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1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで
23 蘇る孤立の記憶
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「……わかりません」
私がわかるのは治療法だけ。
だから原因は予想するしかない。
「ひょっとすると、異物が体内に入ったのかも」
「何かを飲み込んだ、ということか? だとしたら相当小さいものだな」
「そうですね。何かが飛散している可能性はあります」
ローグ子爵領には、花粉を浴びるとくしゃみが止まらなくなる人がいた。
「砂粒より小さければ、風に乗って広がるでしょうし」
「それなら、あの辺りから飛んでくるのかもしれないな」
アルヴィン様は、北の方角を見やった。
南西から北東へと、山々が連なっている。
「たしか、あの一帯は大公領との境ですよね」
「境といっても、ほとんどが大公領だ。そういえば、一部の山をペント公爵に貸しているらしいぞ。何かあれば責任の所在が曖昧になるのに、まったく……」
「ペント、公爵?」
その名前を口にすると、様々な光景が頭をよぎっていく。
目を吊り上げるペント公爵夫人。
カールとエミリーナ様の嘲笑。
それらに続いて、私を「魔女」と罵倒したカールの声が、耳の底からよみがえる。
思い出したくないのに、次から次へと思い出す。
「エミリーナに謝りなさい」と怒鳴られたこと。
やってもいない暴力行為を非難されたこと。
貴婦人たちの悪意に怯んで言い返せなかった。
自分が情けなくて悔しかった──
「ソフィア、どうした?」
アルヴィン様の声で、自分がうなだれていたことに気付いた。
「……何でもありません」
答えた声は、自分でも驚くほどかすれていた。
胸がズキズキと痛くて、体に力が入らない。
「そうは見えないが」
「お気になさらず……早く、お城に戻りましょう……」
歩き出そうとしたものの、足が上がらず石につまずいてしまった。
「ソフィア!」
倒れそうになった私を、アルヴィン様が腕で支えてくれる。
その拍子に抑えていたものがこぼれた。
「何でも、ありません……っ」
涙を見られないよう、アルヴィン様から顔を背ける。
唇を噛んで、しゃくり上げるのをこらえた。
が、相手は至近距離にいるのだ。ばれないはずがない。
アルヴィン様は戸惑う様子を見せながらも、
「そんな顔をしていたら村人が心配する。ひとまず、足を挫いたことにしておけ」
と、私を抱きかかえた。
下ろしてほしい、とは言えなかった。
アルヴィン様の言う通り、泣いていたら村の人たちに心配をかけてしまう。
疲れて寝入ったふりをしながら、目蓋の裏へ涙を隠した。
馬へ横座りに乗せられた時、ようやく私は目を開けた。
「……アルヴィン様、申し訳ありません」
アルヴィン様の胸にもたれたまま、私は涙をぬぐった。
「何に謝っているんだ?」
「自分で歩けますのに、お手を煩わせました……」
「君一人くらい、どうということもない。負傷した兵を担いで山を下りたこともある」
「兵士を? 大変でしたね」
「ああ、重装歩兵を運ぶのはさすがに骨が折れた」
「えっ、重装?」
重厚な鎧兜で身を固めた兵士が、アルヴィン様に担がれている──奇妙な図が頭に浮かんで、涙が止まってしまった。
「えっと……そんなに重い兵士を運んで、お体は大丈夫でしたか?」
「まあ、平気だったとは言えないが」
何を思い出しているのか、アルヴィン様はちょっと笑って続けた。
「勤勉な奴だからな。失うのは惜しかった」
「真面目な臣下は信頼できますものね」
「ああ。どんな時も職務に集中してくれる人材は、貴重だ」
それを聞いて、私はハッとした。
(ということは、私もしっかり働いていたらアルヴィン様に信頼してもらえるかしら)
それならメソメソしていられない。
私はまっすぐ鞍に座り直し、口を開いた。
「アルヴィン様──いえ、閣下」
「ソフィア、だからその呼び方は……」
「ここに村人はいません。私は、閣下に要請されて動いている立場です。閣下は私の雇い主様。忠誠心を示すため、『閣下』とお呼びいたします」
「忠誠、心?」
私の背後で、アルヴィン様が呆然としたように呟く。
おかしなことを言ったかと心配になったが、問題ないはずだ。
アルヴィン様の臣下のように振る舞えば、私を信頼して薬を飲んでくれるかもしれない。
「さっそくですが、閣下。先程の村にて、作物は治療できておりません。家畜は診察さえできませんでした。ですから、後日再び訪問したく存じます」
「……」
「閣下?」
「あ、ああ、わかった。馬を出そう」
「恐れ入ります。その際、作物用の薬剤を持参したいのです。城へ帰ったあと、材料をご用意くださいませんか?」
「それは、ルイスに言ってくれ……あいつが許可すれば大丈夫だ」
「かしこまりました」
私はそこで言葉を切った。
姿勢を正し、前を見すえる。
少しして、アルヴィン様が深々とため息をつくのが聞こえた。
(なんだか落ち込んでいらっしゃるような……? いえ、きっと気のせいね)
私がわかるのは治療法だけ。
だから原因は予想するしかない。
「ひょっとすると、異物が体内に入ったのかも」
「何かを飲み込んだ、ということか? だとしたら相当小さいものだな」
「そうですね。何かが飛散している可能性はあります」
ローグ子爵領には、花粉を浴びるとくしゃみが止まらなくなる人がいた。
「砂粒より小さければ、風に乗って広がるでしょうし」
「それなら、あの辺りから飛んでくるのかもしれないな」
アルヴィン様は、北の方角を見やった。
南西から北東へと、山々が連なっている。
「たしか、あの一帯は大公領との境ですよね」
「境といっても、ほとんどが大公領だ。そういえば、一部の山をペント公爵に貸しているらしいぞ。何かあれば責任の所在が曖昧になるのに、まったく……」
「ペント、公爵?」
その名前を口にすると、様々な光景が頭をよぎっていく。
目を吊り上げるペント公爵夫人。
カールとエミリーナ様の嘲笑。
それらに続いて、私を「魔女」と罵倒したカールの声が、耳の底からよみがえる。
思い出したくないのに、次から次へと思い出す。
「エミリーナに謝りなさい」と怒鳴られたこと。
やってもいない暴力行為を非難されたこと。
貴婦人たちの悪意に怯んで言い返せなかった。
自分が情けなくて悔しかった──
「ソフィア、どうした?」
アルヴィン様の声で、自分がうなだれていたことに気付いた。
「……何でもありません」
答えた声は、自分でも驚くほどかすれていた。
胸がズキズキと痛くて、体に力が入らない。
「そうは見えないが」
「お気になさらず……早く、お城に戻りましょう……」
歩き出そうとしたものの、足が上がらず石につまずいてしまった。
「ソフィア!」
倒れそうになった私を、アルヴィン様が腕で支えてくれる。
その拍子に抑えていたものがこぼれた。
「何でも、ありません……っ」
涙を見られないよう、アルヴィン様から顔を背ける。
唇を噛んで、しゃくり上げるのをこらえた。
が、相手は至近距離にいるのだ。ばれないはずがない。
アルヴィン様は戸惑う様子を見せながらも、
「そんな顔をしていたら村人が心配する。ひとまず、足を挫いたことにしておけ」
と、私を抱きかかえた。
下ろしてほしい、とは言えなかった。
アルヴィン様の言う通り、泣いていたら村の人たちに心配をかけてしまう。
疲れて寝入ったふりをしながら、目蓋の裏へ涙を隠した。
馬へ横座りに乗せられた時、ようやく私は目を開けた。
「……アルヴィン様、申し訳ありません」
アルヴィン様の胸にもたれたまま、私は涙をぬぐった。
「何に謝っているんだ?」
「自分で歩けますのに、お手を煩わせました……」
「君一人くらい、どうということもない。負傷した兵を担いで山を下りたこともある」
「兵士を? 大変でしたね」
「ああ、重装歩兵を運ぶのはさすがに骨が折れた」
「えっ、重装?」
重厚な鎧兜で身を固めた兵士が、アルヴィン様に担がれている──奇妙な図が頭に浮かんで、涙が止まってしまった。
「えっと……そんなに重い兵士を運んで、お体は大丈夫でしたか?」
「まあ、平気だったとは言えないが」
何を思い出しているのか、アルヴィン様はちょっと笑って続けた。
「勤勉な奴だからな。失うのは惜しかった」
「真面目な臣下は信頼できますものね」
「ああ。どんな時も職務に集中してくれる人材は、貴重だ」
それを聞いて、私はハッとした。
(ということは、私もしっかり働いていたらアルヴィン様に信頼してもらえるかしら)
それならメソメソしていられない。
私はまっすぐ鞍に座り直し、口を開いた。
「アルヴィン様──いえ、閣下」
「ソフィア、だからその呼び方は……」
「ここに村人はいません。私は、閣下に要請されて動いている立場です。閣下は私の雇い主様。忠誠心を示すため、『閣下』とお呼びいたします」
「忠誠、心?」
私の背後で、アルヴィン様が呆然としたように呟く。
おかしなことを言ったかと心配になったが、問題ないはずだ。
アルヴィン様の臣下のように振る舞えば、私を信頼して薬を飲んでくれるかもしれない。
「さっそくですが、閣下。先程の村にて、作物は治療できておりません。家畜は診察さえできませんでした。ですから、後日再び訪問したく存じます」
「……」
「閣下?」
「あ、ああ、わかった。馬を出そう」
「恐れ入ります。その際、作物用の薬剤を持参したいのです。城へ帰ったあと、材料をご用意くださいませんか?」
「それは、ルイスに言ってくれ……あいつが許可すれば大丈夫だ」
「かしこまりました」
私はそこで言葉を切った。
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