剣と恋と乙女の螺旋模様 ~持たざる者の成り上がり~

千里志朗

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第3章 従魔研編

098.『流水の剣士の旅路』

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 ※


「しっかしゼンは、本気でまるで物語の主人公だな。ギルドで忙しく働くかたわら、難事件を片手間で解決、とか、いいねぇ、まったくもって」

 ダルケンは何度も頷くと、チームメイトに声をかける。

「モルジバ、あの本、持って来てくれ」

「いいですけど、余り雑に扱わないで下さいよ」

 爆炎隊の治癒術士、モルジバは、言われてすぐに自分の部屋に行って、私物の本を大事そうに抱えて持って来た。

「こいつは、小説とか好きでな、外から来る行商人に頼んでここで手に入らない、その手の本を仕入れて来てもらってるんだが、その中に面白い物があってな」

 ダルケンがモルジバから渡されたのは、『流水の剣士の旅路』と題のついた、結構ぶ厚い本だった。

「こいつは、冒険者ギルド中央本部発行のものでな、今までは、偉人となった冒険者の本とか、記録とかを不定期に情報形式で出してたんだが、これは何故か小説形式なんだ。

 で、読んでみると、どうもちゃんと聞き取り調査とかして、そこから書かれたもので、これが今、大陸で大流行している。

 まさに大人も子供も、字が読める者は皆夢中になっているらしいんだな」

「おー、これ、ラザンとゼンの、修行の旅の物語なのか。聞き取り調査って事は、完全に実話で創作は無しなんですか?」

 ラルクが横から覗き込んで言う。

「少なくとも、ラザンの戦闘部分はそうなんだろうな。他はかなりあやしいが」

「え?」

「つまりこいつは、ゼンがラザンの事を取材されて、懇切丁寧な自慢話をして生まれたっぽいんだよ。だから、ラザンの戦闘描写とか、異様に克明にえがかれていて、いかにも身近で見た者の視点で書かれているんだ。

 その代わり、それ以外のとこは、想像や現地取材の成果で繋いでいるみたいなんだ。ゼンの戦闘シーンとかは、売られた魔石の数から、ラザンが倒した以外のを逆算したものらしい」

 ダルケンはそう説明して、その本をリュウに手渡した。

「へえ……。確かに、ゼンは凄い厳しい修行を受けいても、師匠の事はとても深く尊敬して、心酔してて、その自慢話ならずっと休まず出来る、みたいな事言ってましたね。

 ……ああ、なるほど。確かに、ラザンの戦闘の場面(シーン)は凄いな。雑魚の群れを斬り飛ばす様まで丁寧に書かれていて、ゼンの師匠愛が感じられる」

 本を渡されたリュウは、パラパラとページをめくり、ラザンの戦闘部分を読み、確かめる。微に入り細をうがつ程の詳細な描写は、微笑ましく思えるぐらいだ。

「で、この本が大衆に受けているのは、ただ、今大陸中で話題の『流水』のラザンの、魔獣狩りが書かれているから、というのもあるが、それだけじゃない。

 ゼンという、身分も何もない従者の少年が、一から剣術を習い、段々と強くなっていく、立身出世の、下克上物的なところも受けているんだな。

 それにな、この物語には“ロマンス”が溢れているんだよ」

 ダルケンが、そのたくましい、いかつい外見からは似会わない言葉を出す。本人はまるで気にならないようだが。

「え?ラザンが行く先々で美女を口説いてたりしてるんですか?」

 ラルクが思わず言葉をもらしたのは、むしろ、らしくない、と思ったからだ。

「違う違う。ゼンだよ、ゼン。勿論、口説いてるんじゃなく、勝手に惚れられてるんだな。これは現地調査の成果らしいんだが、結構な確率で、そういうのがあるんだな」

 男性陣とは別の、隣りのテーブルの席に座っていたサリサの肩が、ピクリと動いた。

「ああ、でもそれは分かるな。ゼンは、無自覚に人たらしな所があるから。老若男女関係なく、受けがいい。自覚がないからこそ、の愛されキャラみたいな」

 ラザンも不器用に愛弟子の事を思っている。パラケス翁も、ゼンを孫同然、と言ってはばからないぐらいにゼンを可愛がっている。

「さすがに同じパーティー、よく分かってるな。しかも、それだけじゃないんだ。その作者の名前を見てみな」

「?えーと、グロリア・アルザス。貴族ですか?」

「男爵家の三女なんだが、政略結婚に使われるのを嫌がって、成人して早々にギルドに就職したとか言う話だ。

 まあ、それはそれとして、その小説を読んで行くと分かるんだが、聞き取り調査も何回かに分けてやったと書いてあって、段々とゼンの書き方が、話の進行具合で変わって行くんだ。

 最初は普通に、ラザンが敵を倒してた時に、ゼン少年はそれを後ろからサポートしていた、とか淡々と書かれているのに、段々と、ゼンの描写が増えていって、行動とかが派手になって美化されていく感じでな。

 最後はあの剣狼ソ-ド・ウルフの話で締めなんだが、もう甘々で格好よく書かれていて、今、小さな英雄が誕生した!私は感動で、涙があふれて止まらない、とか、これはもう、作者のゼンへの恋文(ラブレター)じゃないか、と言われているそうなんだ」

 何故か嬉しそうに語るダルケンに、

「へ、へぇ~。何だか、物凄いですね」

 リュウは心なしか押され気味だ。

「ああ。本の中に外にもロマンスが溢れていて、思春期の若者とかにはそこがいいらしい。

 子供達にとっては、自分達の歳に近いのもあって、“小さな英雄”に憧れる子供が多いとか。
 
 今、大陸で一番売れている本らしいぞ。増刷が追い付かなくて、困っているとかなんとか聞いたな」

「……ゼン、これの事、知ってるんですかね?」

 あの、実は照れ屋で、目立ちたくないと密かに思っているらしいゼンが、この本の事を知っていて、平静でいられたのだろうか、疑問だ、とリュウとラルクは考えている。

「さて、どうだろうなぁ。取材を受けているんだから、ラザンの本が出るのは知っていると思うが、この中身を読んだかどうかは俺には分からん。普通は、作者が贈呈すると思うんだがな」

 取材元などには、慣例的にそうするのが常識なのだと言う。

「それと、そんな人気の本なのに、フェルズで話題になっている感じじゃ、ないですよね」

 リュウもラルクもこの本の話を聞いた覚えがない。

「……確かにそうだな。モルジバも、本の話を聞いてから、フェルズの本屋をまわったが、見つからなくて、結局いつもの行商人に頼んで取り寄せてもらって、相場の倍で買ったんだよ」

「あ、あの、それ……」

 サリサが何か決意を秘めて立ち上がると、マイアがそれを、ローブの袖を引っ張って止める。

「サリサさん、私が同じの持っているから、大丈夫よ。後で貸すわ」

「あ、そ、そうなんですか?それじゃあ、お願いします……」

 サリサは座り直して、ホっと安堵の息をついている。

「なんだ、マイアも持ってたなら貸してくれよ。こっちは4人で読み終わるまで順番待ちしてたんだぞ」

 モルジバは、さも不満げな顔で、マイアを責めるが、

「そうなるのが嫌だから言わなかったのよ。自分の持っている大事な本を、男の人が回し読みするとか、チームメイトでもお断りよ」

 マイアは取り付く島もない。

「そういうものなのか?」

 ダルケンは、マイアとギリに尋ねる。

「「そういうものです」」

 二人は声を揃えて言う。

「……じゃあまあ、仕方ないだろう」

 女性独特の感性は、ダルケン程の大人でもよく分からないものがある。

 大体、もう全員読み終わっているのだ。今更言っても、どうしようもない。

「……じゃあ、女性陣もなのかな?俺等は、『悪魔の壁 デモンズ・ウォール』での出会いが衝撃的で、それから『二強』との模擬試合の話も聞いてまわった。

 で、この本を読んで以来、ゼンのファンみたいな感じだな」

 いかついダルケンが照れ臭そうに言うのが意外な感じだが、爆炎隊は男性陣全員似た様な感じのようだ。女性陣のギリもマイアも、英雄に憧れている、風な印象を感じる。

「……でもまあ、俺等も似たようなものかな」

「だな。個人的に、あいつの活躍を間近で見れて、喜んでるからな」

 旅立つ前から、ゼンには何か、人を引き付けるものがあった。

「おお、じゃあ最古参か」

「いえ、一番はゴウセルさんかな?」

 あるいは、今はここにいないザラかもしれない。

「成程。親父さんが見出したと、確かに記述でもあったな」

「へえ。あ、確かに、最初の数行にありますね。名前は出してないのが」

(そして、俺達のも同様に少し、「あるPTにポーターとして在籍、その後すぐに修行の旅へ」か。これは、ゴウセルさんの名前が出てないのと同様の、ゼンの気遣いだな。そして俺は、ガッカリしてるがホっともしている。変な風に騒がれても、まるで意味ないからな)

 見ると、ラルクもニヤニヤして、目配せしている。

(そう。俺達は今、ゼンと一緒の仲間で、それこそが大事な事だ。ゼンが強くなったのだって、俺達と一緒に戦いたかったからで、それこそが紛れもない真実なのだから)

「……俺達、運よく、あの狼の獣人とゼンが戦う所も見れたんだよ」

「え、それじゃあ……」

「おう。旅団の昇級試験も見てたぞ。レオさんと互角に渡り合う冒険者なんて、昇級試験では見た事がなかったのにな。嬢ちゃん達の、規格外の術も見てた。真面目な話、脱帽する強さだったな」

「いや、俺達は、そんな……」

「それこそ、ゼンに色々教わった成果の結果なんですよ」

 リュウは照れ、ラルクは少し誇らしげに言う。

「そうなのか。いや、羨ましい限りだ」

「それは、すぐその身で体験出来るんじゃないですか?なにせ、クラン参加の一番手なんですから」

「おう、そうだな。いや、本当に、あの偶然の出会いに感謝だよ。マイアじゃないが、運命すら感じるね」

 確かに、まったくの偶然で、最悪の出会いに成りかねなかったのに、そうはならなかった。

 最初はいさかいになるかと思えば、爆炎隊に転移符の事があったのと、ゼンが料理して、お茶やら食事やらでもてなしをして、関係は良好になり、別れ際には感謝されっぱなしだった。

 揉め事を起こしかけたのもゼンなのに、それを事もなく修復してしまったのもゼンなのだ。

 そして、勧誘候補に爆炎隊の名前を見つけ、すぐに交渉に行ったのもゼンだ。

 運命がどうの、の前に、ゼンの有能さのお陰な感じがする。

「だから、クランの勧誘は、むしろ渡りに船、みたいな感じだったな。もう全員即賛成で」

「……あれ?意見調整に時間かかった、って言ってませんでしたっけ?」

 ダルケンが珍しく、しまった、やらかした、な顔をする。

「あ~、あれな。実は、その……。誘われて、すぐに了承、とかじゃ、その……いかにも“軽い”だろ?ちゃんと考えた末で、参加する、の方が大物っぽい、つーか、大人な対応、みたいな感じじゃないか?」

「あー、や、分かります。そういうのも交渉術ですよね」

 ラルクは、無理矢理に話を合わせて相槌を打っている。

「うんうん、分かってくれて嬉しいぜ」

 つまりは大人の見栄のようなものだろう。ダルケン達は、ゼンにホイホイ軽く応じたと思われたくなかったらしい。

 それは、リュウもラルクもよく分かるのだ。

 戦闘にしろ、相談事にしろ、うまくやって、ゼンにいいところを見せたい、先輩的な行動をとりたい、と常々思っている自分達だ。

 ゼンには不思議な魅力がある。それは、強くなる前も後も変わらずにある。

 彼にもしスキルがあったら、全方位魅了、とか訳の分からないスキルがあっても不思議ではないと考えるかもしれない。

 だが、少年にはスキルなどただの一つとしてなく、彼が何故人に好かれるかは、昔と今を知る彼等には、漠然と分かるような気がするのだ。

 ゼンは自分の目的の為に、わき目もふらず、一心不乱に努力を続けている。

 それは、自分が思う者を護る為、愛する者の為に強くなり、そして戦う。その為に、常にその時その時の、何が適切で何が最善手かを考え続けている。

 迷宮(ダンジョン)での魔物との戦闘時の事だけでなく、このクラン構想自体がそうだ。リュウやラルクやアリシアやサリサの為に、ただ上級迷宮(ハイ・ダンジョン)探索の為だけでなく、フェルズという歪んだ地で、彼等に頼れる仲間を作り、増やす為のクラン。

 帰郷する前、旅の途中からすでに骨子の出来ていた考えは、帰って来て、旅団が危機的状況に追い込まれていた事も合わさって、より具体的な急務となった。

 ―――ただ自分が愛する者の為に戦い、自分が出来る最大限の努力をしてそれを勝ち取ろうとする、それは、普通の人間なら、誰もがそうありたい、そうしたい、と望む理想の姿に近いものだろう。

 人々のなりたいと思う理想像の体現者、それがゼンなのかもしれない。

 小さな体、低い背のハンデなど物ともせずに、ただ自分の願う事をまっすぐに叶えようとする、強くくじけない意志の持ち主。

 それに、どれほどの人々が感銘を受けるか、感動するのかは、本人にとってはまるで関係のない、どうでもいい、で斬り捨てられてしまう現象なのだが、むしろその冷徹さすらも、彼の目的を完遂しようとする強靭な意志の現れであり、そこにすら惹かれる要因もあったりする。

 ラザンのような超越者とは違う、地に足のついた、ただの人間の子供が、地道に努力し、少しでも強くなろうと、ただ前を向いて、ひたすら愚直に歩みを止めず進んで行く。

 そうした姿に、人々は無意識にでも惹かれ、憧れるのだろう……。


 ※


 それから、またそれぞれの部屋の片づけや、買い出しに出かける者もあり、ゼンが帰って来るまでは、それぞれ個別行動になっていた。

 リュウとラルクはモルジバに例の本を借りて、本を読むのが早いラルクの方が先に読んでいた。

「……それはいいが、なんで俺の部屋で読んでるんだ?」

 一応買った応接間的なテーブルとソファのセットに、初めて座るのがラルクだとは思っていなかったリュウだ。

「いや、こういうのは読んですぐ感想とか言いたいじゃないか」

「……まあ、ネタばれがどうのって問題はないしな。ゼンがこうしてフェルズにいるんだ。どんな冒険だろうと騒動だろうと、解決してのハッピーエンドだろうからな」

「んだんだ。そういう意味での意外な展開や、ヒロインとの恋の成就とかも期待出来んのが残念ではある。サリサにはそうじゃないだろうが」

「……やっぱり、サリサは、“そう”なのかな」

「十中八九、“そう”だろうな。ああも露骨な態度だと、何も思ってない、ってのはあり得ないからな」

「そうだな。アリアは、応援、なのか煽りなのか分からん事しているしなぁ……」

「あれは謎だ。彼女の管理ぐらいしっかりしてくれよ」

「いや、管理って、出来るのと出来ないのとがあるだろ。アリアは管理不能だよ。誰だろうと出来ん。親友のサリサがかろうじて制御出来るぐらいか」

「その制御役が、あの様子じゃ、なぁ……」

 二人は困ったものだ、と溜息を洩らす。

 仲間としては、チーム内で恋愛がまとまるなら、それはそれでいい、と二人とも思っている。

 ゼンがそれに対して、どう想うのかが、まるで見当もつかないので、こちらとしては、応援していいのか、いさめるべきなのか、全然分からず困惑している。

 ゼンと、精霊王(ユグドラシス)までもが入り組んでの揉め合いなど少しも知らない二人には、ゼンとサリサの恋愛事は、蚊帳の外の話だった。



 その頃、アリシアとサリサもマイアから本を借りたが、まだマイア達の部屋で日常的なおしゃべりに花を咲かせていて、本は読めずじまいだった。

「……で、だから、迷宮(ダンジョン)の中を速く進めるのも、道案内が出来るゼン君のお陰なんだよね~~」

 アリシアは、心なしか自慢げに話している。弟的なゼンのお手柄は自分も嬉しいのだろう。

「はぁ~~。少し聞いただけで、もう凄い事だらけね。迷宮(ダンジョン)で、“休憩室”の場所の大体の見当がつくとか、どんな便利能力、って感じよ」

 ギリはつくづく感心する、と感嘆の吐息をもらす。

「勘と観察と統計の結果、とか言ってるけど、他にそんな事出来る人なんているのかしら。同じパーティーでも目を丸くしてそう思うわ」

 サリサの言葉は、呆れも微妙に含まれた意見だ。

「でも、戦闘ではバランス良く戦っているみたいですし、西風旅団の地力の強さもちゃんと感じますよ」

 マイアは、ゼンも凄いと思うが、素直にそれについて行けている旅団のメンバーの強さも感心の域に達していると思えるのだ。

「うん。私達も、決して弱くはないと思うけど、そうした調整も、ゼンはしてるのよ。自分が表には出過ぎずに、仲間の経験になるように、自分に役割以上の事はしない。

 強敵相手とかは別だけど、そんな気遣いを、戦闘中も休憩中も発揮してしまう、苦労症なのよ。それで本人が喜んでやっているんだから、もう……」

 サリサは不満げに言葉を切る。

「……サリサさん、ゼンさんと今、喧嘩でもしているのでしょうか?」

 遠慮がちにマイアは尋ねる。

「あ、あたしも思った。なんかさっきから、言葉の節々に、敵意っていうほど明確じゃないけど、不満が見え隠れしてるよ」

 ギリもあけすけに、思った事をずけずけと言う。ゼンの時もそうだが、思った事をすぐ言葉にしてしまうのだろう。

「あ、いえ、喧嘩って程の事じゃないんですけど、ちょっとチーム内的な、ごくごく小規模の、豆粒的な揉め事、みたいな?」

 サリサはあたふたと、よく分からない言い訳めいた事を口走る。

 その隣でアリシアが、更によく分からない身振り手振り交えた肉体言語(ボディランゲージ)をしている。

 何故なのかは意味不明だが、マイアとギリは、それを見て納得した様子だ。

「……へぇ、そっか、そうなんだ。ふ~ん。いいね!」

「ちょっと意外ですが、悪くはない組み合わせです。ふふふふ……」

「だよね~~。私もそう思うの~~」

 三人意気投合している様子なのが、サリサには腹立たしい。

「な、なんなの?なんでみんな納得してるの?」

 丁度その時、小城内に、ポ~ンと柔らかな音が木霊した。

 それは、部屋ごとに取り付けられた、ノック代わりのチャイムとは少し音質の違った音だった。

「サリー、これって……」

「来客用の、玄関で鳴らす呼び鈴(チャイム)の音だわ」

 これは、元々あった呼び鈴に、勇者の国では玄関先で、中に音を伝えて来客を分かる様にしている、との話を、簡単な魔具で再現したものだった。

「そろそろゼンが帰って来る時間だけど、わざわざ呼び鈴(チャイム)鳴らすなんて、ゼンじゃなくて来客なのかしら。こんな時間に……」

 不思議に思いながらも部屋を出る。

 ゼンから渡された説明書きに、部屋用と玄関用の呼び鈴(チャイム)の事は明記されていたからだろう。他の部屋からも、何だ何だとそれぞれが部屋から出て来る。

 サリサ達が一番で、中央の螺旋階段を下りて、玄関前の中央ホールに出る。

 そこは、部屋一つ分をなくして、来客をもてなす応接間的な役割を果たす広い空間だった。

 その玄関の大扉の反対側には中庭に出る扉もあり、中庭が見えるガラス窓もある。

 その玄関には、いち早く駆け付けたミンシャとリャンカがいて、大扉を開け、入って来たゼンと、その後ろに続く、大小二つ人影があった。

 ゼンは憮然とした顔をしていて、その場に今いるほとんどの住人が下りてきたのを確かめてから、改めて口を開いた。

「今日から少しの間、こちらのお客様を、ここにお泊めする事になりました。

 知っている人もいるかもしれませんが、ご紹介を―――」

「いや、それには及ばないぞ、ゼン。自分達でやろう。

 私はロナッファ・ボルグ。今回は、レグナード将軍のご息女の護衛の任についている」

「私は、リーラン・レグナードです。師匠に無理を言って、こちらに泊めていただく事になりました。皆さま、よろしくお願いします」

 ゼンとは対照的に、ニコニコ明るい笑顔を浮かべた、獣王国の来賓二人組だった。




*******
オマケ



グ(馬鹿馬鹿しい。ちょっと話題になっただけの、一剣士を取材?しかも、従者がそれに応じる?馬鹿にするのも限度あります!適当に聞いて、適当に書いて終わらせますわ)
ゼ「あ、どうも。中央本部の方でしょうか?俺、ゼンていいます。よろしくお願いします」
グ「……わたくし、『流水』の弟子の方が取材に応じる、と聞いてきたのですけれど?」
ゼ「だから、俺です」
グ(こ、こんな年端もゆかぬ子供が???)
その後、延々2時間以上、ゼンの師匠自慢を聞かされる。
ゼ「……あ、すいません。一方的にベラベラと」
グ「……いえ、魔具で録音しているから、大丈夫ですわ。……その、ゼン、さんは、師匠のラザンさんを、とても尊敬してらっしゃるのね」
ゼ「俺の事はゼンでいいですよ。それは勿論!世界一の剣豪ですから!」
初回は、ゼンの勢いに押されるばかりだったが、その熱が移ったように、グロリアは報告原稿を書きあげたのだった。

グ(何故か報告書は好評で、面白いから普通の小説のようにどんどん書いていい、と言われてしまいましたわ……)
護衛を連れ、森の中の野営場所に向かう一行。そこに、魔狼の群れが襲いかかる。
数的に敵が多過ぎて劣勢、全滅を覚悟した一行に、ただの一振りで魔狼の群れを半壊させた脅威の剣士が現れる。そしてその隣で、彼を影から支えるように援護するゼンの小さな影があった。
ゼ「グロリアさん、大丈夫ですか?」
グ「……あ、はい。わたくしは、なんとか」
ゼ「護衛の方も大丈夫ですよ。ポーションで治る範囲内の怪我でした」
ラ「護衛がしっかりしねーから、護衛対象をびびらせるんだろうが。それでも本部付かぁ?」
護衛達は平謝りだが、あの数は普通にどうにもしようがないとグロリアでさえ思った。
グ「……ゼンは、あんなに強かったのですね」
ゼ「??俺なんか、全然ですよ。師匠の横をやっとついてまわっているだけですから」
確かに、ラザンの強さは異常だったが、ゼンも自分の護衛以上では?と思える強さだった。
グロリアの中で何かが変わったのは、それからだった……。
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