婚約者に裏切られた「魔女」ですが、辺境伯閣下の「聖女」になりました

山河 枝

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1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで

5 カール、転落の始まり(2/2)(カール視点)

 パパは怖いけど……うまくいった。

 エミリーナとの逢瀬をソフィアに見つかった時は、パパに告げ口されたら面倒だな、と思っていた。
 でも、エミリーナの作戦でペント公爵夫人を味方につけられた。

 僕は微笑んで立ち上がり、「それより」とパパに声をかける。

「僕の新しい婚約者だけど。エミリーナはどう? ペント公爵との繋がりができるよ」

「……お前たちを支持する声が高まっているからな。そうするしかあるまい」

「だろ⁉︎」

「『ペント公爵家は夫人のせいで火の車、縁を結んでも益はない』と、せっかく大公閣下が教えてくださったものを……」

「ん? 何か言った?」

「いや、お前に言っても伝わるまい」

「? よくわからないけど決まりだね。僕の妻はエミリーナだ!」

 僕のことを「すごいのは親だけ」「カールの代で侯爵家は終わる」と笑っていた令息どもは、地団駄を踏むに違いない。

 浮き立つ僕を、パパはジッと睨んでいる。
 そして、死刑を宣告するかのように厳かに呟いた。

「ああ。ただし、あの娘は浪費家だ」

「そうだね! それが何?」

「放っておけば財産を食いつぶされる。私が生きているうちは金を出さん」

「ああ、そう……ん? ど、どういうこと?」

 聞き間違いだ。そう願いながらパパを見つめる。
 なのに、僕を映すパパの目は寒気がするほど冷ややかだ。
 
「あの娘に物を買ってやりたければ、お前の懐から出せ、ということだ」

「えっ! でも、それは」

「何だ? お前には毎月小遣いを渡しているだろう。農民が半年かかっても稼げない額だ」

「あ、あの……実はさ、パパ」

「その呼び方もやめろ」

「う……父上。あのさ、聞いてよ……」

「聞いてよ、ではない。話す時は『です』『ます』をつけろ。わかったな?」

「えっ……う、うん、わかった」

「『わかった』?」

「わかりましたぁ!」

 パパにジロリとめつけられて、引きつりそうなほど背筋を伸ばす。
 パパは眉間に皺を寄せたまま、無言で僕の部屋を出ていった。

 しばらく立ち尽くしていた僕は、その場にへたり込んだ。
 焦りが、ジリジリと背中を這い上がってくる。

(やばい……滅茶苦茶やばい! どうしよう……!)

 ソフィアに逢瀬を見られたあの日、僕はエミリーナにこう言った。

『婚約者が君なら、ドレスも髪飾りも、化粧品だって買ってあげるのにな。

 そしてエミリーナはこう答えた。

『嬉しいわ、約束よ。もし破ったら伯母様に──ペント公爵夫人に言いつけてやるから』

 エミリーナと婚約すれば、贈り物を催促してくるだろう。
 彼女に貢ぎ続けて、懐は空っぽだというのに。

(僕の婚約者のためなら、家の金を使わせてくれると思ったのに……畜生!)

 床に拳を叩きつける。が、何の意味もない。

 このままでは、エミリーナが「カールに騙された」とペント公爵夫人に言いつけてしまう。
 エミリーナを仔猫のように可愛がっている夫人を、怒らせてしまう。

 ペント公爵は国王の従兄弟。
 公爵の発言が王命に影響することもある。

 もし、ペント公爵家が僕を許さなかったら。
 王宮からフィルド侯爵家に、領地返納の罰が下されたら……

(今、うちの領地は弱ってる。貢ぎ物を納めて許しを乞うことはできない!)
 
 その上、エミリーナも失ってしまう。
 エミリーナ争奪戦に負けた令息どもを馬鹿にしていたのに、立場が逆転する。

(僕が恥をかいたら、エミリーナのせいだ。『私たちの逢瀬が噂になったら外聞がよくない』なんて……『その前にソフィアを社交界から追放しよう』なんて言うから!)

 エミリーナを手に入れたと思っていたのに、そのエミリーナに振り回されている。

 床に置いた拳がブルブルと震える。
 奈落へ吸い込まれるような絶望感が全身を包む。

 どうにもできない。
 それでもどうにかしないと。
 黒い決意を胸に、パパの出ていった扉を睨みつける。

(どうせ……パパもママも最後には僕を許してくれるんだ。『新しい本を買う』とでも言って、お金を出してもらおう。とにかく今はエミリーナの機嫌を取らないと……!)

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