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1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで
65 まだ時間はある
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「おい、俺は子どもじゃないぞ」
「そうですか? でもお薬を嫌がってらしたでしょう?」
「それは、事情が……」
「事情があって子どもになってしまわれたんですか? じゃあ、私がアルヴィン様を守って差し上げます」
そう言うと、アルヴィン様は驚いたように私を見た。
私は彼の背中をなでながら、微笑みを返した。
彼の心を覆う鎧が、溶けていくようにと祈りながら。
「私は、アルヴィン様に嘘をつきません。騙したりもしません。だから安心してください」
そう言い終えた瞬間だった。
アルヴィン様は、私の手から逃げるように立ち上がった。
「アルヴィン様?」
「……俺は子どもじゃない」
「は、はい、承知しています。あの、からかったつもりではなく……」
怒らせたのかと思い、しどろもどろに答える。
するとアルヴィン様は、唐突に片膝をつき、私を見上げてきた。
「俺は子どもじゃない。シャーウッド辺境伯だ」
そう告げた彼の目は、騎士が君主を見上げる時のように誠実だった。
「俺には力がある。君に返せるものがある。君が俺を守るというなら、俺も君を守ろう。何があっても君を裏切らないと誓う」
「アルヴィン様……私、裏切りは怖くありません。ただ、信じてほしいんです」
怖いのは信じてもらえないこと。
私を信じてもらえず、アルヴィン様を救えないこと。
「アルヴィン様をお助けしたいという気持ちを、どうか疑わないでください」
「……わかった。では、君を信じる」
アルヴィン様は微笑み、私の手を取ってキスをした。
「えっ⁉︎」
「何だ? これでは足りないか?」
「い、いえ、充分すぎて恐れ多いです!」
「本当に? 次は髪にしてやってもいいぞ」
「けけけけっこうです!」
これ以上触られたら、心臓が破裂してしまう。
それに息が苦しくて、思うように空気が吸えない。
口をパクパクさせる私へ、アルヴィン様が笑いかけてくる。
「では、儀式はこれで終わりだ」
「ぎ、儀式?」
「互いに誓い合う時には、儀式をするものだろう。君は誠心誠意、私を助ける。私は何があっても君を守る。そういう誓いだ。それとも、そこまでの気持ちではなかったのか?」
アルヴィン様の笑顔が、フッと寂しげに曇る。
私は、頭が取れそうな勢いで首を横に振った。
「いいえ! 私はアルヴィン様を治しますし、アルヴィン様をお支えします。呪術を解くお手伝いもします」
「そうか……ありがとう、と言いたいところだが」
「な、何でしょう?」
「もし、呪術が解けたら? 呪術が解ければ、俺に後ろめたいことはなくなる。君を城へ留め置く必要もない。そうしたら婚約を解消し、実家へ戻るか?」
「私は……」
アルヴィン様のそばにいたい。
治療が終わったあとも。
呪術が解けたあとも。
でも、そんなことを言ったらアルヴィン様を困らせてしまう。
私は仮の婚約者なんだから。
「私は……私……」
同じことしか言えないでいると、ふいに頭をクシャクシャとなでられた。
アルヴィン様はいつの間にか立ち上がり、私のすぐそばに立っていた。
「アルヴィン様?」
「すぐに答えを出さなくていい。タタルクの回復の目処が立ったんだ。まだ時間はある。さっきも言っただろう。今後のことは改めて相談しよう、と」
アルヴィン様が身を屈めてくる。
氷の膜を壊すまいとするように、そっと私の髪をすくい上げ、優しく口付ける。
「えぇっ⁉︎ あ、あの、アルヴィン様! それはけっこうですと、さっき、あの」
焦ったせいか、まとまりのない言葉ばかり口から出てしまう。
それでも何とか話せていたのに、アルヴィン様の答えに私は動けなくなってしまった。
「俺がしたいから、したんだ」
彼はそう呟くと、私の髪を離し、踵を返して部屋を出た。
「改めて君の部屋を用意する。ノーラが来るまで、ここで待っていろ」
と、口早に言いながら。
残された私は、真っ赤に焼けた鉄の塊になってしまったかと思った。
熱くて溶けてしまいそうだ。
なのに、石みたいに固まって動けない。
グラグラとゆだる頭にやっと浮かんだのは、「どうして」だった。
(アルヴィン様、どうして。どうしてキスしてくださったの。それに、部屋を用意するだなんて。私との婚約は偽装なのに。どうして、そこまで?)
わからない。
本当に未来の辺境伯夫人としてあつかわれているみたいだ。
(そんなわけない。でも、でも……)
そこまで考えて、私はぎゅっと目を閉じた。
今は治療に集中しなくては。
しばらくは忙しくなるだろう。
薬を待っている人がたくさんいる。
考える暇もないかもしれない。
それでも大丈夫だ。
だってアルヴィン様が言っていた。
まだ、時間はあるのだと。
◆◆◆◆◆◆
第1章終了です。
お読みいただきありがとうございます。
お気に入り・しおり・いいね等もありがとうございます。
「少しでも楽しんでもらえたのかな」と安心できます。
あんな数字やこんな数字が増えるたび、スマホに向かってペコペコしております。
「そうですか? でもお薬を嫌がってらしたでしょう?」
「それは、事情が……」
「事情があって子どもになってしまわれたんですか? じゃあ、私がアルヴィン様を守って差し上げます」
そう言うと、アルヴィン様は驚いたように私を見た。
私は彼の背中をなでながら、微笑みを返した。
彼の心を覆う鎧が、溶けていくようにと祈りながら。
「私は、アルヴィン様に嘘をつきません。騙したりもしません。だから安心してください」
そう言い終えた瞬間だった。
アルヴィン様は、私の手から逃げるように立ち上がった。
「アルヴィン様?」
「……俺は子どもじゃない」
「は、はい、承知しています。あの、からかったつもりではなく……」
怒らせたのかと思い、しどろもどろに答える。
するとアルヴィン様は、唐突に片膝をつき、私を見上げてきた。
「俺は子どもじゃない。シャーウッド辺境伯だ」
そう告げた彼の目は、騎士が君主を見上げる時のように誠実だった。
「俺には力がある。君に返せるものがある。君が俺を守るというなら、俺も君を守ろう。何があっても君を裏切らないと誓う」
「アルヴィン様……私、裏切りは怖くありません。ただ、信じてほしいんです」
怖いのは信じてもらえないこと。
私を信じてもらえず、アルヴィン様を救えないこと。
「アルヴィン様をお助けしたいという気持ちを、どうか疑わないでください」
「……わかった。では、君を信じる」
アルヴィン様は微笑み、私の手を取ってキスをした。
「えっ⁉︎」
「何だ? これでは足りないか?」
「い、いえ、充分すぎて恐れ多いです!」
「本当に? 次は髪にしてやってもいいぞ」
「けけけけっこうです!」
これ以上触られたら、心臓が破裂してしまう。
それに息が苦しくて、思うように空気が吸えない。
口をパクパクさせる私へ、アルヴィン様が笑いかけてくる。
「では、儀式はこれで終わりだ」
「ぎ、儀式?」
「互いに誓い合う時には、儀式をするものだろう。君は誠心誠意、私を助ける。私は何があっても君を守る。そういう誓いだ。それとも、そこまでの気持ちではなかったのか?」
アルヴィン様の笑顔が、フッと寂しげに曇る。
私は、頭が取れそうな勢いで首を横に振った。
「いいえ! 私はアルヴィン様を治しますし、アルヴィン様をお支えします。呪術を解くお手伝いもします」
「そうか……ありがとう、と言いたいところだが」
「な、何でしょう?」
「もし、呪術が解けたら? 呪術が解ければ、俺に後ろめたいことはなくなる。君を城へ留め置く必要もない。そうしたら婚約を解消し、実家へ戻るか?」
「私は……」
アルヴィン様のそばにいたい。
治療が終わったあとも。
呪術が解けたあとも。
でも、そんなことを言ったらアルヴィン様を困らせてしまう。
私は仮の婚約者なんだから。
「私は……私……」
同じことしか言えないでいると、ふいに頭をクシャクシャとなでられた。
アルヴィン様はいつの間にか立ち上がり、私のすぐそばに立っていた。
「アルヴィン様?」
「すぐに答えを出さなくていい。タタルクの回復の目処が立ったんだ。まだ時間はある。さっきも言っただろう。今後のことは改めて相談しよう、と」
アルヴィン様が身を屈めてくる。
氷の膜を壊すまいとするように、そっと私の髪をすくい上げ、優しく口付ける。
「えぇっ⁉︎ あ、あの、アルヴィン様! それはけっこうですと、さっき、あの」
焦ったせいか、まとまりのない言葉ばかり口から出てしまう。
それでも何とか話せていたのに、アルヴィン様の答えに私は動けなくなってしまった。
「俺がしたいから、したんだ」
彼はそう呟くと、私の髪を離し、踵を返して部屋を出た。
「改めて君の部屋を用意する。ノーラが来るまで、ここで待っていろ」
と、口早に言いながら。
残された私は、真っ赤に焼けた鉄の塊になってしまったかと思った。
熱くて溶けてしまいそうだ。
なのに、石みたいに固まって動けない。
グラグラとゆだる頭にやっと浮かんだのは、「どうして」だった。
(アルヴィン様、どうして。どうしてキスしてくださったの。それに、部屋を用意するだなんて。私との婚約は偽装なのに。どうして、そこまで?)
わからない。
本当に未来の辺境伯夫人としてあつかわれているみたいだ。
(そんなわけない。でも、でも……)
そこまで考えて、私はぎゅっと目を閉じた。
今は治療に集中しなくては。
しばらくは忙しくなるだろう。
薬を待っている人がたくさんいる。
考える暇もないかもしれない。
それでも大丈夫だ。
だってアルヴィン様が言っていた。
まだ、時間はあるのだと。
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