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第1話 転校生
この世界は、α(アルファ)とβ(ベータ)とΩ(オメガ)で出来てる。
生まれながらにエリート街道が約束されたαや、人口の大多数を占める日本人の大好きな『普通』のβにはさして意識するほどのことでもないだろうけど、俺たちΩにとっては、この世界はけして優しくはなかった。
今日も寝坊した。二学期の初め、転校初日だったけど、ワクワクもドキドキも、期待に胸を膨らませる事もない。何故なら、高校三年生にして、もう七度目の転校だったから。
βの両親から生まれてしまったΩの一人息子の行く末を心配して、若かった父さんと母さんは、一つの罪を犯した。
小学校に入る時に義務付けられている血液検査前に、念の為αの親族の病院で俺の血液検査をし、正式な検査日に俺の血液と父さんの血液をすり替えるという罪を。
従って俺は戸籍上、β籍になっている。
後は、一度吐(つ)いてしまった嘘がバレないよう、嘘を上塗りするばかりだった。
俺がΩとバレそうになる度に転校を繰り返し、北海道の片田舎で生まれた筈の俺は、流れ流れていつの間にか、東京の一大エスカレーター式私立校、小鳥遊(たかなし)学園に通う事になっていた。
田舎は娯楽が少ないから、人は口さがない噂話に尾ひれをつける。
その点、東京は個人主義で他人にあまり興味がないだろうから、という父さんの提案だった。
転校に慣れてしまっていた俺は、次の行き先が何処だろうと、もうどうでも良かった。
そんな、転校初日。
もうとっくに一時限目が始まってる頃、俺は急ぎもせずにのんびりと、スラックスのポケットに両手を突っ込んで、通学路を歩いてた。
初めてのブレザー。深くて上品なワインレッドのジャケットに、グレーのスラックス。三年生は、ブラックとホワイトの斜めストライプのネクタイ。
東京は田舎もんの集まりだから、気後れしないで胸張って行けって、昨日の夕食の時に父さんが言ってたけど、でも訛りとかはやっぱ気になるだろうなあ。
『なまら』とか『したっけ』とか言わないようにしなくちゃな。
注目されればされるほど、Ωとバレそうになる確率は高い。
校門が見えるくらいの所まで来ると、不意に国産の黒光りする高級車が、何故かスッと俺の隣に横付けされた。
何だ? まさか、ナンパ? 誘拐?
『東京』にまだ偏見のある俺は、そんな風に思って車からサッと距離を取った。
後部座席のスモークガラスが、ゆっくりと下りる。
覗いたのは、二十五歳を少し過ぎたくらいの、銀縁眼鏡をかけた上品な男の顔だった。でも決まりすぎず、カラフルなパステルカラーのネクタイが、遊び心を体現しているようなインテリだった。
「おはよう。君、こんな時間にどうしたんだ? 病院にでも行ってきたのか?」
かけられたのは、そんな言葉。責めてはいなく、淡々とした調子だった。
何だ、こいつ。そんなの、関係ないだろう。
やっぱりまだ『東京』に偏見のある俺は、ちょっとつっけんどんに呟いた。
「何で、んなこと訊くんだよ。あんたに関係ないだろ」
そいつはビックリしたように目をちょっと眇(すが)めて、俺の顔をマジマジと見詰めた。
普通ビックリしたら目を見開くだろうに、何だか変わった奴だな、って印象を受けた。
「私を知らないとは、転校生か? 見た事のない顔だ」
「そうだけど。あ……先生?」
先生にしては良いスーツだと思ったけど、東京はそうなのかもしれない。
「私は、副理事長だよ。小鳥遊学園の生徒で、私を知らない者は居ない。君も、覚えてくれないか」
「気が向いたらな」
理事長だろうが校長だろうが、変に馴れ合うつもりのない俺は、気のない返事を投げて歩き出す。
高級車は、そんな俺の横にゆっくりと着いてきた。
「私は、日向綾人(ひゆうがあやと)だ。君の名前は?」
「黙秘権」
名前を覚えられたら、厄介な事になる。俺の希望は、目立たず普通に、βらしく。そして無事に社会人になる事。
ポケットから両手を出して大きく振り、目の前に迫っていた校門を走り抜けて、俺は校舎に入っていった。
生まれながらにエリート街道が約束されたαや、人口の大多数を占める日本人の大好きな『普通』のβにはさして意識するほどのことでもないだろうけど、俺たちΩにとっては、この世界はけして優しくはなかった。
今日も寝坊した。二学期の初め、転校初日だったけど、ワクワクもドキドキも、期待に胸を膨らませる事もない。何故なら、高校三年生にして、もう七度目の転校だったから。
βの両親から生まれてしまったΩの一人息子の行く末を心配して、若かった父さんと母さんは、一つの罪を犯した。
小学校に入る時に義務付けられている血液検査前に、念の為αの親族の病院で俺の血液検査をし、正式な検査日に俺の血液と父さんの血液をすり替えるという罪を。
従って俺は戸籍上、β籍になっている。
後は、一度吐(つ)いてしまった嘘がバレないよう、嘘を上塗りするばかりだった。
俺がΩとバレそうになる度に転校を繰り返し、北海道の片田舎で生まれた筈の俺は、流れ流れていつの間にか、東京の一大エスカレーター式私立校、小鳥遊(たかなし)学園に通う事になっていた。
田舎は娯楽が少ないから、人は口さがない噂話に尾ひれをつける。
その点、東京は個人主義で他人にあまり興味がないだろうから、という父さんの提案だった。
転校に慣れてしまっていた俺は、次の行き先が何処だろうと、もうどうでも良かった。
そんな、転校初日。
もうとっくに一時限目が始まってる頃、俺は急ぎもせずにのんびりと、スラックスのポケットに両手を突っ込んで、通学路を歩いてた。
初めてのブレザー。深くて上品なワインレッドのジャケットに、グレーのスラックス。三年生は、ブラックとホワイトの斜めストライプのネクタイ。
東京は田舎もんの集まりだから、気後れしないで胸張って行けって、昨日の夕食の時に父さんが言ってたけど、でも訛りとかはやっぱ気になるだろうなあ。
『なまら』とか『したっけ』とか言わないようにしなくちゃな。
注目されればされるほど、Ωとバレそうになる確率は高い。
校門が見えるくらいの所まで来ると、不意に国産の黒光りする高級車が、何故かスッと俺の隣に横付けされた。
何だ? まさか、ナンパ? 誘拐?
『東京』にまだ偏見のある俺は、そんな風に思って車からサッと距離を取った。
後部座席のスモークガラスが、ゆっくりと下りる。
覗いたのは、二十五歳を少し過ぎたくらいの、銀縁眼鏡をかけた上品な男の顔だった。でも決まりすぎず、カラフルなパステルカラーのネクタイが、遊び心を体現しているようなインテリだった。
「おはよう。君、こんな時間にどうしたんだ? 病院にでも行ってきたのか?」
かけられたのは、そんな言葉。責めてはいなく、淡々とした調子だった。
何だ、こいつ。そんなの、関係ないだろう。
やっぱりまだ『東京』に偏見のある俺は、ちょっとつっけんどんに呟いた。
「何で、んなこと訊くんだよ。あんたに関係ないだろ」
そいつはビックリしたように目をちょっと眇(すが)めて、俺の顔をマジマジと見詰めた。
普通ビックリしたら目を見開くだろうに、何だか変わった奴だな、って印象を受けた。
「私を知らないとは、転校生か? 見た事のない顔だ」
「そうだけど。あ……先生?」
先生にしては良いスーツだと思ったけど、東京はそうなのかもしれない。
「私は、副理事長だよ。小鳥遊学園の生徒で、私を知らない者は居ない。君も、覚えてくれないか」
「気が向いたらな」
理事長だろうが校長だろうが、変に馴れ合うつもりのない俺は、気のない返事を投げて歩き出す。
高級車は、そんな俺の横にゆっくりと着いてきた。
「私は、日向綾人(ひゆうがあやと)だ。君の名前は?」
「黙秘権」
名前を覚えられたら、厄介な事になる。俺の希望は、目立たず普通に、βらしく。そして無事に社会人になる事。
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