)

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 声がした方へ視線を走らせる。

 そこに、コック帽をかぶった太ましい中年男性がいた。
 ワゴンの取手を握りしめ、食堂の出入り口に立っている。

 ドスドスとテーブルに近寄り、アルヴィン様のそばで立ち止まった彼は、料理を並べながらまくし立てた。

「厨房で薬だなんて、とんでもない! 誰がそんな馬鹿げたことを思いつくんです⁉︎」

 その目は血走り、下目蓋は青黒く染まっている。
 顔を寄せられたアルヴィン様は、体を傾けて距離を取り、ボソボソと言った。

「……料理長、俺の案だ。薬を煮出す必要があるから、鍋とかまどを借りたいと思ってな」

「アルヴィン様が⁉︎ どうしてまた、そんな恐ろしいことを! ワタシの鍋に怪しいものを入れようだなんて!」

 喚いている料理長を横目に、厨房服を着たそばかすの少年が、私の前にスープとサラダを置いた。
 生野菜は瑞々しく、とろりとしたクリーム色のスープは湯気を立てている。

 が、私が気を引かれたのは、スープでもサラダでもなく、料理長の大声でもない。

「料理長、わかった。俺が悪かった。別の方法を考える」

「お願いしますよ! ……ああ、スープが冷めてしまう。早くお召し上がりを。お嬢様も……⁉︎」

 料理長の早口がピタッと止まる。
 アルヴィン様たちも硬直している。

 当然だ。
 私が席を立ち、料理長のもとへ走り、彼の肉付いた手をがっしりと掴んでいるのだから。

「料理長さん、お話があります!」

「そ、それより食事を召し上がってください」

「いえ、急ぎなんです。食事より大事なことです」

「食事より大事?」

 泳いでいた料理長の視線が、私の顔の上で止まる。

「そのようなことなどございません!」

「でも、早くしないと……」

「そう、早くしないとスープが冷めてしまいます! お客様に冷めたスープを食べさせたとあっては、生きていけません!」

「そ、そこまでですか……」

 私は諦めて料理長の手を離した。
 ただ、すごすごと引き下がるわけにはいかない。
  だって彼は……

 私は料理長をキッと見すえた。

「では、朝食後に時間をください。10分で構いません」

「む……10分なら、まあ……ふあぁ」

「どうした、寝不足か? そういえば顔色も悪いな」

 眠そうな料理長に、アルヴィン様が尋ねる。
 すると、その問いを待っていたようにそばかすの少年が口を開いた。

「やっぱりそう思われますよね? 最近ずっとこうなんですよ!」

「バラすな、ウィル!」

「え~? 寝てないんですか~?」

「そ、そんなことはない!」

 料理長が首を横に振る。
 しかし、私にはわかる。彼の不調が。

(村人より先にこの人を治療しなくちゃ。方法は……)

 私の探る視線に気付いたのか、料理長はそそくさと厨房へ歩き出してしまった。

「ウィル、パンを取りに戻るぞ!」

「はい、料理長!」

 ウィルと呼ばれたそばかすの少年も、食堂から去っていく。

 私は席に戻り、スープを口にしながらも、彼らが出ていったドアから目が離せなかった。
 すると、ルイスたちの小声が聞こえてくる。

「ソフィア様、アルヴィン様には見向きもしないのに~。おじさん好みなんですかね~」

「あんなに熱い視線を料理長へ……変わったご趣味ですわね」

「……うるさいと言っただろう」

 その会話を気にする余裕は、私にはなかった。
 なぜなら、料理長の全身を黒々とした霧が覆っていたからだ。

 朝食を済ませてすぐ、アルヴィン様に「村へ行くのを少し待ってほしい」と頼み、厨房へ向かう。

 途中、地の底へ続くような下り階段が目に入ったが。

『地下室には入るな。絶対にだ』

 アルヴィン様との約束を思い出し、慌てて通り過ぎた。
 その勢いのまま厨房へ飛び込み、私は叫んだ。

「料理長さん、お話を聞かせてください!」

「もうですか⁉︎」

 洗い物をしていた料理長は、ワタワタとエプロンで手を拭った。

「しょうがないですね……ウィル、洗い物を頼む」

 料理長はそう言うと、眉をひそめて私の方へ歩いてきた。

「それで、お嬢様……お話とは?」

「単刀直入に言います。料理長さんの体は、今すぐ治療が必要です」

「ええっ⁉︎」

 叫んだのは、流しの前にいるウィルだ。
 手が滑って鍋を落としたのか、ガシャン! と音が鳴る。

「お、おおお嬢様! ほ、本当ですか⁉︎」

「え、ええ」

「ああ、やっぱり……! だから『そんなに水をガブガブ飲んじゃ駄目だ』って言ったのに!」

「えっと、それは関係ないかも……?」

 動揺するウィルにつられて、私もたじろいでしまう。
 が、料理長は少し驚きを見せたものの、ムスッと唇を引き結んだ。

「お嬢様、勝手なことをおっしゃらないでください。ワタシは元気そのものです」

「本当に? 最近、眠れていないのでは?」

 自信たっぷりの料理長へ、私も負けじと言い返す。
 が、彼は胸を張ったまま。

「誰にでもそんな日はありますよ」

「今のあなたにとって、『そんな日』は毎日でしょう? それも、決まって腹痛のせいで」

 そう言うと、料理長はこぼれそうなほど目を見開いた。

「そ、それは、いや、それは」

(やっぱり……)
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