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第二十八章 王女殿下がXXXの丸焼きをお召し上がりなるまで
(12)
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外の状況はとりあえず落ち着いたので、後の処理はクロードにまかせ、僕とアリスは男爵と一緒に城の地下に向かった。
非常用の巨大な食糧庫は、城の最下層部にあるからだ。
「アタシとしたことが本当に迂闊だったわ。戦いに気を取られ多なんて言い訳にならない。もっと頻繁にチェックすべきだったのよ」
騒ぐばかりで要領を得ない男爵をなだめながら、とにかく現場を見てみようと、長く急な階段をひたすら下る。
感覚的に地下三階ぐらいまで降りただろうか?
僕たちは石造りのジメつく廊下を抜け小部屋に出た。
部屋の左右と奥にかんぬきのかかった鉄製の黒い扉が三つあり、その前に見張りの兵士が一人立っていた。
「中の様子はどう?」
と、男爵が兵士にたずねる。
「はい男爵さま。どうもこうも相変わらずです。どの庫内もやられてもはや手の付けようがありません」
「わかった、どっちにしろ扉を開けて。倉庫の中をアリス様にお見せするのよ」
「……よろしいんですか? アリス様にとってはご不快というか、かなりおぞましい光景ですが」
ためらう兵士に、アリスが言った。
「かまわん、開けろ。まずは奥の部屋からだ」
「それではあまり大きく扉を開くと奴らが逃げ出して城の中が大事になりますので、ほんの少しだけ。不自由ですがそこから御覧ください」
兵士はそう言って扉のかんぬきを外すと、重そうに扉を押して、二十センチほどの隙間を開けた。
その途端、中から「キーキー」「ギーギー」という、思わず耳をふさぎたくなるような、何かの動物の鳴き声が漏れてきた。
ランプをかざし恐る恐る扉の向こうを覗くと――
「ひええっ」
背筋がゾクゾクッとして、つい悲鳴を上げてしまった。
そこに広がっていたのは、まるでホラー映画の一場面のような光景――
食料が貯蔵されていたはずの広大な地下倉庫を、子豚ほどの大きさの巨大なネズミが、うじゃうじゃと埋め尽くしていたのだった。
その数おそらく数千匹。赤く光る眼を持ち闇にうごめくその姿は、害獣の群れと言うよりむしろモンスター軍団に近い。
それから左右の食糧庫を確かめたが、どちらも同じく化けネズミに占拠されていた。
当然備蓄されていた食料は全滅だろう。
「いったいどうなっているのだ、この食糧庫は。グリモ、お前はネズミどもの養殖でも始めたのか」
アリスが男爵にきつい言葉をかけた。
男爵の顔からもいつもの明るさは消え、珍しくしょげかえっている。
「まったく面目御座いませんわアリス様。この非常時における管理不行き届きはデュロワ城の城主としてあるまじき失態。本当に申し開きのしようがありません」
「しかしですね」
と、見兼ねた兵士が口をはさむ。
「ここまで急激に化けネズミが増えるだなんておかしいですよ。一応定期的に見回りもしていたわけですし、これは男爵様おひとりの責任ではありません」
ということは、もしかしたらこれも井戸の毒の水に続く敵の計略の一環なのだろうか?
何らかの方法でネズミをけしかけ、城の食料を食べ尽くさせる――
いわば兵糧攻めの変形というか、補給を望めない籠城戦にとって極めて効果的な戦法だろう。
「もうよい!」
アリスがイラついて言った。
「起きてしまったことを責めてもそれは詮無きこと。とにかくこのままでは埒が明かん。いったん地上に戻るぞ」
ネズミが逃げ出さないようにくれぐれも注意してくれと兵士に言って、アリスは部屋を出て階段を上り始めた。
僕と男爵もその後に続く。
しかしロードラントの王都ウィンベルから援軍が到着するまであとおそらく四日か五日。
それも順調にいけばの話で、敵の妨害などによって延着することだって十分ありえる。
その間一切食べるものがないとなると、飢え死にまではしなくても、果たして死に物狂いで向かってくる敵とまともに戦うことができるかどうか――?
甚だ疑問で、心配だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「アリス様、男爵様。まだ今日の食糧の配給がないと兵士たちの一部が騒ぎ出しております!」
不安はすぐに現実になってしまった。
食料の確保する目途も立たないまま迎えたその日の午後。
竜騎士の一人が、アリスが待機している男爵の執務室に駆け込んできたのだ。
「速やかに対処しないと、兵士たちの間で反乱が起りかねません!」
やっぱりそうなったか――
と、慌てる竜騎士の話を聞きながら考えた。
今からこれでは、援軍が来るまで食料がないなんて到底耐えられないだろう。
かといって、敵の包囲を突破してどこからか兵士たちの食糧を人数分持って帰ってくることなど、無理に決まっている。
つまり、何とかして城の中で食料を調達しなければならないわけだ。
となると、思い付く食材はただ一つ。
地下の――化けネズミだ。
非常用の巨大な食糧庫は、城の最下層部にあるからだ。
「アタシとしたことが本当に迂闊だったわ。戦いに気を取られ多なんて言い訳にならない。もっと頻繁にチェックすべきだったのよ」
騒ぐばかりで要領を得ない男爵をなだめながら、とにかく現場を見てみようと、長く急な階段をひたすら下る。
感覚的に地下三階ぐらいまで降りただろうか?
僕たちは石造りのジメつく廊下を抜け小部屋に出た。
部屋の左右と奥にかんぬきのかかった鉄製の黒い扉が三つあり、その前に見張りの兵士が一人立っていた。
「中の様子はどう?」
と、男爵が兵士にたずねる。
「はい男爵さま。どうもこうも相変わらずです。どの庫内もやられてもはや手の付けようがありません」
「わかった、どっちにしろ扉を開けて。倉庫の中をアリス様にお見せするのよ」
「……よろしいんですか? アリス様にとってはご不快というか、かなりおぞましい光景ですが」
ためらう兵士に、アリスが言った。
「かまわん、開けろ。まずは奥の部屋からだ」
「それではあまり大きく扉を開くと奴らが逃げ出して城の中が大事になりますので、ほんの少しだけ。不自由ですがそこから御覧ください」
兵士はそう言って扉のかんぬきを外すと、重そうに扉を押して、二十センチほどの隙間を開けた。
その途端、中から「キーキー」「ギーギー」という、思わず耳をふさぎたくなるような、何かの動物の鳴き声が漏れてきた。
ランプをかざし恐る恐る扉の向こうを覗くと――
「ひええっ」
背筋がゾクゾクッとして、つい悲鳴を上げてしまった。
そこに広がっていたのは、まるでホラー映画の一場面のような光景――
食料が貯蔵されていたはずの広大な地下倉庫を、子豚ほどの大きさの巨大なネズミが、うじゃうじゃと埋め尽くしていたのだった。
その数おそらく数千匹。赤く光る眼を持ち闇にうごめくその姿は、害獣の群れと言うよりむしろモンスター軍団に近い。
それから左右の食糧庫を確かめたが、どちらも同じく化けネズミに占拠されていた。
当然備蓄されていた食料は全滅だろう。
「いったいどうなっているのだ、この食糧庫は。グリモ、お前はネズミどもの養殖でも始めたのか」
アリスが男爵にきつい言葉をかけた。
男爵の顔からもいつもの明るさは消え、珍しくしょげかえっている。
「まったく面目御座いませんわアリス様。この非常時における管理不行き届きはデュロワ城の城主としてあるまじき失態。本当に申し開きのしようがありません」
「しかしですね」
と、見兼ねた兵士が口をはさむ。
「ここまで急激に化けネズミが増えるだなんておかしいですよ。一応定期的に見回りもしていたわけですし、これは男爵様おひとりの責任ではありません」
ということは、もしかしたらこれも井戸の毒の水に続く敵の計略の一環なのだろうか?
何らかの方法でネズミをけしかけ、城の食料を食べ尽くさせる――
いわば兵糧攻めの変形というか、補給を望めない籠城戦にとって極めて効果的な戦法だろう。
「もうよい!」
アリスがイラついて言った。
「起きてしまったことを責めてもそれは詮無きこと。とにかくこのままでは埒が明かん。いったん地上に戻るぞ」
ネズミが逃げ出さないようにくれぐれも注意してくれと兵士に言って、アリスは部屋を出て階段を上り始めた。
僕と男爵もその後に続く。
しかしロードラントの王都ウィンベルから援軍が到着するまであとおそらく四日か五日。
それも順調にいけばの話で、敵の妨害などによって延着することだって十分ありえる。
その間一切食べるものがないとなると、飢え死にまではしなくても、果たして死に物狂いで向かってくる敵とまともに戦うことができるかどうか――?
甚だ疑問で、心配だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「アリス様、男爵様。まだ今日の食糧の配給がないと兵士たちの一部が騒ぎ出しております!」
不安はすぐに現実になってしまった。
食料の確保する目途も立たないまま迎えたその日の午後。
竜騎士の一人が、アリスが待機している男爵の執務室に駆け込んできたのだ。
「速やかに対処しないと、兵士たちの間で反乱が起りかねません!」
やっぱりそうなったか――
と、慌てる竜騎士の話を聞きながら考えた。
今からこれでは、援軍が来るまで食料がないなんて到底耐えられないだろう。
かといって、敵の包囲を突破してどこからか兵士たちの食糧を人数分持って帰ってくることなど、無理に決まっている。
つまり、何とかして城の中で食料を調達しなければならないわけだ。
となると、思い付く食材はただ一つ。
地下の――化けネズミだ。
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