6 / 113
1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで
5 カール、転落の始まり(2/2)(カール視点)
パパは怖いけど……うまくいった。
エミリーナとの逢瀬をソフィアに見つかった時は、パパに告げ口されたら面倒だな、と思っていた。
でも、エミリーナの作戦でペント公爵夫人を味方につけられた。
僕は微笑んで立ち上がり、「それより」とパパに声をかける。
「僕の新しい婚約者だけど。エミリーナはどう? ペント公爵との繋がりができるよ」
「……お前たちを支持する声が高まっているからな。そうするしかあるまい」
「だろ⁉︎」
「『ペント公爵家は夫人のせいで火の車、縁を結んでも益はない』と、せっかく大公閣下が教えてくださったものを……」
「ん? 何か言った?」
「いや、お前に言っても伝わるまい」
「? よくわからないけど決まりだね。僕の妻はエミリーナだ!」
僕のことを「すごいのは親だけ」「カールの代で侯爵家は終わる」と笑っていた令息どもは、地団駄を踏むに違いない。
浮き立つ僕を、パパはジッと睨んでいる。
そして、死刑を宣告するかのように厳かに呟いた。
「ああ。ただし、あの娘は浪費家だ」
「そうだね! それが何?」
「放っておけば財産を食いつぶされる。私が生きているうちは金を出さん」
「ああ、そう……ん? ど、どういうこと?」
聞き間違いだ。そう願いながらパパを見つめる。
なのに、僕を映すパパの目は寒気がするほど冷ややかだ。
「あの娘に物を買ってやりたければ、お前の懐から出せ、ということだ」
「えっ! でも、それは」
「何だ? お前には毎月小遣いを渡しているだろう。農民が半年かかっても稼げない額だ」
「あ、あの……実はさ、パパ」
「その呼び方もやめろ」
「う……父上。あのさ、聞いてよ……」
「聞いてよ、ではない。話す時は『です』『ます』をつけろ。わかったな?」
「えっ……う、うん、わかった」
「『わかった』?」
「わかりましたぁ!」
パパにジロリと睨めつけられて、引きつりそうなほど背筋を伸ばす。
パパは眉間に皺を寄せたまま、無言で僕の部屋を出ていった。
しばらく立ち尽くしていた僕は、その場にへたり込んだ。
焦りが、ジリジリと背中を這い上がってくる。
(やばい……滅茶苦茶やばい! どうしよう……!)
ソフィアに逢瀬を見られたあの日、僕はエミリーナにこう言った。
『婚約者が君なら、ドレスも髪飾りも、化粧品だって買ってあげるのにな。好きなだけ』
そしてエミリーナはこう答えた。
『嬉しいわ、約束よ。もし破ったら伯母様に──ペント公爵夫人に言いつけてやるから』
エミリーナと婚約すれば、贈り物を催促してくるだろう。
彼女に貢ぎ続けて、懐は空っぽだというのに。
(僕の婚約者のためなら、家の金を使わせてくれると思ったのに……畜生!)
床に拳を叩きつける。が、何の意味もない。
このままでは、エミリーナが「カールに騙された」とペント公爵夫人に言いつけてしまう。
エミリーナを仔猫のように可愛がっている夫人を、怒らせてしまう。
ペント公爵は国王の従兄弟。
公爵の発言が王命に影響することもある。
もし、ペント公爵家が僕を許さなかったら。
王宮からフィルド侯爵家に、領地返納の罰が下されたら……
(今、うちの領地は弱ってる。貢ぎ物を納めて許しを乞うことはできない!)
その上、エミリーナも失ってしまう。
エミリーナ争奪戦に負けた令息どもを馬鹿にしていたのに、立場が逆転する。
(僕が恥をかいたら、エミリーナのせいだ。『私たちの逢瀬が噂になったら外聞がよくない』なんて……『その前にソフィアを社交界から追放しよう』なんて言うから!)
エミリーナを手に入れたと思っていたのに、そのエミリーナに振り回されている。
床に置いた拳がブルブルと震える。
奈落へ吸い込まれるような絶望感が全身を包む。
どうにもできない。
それでもどうにかしないと。
黒い決意を胸に、パパの出ていった扉を睨みつける。
(どうせ……パパもママも最後には僕を許してくれるんだ。『新しい本を買う』とでも言って、お金を出してもらおう。とにかく今はエミリーナの機嫌を取らないと……!)
エミリーナとの逢瀬をソフィアに見つかった時は、パパに告げ口されたら面倒だな、と思っていた。
でも、エミリーナの作戦でペント公爵夫人を味方につけられた。
僕は微笑んで立ち上がり、「それより」とパパに声をかける。
「僕の新しい婚約者だけど。エミリーナはどう? ペント公爵との繋がりができるよ」
「……お前たちを支持する声が高まっているからな。そうするしかあるまい」
「だろ⁉︎」
「『ペント公爵家は夫人のせいで火の車、縁を結んでも益はない』と、せっかく大公閣下が教えてくださったものを……」
「ん? 何か言った?」
「いや、お前に言っても伝わるまい」
「? よくわからないけど決まりだね。僕の妻はエミリーナだ!」
僕のことを「すごいのは親だけ」「カールの代で侯爵家は終わる」と笑っていた令息どもは、地団駄を踏むに違いない。
浮き立つ僕を、パパはジッと睨んでいる。
そして、死刑を宣告するかのように厳かに呟いた。
「ああ。ただし、あの娘は浪費家だ」
「そうだね! それが何?」
「放っておけば財産を食いつぶされる。私が生きているうちは金を出さん」
「ああ、そう……ん? ど、どういうこと?」
聞き間違いだ。そう願いながらパパを見つめる。
なのに、僕を映すパパの目は寒気がするほど冷ややかだ。
「あの娘に物を買ってやりたければ、お前の懐から出せ、ということだ」
「えっ! でも、それは」
「何だ? お前には毎月小遣いを渡しているだろう。農民が半年かかっても稼げない額だ」
「あ、あの……実はさ、パパ」
「その呼び方もやめろ」
「う……父上。あのさ、聞いてよ……」
「聞いてよ、ではない。話す時は『です』『ます』をつけろ。わかったな?」
「えっ……う、うん、わかった」
「『わかった』?」
「わかりましたぁ!」
パパにジロリと睨めつけられて、引きつりそうなほど背筋を伸ばす。
パパは眉間に皺を寄せたまま、無言で僕の部屋を出ていった。
しばらく立ち尽くしていた僕は、その場にへたり込んだ。
焦りが、ジリジリと背中を這い上がってくる。
(やばい……滅茶苦茶やばい! どうしよう……!)
ソフィアに逢瀬を見られたあの日、僕はエミリーナにこう言った。
『婚約者が君なら、ドレスも髪飾りも、化粧品だって買ってあげるのにな。好きなだけ』
そしてエミリーナはこう答えた。
『嬉しいわ、約束よ。もし破ったら伯母様に──ペント公爵夫人に言いつけてやるから』
エミリーナと婚約すれば、贈り物を催促してくるだろう。
彼女に貢ぎ続けて、懐は空っぽだというのに。
(僕の婚約者のためなら、家の金を使わせてくれると思ったのに……畜生!)
床に拳を叩きつける。が、何の意味もない。
このままでは、エミリーナが「カールに騙された」とペント公爵夫人に言いつけてしまう。
エミリーナを仔猫のように可愛がっている夫人を、怒らせてしまう。
ペント公爵は国王の従兄弟。
公爵の発言が王命に影響することもある。
もし、ペント公爵家が僕を許さなかったら。
王宮からフィルド侯爵家に、領地返納の罰が下されたら……
(今、うちの領地は弱ってる。貢ぎ物を納めて許しを乞うことはできない!)
その上、エミリーナも失ってしまう。
エミリーナ争奪戦に負けた令息どもを馬鹿にしていたのに、立場が逆転する。
(僕が恥をかいたら、エミリーナのせいだ。『私たちの逢瀬が噂になったら外聞がよくない』なんて……『その前にソフィアを社交界から追放しよう』なんて言うから!)
エミリーナを手に入れたと思っていたのに、そのエミリーナに振り回されている。
床に置いた拳がブルブルと震える。
奈落へ吸い込まれるような絶望感が全身を包む。
どうにもできない。
それでもどうにかしないと。
黒い決意を胸に、パパの出ていった扉を睨みつける。
(どうせ……パパもママも最後には僕を許してくれるんだ。『新しい本を買う』とでも言って、お金を出してもらおう。とにかく今はエミリーナの機嫌を取らないと……!)
あなたにおすすめの小説
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。
けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。
それでも旦那様は優しかった。
冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。
だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。
そんなある日、彼女は知ってしまう。
旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。
彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。
都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る
静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。
すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。
感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく
「離縁状の印が乾く前に、王太子殿下から花束が届きました」〜五年間「置物」と呼ばれた侯爵夫人、夫が青ざめるのは王家との縁が切れてからでした〜
まさき
恋愛
侯爵夫人として過ごした五年間、夫に名前を呼ばれたことが一度もなかった。
愛人を夜会に連れてきた翌朝、私は離縁状を置いて屋敷を出た。
夫は「すぐ戻る」と思っていたらしい。
でも届いたのは、王太子殿下からの白薔薇だった。
「五年、待ちすぎました。今度こそ私の隣に」
幼馴染の殿下は、いつも私を「アメリア」と呼んでくれた。
ただそれだけで、五年分の何かが、ほどけていった。
夫が全てを失うのはこれからの話。
私が本当の笑顔を取り戻すのも、これからの話。
夫は私を愛していないそうなので、遠慮なく離婚します。今さら引き止められても遅いです
藤原遊
恋愛
王妃付き護衛騎士である夫に、「お前を愛したことはない」と告げられた。
理由は単純。
愛などなくても、仕事に支障はないからだという。
──そうですか。
それなら、こちらも遠慮する必要はありませんね。
王妃の機嫌、侍女たちとの関係、贈り物の選定。
夫が「当然のように」こなしていたそれらは、すべて私が整えていたもの。
離婚後、少しずつ歯車は狂い始める。
気づいたときにはもう遅い。
積み上げてきた信用は、静かに崩れていく。
一方で私は、王妃のもとへ。
今さら引き止められても、遅いのです。
【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。
夏灯みかん
恋愛
王都の商工会議所で働く、地味な帳簿係エミリー。
真面目に記録をつけることだけが取り柄の彼女は、同僚から軽く扱われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。
そんなある日――エミリーは、孤児院への配給物資の記録に、わずかな“ズレ”があることに気づく。
数量は合っている。
だが、なぜか中身の重量だけが減っている。
違和感を覚えたエミリーは、自ら倉庫へ足を運び、現物を確認する。
そこで見つけたのは、帳簿では見えない“静かな不正”だった。
しかしその矢先――不正の責任を押しつけられ、職場から追い出されそうになってしまう。
それでもエミリーは諦めない。ただ一つ、自分が積み上げてきた“記録”を信じて。
「では、正式な監査をお願いいたします」
やがてその記録は、王宮の政務監査官リオンの目に留まり――
隠されていた不正はすべて暴かれる。
そして、彼女を軽んじていた者たちは、その代償を支払うことになる。
これは、地味で目立たなかった一人の帳簿係が、
“正しく記録した”ことで不正を暴き、王宮に見出されるまでの物語。
「黙れ」と一度も言わなかった令嬢が、正論だけで公爵家を詰ませた件
歩人
ファンタジー
伯爵令嬢リーゼロッテは法学を修めた才媛だが、婚約者の第一王子レオンハルトに
「お前は退屈だ」と婚約を破棄される。彼女は一言も反論せず深く礼をした。
しかしその裏で、王子が横領した予算や成果の偽装を全て法廷記録から文書化していた。
謁見の間での公開弁論。声を荒げず、淡々と事実と法を並べていくリーゼロッテに、
王子は「黙れ」と叫ぶしかない。
「それが殿下の唯一の反論ですか?」——正論だけで公爵家を詰ませた令嬢の物語。
「退屈な女だ」と婚約破棄されたので去りましたが、翌日から国政が止まったそうです。え、私はもう存じませんけど?
にたまご
恋愛
公爵令嬢クラーラは、ユリウス王太子殿下に婚約を破棄された。
「退屈な女だ」「何の取り柄もない」と。
否定はしない。
けれど殿下が知らないだけで、通商条約も予算案も外交書簡も、この国の政務の大半を六年間匿名で回していたのは──この「退屈な女」だ。
婚約破棄の翌朝、宰相補佐官のレオンが焼き菓子と四十二件の緊急報告を携えて公爵邸を訪れる。
「貴女がいなくなった王宮は、控えめに申し上げて、地獄です」
──存じません。私はもう、ただの無職ですので。