剣・恋・乙女の番外編 ~持たざる者の成長記録~

千里志朗

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2部?章

番外編:監獄島からの脱出(後編1)

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 ※


 所長の部屋の予告状が届く頃、ゼンは刑務所内を駆け巡り、人のいない、倉庫の様な部屋を爆発させたり、無人の牢にある燃える物を燃やし、ゾートの雷の息吹(ブレス)等を使って荒らしらりして、注意をこちらに向けた後、男子房と女子房を隔てた壁に、ボンガのスキルで穴を開ける。

<あれ?ロの字の建物かと思ったら、一応男子房と女子房、完全に独立した建物だったのか>

 穴の向こうに女子房の建物の壁が見える。L字型の建物を組み合わせたのが正解の様だ。

<まあ、問題ないけど>

 多少離れていても、ゼンは一気に跳躍して、女子房の壁に到達。その直前に、ボンガがスキルで穴を開ける。ゼンはそこに、問題なく飛び込む、転がった。

<ボンガ、ありがとう>

<はい、ゼン様!>

 立ち上がって周囲を見回す。女性房、といっても造りは基本、変わりがない。

<最上階、最上階っと>

 ゼンは余り囚人のいない女子房を、気配を消して走り、階段を見つけると、一気に駆け上った。

<まだ、見張りの増援とか来てないみたいだな>

<多分、下で所長の人が大騒ぎしていると思いますが、主様の移動速度が速過ぎますから>

<主様、速いおー!>

 ルフが中で、はしゃいでいる。



 実際、所長は大声で部下を呼び出し、王女の見張りを増員するように命令を出していた。

「義賊が、王女を救出するだと!どうやって侵入したのかは分からんが、そんな真似、させられるか!ここは監獄島、絶対に脱獄不可能な私の聖域なのだ!

 何者だろうと逃がすな!魔術師も行け!殺しても構わんが、王女殿下には傷一つつけるなよ!」

 怒鳴られた部下達は、大慌ててで人員を招集し、王女が捕らわれている女子房の五階へと向かわせた。

 それが手遅れである事に、彼等はすぐ気づく事になるとも知らず。



 ゼンが5階まで上がると、奥の方に人の気配がする。

 音もなく駆け寄ると、完全別物な、牢ではなく、貴人用の部屋、といった感じの部屋の前に、屈強そうな、背が高く体格も大柄な、女性兵士が二人立っていた。

 やはり、多少腕が立つ、と言っても兵士レベルだ。

 気配を殺しているゼンに気づく素振りすらない。

 ゼンはそのまま駆け寄り、一人の女性兵士のみぞおちを掌底で殴打する。

 もう一人がそこで、流石に気づくが、ゼンはそのまま走り、通路の壁で三角飛びをし、もう一人の背後にまわり、延髄に手刀で一撃入れる。

 どちらも“気”を込めているので、確実に気絶させた。

 特別室であろう独房の鍵を壊し、中に入ると、囚人服ではなかったが、簡素なワンピース姿の少女が、これまた簡素なベッドの上で、おびえた目をしてこちらを見ていた。

 ゼンは片膝をつき、頭をたれて、礼をする。

「お初にお目にかかります、王女殿下。私、依頼を受け、殿下を救出に来ました、ゼンという冒険者です。不審に思われるかもしれ―――」

「ゼン!?『流水の弟子』の!」

 ゼンの言葉は、王女の歓声でさえぎられた。

「え?」

 ゼンが不思議に思い、顔を上げると、王女殿下はニコニコ笑顔で、一冊の本を持ち、その表紙をこちらに向けていた。

「『流水の剣士の旅路』……」


 ※


「……つまり、前からその本を愛読していて、唯一持ち込めた私物もそれ、と……」

 コクコクと、紅い顔をして頷く少女は、肩まで切り揃えた金髪に碧眼の、愛らしい、いかにも王女、な感じの気品を感じさせられる少女だった。

「ま、まあそれなら、自己紹介が省けていいです。自分は、国王様からの依頼で、貴方を救出に参りました」

「お父さまが!」

 少女の顔が、さらに明るくなる。

「貴方の無実は、国王様も確信されています。ギルドの調査でも。ですから、この国の冒険者も何人か来ていたのですが、この監獄島では実力を出せず、自分が派遣された次第です。

 王女殿下の無実を証明出来るまでは、今しばらくの時間がかかるでしょう。国王陛下は、そのわずかな時間でも、王女殿下を牢獄になど、いれておきたくない、とお考えの様です」

「そう、ですか……。私、もうお父さま、お母さまに見捨てられたのかと……」

 メイリンティレス王女は、その大きな瞳から大粒の涙を溢れ出させていた。

「王女殿下のお人柄を知られている方々は、誰もがその無実を信じております。偽の証拠ででっち上げられた罪など、いつか真実があばかれるのは明白。

 ですが、今はとりあえず、この監獄島より脱出して、山脈の向こうにある隣国、コーラスに亡命して欲しい、との事です」

「コーラス。では、伯母上の所に?」

「はい。もう連絡し、亡命の許可も了承済みだと、お聞きいたしました」

 レンバルド王国から山脈を隔てた隣国コーラス王国には、国王の妹がある貴族に嫁いでいた。

 隣国とじゃいえ、普通に山脈越えは難しく、行くには山脈を迂回した遠回りのルートになる為に、隣国ではあるが、国としての交流はそれ程頻繁になされていない。

 そこが、秘密裡に王女をかくまうのに最適と判断されたのだろう。

 王女にとって叔母の、国王の妹の存在も大きかった。

 ゼンは話している間に、王女の近くに歩み寄り、一礼すると、その手を取ってはめられた無骨な『スキル封印の腕輪』の腕輪を破壊し、取り去る。

 王女は魔術が使えるらしいので、これで制約もなくなる。別に、王女を戦力として考えている訳ではなく、外したのは、それがいかにも虜囚の証の様に見えたからだ。

 王女は目を丸くして、その作業を眺めていた。

 何故なら、ゼンの右腕にはその『スキル封印の腕輪』がはまったままだからだ。

「あの、ゼン様。ゼン様には、『スキル封印の腕輪』の効果は……?」

「ああ、自分には、その従魔がおりまして、そちらのスキルは、この腕輪では干渉出来ないらしいのですが、従魔術の従魔の事は?」

「ああ、はい!知っています。冒険者ギルドで、魔物使役術士(テイマー)でなくとも、従魔が持てる技術の開発に成功した、と」

 幼いのに博識な少女だった。

 ゼンが『スキル封印の腕輪』をはめたままなのは、レフライアが、「ギルドで調べたいから、壊さないで持って来て」と言われたからだ。

「その通りです。話が早くて助かります。自分にはその、複数の従魔がおりまして、今は自分の精神(こころ)の中に、術のかかった収納具に入れられる様に入っているのです」

「そんな事が出来るのですか……」

 王女は感心しきり、の様だが、従魔術の従魔持ち全員が出来る事なので、少し困る。

「それで、ゼン様……」

「王女殿下。自分は、一介の冒険者に過ぎません。どうぞ呼び捨てでお願いします」

「で、でも、ゼン様は、大陸の英雄で……。その様に、言葉を丁寧に使わず、わ、私の事も、メ、メイリンとお呼び下さるなら……」

(う~ん、あの本の読者は、これだから……)

「……それではメイリン様、で。俺の方は助かりますが、王族に対して慣れ慣れしいのもどうかと思いますから」

 メイリンティレス王女は、少しプクウと頬を膨らませて不満を訴える。それは、年相応な子供に見えた。

「分かりました。私も、ゼン様はゼン様で通させていただきます」

「……お好きな様に。持っていきたい私物は、その本だけですか?あれば、自分の収納具の中に入れて運びますが?」

「収納具まで持っているのですか。いえ、他はここで支給された物ですから、何も……」

 ゼンはメイリンから『流水の剣士の旅路』を受け取ると、それを腰のポーチに入れた。

「幻術で、向こうの検査を誤魔化したんです」

 向こうも魔術対策をしてはいた様だが、結局、監獄島に入れば全てバレるので、おざなりな検査だった。

「……そろそろ下から増援が来る気配がありますね。俺の方は、幻術で姿を変えますが、それは気にしないで下さい。ギルマス命令でやる小芝居なので」

 ゼンは、メイリンのスカートがめくれない様にしながら、横抱きにして持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。されている少女は姫なので、とても正しい。

「あ、あの、私、自分で歩けますが?」

「冒険者の速度に合わせて?無理ですよ。腕を俺の首にまわしてしっかり掴まって下さい」

 その部屋を出ると、下への階段に繋がる通路から、ゾロゾロと剣や槍を持った看守達、杖にローブの魔術師らしき者もいた。

 彼等は、王女の部屋の前の光景に、唖然として立ちすくむ。

 そこには、倒れ伏した2名の女兵士と、王女を抱え上げた、黒い燕尾服に黒のシルクハット、黒のマントに目元を仮面で隠した、謎の怪紳士がいたのだから。

「私は怪盗『夜の黒薔薇』。予告通りに、無実の王女を救いに参上した」

 幻術により、怪盗姿に姿を変えたゼンは、台本通りの茶番を演じる。

 やる気がないので棒読みだが、それは風の術で音声を変え、抑揚も変えられているので、迫真の演技となっていた。

 メイリン王女は、その姿にポーっと見惚れている。

 その場の指揮官は、賊の存在感に圧倒されていたが、ハっと正気付くと、部下達に命令した。

「か、かかれ!不埒な盗賊から、王女を取り戻すのだ!」

 魔術師が、王女の存在を気にして威力の弱い術を放つが、怪盗の持ったステッキによって術があらぬ方向に変えられてしまう。

 実際は、ゼンが『流水』で、鞘に収まったままの剣で流しているのだった。

 剣や槍を持った者が、これも王女を気にしながら、持った剣や槍を繰り出すのだが、まるで実力が違う。軽く躱され、ステッキであしらわれる。

 人数が多くても、まるで相手になっていなかった。

「さてさて。やはり大した実力者もいそうにない。私はこの辺でお暇しようかな」

 怪盗は、看守達が来たのとは逆方向へと走り出す。

「馬鹿か!そちらは行き止まりだ。追い詰めろ!」

 指揮官が、事態が有利に展開した、と喜ぶが、それは一瞬のぬか喜びに過ぎなかった。

<ボンガ>

<お任せを、ゼン様!>

 突き当りの壁が、ボンガのスキルで分解され、砂と変わる。

 ゼンは開いた穴から躊躇なく飛び降りた。

「う、嘘だろ?ここ五階だぞ!」

 追いかけていた者達が、恐る恐るその大きな穴から下を見下ろすと、下に王女共々無事に降り立つ怪盗の姿が確認出来た。

「……冗談だろ。スキルにしろ、術を使うにしろ、こんな所から降りられるか。戻って階段で降りるぞ!賊は下だ!」

 ゼンは飛び降りる際に、ルフにスキルの使用を頼んだ。

<お~~!ルー、頑張るお>

 空を飛べるようになったロック鳥のルフは、飛行を補佐する風のスキルを自在に使えるようになった。鳥系の魔物の特徴の一つだ。

 それで、五階から飛び降りても安全に着地出来た。

 別に、他にも降りる方法はあったが、なるべく従魔には均等に出番を回すようにしている。

 ガエイには、ギルドのスカウト達と協力して、義賊『夜の黒薔薇』の噂をこの国の各所にばら撒くのに貢献していた。

「メイリン様、大丈夫ですか?少し、手荒になっていますが」

 ゼンが、抱き抱えた王女を気遣うと、むしろ元気な答えが返って来た。

「平気です!まるで、自分が物語のヒロインになれた様な気持ちで!」

 頬を紅潮させ、目を輝かせていた。

 『流水の剣士の旅路』を愛読する様な少女なのだ。冒険に憧れていたのかもしれない。

 ゼンはそのまま刑務所施設の外側、島をぐるりと囲む壁の上に跳躍して上がった。

 この壁は、封絶結界が出来る前、監獄島の初期の時代に、海からの魔物が刑務所施設内に入って来れない様に造られた物で、他の城塞都市の物と比べたら、まるで薄く低い壁だが、海の魔物は海中では強いが、陸上に出ると、身動きの取れない、移動の遅い魔物が多いので、これで事足りたのだ。

 それも、今は封絶結界があるので、無用の長物と成り果てている。

 先に脱出した四人の冒険者も、これぐらい軽く乗り越えられる筈なので、心配はいらない。

 ゼンは、女子房から先程の集団が降りて来たのを見届けてから、壁の上を監獄島の入り口に向かって駆ける。

 前方に、槍を持った兵士がいた。一応、壁の上を巡回する見張りがいたようだ。

(運が悪い……)

 怪盗の事を知らされていない様だったが、怪しい身なりの男が、王女を抱えて走って来るのだ。当然迎え撃つのが兵士の役目だが、ゼンはその攻撃をかいくぐり、みぞおちに剣の柄で一撃入れた。

 刑務所の職員、看守、兵士達は別に悪人ではないので、極力傷つけないようにしたいが、ある程度はやむを得ない。

 そしてそのまましばらく走り、監獄島の入り口の門、その外側に降り立つ。

 その先は、海だ。

 監獄島と陸地を繋ぐ約200メートルの道は、干潮時にのみ使える。それ以外は、海に沈む、そう計算されて造られた、唯一の道だった。

 監獄島の門が開く。

 そこには、この騒ぎを知らされ、駆け付けたのだろう、所長以下、ほとんど全ての刑務所職員が、総出でその場に集まっていた。

「間抜けなエセ義賊めが、追い詰めたぞ!」

 ガブラフ所長は得意気に、残酷な笑顔を浮かべ、賊と王女に迫るのだった……。











*******
オマケ

西風旅団抗議~

リ「どうせ番外編やるなら、俺等を出してくれてもいいだろうに」
ラ「うんうん。抗議せざるを得ないな」
ア「そうだね~~。本編出れないと、ゼン君の美味しい料理、食べれないし~~」
サ「シア、それ違うから……。普通にパーティーとしての活動、やってないから本当に困るわね」
リ「うん。迷宮にしろ、外での任務にせよ、冒険者としての出番がないと、腕が鈍るぜ」
ラ「まーな。俺は楽して儲けたい方だが、何もやってない様に思われても、外聞が悪い。出番ないと、スーリアといちゃつきも出来ない」
ア「うんうん。運動しないと、食事が美味しくないもんね」
サ「………。とにかく、早く普通に戻りたいわ」
(との事でした)
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