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第二十七章 一夜の出来事

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 最初にその異変に気がついたのはロゼットだった。
 ロゼットは僕のそばで大けが負った兵士を介抱していたが、ふと手を休め、顔を上げた。
 それから、すでに夜が更け暗くなった窓の外の方を見ながら言った。

「ユウト様、少しよろしいでしょうか?」 

「はい?」

「先ほどから、外の方から何か聞こえてきませんか? ……これは、歌?」

「え……?」

「どうか耳をお澄ましになってみてください。ロードラントの懐かしい歌の調べがはっきりと聞こえてきます」

 いきなり何を言い出すのかと思ったら――この生きるか死ぬかの攻城戦の中で「歌の調べ」だって?
 よりによって完璧メイドのロゼットもあろう人が、そんなありえもしないことを口走るなんて……。
 いや――しかし、それも無理はないか。
 なにしろロゼットは昨日から昼夜問わず、まさに不眠不休で人一倍働いてきたのだ。
 激しい疲れが、幻聴の一つや二つ引き起してもさほど不思議ではない。

 ところが――
 
「本当だわっ!」
 と、ロゼットに同調して叫んだのは、別の負傷者に魔法をかけ終えたシスターマリアだった。
「外からロードラントの“偉大なる故郷の歌”が聞こえてきます!」

 僕はなぜかドキリとして、言われた通り聞き耳を立ててみた。
 すると確かに、この広間の中まで、アカペラの大合唱の歌が流れてくるではないか。

 ♪ 悠久の大地 悠久の空――
  ♪ 火、水、風、土――
   ♪ すべての流れは足跡みちとなって故郷に通じる――
    ♪ かの地は美しき王の領域ロードラント――
     ♪ 遥かなる王の領域ロードラント――

 どこからか流れてくるその合唱歌は何度も繰り返されて歌われ、音も次第に大きくなってきた。
 当然、負傷しベッドに横たわる重症の兵士たちの耳にも入ってしまう。

「おお……」
「……これは」

 歌声は傷つき弱った兵士たちの、郷愁きょうしゅうを強くいざなったらしい。
 そこにいる全員が平和な故郷のことに思いをはせ、しんみりし、中には涙を流す者さえいた。
 そしてそれは、看病に疲れた城のメイドたちも一緒だった。
 みんな一斉に動きを止め、しばしぼう然と歌に聞き入っている。

 が、メイドの中でも、ロゼットだけは違った。
 さすがと言うべきか、その場の雰囲気に流されず、あくまで冷静に疑問を呈した。
 
「これは実に面妖なことですね。――ユウト様、お気付きですか? 歌が始まってから、それ以外の音や声が一切しなくなったのを」

「そういえば――」

 さっきまでさかんに鳴り響いていた、激しい戦いの音――人や獣の叫びや唸りや、モノとモノがぶつかり合う音が、今はまったく止んでいた。

「確かに歌以外、何も聞こえません」

「ユウト様、戦闘はどうやら一時中断しているということでしょうか? でも、なぜ――」

 この状況、おかしい。おかしすぎる。
 急に仲直りして敵味方みんなで歌をうたっているなんてこと、万が一にもありえない。
 ということは、まさか――!

 僕は非常に嫌な感じを抱き、ロゼットとシスターマリアに言った。

「ロゼットさん、シスター、申し訳ないけどここをしばらく頼みます。僕がちょっと城壁に上って様子を見てきます」

「ええっ! でも……」
 と、猫の手も借りたいシスターマリアが困った顔をする。

「すみません。何事もなかったらすぐに戻りますから。でも、なんだかとっても嫌な予感がするんです」

 そう言って僕は、二人の返答を聞く間も持たず、大急ぎで大ホールを飛び出した。 
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