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第三十一章 サバト -淫魔の夜ー
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まさか……。
いや、やはりそうなのか……!?
いったいどこに隠し持っていたのだろうか、エルスペスは一言も言葉を発せず、ナイフの刃をぴたりと僕の喉元に突きつけてきた。
おそらくヒルダの命令一つで、躊躇なく僕を差し殺すだろう。
だが、不思議と恐怖は感じなかった。
度重なる危機で感覚がマヒし、自分が今すぐにでも死ぬという実感がほとんど湧かないということもある。
しかしそれより、ヒルダがここまで周到な罠を仕掛けていたのかという驚きの方が強かったからだ。
当然もちろんエルスペスのような幼い子供が、自らの意思でこんなことするとは思えない。
間違いなくヒルダに魔法で操られているのだろう。
つまりヒルダは、セルジュのサーベルタイガーにエルスペスを襲わせ、僕たちがそれを放っておけないことまで計算していたのだ。
いや、それだけではない。
シャノンを差し向けマティアスと戦わせたのも、ヘクターを狂戦士化してセフィーゼを襲わせたのも、おそらくすべてヒルダの策略――
僕に対する復讐を果たすためだけに、彼女が仕組んだことに違いなかった。
それを証拠に、ヒルダは勝ち誇った笑みを浮かべて言った。
「ようやくこの時が来たな。いやあ愉快適悦!」
「この時?」
もちろんその意味はわかってはいたが、僕は時間稼ぎをするため、わざと聞き返した。
「復讐の時がやってきたということだ。ただの復讐ではないぞ。お前に対する“完ぺき”な復讐だ。わかるだろ、ユウト? あれほどの屈辱を味あわされ、おめおめ引き下がるわけにはいかないからな」
「いや、わからない。僕に復讐したいならそれでいいけど、少なくともアリス様を巻き込む必要はないはずだ!」
「何を言う! 私たちの関係このアリス王女あってこそではないか。王女抜きにお前への復讐は成しえん! __さあてユウト、お喋りはここまでだ。まずはこちらに来てもらおうか」
ヒルダは手招きをして薄ら笑いを浮かべた。
「言うまでもないが下手な工作をしようなどと考えるなよ。少しでも怪しげな素振りをしたらその瞬間、その娘がお前の喉を掻き切るぞ。そうなっては私としても非常につまらん」
先制攻撃に失敗した今、素直にヒルダに従うしか選択肢はない。
首にナイフの刃先の冷たい感触を感じながら、僕はヒルダの立つ円形広場の中央に歩いて行った。
集められた観客たちは、みんな食べたり飲んだり乱痴気騒ぎに忙しく、僕のことなどまったく気にしてない様子だ。
そんな騒々しく禍々しい悪魔の宴の中心に、ヒルダはいた。
「ようこそユウト、我がサバトへ。今宵は最高の夜になるだろう!」
ヒルダが叫んでいる間、僕はベッドに仰向けで眠っているリナをちらりと見した。
遠くから見た通りやっぱり魔法の薬の効果は続いており、髪の毛の色はいまだアリスとそっくりの美しいブロンドのままで、これならヒルダが騙されるのも無理もないだろう。
が、なんだかリナの着せられた衣装がおかしい。
……レースが透け透けなデザインはともかく、それはどこからどう見ても、純白のウエディングドレスだからだ。
僕は嫌な予感がして、思わず叫んだ。
「ヒルダ、なにを企んでいるか知らないけど、アリス様は絶対に返してもらう!」
「オホホホ! 身の程もわきまえない愚かな奴め。白馬の王子様としてはあまりに役者不足だというのに。さあ、せっかく特別の席を用意してあげたのだから素直にそこへお座り!」
ヒルダはまず「お前はもういい」と言って僕の背中にしがみついていたエルスペスを引きはがすと、自分と向き合うようにして置かれた木でできた粗末な椅子を指した。
――エルスペスが離れた今、攻撃するべきか?
いや、まだだ。まだ早い。
ヒルダは余裕ぶってはいるが、当然強く警戒していてスキはない。
リナの身の安全を確保できない点を考えても、今はまだ最後の鉄槌を下すタイミングではない。
いまは我慢のしどきなのだ。
そう判断して、言われた通りに椅子に座ろうとすると――
「待て! その前にやらねばならぬことがある」
ヒルダは胸の谷間から紫色の小瓶を取り出すと、一瞬でふたを開け、こちらに向かってパッと中身を空けた。
避ける間もなく、きらきら光る細かい粉が、僕の全身にふりかかる。
なんだこれ? 痛くもかゆくもないし――
と、戸惑っていると、何とも言えないもやもやとした違和感が、頭の中に広がっていくのを感じた。
「ユウト、これが何かわかるか?」
ヒルダが意地悪い笑みを浮かべ訊いてきたので、僕は睨み返して頭を横に振った。
「これはな、私がとある仙草に魔力を込めて調合したもので、素晴らしい効果があるのだ。なにしろどんなにレベルが高い術者の魔法をも封じることができるのだからな。まあ、神秘の秘薬とでも言っておこうか」
「――!?」
……そうか。
違和感の正体はそれだったんだ。
この無理やり口を塞がれたよな、もどかしく気持ちが悪い感じ――
薬は本物で、ヒルダははったりを言ってはいない。
僕はおそらく一定の時間、魔法を唱えることはできないだろう。
要するに絶体絶命のピンチだ。
「よしよし、悪あがきはやめたか。懸命な判断だ。なにしろ魔法を使えないお前は箸にも棒にもかからないただのクソガキだからな」
ヒルダは僕を突き飛ばし乱暴に椅子に座らせると、ブツブツ何か呪文を唱えた。
するとどこからともなく荒縄のロープがスルスルと伸びてきて、僕の体を椅子にしばりつけてしまった。
「さすがのお前もこれで手も足も出まい!」
ヒルダが勝ち誇って宣言した。
「さて、では始めるとしようか。私とアリス王女との婚礼を! そして初夜の儀を!」
婚礼――!?
そして初夜の儀――!!??
「ユウトよ、お前はその証人になるのだ。光栄この上ないことではないか!」
ヒルダはもう一度、高らかに笑ってそう叫んだのだった。
いや、やはりそうなのか……!?
いったいどこに隠し持っていたのだろうか、エルスペスは一言も言葉を発せず、ナイフの刃をぴたりと僕の喉元に突きつけてきた。
おそらくヒルダの命令一つで、躊躇なく僕を差し殺すだろう。
だが、不思議と恐怖は感じなかった。
度重なる危機で感覚がマヒし、自分が今すぐにでも死ぬという実感がほとんど湧かないということもある。
しかしそれより、ヒルダがここまで周到な罠を仕掛けていたのかという驚きの方が強かったからだ。
当然もちろんエルスペスのような幼い子供が、自らの意思でこんなことするとは思えない。
間違いなくヒルダに魔法で操られているのだろう。
つまりヒルダは、セルジュのサーベルタイガーにエルスペスを襲わせ、僕たちがそれを放っておけないことまで計算していたのだ。
いや、それだけではない。
シャノンを差し向けマティアスと戦わせたのも、ヘクターを狂戦士化してセフィーゼを襲わせたのも、おそらくすべてヒルダの策略――
僕に対する復讐を果たすためだけに、彼女が仕組んだことに違いなかった。
それを証拠に、ヒルダは勝ち誇った笑みを浮かべて言った。
「ようやくこの時が来たな。いやあ愉快適悦!」
「この時?」
もちろんその意味はわかってはいたが、僕は時間稼ぎをするため、わざと聞き返した。
「復讐の時がやってきたということだ。ただの復讐ではないぞ。お前に対する“完ぺき”な復讐だ。わかるだろ、ユウト? あれほどの屈辱を味あわされ、おめおめ引き下がるわけにはいかないからな」
「いや、わからない。僕に復讐したいならそれでいいけど、少なくともアリス様を巻き込む必要はないはずだ!」
「何を言う! 私たちの関係このアリス王女あってこそではないか。王女抜きにお前への復讐は成しえん! __さあてユウト、お喋りはここまでだ。まずはこちらに来てもらおうか」
ヒルダは手招きをして薄ら笑いを浮かべた。
「言うまでもないが下手な工作をしようなどと考えるなよ。少しでも怪しげな素振りをしたらその瞬間、その娘がお前の喉を掻き切るぞ。そうなっては私としても非常につまらん」
先制攻撃に失敗した今、素直にヒルダに従うしか選択肢はない。
首にナイフの刃先の冷たい感触を感じながら、僕はヒルダの立つ円形広場の中央に歩いて行った。
集められた観客たちは、みんな食べたり飲んだり乱痴気騒ぎに忙しく、僕のことなどまったく気にしてない様子だ。
そんな騒々しく禍々しい悪魔の宴の中心に、ヒルダはいた。
「ようこそユウト、我がサバトへ。今宵は最高の夜になるだろう!」
ヒルダが叫んでいる間、僕はベッドに仰向けで眠っているリナをちらりと見した。
遠くから見た通りやっぱり魔法の薬の効果は続いており、髪の毛の色はいまだアリスとそっくりの美しいブロンドのままで、これならヒルダが騙されるのも無理もないだろう。
が、なんだかリナの着せられた衣装がおかしい。
……レースが透け透けなデザインはともかく、それはどこからどう見ても、純白のウエディングドレスだからだ。
僕は嫌な予感がして、思わず叫んだ。
「ヒルダ、なにを企んでいるか知らないけど、アリス様は絶対に返してもらう!」
「オホホホ! 身の程もわきまえない愚かな奴め。白馬の王子様としてはあまりに役者不足だというのに。さあ、せっかく特別の席を用意してあげたのだから素直にそこへお座り!」
ヒルダはまず「お前はもういい」と言って僕の背中にしがみついていたエルスペスを引きはがすと、自分と向き合うようにして置かれた木でできた粗末な椅子を指した。
――エルスペスが離れた今、攻撃するべきか?
いや、まだだ。まだ早い。
ヒルダは余裕ぶってはいるが、当然強く警戒していてスキはない。
リナの身の安全を確保できない点を考えても、今はまだ最後の鉄槌を下すタイミングではない。
いまは我慢のしどきなのだ。
そう判断して、言われた通りに椅子に座ろうとすると――
「待て! その前にやらねばならぬことがある」
ヒルダは胸の谷間から紫色の小瓶を取り出すと、一瞬でふたを開け、こちらに向かってパッと中身を空けた。
避ける間もなく、きらきら光る細かい粉が、僕の全身にふりかかる。
なんだこれ? 痛くもかゆくもないし――
と、戸惑っていると、何とも言えないもやもやとした違和感が、頭の中に広がっていくのを感じた。
「ユウト、これが何かわかるか?」
ヒルダが意地悪い笑みを浮かべ訊いてきたので、僕は睨み返して頭を横に振った。
「これはな、私がとある仙草に魔力を込めて調合したもので、素晴らしい効果があるのだ。なにしろどんなにレベルが高い術者の魔法をも封じることができるのだからな。まあ、神秘の秘薬とでも言っておこうか」
「――!?」
……そうか。
違和感の正体はそれだったんだ。
この無理やり口を塞がれたよな、もどかしく気持ちが悪い感じ――
薬は本物で、ヒルダははったりを言ってはいない。
僕はおそらく一定の時間、魔法を唱えることはできないだろう。
要するに絶体絶命のピンチだ。
「よしよし、悪あがきはやめたか。懸命な判断だ。なにしろ魔法を使えないお前は箸にも棒にもかからないただのクソガキだからな」
ヒルダは僕を突き飛ばし乱暴に椅子に座らせると、ブツブツ何か呪文を唱えた。
するとどこからともなく荒縄のロープがスルスルと伸びてきて、僕の体を椅子にしばりつけてしまった。
「さすがのお前もこれで手も足も出まい!」
ヒルダが勝ち誇って宣言した。
「さて、では始めるとしようか。私とアリス王女との婚礼を! そして初夜の儀を!」
婚礼――!?
そして初夜の儀――!!??
「ユウトよ、お前はその証人になるのだ。光栄この上ないことではないか!」
ヒルダはもう一度、高らかに笑ってそう叫んだのだった。
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