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54話
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瑠華がダンジョンの中へと足を踏み入れると、異様な雰囲気を感じ取った。
「…魔力が濃くなっておるのか」
ダンジョン内部を満たす魔力の濃度が上昇している。これもダンジョンブレイクの兆候の一つだ。
「さて。少しばかり戻すとするかの」
そう呟いた瞬間、瑠華の腕に真っ白な鱗が現れ始める。それと同時に爪も変質し、剛爪と呼ぶに相応しい姿に。額からは二本の角が、腰付近からは真っ白な鱗に覆われた尻尾が生え、その真紅の瞳の瞳孔が縦に裂ける。
最後にバサリと一度翼を動かし、手も動かして身体の調子を確かめる。見た目としては所謂龍人と呼ばれる状態だ。この状態になると、情報処理能力や収集能力が飛躍的に向上する。それこそ、立っているだけでダンジョン全体の状態を把握する事が出来るほどに。
「人間は数人おるな。モンスターは…正直その人数では対応が不可能そうじゃの」
そうして把握したところ、ダンジョン内に居る人間の数は全部で十三人。それら全ての近くにモンスターの反応があることから、恐らくは交戦中だろう。
これがダンジョンブレイクに対抗する為に来た探索者ならば良いが、万が一巻き込まれただけの人間だとすれば不味い。
「……じゃが、あまり手を貸し過ぎるもの良くないとメルに言われたのう。一旦見るだけに留めるかの」
まずは最も近くの反応に向かう事にした。このダンジョンは一般的な洞窟型だが、瑠華にとっては飛ぶ事になんの支障も無いので遠慮無く翼を羽ばたかせる。
「邪魔じゃ」
その道中に遭遇したモンスターは、瑠華が軽く撫でるようにして切り裂いた。普段瑠華が扱っている“明鏡ノ月”よりも、今の瑠華の爪の方が遥かに頑丈で斬れ味が良いのだ。
鳴き声を上げる間もなくモンスターを消し去りながら進むそれは、正しく蹂躙と呼ぶに相応しかった。
そうして向かい来るモンスター全てを一撃で葬り続ける事数分。人の声と交戦する音が瑠華の耳に届いた。今は〖認識阻害〗をしているのでそのまま気にする事無く進み続ければ、三つ頭の狼の見た目をしたモンスターと交戦する人間の姿が確認出来た。
「くそっ! ケルベロスとか聞いてねぇ!」
「喋ってねぇで集中しろ! 死ぬぞ!」
ケルベロスと呼ばれたモンスターと戦っていたのは、男二人組。その遠慮無い口ぶりから、長く二人で組んできたのだと分かる。油断するなと叱責してはいるが、戦い方に危なげは無くこのままいけば倒し切れるだろう。
「手出しは要らぬな。しかし露払いはしてやろう」
何せ今はダンジョンブレイク中。モンスターは余りある程居るのだから、戦闘音に釣られてくるモンスターがいないとは限らない。現に瑠華の探知では、ここに近付く複数の反応を掴まえていた。
意識されない事をいい事にするりと男達の隣りを抜けて、近付いてきていた黒いモンスターと相対する。しかしそれは奇しくも、男二人組が戦っていたモンスターと同じケルベロスであった。
「これは倒さねばの」
一体を相手する事は出来ても、二体同時には流石に不可能だろう。限界ギリギリを経験させる事は大事だが、それで死んでしまえば本末転倒である。
振るわれた前脚を少し横にズレて躱しつつ、握り締めた拳で真ん中の顎を搗ち上げる。これは探索者の間では常識的な対応だ。
というのもケルベロスは頭が複数ある関係上、それぞれの頭が別々の役割を担っている。その中でも真ん中の頭は魔法を担当しており、最優先で妨害する必要が有るのだ。
「ガァァッ!」
「まだ躾が必要なようじゃのぅ」
口を開けて瑠華へと噛み付こうとしてきた頭を、身体を回転させて尻尾で横から叩く。そのまま身体ごと壁に叩き付けられたケルベロスは、その圧倒的なまでの差に戦慄したように震える脚で立ち上がって後退った。
「おや。妾が素直に逃がすと思っておるのかえ?」
「ワ、ワゥ…」
その言葉を聞いたケルベロスが完全に戦意を失い、媚びる様に地面に伏せて瑠華を見上げる。その姿が奏の美影と重なり、「うっ…」と瑠華が言葉に詰まった。
「……共に来るかえ?」
「! ワウッ!」
(……まぁ、手数が多いに越したことは無いじゃろ、うむ)
随分と甘い対応である事を自覚しつつも、無理矢理理由を付けて自分を納得させる。
「名前、名前……」
瑠華が名前を考え始めると、それが楽しみなのか正しく犬のようにお座りしつつ、尻尾をブンブンと振って大人しく待つケルベロス。体毛が黒ということもあってその姿も美影によく似ているが、その大きさは数倍近く違う。なにせケルベロスは自動車よりも大きいのだから。
「そこは美影とは違うのう。…もうケルベロスのままで良くないかのう?」
「ガウ!」
良くないらしい。
「駄目か…黒、影…三つ…」
思い付く限りのケルベロスの要素を口に出してみるが、ピンとくるものが中々見付からない。
「――――弥生、はどうじゃ?」
「ワウッ!」
ふと連想した事で出て来た言葉を告げてみると、どうやらお気に召したようだ。その名前で魂の契約を交わし、同じように〖認識阻害〗を掛ける。これは探索者に間違って攻撃されないようにする為だ。
「では弥生。早速じゃが、妾から離れて単独行動じゃ。窮地に陥っている人間を見かけた場合、助けてやってくれるかの」
「「「ガウッ!」」」
三つの頭が一斉に吠えると、瑠華へと背を向けて景気良く駆け出した。当初の予定とは違うが、これで探索者が死ぬ可能性が少しは下がるだろうと思えば安心感はある。
「さて……妾は少し骨のあるものを相手するかの」
「…魔力が濃くなっておるのか」
ダンジョン内部を満たす魔力の濃度が上昇している。これもダンジョンブレイクの兆候の一つだ。
「さて。少しばかり戻すとするかの」
そう呟いた瞬間、瑠華の腕に真っ白な鱗が現れ始める。それと同時に爪も変質し、剛爪と呼ぶに相応しい姿に。額からは二本の角が、腰付近からは真っ白な鱗に覆われた尻尾が生え、その真紅の瞳の瞳孔が縦に裂ける。
最後にバサリと一度翼を動かし、手も動かして身体の調子を確かめる。見た目としては所謂龍人と呼ばれる状態だ。この状態になると、情報処理能力や収集能力が飛躍的に向上する。それこそ、立っているだけでダンジョン全体の状態を把握する事が出来るほどに。
「人間は数人おるな。モンスターは…正直その人数では対応が不可能そうじゃの」
そうして把握したところ、ダンジョン内に居る人間の数は全部で十三人。それら全ての近くにモンスターの反応があることから、恐らくは交戦中だろう。
これがダンジョンブレイクに対抗する為に来た探索者ならば良いが、万が一巻き込まれただけの人間だとすれば不味い。
「……じゃが、あまり手を貸し過ぎるもの良くないとメルに言われたのう。一旦見るだけに留めるかの」
まずは最も近くの反応に向かう事にした。このダンジョンは一般的な洞窟型だが、瑠華にとっては飛ぶ事になんの支障も無いので遠慮無く翼を羽ばたかせる。
「邪魔じゃ」
その道中に遭遇したモンスターは、瑠華が軽く撫でるようにして切り裂いた。普段瑠華が扱っている“明鏡ノ月”よりも、今の瑠華の爪の方が遥かに頑丈で斬れ味が良いのだ。
鳴き声を上げる間もなくモンスターを消し去りながら進むそれは、正しく蹂躙と呼ぶに相応しかった。
そうして向かい来るモンスター全てを一撃で葬り続ける事数分。人の声と交戦する音が瑠華の耳に届いた。今は〖認識阻害〗をしているのでそのまま気にする事無く進み続ければ、三つ頭の狼の見た目をしたモンスターと交戦する人間の姿が確認出来た。
「くそっ! ケルベロスとか聞いてねぇ!」
「喋ってねぇで集中しろ! 死ぬぞ!」
ケルベロスと呼ばれたモンスターと戦っていたのは、男二人組。その遠慮無い口ぶりから、長く二人で組んできたのだと分かる。油断するなと叱責してはいるが、戦い方に危なげは無くこのままいけば倒し切れるだろう。
「手出しは要らぬな。しかし露払いはしてやろう」
何せ今はダンジョンブレイク中。モンスターは余りある程居るのだから、戦闘音に釣られてくるモンスターがいないとは限らない。現に瑠華の探知では、ここに近付く複数の反応を掴まえていた。
意識されない事をいい事にするりと男達の隣りを抜けて、近付いてきていた黒いモンスターと相対する。しかしそれは奇しくも、男二人組が戦っていたモンスターと同じケルベロスであった。
「これは倒さねばの」
一体を相手する事は出来ても、二体同時には流石に不可能だろう。限界ギリギリを経験させる事は大事だが、それで死んでしまえば本末転倒である。
振るわれた前脚を少し横にズレて躱しつつ、握り締めた拳で真ん中の顎を搗ち上げる。これは探索者の間では常識的な対応だ。
というのもケルベロスは頭が複数ある関係上、それぞれの頭が別々の役割を担っている。その中でも真ん中の頭は魔法を担当しており、最優先で妨害する必要が有るのだ。
「ガァァッ!」
「まだ躾が必要なようじゃのぅ」
口を開けて瑠華へと噛み付こうとしてきた頭を、身体を回転させて尻尾で横から叩く。そのまま身体ごと壁に叩き付けられたケルベロスは、その圧倒的なまでの差に戦慄したように震える脚で立ち上がって後退った。
「おや。妾が素直に逃がすと思っておるのかえ?」
「ワ、ワゥ…」
その言葉を聞いたケルベロスが完全に戦意を失い、媚びる様に地面に伏せて瑠華を見上げる。その姿が奏の美影と重なり、「うっ…」と瑠華が言葉に詰まった。
「……共に来るかえ?」
「! ワウッ!」
(……まぁ、手数が多いに越したことは無いじゃろ、うむ)
随分と甘い対応である事を自覚しつつも、無理矢理理由を付けて自分を納得させる。
「名前、名前……」
瑠華が名前を考え始めると、それが楽しみなのか正しく犬のようにお座りしつつ、尻尾をブンブンと振って大人しく待つケルベロス。体毛が黒ということもあってその姿も美影によく似ているが、その大きさは数倍近く違う。なにせケルベロスは自動車よりも大きいのだから。
「そこは美影とは違うのう。…もうケルベロスのままで良くないかのう?」
「ガウ!」
良くないらしい。
「駄目か…黒、影…三つ…」
思い付く限りのケルベロスの要素を口に出してみるが、ピンとくるものが中々見付からない。
「――――弥生、はどうじゃ?」
「ワウッ!」
ふと連想した事で出て来た言葉を告げてみると、どうやらお気に召したようだ。その名前で魂の契約を交わし、同じように〖認識阻害〗を掛ける。これは探索者に間違って攻撃されないようにする為だ。
「では弥生。早速じゃが、妾から離れて単独行動じゃ。窮地に陥っている人間を見かけた場合、助けてやってくれるかの」
「「「ガウッ!」」」
三つの頭が一斉に吠えると、瑠華へと背を向けて景気良く駆け出した。当初の予定とは違うが、これで探索者が死ぬ可能性が少しは下がるだろうと思えば安心感はある。
「さて……妾は少し骨のあるものを相手するかの」
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