「君とは契りを結ばない」と言った夫は、悲しい秘密を持っていた

山河 枝

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9 オスカーの探しもの

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 オスカーが私を呼んでいる。何の用だろう。
 不思議に思いながら、身支度を整えてオスカーの仕事部屋へ向かった。

 期待はしぼんでいなかったけれど、同じくらい不安もあった。老執事のジェイクが私を迎えに来た時、ナンシーが、

『奥様をあのお部屋にお連れするんですか?』

 と、少し眉をひそめていたからだ。
 仕事部屋に着くと、ジェイクがドアを開けてくれる。

「オスカー、失礼しま……」

 と、中へ足を踏み入れた私は、思わず口をつぐんでしまった。ナンシーが渋っていた理由はこれか、と合点がいった。

 その部屋の壁には、馬蹄がずらりと一列に並んでいた。
 窓辺には数珠つなぎの唐辛子とレモン。部屋の隅には、小皿に盛られた塩。
 花瓶にはローズマリーの草束──今は夏だから、花はないのに。

 とはいえ、少し変わっている、という程度の部屋だ。
 魔除けの効果を期待しているなら、ずいぶん用心深いのだな、とは思うけれど。

 ただそれだけ、なのだが……もしオスカーに呼ばれていなければ、私はすぐに廊下へ出たと思う。隅から隅まで、断固として他人を拒む空気が漂っていたからだ。
 その空気が、「面白いお部屋ですね」という感想を、お腹の中へ押し戻した。
 
 入り口で立ち尽くす私へ、オスカーは、書類に目を落としたまま声をかけてきた。

「アリス、早く中へ入ってくれ。ドアが閉められない」
「は、はい」

 オスカーにうながされて、仕事机に着く彼のもとへ急ぐ。ジェイクは「質屋へ行ってまいります」と言い置いて、ドアを閉めてしまった。

 これでもう、オスカーと2人きりだ。

 私は、仕事机のすぐ傍に立った。なのに、オスカーは机上の書類を見つめたまま。
 私はため息をのみ込んで、オスカーの白い頭を見ながら、話を切り出した。

「オスカー。私に用事があると聞きましたけれど……」
「ああ、そうなんだ。君に聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「朝、寝室に首飾りが落ちていなかったか?」
「首飾り?」

 オスカーの言葉をくり返しながら、私の中ではもう、彼への期待は小さくなっていた。
 彼はまだ一度も、私と目を合わせていない。
 
 落ち込んだけれど、それをオスカーに悟られたら「面倒な女だ」と思われる気がして、お腹に力を込め、声を張った。

「首飾りは見ていません」
「本当に?」

 オスカーは怪訝けげんそうに顔を上げた。青い瞳が、ようやく私をとらえる。
 すると、彼の目が大きく開いて、続いて口も半開きになった。

 放心したように、オスカーはこっちを見つめている。
 私は居たたまれない気持ちで、自分の姿を見下ろした。

 フリルとレースをふんだんに使った、空色のワンピース。胸元に垂れたゆるめの三つ編み。
 乙女の夢を詰め込んだような、可愛らしい装いだ。

(やっぱり、私には似合わなかったかな)

 ナンシーは「そんなことありません」と拳を振り回していたけれど、オスカーはそう思っていないらしい。
 が、とにかくこのままではらちがあかない。

「オスカー? 大丈夫ですか?」

 目の前で手を振ってみせると、オスカーは我に返ったように瞬いた。
 それから、やけに大げさに咳払いをして、また私から顔を背けてしまった。

「ほ、本当に知らないのか? 黒っぽい宝石のついた、大ぶりの首飾りなんだが」
「ええ、なかったと思うんですが……大切なものなんですか?」
 
 何気なく問いを口にしたことを、すぐに後悔した。
 みるみるうちに、オスカーの顔へ切ない表情が浮かんでいく。

「ああ、大切な人にもらったんだ」
 
 大切な人──考えるまでもない。彼の想い人だ。
 きゅっと歯を食いしばってから、
 
「そうですか、早く見つかるといいですね」

 と、笑顔をつくった。
 そして、くるりときびすを返した。笑顔が崩れてしまう前に、この部屋を出たかった。けれど。

「あっ」

 というオスカーの声で、すぐにまた彼を振り返る。
 直後、私のふくらはぎを、ふわりと書類がかすめた。ドアの方を向いた時、服のフリルが当たって机から落としてしまったらしい。

「ごめんなさい!」

 急いで書類を拾い上げた私は、その場で硬直した。

「どうした? 早く返してほしいんだが」

 オスカーが困ったように言ったけれど、書類から目が離せなかった。書かれている内容が、明らかにおかしいのだ。
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