異世界最弱だけど最強の回復職《ヒーラー》

波崎コウ

文字の大きさ
498 / 512
第三十一章 サバト -淫魔の夜ー

(2)

しおりを挟む
 まさか……。 
 いや、やはりそうなのか……!?

 いったいどこに隠し持っていたのだろうか、エルスペスは一言も言葉を発せず、ナイフの刃をぴたりと僕の喉元に突きつけてきた。 
 おそらくヒルダの命令一つで、躊躇なく僕を差し殺すだろう。
 だが、不思議と恐怖は感じなかった。
 度重なる危機で感覚がマヒし、自分が今すぐにでも死ぬという実感がほとんど湧かないということもある。
 しかしそれより、ヒルダがここまで周到な罠を仕掛けていたのかという驚きの方が強かったからだ。

 当然もちろんエルスペスのような幼い子供が、自らの意思でこんなことするとは思えない。
 間違いなくヒルダに魔法で操られているのだろう。
 つまりヒルダは、セルジュのサーベルタイガーにエルスペスを襲わせ、僕たちがそれを放っておけないことまで計算していたのだ。
 いや、それだけではない。
 シャノンを差し向けマティアスと戦わせたのも、ヘクターを狂戦士化してセフィーゼを襲わせたのも、おそらくすべてヒルダの策略――
 僕に対する復讐を果たすためだけに、彼女が仕組んだことに違いなかった。
 それを証拠に、ヒルダは勝ち誇った笑みを浮かべて言った。

「ようやくこの時が来たな。いやあ愉快適悦!」

「この時?」

 もちろんその意味はわかってはいたが、僕は時間稼ぎをするため、わざと聞き返した。

「復讐の時がやってきたということだ。ただの復讐ではないぞ。お前に対する“完ぺき”な復讐だ。わかるだろ、ユウト? あれほどの屈辱を味あわされ、おめおめ引き下がるわけにはいかないからな」

「いや、わからない。僕に復讐したいならそれでいいけど、少なくともアリス様を巻き込む必要はないはずだ!」

「何を言う! 私たちの関係このアリス王女あってこそではないか。王女抜きにお前への復讐は成しえん! __さあてユウト、お喋りはここまでだ。まずはこちらに来てもらおうか」

 ヒルダは手招きをして薄ら笑いを浮かべた。

「言うまでもないが下手な工作をしようなどと考えるなよ。少しでも怪しげな素振りをしたらその瞬間、その娘がお前の喉を掻き切るぞ。そうなっては私としても非常につまらん」

 先制攻撃に失敗した今、素直にヒルダに従うしか選択肢はない。
 首にナイフの刃先の冷たい感触を感じながら、僕はヒルダの立つ円形広場の中央に歩いて行った。
 集められた観客たちは、みんな食べたり飲んだり乱痴気騒ぎに忙しく、僕のことなどまったく気にしてない様子だ。
 そんな騒々しく禍々しい悪魔の宴の中心に、ヒルダはいた。

「ようこそユウト、我がサバトへ。今宵は最高の夜になるだろう!」

 ヒルダが叫んでいる間、僕はベッドに仰向けで眠っているリナをちらりと見した。
 遠くから見た通りやっぱり魔法の薬の効果は続いており、髪の毛の色はいまだアリスとそっくりの美しいブロンドのままで、これならヒルダが騙されるのも無理もないだろう。
 が、なんだかリナの着せられた衣装がおかしい。
 ……レースが透け透けなデザインはともかく、それはどこからどう見ても、純白のウエディングドレスだからだ。
 
 僕は嫌な予感がして、思わず叫んだ。

「ヒルダ、なにを企んでいるか知らないけど、アリス様は絶対に返してもらう!」

「オホホホ! 身の程もわきまえない愚かな奴め。白馬の王子様としてはあまりに役者不足だというのに。さあ、せっかく特別の席を用意してあげたのだから素直にそこへお座り!」

 ヒルダはまず「お前はもういい」と言って僕の背中にしがみついていたエルスペスを引きはがすと、自分と向き合うようにして置かれた木でできた粗末な椅子を指した。
 
 ――エルスペスが離れた今、攻撃するべきか?
 いや、まだだ。まだ早い。
 ヒルダは余裕ぶってはいるが、当然強く警戒していてスキはない。
 リナの身の安全を確保できない点を考えても、今はまだ最後の鉄槌を下すタイミングではない。
 いまは我慢のしどきなのだ。
 そう判断して、言われた通りに椅子に座ろうとすると――

「待て! その前にやらねばならぬことがある」

 ヒルダは胸の谷間から紫色の小瓶を取り出すと、一瞬でふたを開け、こちらに向かってパッと中身を空けた。
 避ける間もなく、きらきら光る細かい粉が、僕の全身にふりかかる。
 なんだこれ? 痛くもかゆくもないし――
 と、戸惑っていると、何とも言えないもやもやとした違和感が、頭の中に広がっていくのを感じた。

「ユウト、これが何かわかるか?」

 ヒルダが意地悪い笑みを浮かべ訊いてきたので、僕は睨み返して頭を横に振った。

「これはな、私がとある仙草に魔力を込めて調合したもので、素晴らしい効果があるのだ。なにしろどんなにレベルが高い術者の魔法をも封じることができるのだからな。まあ、神秘の秘薬とでも言っておこうか」

「――!?」

 ……そうか。
 違和感の正体はそれだったんだ。
 この無理やり口を塞がれたよな、もどかしく気持ちが悪い感じ――
 薬は本物で、ヒルダははったりを言ってはいない。
 僕はおそらく一定の時間、魔法を唱えることはできないだろう。
 要するに絶体絶命のピンチだ。
 
「よしよし、悪あがきはやめたか。懸命な判断だ。なにしろ魔法を使えないお前は箸にも棒にもかからないただのクソガキだからな」

 ヒルダは僕を突き飛ばし乱暴に椅子に座らせると、ブツブツ何か呪文を唱えた。
 するとどこからともなく荒縄のロープがスルスルと伸びてきて、僕の体を椅子にしばりつけてしまった。

「さすがのお前もこれで手も足も出まい!」 
 ヒルダが勝ち誇って宣言した。
「さて、では始めるとしようか。私とアリス王女との婚礼を! そして初夜の儀を!」

 婚礼――!?
 そして初夜の儀――!!??

「ユウトよ、お前はその証人になるのだ。光栄この上ないことではないか!」

 ヒルダはもう一度、高らかに笑ってそう叫んだのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~

津ヶ谷
ファンタジー
 綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。 ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。  目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。 その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。  その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。  そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。  これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

地球上で、密かに最強決定戦の幕が上がる。

久遠 れんり
ファンタジー
5年前。 わずか地球と月との半分程度。20万キロの距離をかすめて、飛び去った彗星。 その直径は数キロと予測され公転周期は数万年。 その彗星は、氷のコアから、何かを地球に振りまき、静かに去っていった。 太陽方向から来たため、発見が遅れ。 それはそれで、大騒ぎとなったが、その後……。 予測もしなかった、事態が起こり始める。 その事態は、些細なもの。 生きとし生けるものの、強制進化。 僕。斉藤総(さとし)高校2年生。 身長171cm。 成績並びに運動は中の下。 カテゴリーは、モブである。 顔は、悪くないと思うが、世間は僕と美的感覚が違うのだろう。 まだプロット作成中。ですが、今のところ完全ラブコメですね。 不定期更新。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

処理中です...