剣と恋と乙女の螺旋模様 ~持たざる者の成り上がり~

千里志朗

文字の大きさ
144 / 190
第4章 フェルズ改革編

141.決戦・執行官編

しおりを挟む

 ※


 その女性は、足取り軽く、フェルズの歓楽街の奥へと足を進める。

 鼻歌等を口ずさみ、午前中の朝方とは言え、身の危険を感じないのだろうか、と周囲が心配になるぐらいに気軽な感じで、もしかして頭が?と失礼な事を考える者もいた。

 だが、その女性が、上級冒険者専用の高級娼館『ゲヘナ』に近づくと、そうした物好きな視線もなくなる。

 その店は、歓楽街では、触れてはならない、アンタッチャブルな領域の店だ。

 命が惜しいのなら、全てを見て見ぬふりをするしかないのだ。

 当然、午前中、まだ朝の中途半端な時間だ。店は営業しておらず、正面入り口は閉まっている。

 女性は店の前で小首をかしげると、横にまわって裏手の職員用の出入り口へと移動する。

 そして、当然鍵の閉まっているそのドアを、勢いよく開けると、堂々と中に踏み込んだのだった。


 ※



 女淫魔(サキュバス)のリグレットは、多少背が高く、体格がいいので、娼婦よりもこちらのが合っているだろうと、としばし交代制で、娼館の用心棒役をする事がある。

 それなりに立派な金属鎧(プレート・メール)に、使った事もない見映えの良い剣。

 用心棒役、と言っても大してする事はない。

 店の受付横で、偉そうにふんぞり返って立っているだけの簡単で単調、かつ退屈な役目だ。

 本当に客が揉めた時は、仲間が魅了や幻術で客を適当になだめ、誤魔化す。

 女の、見目の良い用心棒役、と言うのは、この娼館には男娼以外の女がいない、客の為のみの施設ですよ、とアピールする為のものだ。実際は、男娼もいないのだが……。

 人間界の危険な任務、と言う事で、男淫魔(インキュバス)はしり込みをし、こちらに来る人材がいなかったのだ。

 余り外見の良くない連中ばかりだったし、それはそれでいいのだが、勇気の欠片もない臆病者の集まりに呆れかえる。危険な任務、と言っても、もう何十年も問題は起きていないのに……。

 店の奥にある、事務所の休憩用兼来客用のソファで、つらつらとそんな事を考えていたリグレットは、突然、外に通じている通用口が、バンっと大きな音を立てて開き、そこから無遠慮に、一人の女性が中に入って来た事に驚愕した。

(鍵は閉まっていた筈、どうやって?いや、それ以前に何者だ?)

 リグレットは、使う必要がないと思っていた剣を、鞘付きのまま構えて、女性を詰問した。

「なんだ、お前は!ここは娼館だぞ、何の権利があって、鍵を開け、ここに入って来た?事と次第によっては、警備隊を呼ばねばならぬぞ!」

 懸命に、厳めしく偉そうに、恫喝になる様に話したつもりだが、その女性は、にこやかにリグレットと向き合う。

 何故か白衣を纏った、年齢のよく分からない、妙齢の美人だ。おっとりした感じのタレ目で、とても人が良さそうに感じられる。

 しかし、その白衣の下の制服が何か、遅まきながら気が付き、リグレットは戦慄を覚える。

 冒険者ギルドの制服だ。黒に近い紺に、赤のラインやポイント、間違いない。

 その女性は、手持ちのバッグから黒いカードを出して、リグレットにそれを見せる。

「私は~、ギルド専属の治癒術士マルセナです。この娼館で、奇妙な幻覚を見せる違法薬物を、冒険者に使った可能性があると、不良冒険者の取り調べで、発覚しました。

 この娼館の責任者と、娼婦やその手伝い等、ここで働く者全員を集めて下さい」

 見せられたカードは、確かにギルドの、ある程度の肩書のある職員が持たされる、冒険者のギルドカードと同等に身分証明となる、個人情報のつまったカードだ。

 専属の術士はランク分けをしないのか、ランクは書かれていなかったが、名前とギル専の治癒術士である事は、明確に証明された。

「わ、私は、警備のリグレットと言います。……その、不良冒険者というのは、どこの方でしょうか?私どもは、違法薬物等、一切使用しない、まっとうな娼館なのですが……」

 薬物など、不要なくらいにいい夢を見せる事が出来ると言うのに、わざわざそんな物に頼る必要などが、どこにあると言うのか。……まっとう、とはとても言えない店だが。

「『偉大なる進軍グランド・マーチ』のバロステロ、他、パーティーメンバー複数からの証言です。彼等は、チームメイトの女性への暴行未遂で拘束され、取り調べを受けた際に、ここの情報も漏らした様ですね」

 マルセナは、よどみなく、スラスラと聞かれた事に答えた。

「私は、関係者全員からの聞き込み調査の為に参りました。もし、拒むと言うのであれば、後日、警備隊と一緒に、内部を大々的かつ徹底的に調査する事になるでしょうね~」

 別に脅しではなく、ただ事実を述べているだけ、な感じにマルセナは言う。

「あ、いえ!拒否するつもりなど、毛頭ありません!ただ、私も役目柄、大体の事を責任者に報告せねばなりませんから。

 ……それと、この娼館の持ち主は、ここにはおりませんので、現場の責任者のみ、となりますが、それでよろしいでしょうか?」

「ええ、構いません。罪が確定したりしたら、そちらもお呼びして、罰金等、何らかの罰を受ける事もあるかもしれませんが、今はまだ、何も決まった訳ではありませんから」

「……はい、分かりました。後、その……娼婦達は、いわば夜勤時間で働いていて、今が眠っている時間なのです。体力を使う仕事ですし、起きれない者も、中にはいると思うのですが」

「事情は分かりますが、これは公的な捜査です。特に、『偉大なる進軍グランド・マーチ』のメンバーを相手にした娼婦には、お話を聞ければ、と思っています。

 これでも、営業時間にかかる時間帯に来ないだけ、こちらは気を遣っているつもりですよ」

 冒険者ギルドを『公的』と言ってしまえるのは、凄い自信とギルドへの信頼があってこその話だな、とリグレットは心の中だけで密かに考える。

 そして、マルセナの言い分も確かに正しい。営業時間に来られて、ギルドの捜査が入った、等と冒険者の噂になるのはマズイ。商売どうの、の話よりも、本来の計画に支障をきたすかもしれない。

「では、責任者と話して、何とか娼婦を起こして参りますので、ここでお待ち下さい」

「はい、ゆっくりと待たせて頂きます」

 マルセナは、ニッコリと人好きのする笑みを浮かべ、リグレットが座っていたソファの向かいの席に腰かける。

 まるで、捜査、と言うよりも世間話でもしに来た様な様子だ。

 恐らく、薬物に詳しい、として治療術士を派遣したのかもしれないが、何とも、そういった役割には相応しくない、優し気で柔らかな印象の女性だ。

 聞き取り調査等しても、何も出ないのは決まっているので、少々気の毒になってしまう。

(それにしても、下らない事をしでかして、ギルドに捕まった奴等は一体なんなのか。どうせ、厳しい取り調べに耐えられず、適当に余計な事を、ベラベラと喋ったのだろうが、こちらに飛び火させるとは、どういう了見だ)

 今から起こしに行く、自分達の上司であり、長でもある淫魔女王(サキュバス・クィーン)の怒りを思うと、こちらの方が泣きたくなる。

 どこかで、零れ落ちる水の音がする。



「―――リグレット。我は昨夜、面倒な客の相手をしたので、時間まで起こすな、と厳命した筈ではなかったかな?」

「重々承知しております、我らが女王(クィーン)。ですが、冒険者ギルドの治療術士が、違法薬物の捜査、と言って、店に来ているのです」

 リグレットは、癇癪を起こしてまた灰皿が飛んで来ないか、とビクビクしながら、自分達の長たる、淫魔女王(サキュバス・クィーン)ルーシャンの顔色を伺う。

「……冒険者ギルドの調査?誰か、何ぞマズい事をしでかしておったかのう?」

 ベッドの上でおっくうそうに上体を起こしたルーシャンは、艶やかな肢体を伸ばし、アクビをする。その姿も艶やかで、同性でもドキリとする。

「いえ、どうも、他の罪で捕まった冒険者が、適当にこちらの事を口にしたのではないか、と思えるのです」

「……厄介な。どこの馬鹿であるか?」

「『偉大なる進軍グランド・マーチ』のバロステロとパティーメンバー。チームメイトの女性への暴行未遂で捕まった、とか」

「『偉大なる進軍グランド・マーチ』、バロステロ……。ああ、いかにもそういう事をしでかしそうな奴ばらだ」

「ルーシャン様はご存じでしたか。私が相手をした客ではない様で、覚えていないのです」

「んむ。我の客の一人だ。仲間内に、特殊スキルの保持者がおって、ギルドの真偽官でも騙せる、と自慢しておった」

「それは、凄いですね」

「……まるで凄くない。相手に疑念を滑り込ませるだけのしょっぼい力よ。自慢されても、同意する笑顔がひきつったわい。その内バレて、偉い事になるだろうと思っておったが、存外早かったのう」

「な、なるほど」

「しかし、そいつ等が、違法薬物をどうの、と言い出して、全員から事情聴取したい?結構な無茶を言いよるな。計画が発覚して、の囮捜査とかではないのか?」

「いや、たった一人の、とても人の好さそうな女性ですよ。身分証も見せてもらいましたが、ギル専の治癒術士なのは間違いないようです。とても争いごとに向いた感じじゃありませんから、それはないんじゃないかと……」

 リグリットが懸命に説明する様子は、相手への好意が透けて見えた。

「何だ、そ奴を気に入ったのか?ギルドの術士では、うかつに手を出す訳にはいかんぞ?」

「そ、そんな事はありません!ただ、いい人っぽいな、と……」

 眷族をからかって、少し溜飲の下がったルーシャン。

「治癒術士……。神術でないなら、水系統の術者か。確かに、戦闘向きではないのだが……」

(何かが引っかかる。気のせいならば良いのだが……)

「とにかく会おう。お前は、起こせる者は起こしてくれ。しかし、小間使いがいないのは、どう誤魔化すべきかのう。まさか、使い魔にやってもらっていると正直には言えんし」

「ああ、その問題もありますね。幼く見える者を、そう偽るしかないのでは?」

「……それをすると、機嫌を損ねる者がいると思うのだが、仕方ないか……」

 どこかで、零れ落ちる水の音がする。


 ※


「私が、現場の責任者をしています、ルーシャンです」

 身内とは別の、よそ行きの言葉遣いで応対する。

 職員用の部屋で待っていたのは、確かにまるで争い事とは無縁に思える、優し気な風貌の、年齢のよく分からない女性だった。

 20代の少女の様にも、30代の妙齢の女性にも見える、柔らかな雰囲気の女性。

「ギルド専属の治癒術士、マルセナです。お忙しい所を、すみません」

 人好きのする笑顔。リグリットの印象が好意的なのも分かる。

 と思ったルーシャンなのだが、何故か肌に鳥肌が立つ。

(?何か、よく分からない嫌な感じが?見た目通りではない?)

「それで、娼婦達には、個別で事情聴取を?」

「いえ、その前に、全員一緒に会わせてもらえないでしょうか?」

「全員一緒に、ですか?」

「口裏を合わせられると、困りますので」

 にこやかだが押しが強い。

「それは、分かりますが、結構人数が多いですし、ここには、会議室のような広い場所はなくて……」

 全員集めて、会議したり、朝礼をしたりする職場ではないのだ。

「無理、でしょうか?なら、やはり後日に警備隊と合同で……」

「あ、いえ、それはちょっと……」

「ルーシャン様、あそこなら、一応広くはありますよ」

 一通り、娼婦に声をかけ終わったリグリットが来て、二人の話を聞き、提案したのは、店の入り口近くの、客の待合室だった。



 その、客の待合室で、娼婦達が、不満もタラタラに、ブツブツ文句を言いながら立ち並んでいる。ルーシャン(女王)がいるのに、それだけ不満が大きい、と言う事か。

「これで、全員ですか?」

「それが、やはり起きてこれなかったのが3人程おります。ですが、『偉大なる進軍グランド・マーチ』と関わった娼婦ではありませんので……」

 リグリットは、自分の事の様にすまなそうな顔をする。

「三名ですか。仕方ありませんね」

 マルセナは、溜息一つついて、上の方を見る。上の居住区画にいる3人を確認する様に。


 ※


「それでは、皆さんに、ギルドマスターから言い渡された、判決を述べます。

 全員“死刑”です」

 その場が、一瞬で静まり返る。

 それは、その言葉の意味よりも、人の好さそうな笑顔を浮かべたマルセナが、そのまま、まるで何でもない事にように言った、その異様さからであった。

「マ、マルセナさん、それは、何の冗談ですか?例えその、違法薬物の話が本当だったとしても、全員、死刑だなんて……」

 リグリットは、白昼夢を見た様な気になって、マルセナに抗議する。

「リグリット、もういい。こやつは、見た目とは違う。こっち側の人間だ」

「こ、こっちって、何なんですか?」

「人を殺す側だ。笑顔で、なんのためらいもなく、な」

 ルーシャンは、ずっと感じていた違和感に、やっと合点がいく。つまり、“敵”だ。

「初対面の方に、随分失礼な事を言われてしまったわ。私、ショックで寝込んでしまいそう」

 そう言っているマルセナは、楽しそうに笑顔のままだ。

「ごめんなさい、リグリットさん。調査の件は嘘なの。刑の執行をするのに、集まってもらった方が、楽に済むでしょ?それに、貴方方も、どうせなら、お仲間と一緒の方が、寂しくないと思って」

 マルセナは笑顔をそのまま、酷薄な笑みへと変わる。

「な、ななな何を……」

「随分と大きく出たな。たかが治療術士に、そんな事が出来るとでも言うのか」

「ごめんなさい。私は、治療術士だけど、もう一つの肩書があるの」

 マルセナが、最初に出した身分証明の黒いカードを出すと、それを裏返して見せた。

 何も書いていなかった筈のそこには執行官(エクスキュースナー)と、赤い血文字にも見える文字で書かれていた。マルセナの力に反応して出る隠し文字だ。

「聞いた事ないかしら?ギルドの執行官は、スカウトと治療術士の二人組が基本で、片方が拷問、片方が治療を担当するの。でも、私の相棒は、違う任務で商会長補佐なんて牧歌的な仕事をしてるから、もう復帰は無理かしら?

 それはそれとして、私は、どうせ両方出来るから、ソロでこの仕事を続けていたの」

 淫魔女王(サキュバス・クィーン)たる、ルーシャンは、最早すでに戦闘態勢だ。他の、気の強い者も、それに倣っている。

「そ、その前に、何故我々を、殺すなんて言うんですか?」

 リグリットだけが、現状を把握し切れていない。

「言わなければ分からないの?貴方方が、この街の秩序を、著しく乱した魔族だからよ。凄くよく出来た擬態ね。私には分からないけど、それは関係ないの。この店の関係者が、全員魔族、女淫魔(サキュバス)である事は、分かっているから」

「……なんでかは知らぬが、組織の秘密が全てもうバレているようだな」

 ルーシャンは苦虫を噛み潰した様な顔をして、舌打ちをする。

「そうよ。今頃は、他の2つの店も襲撃を受けている事でしょう。でも、戦力が足りなくて、冒険者の執行官である私まで駆り出されるんだから、迷惑この上ないわ」

 どこかで、零れ落ちる水の音がする。

「それ程、お前が強いと言うのか?確かにサキュバスは、魅了が効かなければ、有効な戦力とは言えん。逆に、男と戦えば、色々と惑わす事が出来るのだがな」

「だから私が来ました。貴方達を、やって来た事に相応しい、苦しみと、痛みを与える為に」

「御託はもういい。実力(ちから)を示せ!」

 ルーシャンが、長く伸ばした爪で襲い掛かろうとした時、

「ここにいない方から始めましょうか」

 マルセナは上階の、眠っていると言う3人の生命力を探り、場所を把握すると、周囲にある、水気のある物から介入して―――

「ムゥッ?」

 サキュバス・クィーンであるルーシャンには、上の階で眠っていた筈の、眷族である部下の生命力が、ゴッソリと減ったのを感じた。

「貴様、私の部下に、何をした?!」

「刑の執行です。安心して下さい。貴方方の罪の重さを考えても、簡単には死なせてさしあげられないので、しばらくは息があります。

 痛みにのたうち、苦しんでもらうぐらいの間は……」

 笑顔で残酷な事を言う。

「この悪魔、人でなしめ!」

「冒険者に暗示をかけたり、暗殺する組織の一員の言葉とは思えませんね」

 ルーシャンの爪を、マルセナはにこやかな笑顔のまま、余裕で躱す。

 ルーシャンの部下である娼婦達、リグリットも、マルセナに攻撃を開始しようとしたが―――

 突然リグリットが、胸から血のトゲを、内側から無数に生やし、その場に崩れ落ちた。

「ガハッ!ぐふ……なに、こ、これは……」

「心臓の血を操って、血のトゲで内部から攻撃させてもらいました。もう、貴方の心臓はズタズタです。1時間も保たないでしょうね」

「バカな、いくら水を操れる治療術士でも、身体の内部のものを、本人の意思に逆らって自由に出来るなど、あり得ん!」

 マルセナが手をかざす度、頭を押さえる者、腹を押さえる者、胸を押さえる者が倒れ伏す。全員が、血のトゲで内部から食い破られていた。

「呑気な人達ですね。自分達の足元をよく見たらどうですか?」

「なに?!な、なんだ、この水は!」

 うっすらと床に溜まった水。

「娼館、というのは、身体を洗う必要から水道施設が完備していて、戦いやすいですね。いくらでも水を持ってこれます」

 いつの間にか娼館内の床は、低く薄く、大雨や洪水の時の様に浸水して、水が溜まっているのであった。まるで、何処からか、終始水が漏れて流れ出ている様に。

「確かに、触れでもしない限り、人体の内部の水分を操る事は出来ません。でも、私は人よりも水の操作を極めていますので、媒介となる水が相手に触れていれば、そこからの操作が可能なんですよ」

 マルセナは、ご丁寧に説明をしてくれる。

「くう、だから、なんだと言うのだ。種が割れれば、触れなければいいだけの事!それだけだ!全員、飛べ!」

 生き残った娼婦達は、女王(クィーン)の命令通りに、人間の擬態を止め、背中から翼を出して、宙に浮かぶが。

「この状態では、もう手遅れなんですけどね」

 床にたまった水が、一筋の槍となって、宙に浮かんだサキュバスの肩を射抜く。

「つっ……ぐはっ!」

 その淫魔は、すぐに胸から血のトゲを生やし、失速して床に落ちてしまう。

「もう、私が使える武器は、この場にいくらでもあります。貴方方はそれに触れたら、その身の水分は、私の支配下に落ちると言っていい。逃げられる道はありませんよ」

(くぅ……。だが、何を思って我を残したのかは知らぬが、それが命取りよ。自分が女だと思って、魅了されぬと思った、貴様の間抜けさを知れ!)

「や、やめてくれ!これ以上、部下達に酷い事をするのは……」

 ルーシャンは、弱ったフリをして、マルセナにふらふら宙を浮いて近づく。

「これは刑の執行ですから、やめる訳には……」

 マルセナが、ルーシャンを見上げたその時だ!

「『完全魅了!』」

 ルーシャンの赤い眼が、魔力の高まりとともに、真紅の不吉な光を解き放つ。

 それまでずっと平静で、余裕を持って行動していたマルセナの動きが止まった。

「クックック……。サキュバス・クイーンのみが持つ、『完全魅了』のスキルはどうだ?これは、男女を問わず、全ての者を我が元にひれ伏せさせる、究極スキル。魔力をかなり消費するのが難なのだが、致し方あるまいて。

 マルセナ、大急ぎで我が部下の治療をするのだ!」

 動きの止まったマルセナに、ルーシャンが命令を発したその時、マルセナであった物は崩れ、床の水と一緒に水しぶきをあげた。

「……?水、だと?なんだ、これは?」

「“水影”。水に映像を映していただけの、単なる分体です。分体1の停止を確認。2で行動を再開します。直前までの記憶を参照。なるほど、サキュバス・クィーンには、その様に危険なスキルがあったのですね。貴方を傷つけず残しておいた甲斐がありました」

 ルーシャンの後ろの床の水が盛り上がり、マルセナの形を取ると、またニコリと微笑み、ルーシャンへと迫る。

「ちなみに、本体とは繋がっていない分身なので、当然魅了も出来ません。正常な動作をしなくなれば、止まるだけです」

 つまり、これは本人ではなく、単なる使い魔の様な物なのだ。

 だから余裕があるし、痛みも何も感じないから、いくらでも残酷な事が出来る。

 ルーシャンは、ギルドの執行官というものを、甘く見過ぎていた。

「ところで、今のは眼で魅了を使う、と見てよろしいのでしょうか?」

 周囲の眷属が、次々と水の槍に貫かれ、水の蔦に絡まれて、身体から自分の血で出来たトゲで内部から壊されて行くのを、成すすべなく見続けるしかなかった。

「そ、そうだ、眼から脳髄に、魅了の力を浸透させる。眼が肝心なのだ」

 最早、ルーシャンの心はへし折れ、抵抗する気力もなかった。

「なら、貴方の死体は、念の為に、眼を潰しておきますね」

 にこやかに、マルセナは言う。

「や、やめ、ゆ、許して……」

 涙が出る。女王の誇り(プライド)等、かなぐり捨てる。余りの怖さに、失禁してしまっている。それ程、目の前の存在は、ルーシャンの理解を超えた人外だった。

「駄目です♪」





*******
オマケ

マ「あら、ライナー。久しぶりね」
ラ「ゲ、マルセナ……。ああ、そうですね、久しぶり。じゃあ用があるんで」
マ「相方に、久しぶりで会えたのに、速攻で逃げるって、どういう事かしら?」
(ニコニコ)
ラ「貴方のその、中味の伴なってない笑顔が怖いんですよ……」
マ「今日はザラいないから、治癒室に来なさい。マズイお茶、入れてあげるから」
ラ「なんで、マズイの飲みに寄る必要が……」(ズルズル引きずられる)
マ「まったく。貴方がいないせいで、私は一人で執行官稼業。大変だったのよ?」
ラ「……何処が?一緒にいた頃から、結構一人で全部こなしてたじゃないですか」
マ「女の細腕一人に、随分冷たいのね。流石はエルフ様。ヨヨヨヨ……」(泣き真似)
ラ「……エルフは関係ないでしょう」(本当にマズイな…)
マ「一応、他の支部から応援も来てるけど、人が足りないのは本当よ」
ラ「弟子を取ったのは、後継者にする為では?」
マ「何言ってるの!あんな本当に優しい娘、表稼業しか出来ないわよ。知ってるでしょ?」
ラ「ああ、そう言えば、ゼン君の婚約者の一人でしたね」
マ「そうよ!もう性格なんて、清廉潔白、清浄一途に献身。教会にでも通ってたら、聖女候補にでもされそうなぐらいに徳の高い娘なの。毎日癒されるわぁ……」
ラ「貴方の場合、浄化される、の間違いでは?」
マ「……脳の血の巡りが悪いみたいね……」
ラ「いや、冗談です。頭に触ろうとしないで下さい!」
マ「……ま、ともかく、人手不足で困ってるのは本当」
レ「……それ、一つ案があるのよね」
ラ「ブフォッ!ギルマス?いつからここに?」
マ「最初からいたわよ。時々隠れて、ここでサボってるから」
ラ「ぎるどますたー……?」
レ「まあ、それはそれとして。ゼン君に、執行官の肩書をあげようかな、と」
ラ「はあ?!あの子はギル専にはならないでしょう!受けませんよ」
マ「あら、素敵。弟子の恋人が秘密の同業者に。これは、いけない予感★」
レ「変な方向に期待しない。専属でなく、肩書だけ貸す形かしら」
ラ「なんでそんな、中途半端な形に」
レ「だってあの子、何も言われなくても、悪党見つけると勝手にしばいてるし。従魔達にも、おかしなのがいないか街を監視させて、場合によっては退治もさせてるのよ」
ラ「……それ、すでに執行官じゃないですか。冒険者に限らず」
マ「……やるわね。さすがはザラの見込んだ伴侶だわ」
レ「あの子の場合、正義どーの、の前に、悪党が嫌いなのね」
ラ「ああ。生い立ちが生い立ちですから…」
ナ「趣味嗜好も合うなんて、増々素敵…」
レ「……だから、何もなくても悪党退治してるなら、肩書あった方が正当性を主張出来るでしょ」
ラ・マ「「なるほど」」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ポンコツと蔑まれた冒険者は最強クランをつくる

ぽとりひょん
ファンタジー
エアハルトは、幼なじみのエルメンヒルトを追ってダンジョンの町「ゴルドベルク」で冒険者になろうとする。しかし、彼のアビリティを見た人たちは冒険者を諦め村へ帰るように説得する。彼には魔力がなかった。魔力がなければ深層で魔物と戦うことが出来ないのだ。エアハルトは諦めきれずエルメンヒルトと肩を並べて冒険するため、冒険者となってポンコツと蔑まれながら、ソロでダンジョンに挑み始める。

無能はいらないと追放された俺、配信始めました。神の使徒に覚醒し最強になったのでダンジョン配信で超人気配信者に!王女様も信者になってるようです

やのもと しん
ファンタジー
「カイリ、今日からもう来なくていいから」  ある日突然パーティーから追放された俺――カイリは途方に暮れていた。日本から異世界に転移させられて一年。追放された回数はもう五回になる。  あてもなく歩いていると、追放してきたパーティーのメンバーだった女の子、アリシアが付いて行きたいと申し出てきた。  元々パーティーに不満を持っていたアリシアと共に宿に泊まるも、積極的に誘惑してきて……  更に宿から出ると姿を隠した少女と出会い、その子も一緒に行動することに。元王女様で今は国に追われる身になった、ナナを助けようとカイリ達は追手から逃げる。  追いつめられたところでカイリの中にある「神の使徒」の力が覚醒――無能力から世界最強に! 「――わたし、あなたに運命を感じました!」  ナナが再び王女の座に返り咲くため、カイリは冒険者として名を上げる。「厄災」と呼ばれる魔物も、王国の兵士も、カイリを追放したパーティーも全員相手になりません ※他サイトでも投稿しています

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る

伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。 それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。 兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。 何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。

冒険野郎ども。

月芝
ファンタジー
女神さまからの祝福も、生まれ持った才能もありゃしない。 あるのは鍛え上げた肉体と、こつこつ積んだ経験、叩き上げた技術のみ。 でもそれが当たり前。そもそも冒険者の大半はそういうモノ。 世界には凡人が溢れかえっており、社会はそいつらで回っている。 これはそんな世界で足掻き続ける、おっさんたちの物語。 諸事情によって所属していたパーティーが解散。 路頭に迷うことになった三人のおっさんが、最後にひと花咲かせようぜと手を組んだ。 ずっと中堅どころで燻ぶっていた男たちの逆襲が、いま始まる! ※本作についての注意事項。 かわいいヒロイン? いません。いてもおっさんには縁がありません。 かわいいマスコット? いません。冒険に忙しいのでペットは飼えません。 じゃあいったい何があるのさ? 飛び散る男汁、漂う漢臭とか。あとは冒険、トラブル、熱き血潮と友情、ときおり女難。 そんなわけで、ここから先は男だらけの世界につき、 ハーレムだのチートだのと、夢見るボウヤは回れ右して、とっとと帰んな。 ただし、覚悟があるのならば一歩を踏み出せ。 さぁ、冒険の時間だ。

処理中です...