剣と恋と乙女の螺旋模様 ~持たざる者の成り上がり~

千里志朗

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第3章 従魔研編

092.悩み想いし夜

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 ※


 手を伸ばしても、夜空の星に届きはしない。

 たとえ、とんなにそれを切実に欲しようとも、絶対に不可能な事は、小手先の手段でどうにかなるものではない。

 それでも人は、手を伸ばし続ける。あるいは、手に入らないと分かっているからこそ、手を伸ばすのをやめられないのか……。

 ゼンは、ベッドに仰向けに寝た状態から伸ばしていた手を降ろす。

 天井にすら届かない手。今の身体能力でなら、ただ立ち上がって跳躍すれば届くだろうが、ゼンの欲しい物は天井ではないのだから、その行動に意味はない。

「……はぁ」

 大きくため息をつき、昼間の迂闊な模擬試合の件を考える。

 失敗だった。もっとよく考えて、引き分けにもつれ込む様な、互角の戦いを演じるべきだった。

 ロナッファは、充分強かった。油断や対応の間違いで、勝敗は簡単にひっくり返ったであろう。ほとんど手を抜く必要なく、それが出来たというのに……。

 リーランという前例があって、その時にすぐ考えが及ばなかった未熟さ。前は想いを封じていた状態だから分からなかったが、ラルクの言う通り、彼女は剣や武の教えがどうの、等どうでもよく、いや、さすがにどうでもはいい過ぎか。

 ゼン自身と親しくなる事が目的だった、強者に従う獣人族の特性を、その時のゼンがちゃんと理解出来ていなかった故の不手際。

 引き分けになっていれば、お互いの健闘をたたえ合い、相手の矜持(プライド)を傷つける事無く、ツヨカッタナ、オマエモナー、とそれだけで終わったかもしれなかったのに。

 直前の、サリサから視線を逸らした罪悪感と落ち込みが、雑な試合展開となり、結果、あっさりと勝敗を決めてしまった。

 それは当然、サリサのせいなどではなく、一方的にゼンのせいだ。ゼンが悪い。

 自己嫌悪で悲しくなって来る。

 だが、そんな事で時間を無駄にしている訳にもいかない。

 そろそろ、従魔の初心者用教本、のような物を書かなければいけない。パラケスにでも丸投げしたいが、現場にいるゼンが書くべき、と言われてしまっている。

(面倒だな……)

 それはそれとして、最近の従魔達の事、西風旅団に同行した時の様子を聞きたい。本当は1回毎に聞ければ良かったのだが、この所疲れ気味で時間を取れなかった。

<ゾート、ボンガ、ガエイ。3人それぞれ一回以上は野外討伐任務の手伝いに行った訳だが、感想とか聞かせてくれないか?>

 ゾートは、今日行けていれば2回目だった。

<俺の感想は、悪くないね。リュウのあんちゃんとは気が合った。お互いの攻撃範囲が重ならない様に、結構上手く出来たと思う。

 休憩時間に手合わせもしたが、中々どうして。結構な強さだ。俺の角の大剣と互角に渡り合える魔剣も凄いが、それを手足のようにあつかえている。彼は、かなりの使い手になるだろうな。

 現状、細かな問題はあるようだが、主はそれを見越して考えている様だし、大丈夫だろう>

<ありがとう、ゾート>

<いや、周囲が優秀で、職が揃ってると手段が豊富で打てる手が多く、いいパーティーだよ、旅団は>

 ゾートの意見は期待以上のものがある。

 リュウは、『悪魔の壁 デモンズ・ウォール』の後半では、本当に魔剣の扱いに慣れ、“気”の上達具合も申し分ない。ゾートの話でもそれは保証されている。大剣の扱いは、ゼンよりもゾートの方が上だから、間違いの少ない目安になる。

<ボンガはどうだった?>

<俺、とっても、楽しかった。大槌使いはいなかったから、皆で新しい戦術考えたりしてくれて、皆いい人。俺、旅団の事、好きになったよ>

<良かった。そう言ってくれて、俺も嬉しいよ>

 気の優しいボンガは、旅団のメンバーと気が合うと思っていたが、そこは予想通りだった。

<大槌の戦術は、俺も考えておくよ>

<はい。あと、ゼン様……>

<なんだい?>

<サリサさんから、話がしたいから、時間を作れないか、伝えて欲しいて言われたん、ですが、前もって教えられた通り、今は時間が取れないから、後日に、と……>

<うん、それでいい。ありがとう>

<ああ、俺も言われてたんだ、悪ぃな>

 ソートの捕捉。

<そちらも、教えた通りに答えてくれたんだろ?>

<ああ、まあな……>

<なら、それでいいよ。この件では、すまないが意見はいらない>

<……嬢ちゃん、ちと無理して明るく振る舞っていて、痛々しかったぞ、主>

<……俺に!―――いや、いい。すまない……>

<差し出口だったかな。らしくない事言った、悪いな>

 従魔にまで気を遣わせて、俺は―――

<ガエイは……>

<我の方でも特に問題は。詳細は明日以降にでも。

 主殿、お疲れのところ申し訳ないのですが、ルフがぐずっておりますので、少し外で遊ばせてやってはいただけないでしょうか?>

<おー?>

<……分かった。ルフ、出ておいで>

 部屋の中に、ルフの幼くあどけない姿が現れる。

 ベッドに腰を下ろしていたゼンは、満面の笑みを浮かべて飛びついて来るルフを抱きとめる。

「ここ、主さまのおへや?」

「そうだよ。中からいつも見てるだろ?」

「中とお外からは、ちが~うよー?」

「そうかい?そうだな」

 ゼンは笑って、両脇の下に手を入れて、ルウを目線よりも高く持ち上げる。

「おー?るー、飛んでるみたいお?」

「そうだな。ルフならずぐに、自分の翼で飛び立てるようになるぞ」

 そのまま立ち上がって、部屋の中を飛んでいるみたいに移動してやる。

「すごいすごい!たかいお!」

 キャッキャと無邪気に喜ぶルウを見ていると癒される。ガエイは分かっていて、適当な理由をつけてルウを外に出すように言ったのだろう。その気遣いもありがたい。

 一通り部屋の中を遊覧飛行させたのち、ベッドへとルウを軟着陸させる。

「きゃー、落ちたおー!」

「落ちたんじゃなくて降りたんだよ」

 ベッドの上でバタバタ楽しそうにもがくルウ。ゼンもそばに腰かけて一休み。

 それを見てルフも、ちょこんとゼンの隣りに座る。

 にこにこ笑顔で何をしていても楽しいようだ。

「何か飲むか」

 ルフには、ポーチ内で氷の塊と一緒に入れてある牛乳を。自分には果実水を出す。

 そのままコップに牛乳を半分くらいの量を入れて手渡す。

「あ、暖めた方が良かったかな?」

「んーん。るー、つめたいのも好きだよー」

「ならいいかな」

 牛乳は料理用に先日買ったものだし、時間遅延のかかったポーチに収納してるので、そう簡単に悪くなったりはしないが、子供はお腹をこわしやすい。

 ……魔物だと、その常識も余りあてにはならないのだが。

「あのね、主さま」

 牛乳を力いっぱい飲んで(?)、口の周りを白くしたルウは、いかにも大事な秘密を話すぞ、と声をひそめて言う。ゼンの他には誰も部屋にいないのに。

「なにかな」

 ゼンはルフの口周りを手ぬぐいを出して拭いてやりながら聞く。

「るーね、おおきくなったら、一番に主さまのせて、おそら飛ぶから!」

「それは嬉しいな」

「やくそく、だおー?」

「うん、約束約束」

 実は、ルフとこの話は何度もしている。ルフは子供だからなのか、まさか鳥頭だから、とかではないと思うのだが、まだ物覚えが悪く、自分の言った事でもよく繰り返すのだ。

「ほかの、おそら飛ぶ、まものとかにも、のっちゃ、メーなんだからね?」

 あれ?そんな条件あったっけ、とゼンは凍り付く。すでにもう、フェルズに帰還する時に、竜騎士の飛竜に乗ってしまっているのだが……。

「そ、そうだね、わかったよ」

 あの時の事、ルフは覚えていないのだろうか。もしかしたら、見ていない?中で寝ていたのかもしれない。なにしろ、飛竜に乗っていたのは短時間で、ゼンも少し仮眠していた。

 うふふふふー、とご機嫌なルフに罪悪感を覚えるゼン。今回初めて出された条件でないのなら、むしろゼンの方が鳥頭で、大事な約束を覚えていなかった事になってしまう。

「……え-と、ルフ、何か甘いものでも食べようか?居間の方に作り置きあるし、行ってみようか」

「おー!甘いもの、るー、だいすきだお!」

「はいはい」

 ゼンは片手でルフを抱き上げ、自分の部屋を出る。

 屋敷の中には、前と違って使用人やメイドなどがいて、ゼンを見ると笑顔で頭を下げて来る。

 ゼン坊ちゃま、とか呼ばれるのはくすぐったいのだが、それも多少は慣れて来た。

 ルフの事を見知っている者もいるので、手を振っている者もいる。

 ルフは不思議そうにして手を振り返しているので、やっぱりちゃんと覚えていないようだ。

「よう、ゼン。ルフちゃんも一緒か」

「やだ、ゼン君。ルフちゃん出してくれるならすぐ言ってよ!」

 一緒に座ってお酒を飲んでいたらしいゴウセルとレフライアは、ゼンの姿を見て声をかけて来る。

 レフライアは特に、紹介してからはルフが大のお気に入りで、ちょっと甘やかし過ぎるので、余り出せなくなってしまっていた。

「ルフちゃん、こっちいらっしゃ~い」

 と声かけても、ルフは不思議そうな顔で警戒している。本当によく忘れる。

「ルフ、前にも教えただろう。俺の……お義母さん、だよ」

 まだそれなりに心理的な抵抗感のある言葉だ。

「おー、おかあさん、しってる!あったか、ぽかぽかなんだよ!」

「……そうだな」

 その身を挺して雛たちを護ろうとした強い母鳥の事が思い浮かぶ。ルフはまだ覚えているのだろうか?それは、いい事なのか、悪い事なのか……。

 レフライアの膝の上に座り、お菓子などを食べさせてもらってからようやく思い出したのか、おかあさんおかあさん、とご機嫌になる。

 レフライアもとろけてしまうのでは、と心配になるぐらいだらしない顔をしている。

 ゼンは二人の向かいに座る。

「あら、主様、ルフを外に出しているのですね。もう少しでお片付けが終わりますので、お部屋を伺おうと思っていましたのに」

 いかにも通りがかった、という顔をするリャンカは、二人で来てすぐ気が付いていたのに、職務優先で大急ぎで片づけを終えたのだ。

「蛇、邪魔ですの!ご主人様、これ、ミンシャの新作クッキーですの!自信作ですの!

 ルフも、お義父様、お義母様もどうぞですの!」

 横からミンシャがリャンカを押しのけて、昼間に作ったものらしいクッキーを皿に盛ってやって来た。

 ミンシャとリャンカのにらみ合いは、もう余りにも日常茶飯事なので誰も気にせずに、皿のクッキーに手を伸ばす。

「んー、美味しい。このほんのり甘くて、オレンジっぽい色は、カボチャを生地に練り込んだのかしら?」

 レフライアは自分でも食べながら、ルフにもクッキーを手ずから食べさせている。

「はいですの!」

「ミンシャも腕を上げてるなぁ。その内俺の方が教えて貰う事になりそうだな」

「そんな、ご主人様にはまだまだ全然及ばないですの……」

 ミンシャは身体をくねくね、尻尾はパタパタ、犬耳をピコピコせわしなく動かしながら、謙遜する。

「まったくもってその通り。お料理では主様が一番ですわ」

「事実でも、お前が言うな、ですの」

 またにらみ合う二人。

「どうせなら、夕食前にルフちゃん出してくれれば、一緒に食べれたのに、ねぇ?」

 クッキーをバリボリむさぼるルフに、同意を求めるレフライア。

 ルフは意味が分かってるんだかないんだか、ねー、と頷いている。

「……そうやって、際限なく食べさせるから、出せなくなったんじゃないですか」

 ゴウセルも、ただただ苦笑い。

 ルフは、育ち盛りだからなのか何なのか、やたらと際限なくよく食べる。人種(ひとしゅ)であるその身体のどこにその量が収まるのか、と不思議になるぐらいに。

 旅の間は普通にしか食べていなかったと思うのだが、レフライアが今のように、ルフに食べさせているのを見ていたら、まるで止まらず、なのにレフライアが食べさせるのをやめないので、その日の夜は、ゴッソリと作られた料理がなくなり、こんな事を続けさせていたら、食費で破産するのでは、と思えたぐらいだった。

 実際の話、今のゴウセル、レフライア、ゼンを合わせた収入で、破産などあり得る話ではないのだが、だからと言って、際限なく食べさせていい訳でもない。

 それからしばらく談笑した後、部屋に戻るゼンに、当然ルフはくっついて行く。レフライアが世にも悲しそうな顔をするのにも、ルフはバイバイと非情に手を振るのだった。

 おかあさんおかあさん、と言っても、主が至上なのは変えようのない事実なのだ。

 どうせなら結婚して、そのまま子供を産んでもいいのでは、とゼンは思うのだが、現役復帰の夢も捨て難いらしい。

「で、では主様」

「ご主人様」

 先を争って、就寝の挨拶をしようとする二人に、ゼンはふと気の迷いが出る。

「今日は久しぶりに、4人一緒に寝ようか?」

 しばらくの無言の間、ではなかった。ルフがゼンの腕の中で、わーい、いっしょいっしょと喜んでいたので。

「え?え~~~っ!そ、それは、主様、私は勿論常に準備万端用意周到、どんな時でも大丈夫なのですが、いきなり4人一緒なのは、とてもハードルが高く……」

「……ハッ!なに言い腐りやがるんですの!この淫乱蛇!だ、大丈夫ですの!あたしとルフとご主人様、三人仲良く寝るですの!でも、夜中に可愛いミンシャをご馳走になっても、それはそれでいいですの……モジモジ、ポッ」

「擬音口にしてる時点であざといんですよ!」

 またにらみ合う二人。不思議そうにそれを見るルフ。

「……旅の間だって、いくらでも一緒に寝ていた事あっただろうに、なんでそう騒ぐかな。

 いや、なんとなく、前を思い出して、そういう気になっただけだから、嫌ならいいよ。二人にはもうちゃんと部屋もあるん―――」

「いえ、是非に絶対にご一緒します!」

「寝間着取ってくるですの!蛇のは引き裂いて!」

 高い身体能力を無駄に駆使して走り出すミンシャと、それを追いかけるリャンカ。

「……にぎやかだねぇ」

 ねー、とルフと声を合わせる。

 その日は、さすがにベッドで四人は無理があったので、床に布団を敷き、四人川の字になって雑魚寝した。

 二人にはくれぐれも夜中、変な悪戯をしないように厳重注意して。

 二人の従魔の少女の想いは、従魔の忠誠の延長線上にあるのでは、とゼンは思うのだが、それでも何らかの形で、二人の想いにも応えられたら、と思うゼンは、自分を取り巻く周囲の現状認識が、まだまだ恐ろしく甘いのであった。




*******
オマケ

フェルズ獣人族の集いinギルドの食堂

ロ「さて、我等は、フォルゲン様のお守り、として将軍より遣わされたのだが、現状では彼は従魔研の研究棟に泊まり込み、という。どうしたらいいのだろうか?」
リ「困りましたね。兄さまを口実に来たと言うのに」
フ「おい、口実言うなや。それと、姐さん、様付けは勘弁してくれませんかね」
ロ「仕方あるまい。お主は、将軍のご子息。弟弟子であっても身分的には上だ」
フ「……いや、姐さんだって家は貴族で、家格的に様付けするのも変だと…」
ロ「些末な事を気にするな。だからゼンに負けるのだ」
ス「……あのー。何で私、ここに呼ばれているんでしょうか?それと、フォルゲンさんは、研究棟を出てもいいのですか?」
ロ「すまんな。そなたはゼンの関係者と聞き、彼の事を多少なりとも知るものとして、話を聞きたかったのだ。同じ獣人族のよしみとして」
フ「あ、俺は外出許可もらってるから。ここはギルド内だし、おかしな事ばらさなきゃいいんだとさ」
ス「はあ、なるほど」
(有名人に知り合いが出来ると、こういう弊害もあるのね…)
リ「で、スーリアさんは、師匠のパーティーの人が恋人と聞きまして、その成就の秘訣なんかも聞けたらいいなぁ、なんて」
ス「そ、そうですか…」
(うわあ、すごい獣王国的な、肉食グイグイ系が二人もとか、超速君、可哀想……)
獣王国出でもなんでもないスーリアは、困りながらもギルド職員として来賓に笑顔で対応したという……
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