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第2章 流水の弟子編
059.悪魔の壁(9)20~21
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「―――となる訳じゃ」
あのラザンとの話の後、しばらくしてから、パラケス翁はもう一度最初から、この技術の要点をまとめていこう、と言い、そこからゼンの固有名詞や、その従魔の話は抜きの、完全に対外向けな内容になった。
恐らくそこからが、冒険者ギルド内で検討する事になる、他のメモリーに移せる内容なのだろう。
そこに至るまでに、パラケス翁はゼンが紹介するから、いらないかもしれないが、と断ってから、ゼンがその身に抱える7人の従魔の説明を簡単にしてくれたのが有難かった。そこに、レフライアが知りたかった『リャンカ』という少女の情報があったからだ。
一応ゴウセルとレフライアは、その対外向けな説明の映像にも目を通し、抜けた情報がないか確かめた。
そして最後にパラケスは、この技術情報を、どうするのかは冒険者ギルド、つまりは、持ち込まれたのがフェルズの東辺境本部なのだから、ギルマスのレフライアに、一任する、有効利用して欲しい、と言って、他の国の研究機関や大学等への情報公開も任せるが、こういった情報は極秘にしてもどこからか洩れるものだから、金を取ってサッサと公開し、売った方がいいだろうと言った。
その後付け足しで、
「ただし、魔術ギルドには絶対に売らない、提供しない事を約束して欲しい」
とひどく真剣な調子で言い、メモリーの映像はそこで終った。
「……ゴウセル、今のどう思う?」
レフライアはパラケスの紫のキューブの横に、持参していた未使用のメモリー・クリスタルを置いて、パラケスが説明していた作業をする。
2、3の簡単な作業で情報のデータがクリスタルに転写されるのが分かる。至れり尽くせりだ。
「ん~。『隠者パラケス』って元々魔術ギルド所属の学者様だよな。何か問題でもあったのかな……」
ゴウセルは漠然と想像する。
「……あったんでしょうね。多分、このお爺ちゃん、魔術ギルドから排斥されたんだと思うわ」
「排斥?こんな優秀な人をか?」
「この、組織の意にそぐわない研究をしてたせい、なのかしら。こうして実を結んだから、凄い発見内容だと分かったけど、長年苦労してようやくだし、やっぱり……」
クリスタルに転写完了、の光がともり、レフライアのその中身を確認する。大丈夫の様だ。
「そもそも、何も知らずにこのお爺ちゃんと会ったとして、それが『隠者パラケス』だと分かると思う?」
「あー、世に言われてる印象と、まるで違うよな。正直、こんな好々爺な老人とは思ってなかった」
「そう。元々、効率のいい術の使用法とか、新呪文を考えたりとかで、色々と功績残してて、その界隈だと高名な人だったけど、『隠者パラケス』なんて二つ名で急に呼ばれ出したのは、彼がこの研究の旅に出た、二十何年か前、出奔した後辺り」
「確か、“偏屈で頑固で人嫌いで秘密主義”で、それが高じて勝手に飛び出して、旅に出た、うんぬん。……一つも合ってない感じだな」
「魔術ギルドって、術士全般の相互扶助を目的として出来た組織なんだけど、冒険者ギルドの方が、『術士保護法』や『ギルド内、及び冒険者の女性保護法』が出来た辺りから、こっちに人をゴッソリ取られてしまっているから、かなり人員不足になってるの」
「ああ、冒険者ギルドにとってはライバル組織になる訳だ」
「一応はね。冒険者ギルドは完全に世界規模だけど、向こうはある国ない国とかあって、比べられる様な規模じゃないわ。こちらは合法ならどんな組織との同時加入も認めてるけど、向こうはそうじゃないから意味なしだし。
で、まあそのせいか、やたらとお金になる様な研究、調査が推奨されてるの。あのお爺ちゃんは、もう充分魔術ギルドに貢献したからと、最後って言ってたし、自分のしたい、お金になる当てのないこの研究をしたら、いい目をされなかったって言ってたじゃない。実質的に追い出されたんじゃないかしら」
「生々しい話だな。人手不足だからこその利益重視か」
「ん。だから、放逐したのを、まるで自分のせいみたいに『隠者パラケス』の二つ名と、全然褒めてない人柄の噂を広めて、調度同期で『賢者ホーエンハイム』という分かりやすいライバルがいたせいもあって、その二つ名がすんなり定着してしまったんじゃないかしら」
「説得力があるな」
一応は憶測よ、とレフライアは笑う。
「それはそれとして、これから又かなり忙しくなると思うわ。この“従魔再生契約技術”、お爺ちゃんも言ってたけど、多分従魔術に省略されると思う、その研究部門をギルド内に新しく立ち上げなきゃ。
広めるのは、ある程度ちゃんとした研究をして確認が取れた後になると思う。
ゼン君に言われてたから、人手とか手配の準備はしてたけど、キューブの情報の中味が、色々想像を絶していた内容だったわ。これは、物凄い事になるわよ」
「そうだな。B級の冒険者は、A級程には少ない訳じゃない。結構そこそこの数が世界各地にはいる。フェルズにも。それが、急に従魔を従え、補強されるんだ。世界的に大騒ぎになる、革命的、革新的な出来事だ」
「ええ。ゼン君とその従魔は特異過ぎて公開なんて出来ないけど、パラケスが『流水』の旅に同行してるのはそれなりに有名だから、また『流水』の名も上がる事になる。付随して、その弟子の名も……」
「それは、騒がれるのが嫌いそうなあいつには嬉しくない事だな」
「分かるけど、どうにも避けられないわね。この研究部門も、実例としてどうしてもゼン君に協力してもらわないと、先に進むのが難しくなるから。彼の特異性は、勿論絶対に知られない様にはするつもりよ」
「頼むよ。内容が分かってみると、ゼンが仲間達と迷宮(ダンジョン)に籠った意味も分かる。しばらく迷宮攻略どころじゃなくなるな……」
「~~。私も、気持ちは分かるけど、約束は約束なの、ちゃんと叱ってよね」
「分かってる分かってるって」
イチャコラ。
「……それと、これは絶対数の少ない魔物使役術士(テイマー)にとっても凄くいい話になると思うわ」
「補強の事か?戦力が単純に2倍近くになるからな」
「そっちもだけど、それよりも疑似魔物使役術士(テイマー)みたいな仲間が増えて、従魔を連れ歩く冒険者が増えるだろうって事の方」
「自分に、入れたままにする奴もいるんじゃないか?その方が便利そうだ」
「便利かもしれないけど、実体化にゴッソリ力を取られる事を考えると、出したままにする冒険者の方が多いと、私は思う。お爺ちゃんも言ってた、力の浪費ね。
従魔は、元々テイマーの為にそれを認証した首輪や標識、バッチか何かをつけるのが義務づけられてるし、それを使うと思う」
「それで、何がいい話なんだ?」
「魔物使役術士(テイマー)はとにかく数が少ないせいもあって、連れた魔物に対する忌避感が凄いの。強い魔物程、外観が怖いし、仕方ないけれど、村や街によっては出入り禁止とかもあって、かなり苦労してる魔物使役術士(テイマー)が多いのよ」
「そうか……。そう言えば、俺も魔物使役術士(テイマー)に会った事ないな。フェルズにはいないよな」
「いた時もあったらしいけど、今はいないわ。それで、街に入れても、宿に従魔用の厩舎があるとこがなかったりして、ギルドが預かる場合が多いわね。
つまり数が少ないから、従魔の扱いに困る事が多いの。魔物使役術士(テイマー)も術士だから、保護法の適用内で、その補助金でなんとかやりくりしてたり、外で野営専門にしている魔物使役術士(テイマー)もいたりと、とにかく苦労してるのよ」
「なるほど。仲間が増えれば、それに応じた施設も増えるし、受け入れも当り前になって行く、と」
「そうそう。あなたの所でも、そういう品を扱うのが増えるかもしれないわよ」
「魔物使役術士(テイマー)の従魔用の餌や武器関係等々。凄いな、商売の幅が広がる。ドワーフとの事もあるし、俺もライナーが帰って来たら、殺人的な忙しさになりそうだ。嬉しい悲鳴をあげそうだよ」
色々順風満帆な二人でした。
※
「美味っ!なにこれ、凄い美味しい!それに、干した果実が何種類も入ってる?」
サリサは、ゼンが出したお菓子の余りの美味しさに、目の色変えている。
「パウンドケーキって言います。干し果実はどこでも売ってるし、その種類によって触感も味も色々変えられるから、何種類か作って試してるんです。
他に胡桃を入れたり、ケーキ自体の味も変えてみたりして……」
皆、凄い勢いでガツガツ食べまくっている。
「……俺も、初めて食べた時、美味し過ぎて、凄い量食べたから、気持ち分かるけど、さっき昼食べたばかりだし、余り食べ過ぎない方がいいですよ……」
ゼンの忠告は誰も聞いていない様だ。
ゼン達は、20層のボス階の安全地帯で、宣言通りの長めの休憩を取っていた。
そして気づくと、フロアの中央にポツンと立つ、一本の木が。階層ボスの強化トレントが再生(リポップ)した様であった。
「って、ちっさ!」
リュウが思わず大声で言ってしまう。
「いや、小さくはないですよ。トレントとしては大きいじゃないですか」
「そうだぞ、小さくはない。言いたい事は分かるが」
ラルクはゼンに同意する。
「やだ小さい~~、笑えるぐらい小さい~~」
アリシアが、何かツボに入ったのかやたらと笑って、床を叩いている。
「この似た者カップルはもう……。トレントとしては大きいんだってば」
サリサは笑い過ぎている親友の背中をさする。
「だって~~、今まで戦ってたのと、太さでもう、半分以下?」
目に涙すら滲ませている。
「……それは、エルダー・トレントだからですよ。上位種だから、ほとんど別物です」
「あ、そうだ。思い出した。聞こうと思ってたんだ。あのエルダー・トレントって、ランク何の魔物なんだ?」
リュウが戦っている最中に考えた疑問を口にする。
「……C+です」
聞かれてゼンは言っていなかった事に気づく。言っていれば、思いとどまったのかもしれないのに、と。
「C級?それにプラスって付いてるって事は……」
「限りなくB級に近いって事です。
あの凶悪なスキルで、強い冒険者でも罠にはめて、どんどん殺しまくるんですから。ギルドでもB級でいいんじゃないか、とか揉めてるらしいです。
トレントなら普通は燃えるから、魔術とかに弱いけど、あれはあの、多重障壁があるから術士泣かせだし。『冒険者殺し』とか『冒険者ホイホイ』とか異名のある、いわくつきの魔物です」
しかもここは迷宮内。ダンジョンのDがついて、外より強化されているのだ。
迷宮(ダンジョン)の魔物は全て外より強化されているが、その強化値は、強い魔物程強化の度合いは低くなる。AやSならほぼ外と同じ程度で、Dの文字はつけないらしい。
エルダー・トレントは、ランクを考えると、中級迷宮に出るにしては微妙な魔物だ。強化を考えると完全にB級。普通に上級に出るのではないだろうか?
「リュウさんが倒した“宿り木”、強かった、って言ってましたよね」
「ああ、なんかまるで一級の戦士みたいな身のこなしだったな。蔦を鞭みたいに使ってたし」
「もしかしたら、あれが蔦に指令出す、頭脳体みたいなものだったのかも……」
「最後に脱出して来たり、確かにまるで本体だよな」
「ええ。障壁斬っても、蔦で攻撃防いだり、せっかく料理用の高い油まで使ったのに、ラルクさんの矢とか、油ごと皮をはがして延焼しない様にしてました」
「ああ、だから燃え広がらなかったのか。蔦が邪魔で見えなかったよ」
頭が良く、こちらの攻撃に即対応。囮無視で後衛まで狙う。
このパーティーじゃなかったら、普通に全滅してもおかしくない相手だった。
強かったが、何とか倒せて良かった良かった、と呑気に喜んでるチームメンバーがどこまで理解出来てるか不安だったが……。
※
休憩が終わり、21階に上がる階段を登る。
また同じような壁づくりの迷宮(ダンジョン)だが、何処か暗く、陰鬱な感じがするのは気のせいではないだろう。
ここから先は、不死系(アンデッド)な魔物の領域だ。
なのに妙にパーティー内の雰囲気が明るい。軽い。警戒役のラルクまでもが、どこか常になく適当だ。
「じゃあ、ゼン。適当に案内して。何かありそうな部屋とかも寄って行きましょ」
サリサも、まったく緊張感がない。
ゼンは、アリシアが使った、実力検定の時の凄い魔法を見ているが、あれはどちらかと言うと、ボス向きな単体殲滅魔法だ。
魔術や神術等、あらゆる術は、ある一定の線を超えると“魔法”になるのだと言う。術士でないゼンには、その線はまるで分からない。サリサがエルダー・トレントに使ったあれは、もしかしたら“魔法”なのかもしれない、と漠然と思う。
それはそれとして、サリサ達は、アリシアが不死系(アンデッド)に無敵だと言っていたが、ゼンはアリシアが不死系(アンデッド)と戦ったのを見た事がない。中級の迷宮(ダンジョン)に上がっても、それは変わりないのだろうか?
とにかく、いつも通りにコース選定をする。この階には鍵付きの部屋はなさそうだ。
それを説明してから、階段までの最短コースを行く。
少し進んだ先で、青白いD幽霊(ゴースト)5体、D歩く死体5体の、魔物の群れに遭遇した。D歩く死体はまるで元冒険者の様に、皮鎧をつけた者、ローブを纏っている者等がいて、死体の選定が悪趣味な感じだ。
アリシアの瞳がキランと輝いた。
ゼンから貰ったソラス・ロッド(光の杖)を構えて、その群れに向かって呟いた。
「『ターン・アンデッド』!」
ある程度長い詠唱はもう暗示登録してある。その一言だけで、神術は発動した。
不死系(アンデッド)な魔物の群れを、大いなる光が包み込む。
ただただまぶしい光。
その中で、ゼンは確かに青白いD幽霊(ゴースト)とD歩く死体が満足げな、無念のない成仏した顔になるのを見た。皆、その光に包まれ、そして消えた。
「え?」
ゼンは、旅の途中で神官の冒険者が浄化呪文を使うのを見た事があるが、こんなに大規模に、速攻で効くようなものではなかった。
確かに不死系(アンデッド)に対して通常呪文よりも効きは良かったと思うが、こんなものかと拍子抜けしたのを覚えている。
これなら、光や聖の属性を付与された剣で斬った方が速いと思った。実際、神官の仲間の冒険者達はそうしていた。一時的な足止めや、敵の攻撃の束縛役として機能している様だった。
だから、アリシアもその凄い系なのか、程度に思っていたのだ。
「もしかして、ゼンは私とシアが同格ぐらいの術士だとか思ってた?」
ゼンは尋ねて来るサリサに頷いていた。後衛に並ぶ天才少女二人だ。それが同じぐらいと思うのは、自然な流れだった。実力検定の時も、見たのは一つきりだったから。
「こと、不死系(アンデッド)にかけて、あの子を上回る術士はいないと、私は思ってる。私なんかの比じゃないのよ、あの子は」
リュウが、いかにも仕方ないなぁと、アリシアに拍手して誉めそやしている。
アリシアは、私偉い~、私強い~、私最高~、もっと褒めて~、と自己主張していた。
普段は防御壁や補助強化、治療と裏方ばかりのアリシアだ。これでつり合いが取れている、と言えなくもない。
「楽出来るのは、悪い事じゃないよね……」
ゼンは、いつもと反対の立場になった様な事を言っていた……。
*******
オマケ
ゼ「甘い芋とかカボチャとかで、お菓子作れるんだけど、なんかみんな凄い食べそうだ……」
サ「こ、これが胃袋を掴まれてしまうという、伝説の……」
ア「普通、女の子がやるものだけどね~~(笑)」
リ「確かに、料理で結婚とか考えるって意味分かるな。いや、それだけでしたりしないけどな…」
ラ「ん~~。ま、まあ、当然、料理美味い方がいいよな。(スーリア、料理どうだろう?ギルドの寮だから、今は作ってないかもだな……)」
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途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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