婚約者に裏切られた「魔女」ですが、辺境伯閣下の「聖女」になりました

山河 枝

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2章 「聖女」が辺境伯を救うまで

86 悪化の原因

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 私が地下室へ入るなり、アルヴィン様が駆け寄ってくる。

「ソフィア!大丈夫か?」

「はい。今日は、大公閣下が早めにお帰りくださいましたから」

 私は疲れを見せないように、明るく微笑んでみせた。
 しかし心配事のせいで、思わず目を泳がせてしまった。

「どうした?ソフィア」

「あ、いえ……一つ、お伝えしなくてはならないことがあって」

「何だ? また抱きつかれたのか? それとも、まさか……キスされたんじゃないだろうな?」

 アルヴィン様は外への扉を睨みつけ、剣に手をかける。
 私は慌ててその手を制した。

「そ、そうではありません!実は、私がアルヴィン様の味方ではないかと、大公閣下に疑われてしまったのです」

 アルヴィン様が眉をひそめ、ゴクリと喉を鳴らした。

「それで?」

「……疑いを晴らすため、『地下室に入るなと言われた』と話しました。そうしたら大公閣下が、『兄上に調べてもらうか』とおっしゃって……」

 私はスカートをギュッと握りしめ、頭を下げた。

「申し訳ありません、アルヴィン様……!」

 叱責されるかと思ったけれど、アルヴィン様は軽い調子で「そんなことか」と呟いた。

「それなら問題ない。これまでにも国王陛下の遣いが来たが、地下室は見る必要なしと判断していた」

「そうなのですか?」

「陛下が恐れておられるのは、俺の謀反だからな。探すのはいつも、大勢の兵士や大量の武具。そんなもの、小さな地下室にあるわけがない。大公が『地下室を調べろ』と進言しても、あしらわれて終わりだ」

「そう、でしたか……では、今回も大丈夫かもしれませんね」

 胸をなで下ろしたところで、私たちを見ているタタルクさんに気付いた。

「す、すみません、タタルクさん。挨拶もなしに。アルヴィン様が心配で……」

「いえ、構いませんよ」

 タタルクさんは微笑んだ。
 何かを隠そうとするような、苦しげな笑顔だった。

 どうしたのだろう、と考えていると、アルヴィン様がタタルクさんに声をかける。

「ところで、タタルク。ソフィアが来たぞ。お前の考えを話してくれるんだろう?」

「話?」

 私はタタルクさんを見た。
 彼は両手で顔を覆い、大きくため息をついた。

「そうですね……約束ですから。閣下の呪術が強まった原因を、お話します」

「……!」

 私が目を見開くと、タタルクさんは重たげに顔を上げた。

「あくまでも、私の考えです。鵜呑みになさらないでください」

「わかっている。早く言え」

「……先日、『祝福を持つ者同士が信頼し合っていたら、互いに触れ合うことで力が高まる』と申しましたよね。そして、祝福と呪術はとても似ています」

 嫌な予感がする。
 私は両手を握り合わせ、続きを待った。

「アルヴィン様とソフィア様は、祝福の力を高めるため、共に行動なさったそうですが……もしかすると、呪術も強まってしまったのかもしれません」

「なんだと⁉︎ しかし……!」

 アルヴィン様が、焦ったように声を上げる。

「祝福の力も高まっている! 呪術を抑えられるのだろう⁉︎」

「それが……私が父に聞いたのは、『祝福を付与された者の呪術が弱まった』という話なのです」

「……つまり、アルヴィン様は新たな祝福を得ていないから、呪術も弱まらなかった……?」

 私の問いに、タタルクさんはまた顔を覆ってしまった。

「左様です……あくまでも、私の考えですが。ですが、もしその考えが真実なら、状況の悪化は私のせいです。申し訳ございません……!」

 タタルクさんの震える肩に、アルヴィン様がそっと手を置く。

「いや、お前は情報をくれただけだ。責任は、それを試すと決めた俺にある」

 アルヴィン様はそういうと、タタルクさんから手を離した。
 それから俯き、弱々しい声で言った。

「ソフィア。そういうことなら、俺たちは一旦距離を置くべきだな……これ以上呪術が強まれば、お前を襲うかもしれん」

「……はい」

 タタルクさんの話が真実とは限らない。
 しかし、今は慎重になるべきだ。

「私はしばらく、かまどの所か、自室におります。フィルド侯爵家に送る薬も作らなくてはなりませんし……」

「ああ、そうだったか……」

「では……失礼いたします」

 そう言ってお辞儀をした私に、アルヴィン様が手を伸ばしてくる。
 彼は自分の手にハッと気付くと、痛みをこらえるような表情で、拳を握りしめた。

 私は見なかったふりをして、地下室を出た。
 これ以上彼のそばにいたら、離れがたくなってしまうから。

 一歩ごとに、足が重くなる。
 何度顔を上げても、うなだれてしまう。

 背中を丸めたまま自室へ戻ると、ノーラが驚いたように私を見た。
 
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