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第二十六章 デュロワの包囲戦

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 グリモ男爵は柄にもなく、かなり真剣に悩んでいるようだった。
 でもまあ、この状況では無理もないか――
 そう思い、僕は気を使って遠慮がちに声をかけた。

「男爵様、あのー」

「あら、ユウちゃんじゃない! 分かってる、分かっているわ! もう全部報告は受けてるから」

 男爵は椅子を蹴っ飛ばして立ち上がり、こちらにドスドスと歩いてきた。
 それから僕の背中で眠るセフィーゼを見て、眉を吊り上げて言った。

「ふーん、このがアタシの大切な部下たちを散々痛めつけてくれたセフィーゼなのね! こんなかわいい顔して寝ちゃってさ、まったくやりきれないわね!」

 男爵の怒りは相当なものだ。
 が、アリスの命令もあるし、ここは一つ耐えてもらわなければならない。

「男爵様――」
 と、僕はなだめるように言った。
「男爵様がセフィーゼを恨む気持ちは確かに分かります。が、セフィーゼにもいろいろ複雑で気の毒な事情がありまして……」

「あらユウちゃん、あなたはこの娘を弁護するの?」

「弁護、というわけではないのですが……」

「ま、あなたの様子を見れば、この娘を思いやっているのは察しがつくけどさ」
 男爵がため息をついて口調をやわらげた。
「……安心して。いくらアタシがこの娘を恨んでいるかといって、私情を挟む気はないから」

「男爵様……」

「罪を憎んで人を憎まずってやつかしら? この娘はこの娘なりに戦場でさまざまな地獄を見てきたのでしょうし、アタシにもれんびんの情ってものはあるのよ。――で、アリス様のご命令は? この娘をどうしろと?」

「はい。アリス様いわく、戦争が終わって裁きを下すその日までセフィーゼを城の地下牢に閉じ込めておけとのことです。ただし扱いは丁重にと。実際、今のセフィーゼは心身ともかなり衰弱しておりまして――」

「はいはい、その点は心配しなくていいわ。ウチの牢屋は地下にはあるけど、そんな酷くない――というかむしろ恵まれたキレイな部屋だから。アタシが着任するまではそりゃあ土牢のような酷い所だったけど、囚人いじめは趣味じゃないから改装させたのよ」

「そうだったんですか、それはありがとうございます」
 僕は少しほっとして、男爵に頭を下げた。
 
「別にユウちゃんに感謝されることでもないわ。ただアリス様のご命令を粛々と実行するだけよ」
 と、男爵が肩をすくめる。
「あとはお世話係が必要ね――うん、ちょうどいいわ。リゼット、あなたがしばらくセフィーゼの面倒を見てあげなさい。いい、優しくしね?」

「かしこまりました、男爵様」
 リゼットはうやうやしくお辞儀をして、にっこり笑った。
「誠心誠意、みっちりと世話をさせていただきますわ」

 “みっちり”って……。
 うーん、果たしてリゼットに世話を任せていいのだろうか?
 セフィーゼにヘンなことしなきゃいいけど。

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