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2章 破れた日記
1月16日 雨
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今日も外に出られなかった。ここ数日、ずっと雨が続いてるせいで、ちょっとした買い物にも行けない。
出ようと思えば出られるんだけどね。厚手のショールを頭にかぶって、思いっ切り走って行けば、ほとんど濡れずに済むから。
手先はどうしようもない不器用だけど、かけっこでは一番になったこともあるのよ! 8歳の時だったかな?
なのに昨日も今日も、私が外に出ようとすると、ウィルブローズ様が玄関に立ちふさがって止めるのよね。
「危ないですから、雨の日は外を歩かないでください!」って。
「でも買い物に行きたいんですけど」って返したら、マリさんを呼びつけるのよ。で、辻馬車を呼んでこさせようとするの。その上、「ニニの買い物に付き添いなさい」とか言いつけちゃうし。
マリさん、掃除を中断して、雨の中へ飛び出そうとしてくれたわ。申し訳なくて、「やっぱり家にいます」って言うしかなかった。
この間、私がぬかるみで転んで泥だらけになったからだろうな。雨上がりに鬼ごっこしたら、当たり前に起きることなのに。ウィルブローズ様、ちょっと過保護よね。
あーあ、体がなまりそう。というか太りそう。
ミュトスは時々ムカつくけど、ごはんはすっごくおいしいんだもの。今日も朝から豪勢だったわ。
香ばしい焼きたてパンに、コトコト煮詰めたベリーのジャムをたっぷり。クリームスープに浸かった丸ごとの玉ねぎは、とろとろで優しい甘さ。
ガラスのボウルには、かぶとハムのマリネが盛ってあったっけ。
紅茶も3杯おかわりした。最後の1杯には、ハチミツとミルクを贅沢に足してみた。
……書き出してみると結構食べてるわね。早く雨がやまないかな。家の中で走り回るわけにもいかないし。仕事らしい仕事もないし。
やる気はあるのになあ。私は妻なんだから気を配らないと! って、最初は意気込んでたのに、ぜーんぶ空回り。
まず、ウィルブローズ様の生活習慣を把握してないから、家をどう整えればいいのかわからない。ラウルさんがパパッと采配するのを見てるだけ。
「私にできることはありませんか」「してほしいことはありませんか」って、ウィルブローズ様にも聞いてみたけど、「ニニがこの家にいてくれれば、僕はそれでいいんです」。
優しい言葉に聞こえるけど、それってつまり、置物と同じじゃない。
それなら自分で考えて動こう! と思って、この前、裏口に積んであった洗濯物を干そうとしたけど、シーツとか上着とか、ぽろぽろ落としちゃった。
マリさんが横にピッタリくっついてて助かったわ。全部余さず捕まえてくれた。
危なかったなあ。地面に落として、泥まみれにするところだった。
とにかくそんな調子だから、花壇の草抜きすら怖くてできないんだよね。
庭にまで陶器のオーナメントがあるんだもの。目が飛び出そうなほど、繊細な作りのやつが。
値段は怖くて聞けない。本当に目玉が飛び出るかもしれないし。
仕方ないから、今日も部屋で本を読んでた。最近ハマってた冒険小説が完結しちゃって、今は推理ものに手を出したところ。
ウィルブローズ様とも一緒に過ごしたいんだけどな。3日くらい前から、ずっと部屋にこもってる。何をしてるんだろう。
夕食の時、眠そうな目をしぱしぱさせてたから、徹夜でお仕事の書類でも書いてるのかも。
一昨日は、お客さんが来て話しこんでたけど。
そういえば、初めてなんじゃないかしら。この家にお客さんが来るの。
40歳くらいの男の人。ぱりっとした服を着て、メガネをかけてて、いかにも上流社会の知識人って感じ。
たしか、大きめの封筒を脇に抱えてたっけ。
……待てよ。
ウィルブローズ様……また、変なこと企んでないでしょうね。
この間なんて、「健康にいいんです!」とか熱弁を振るいながら、謎の液体を飲ませようとしてきたし。黒というか紫というか、濁った色のドロドロしたやつ。
「飲んでください! 少しだけでも!」って必死に迫ってきたから仕方なく舐めてみたけど、正直、進んで飲みたいものじゃない。体はちょっと軽くなったから、毒ではない……と思う。
でも、薬っぽいというかなんというか。病院とか教会とかで出されそうな感じ。
ああいうお堅い場所、クモの次に苦手なのよね。特に教会。
「悪いことをすると、悪魔にむしゃむしゃ食べられるぞ」「暗くなる前に帰らないと、悪魔に取り憑かれて操られるぞ」なんて脅してくるし。子どもの頃、神父様に散々やられて悪夢を見たわ。
えーっと、なんだっけ。そうそう、謎の液体だ。
あの液体だけならまだしも、もっとすごいのを作ってたらどうしよう。
まさか、最近部屋にこもってるのは……うう、段々不安になってきた。
ウィルブローズ様が何をしてるのか、明日、こっそり調べてみようかな。たしか「明日は休み」って言ってたよね。
あ、そうだ。今日あった嬉しいこと。花壇のつぼみが咲いたこと!
クロップさんが言った通り、本当に色とりどりの花が一面に広がってた。明日からしばらく、綺麗な花が見られるわね。晴れたらきっと、もっと素敵なんだろうな。
それにしても……今日もだらだらした日記になっちゃった。これでもかなり短くなった方だけど。
日記帳をもらって間もない頃は、書き方がよくわからなかったのよね。起きてから夕食までにあった出来事を、ひとつ残らず記録してた。
10ページにおよぶ大作に、ひと晩かけたこともあったっけ。
ペンドラ先生は「自分にとって大切だと思うことや、心に響いた出来事を書けばいいんだよ」って言ってたけど、今日みたいな日は何を書けばいいんだか。
出ようと思えば出られるんだけどね。厚手のショールを頭にかぶって、思いっ切り走って行けば、ほとんど濡れずに済むから。
手先はどうしようもない不器用だけど、かけっこでは一番になったこともあるのよ! 8歳の時だったかな?
なのに昨日も今日も、私が外に出ようとすると、ウィルブローズ様が玄関に立ちふさがって止めるのよね。
「危ないですから、雨の日は外を歩かないでください!」って。
「でも買い物に行きたいんですけど」って返したら、マリさんを呼びつけるのよ。で、辻馬車を呼んでこさせようとするの。その上、「ニニの買い物に付き添いなさい」とか言いつけちゃうし。
マリさん、掃除を中断して、雨の中へ飛び出そうとしてくれたわ。申し訳なくて、「やっぱり家にいます」って言うしかなかった。
この間、私がぬかるみで転んで泥だらけになったからだろうな。雨上がりに鬼ごっこしたら、当たり前に起きることなのに。ウィルブローズ様、ちょっと過保護よね。
あーあ、体がなまりそう。というか太りそう。
ミュトスは時々ムカつくけど、ごはんはすっごくおいしいんだもの。今日も朝から豪勢だったわ。
香ばしい焼きたてパンに、コトコト煮詰めたベリーのジャムをたっぷり。クリームスープに浸かった丸ごとの玉ねぎは、とろとろで優しい甘さ。
ガラスのボウルには、かぶとハムのマリネが盛ってあったっけ。
紅茶も3杯おかわりした。最後の1杯には、ハチミツとミルクを贅沢に足してみた。
……書き出してみると結構食べてるわね。早く雨がやまないかな。家の中で走り回るわけにもいかないし。仕事らしい仕事もないし。
やる気はあるのになあ。私は妻なんだから気を配らないと! って、最初は意気込んでたのに、ぜーんぶ空回り。
まず、ウィルブローズ様の生活習慣を把握してないから、家をどう整えればいいのかわからない。ラウルさんがパパッと采配するのを見てるだけ。
「私にできることはありませんか」「してほしいことはありませんか」って、ウィルブローズ様にも聞いてみたけど、「ニニがこの家にいてくれれば、僕はそれでいいんです」。
優しい言葉に聞こえるけど、それってつまり、置物と同じじゃない。
それなら自分で考えて動こう! と思って、この前、裏口に積んであった洗濯物を干そうとしたけど、シーツとか上着とか、ぽろぽろ落としちゃった。
マリさんが横にピッタリくっついてて助かったわ。全部余さず捕まえてくれた。
危なかったなあ。地面に落として、泥まみれにするところだった。
とにかくそんな調子だから、花壇の草抜きすら怖くてできないんだよね。
庭にまで陶器のオーナメントがあるんだもの。目が飛び出そうなほど、繊細な作りのやつが。
値段は怖くて聞けない。本当に目玉が飛び出るかもしれないし。
仕方ないから、今日も部屋で本を読んでた。最近ハマってた冒険小説が完結しちゃって、今は推理ものに手を出したところ。
ウィルブローズ様とも一緒に過ごしたいんだけどな。3日くらい前から、ずっと部屋にこもってる。何をしてるんだろう。
夕食の時、眠そうな目をしぱしぱさせてたから、徹夜でお仕事の書類でも書いてるのかも。
一昨日は、お客さんが来て話しこんでたけど。
そういえば、初めてなんじゃないかしら。この家にお客さんが来るの。
40歳くらいの男の人。ぱりっとした服を着て、メガネをかけてて、いかにも上流社会の知識人って感じ。
たしか、大きめの封筒を脇に抱えてたっけ。
……待てよ。
ウィルブローズ様……また、変なこと企んでないでしょうね。
この間なんて、「健康にいいんです!」とか熱弁を振るいながら、謎の液体を飲ませようとしてきたし。黒というか紫というか、濁った色のドロドロしたやつ。
「飲んでください! 少しだけでも!」って必死に迫ってきたから仕方なく舐めてみたけど、正直、進んで飲みたいものじゃない。体はちょっと軽くなったから、毒ではない……と思う。
でも、薬っぽいというかなんというか。病院とか教会とかで出されそうな感じ。
ああいうお堅い場所、クモの次に苦手なのよね。特に教会。
「悪いことをすると、悪魔にむしゃむしゃ食べられるぞ」「暗くなる前に帰らないと、悪魔に取り憑かれて操られるぞ」なんて脅してくるし。子どもの頃、神父様に散々やられて悪夢を見たわ。
えーっと、なんだっけ。そうそう、謎の液体だ。
あの液体だけならまだしも、もっとすごいのを作ってたらどうしよう。
まさか、最近部屋にこもってるのは……うう、段々不安になってきた。
ウィルブローズ様が何をしてるのか、明日、こっそり調べてみようかな。たしか「明日は休み」って言ってたよね。
あ、そうだ。今日あった嬉しいこと。花壇のつぼみが咲いたこと!
クロップさんが言った通り、本当に色とりどりの花が一面に広がってた。明日からしばらく、綺麗な花が見られるわね。晴れたらきっと、もっと素敵なんだろうな。
それにしても……今日もだらだらした日記になっちゃった。これでもかなり短くなった方だけど。
日記帳をもらって間もない頃は、書き方がよくわからなかったのよね。起きてから夕食までにあった出来事を、ひとつ残らず記録してた。
10ページにおよぶ大作に、ひと晩かけたこともあったっけ。
ペンドラ先生は「自分にとって大切だと思うことや、心に響いた出来事を書けばいいんだよ」って言ってたけど、今日みたいな日は何を書けばいいんだか。
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