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いつかの日

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 カリカリと何かを書く音。紙をめくる音。それだけがだだっ広い部屋に響く。

「はぁ……」

 それと、わたしのため息も。
 
「以前より仕事は減ってるんですから、ちゃんとやってください」
「……分かってるよ」

 アニスに返事をする。アニスの言う通り、わたしの仕事は確かに以前よりも減っている。その理由が…

「ユーリ様、これの確認お願いします」
「……はいはい」

 真っ直ぐな癖のない銀髪を肩に流した、綺麗な女性がわたしに書類を渡してくる。
 ……そう。彼女はマリだ。もう既に立派な大人の女性へと成長し、わたしの仕事を手伝ってくれるようになったので、わたしの仕事はだいぶ楽になった。

「マリも別にしなくていいんだよ?あなただって仕事はあるんだし」

 実はわたしの手伝いは仕事ではなく、マリにもちゃんとした仕事がある。それが、以前から働いていた騎獣舎の管理。
 ……そう。マリは騎獣舎の最高責任者となったのだ。前最高責任者であるボッジは歳で隠居。しかもアーリと結婚した。歳の差やばいけど、ラブラブらしい。

「いいんです。基本することないですし」
「…ぶっちゃけるねぇ」

 最高責任者とは言うが、確かにすることなどほぼない。騎獣の世話は他のヒトで手が足りるからだ。

「…うん。これでいいよ」
「分かりました。……よしっと。これで仕事終わりですよ」
「ほんと?はぁ…」

 あぁ疲れた。

「じゃあお茶の用意でもしますね」
「あ、お願い。マリも飲んでいって」
「…じゃあ、お言葉に甘えて」

 アニスが淹れてくれたお茶を飲みながら、少し雑談をする。

「新しく入ってきた子達はどう?」
「皆いい子ですよ。仕事を覚えるのも早いですし」

 ふむ。まぁマリが言うのならそうなのだろう。

「…もう、50年ほどになるんですね」
「…確かに、思えばそうだね」

 唐突に、マリがそう切り出した。
 50年。それは、わたしがマリを拾ってから経った時間だ。

「…ほんと御姿変わりませんよね」
「それ言わないで」

 そうなんだよね…わたしの姿は、50年経っても全く変わっていない。なので今は、わたしがマリを見上げる立場にある。
 ……前はちょっとだけわたしのほうが高かったのになぁ…

「……まぁ、わたしも同じようなものですけど」

 マリが少し顔を俯かせる。
 マリの種族、銀狼族は、ほかの一般的な種族より寿命が長いのだ。
 ……それはつまり、自分だけが周りから取り残されるということになる。

「……寂しい?」
「確かに、寂しいと言えばそうなのでしょう。…けれど、わたしには貴方様がいますから」
「……そうね」

 わたしは、わたし自身の寿命が分からない。けれど、まだまだ生きるということは分かる。まだ、マリとは一緒にいられる。

「あの…わたしのこと忘れられると困るのですが」
「「あ」」

 そう言えばそうだった…アニスも居たね。

 アニスの種族だが、実を言うと混血だ。獣人と、吸血鬼。
 何でその組み合わせなんだとか、関係はどうなってるのかとか思ったけれど、今でも両親はラブラブらしいので、問題ないらしい。
 外見の特徴は吸血鬼が強いらしく、獣人のような耳や尻尾は持たない。しかし、運動能力とかは獣人のそれだ。その結果、日光はちょっと痛いと感じる程度なのだとか。それに血を飲む必要も無いらしい。
 ……それぞれの良いとこ受け継いでんだよね。

 それで寿命についてなんだけれど…正直、アニスも分からない。前例がない混血種族だからだ。
 まぁ獣人の寿命が平均で1000歳くらいで、吸血鬼は3000年とか生きるから、多分あと1000年は生きそう。しかも吸血鬼は不老。恐らく、それも引き継いでいるだろう。

「まだユーリ様のお世話したいですから。死ぬ気はありませんよ」
「……なら、もうちょい仕事減らして…」
「それとこれとは話が別です。ほら、もうそろそろ始めないと終わりませんよ」
「うぅ……」

 そんなわたしとアニスのやり取りを見て、マリがくすくすと笑いを零す。

「わたしも手伝いますよ。あっちの仕事は終わってますから」
「あぁ…マリが女神に見える」
「何言っているんですか、もう」

 そんな楽しい会話を終え、仕事を再開する。









 











 を、その背に背負い。








 魔王様、仕事して下さい! ~完~     



 
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